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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第43回   良い子は真似しない、友を大切に

 
「ねぇ、アンタ、羽柴由樹でしょ?」

 こんな普通で、しかもある意味、高校生活二年目に突入したかなり今更的な。同級生の名前を確認してくるという失礼極まりない台詞によって、由樹は学校の廊下でただ硬直していた。この場からピクリとも動くことはできない。
 別に、お前今更名前を確認してんなよ?、と呆れて硬直しているわけではなかった。
 呆れるようなことや驚愕するべき事象には、“とある夢の異世界”を通じてなんとなく免疫ができてしまっているから、多少のことでは由樹は驚かないし動じもしない。誰だって、ドラゴンに乗り、ちょっとねちねちした男に剣で切り付けられたり、いきなり指揮官になれとか言われたり、生意気で凄く美しい金髪金眼の小娘とかを目の当たりにしたら、それが例え夢だとしても大抵のことでは動じなくなるだろう。
 しかし―――だ。
 今、由樹が直面しているのは、多少のことではないのだった。
 とんでもない、人生最大にして最高の幸運に見舞われているのだから。

「ちょっと、あたしの話聞いてる?」
 目の前の彼女は、ちょっと眉を顰め、首を傾げながら由樹の顔を覗きこんだ。
 ふわり、と甘いシャンプーの香りが由樹の鼻腔を刺激して思わず、後ずさる。
 由樹の眼前に立つのは、無駄と分かっていながらも以前好きになった、クラスで一番可愛い子・茜ちゃんだった。黄金色に染め上げられた髪がふわりと彼女の肩で舞い、全ての花々は彼女の美しさに霞む。くっきりとした顔立ち、化粧もしていないのに大きく見える目。サクランボのような艶やかな唇に、スタイルのよいプロポーション。
 何をとっても、褒め言葉でしか言い表せない美少女、茜ちゃん。
 先程、その愛らしい美少女高校生の茜ちゃんが、
『ねぇ、アンタ、羽柴由樹でしょ?』と鈴のような可愛らしい声で訊いてきたのだ。
 そりゃクラスの、いや学年のアイドル茜ちゃんともなれば由樹ごときの名前を知らないのは当然だった。知っているほうが、この場合は不自然である。
「ちょっとぉ――?」
 ずずい、と茜ちゃんが近づいてくるので、何か俺はやばいことをしたか、と己の人生17年を振り返りつつ応えた。
「聞いてる。そう、俺が羽柴由樹……」
 ……のはずだ。
 何だか、訳が分からなくなって、自分の名前すらも疑わしくなってきた。
 だって、あの茜ちゃんが、平凡でちょっとお金持ちの社長の息子くらいに話しかけてくるわけがないのだ。彼女の美貌ならば、アラブの石油王とだって結婚できるだろうから。
「……そう」
 にこっ、と茜ちゃんは実に可愛らしく由樹に微笑んでみせ、由樹の視界からすぅっ、と何事もなかったかのように遠のいていった。
「――ぇ、」
 ――って、それだけ?
 そんなばかな。
 と思ったが、本当にそれだけだった……。
 ちょっと思春期の男の子っぽく目の前の可愛らしい女の子にトキメイてみたり、緊張して硬直してみたりと、そんな無駄なことをした由樹を放って、本当にそれだけで茜ちゃんは廊下の遠くのほうへと去っていった。
 分かっていたさ。ああ、分かっていたとも。学年で一番美人の茜ちゃんが平凡で取り柄もない、悪くいうとちょっと根暗の由樹に興味など持つはずもないことくらい。
 ――俺もお前なんかに別に興味なんかねぇよ!
 ――俺は、生粋の本物のお姫様に告白された男だぞ!
 ――お前なんか、お前なんか…………。
 考えていて、虚しくなってきたので止めた。
 これは全て、自分の妄想なのだ、夢、希望なのだと戒める。本当にばかばかしい。
 ふぅ――と一息、嘆息してから、由樹は気分を変えるべく屋上へと向かった。


 とりあいず、屋上に着いた由樹は先客がいたのでそちらには行かず、静かな落ち着けるところに行って、腰をすえた。先客は四人いた。一人の小柄な少年を取り囲むように三人の少年が立っている。その真ん中にいる小柄な少年だけは一人、地面に座っていた。由樹がコンクリートに座ると直ぐに、先客たちの騒がしい叫び声が耳に届いてきて 思わず顔を顰めた。うっせーな、と。
「ぅらぁああああぁっ。死ねぇぇええ!」
 勇猛な掛け声とともに、少年が一際小さな少年の顔に右ストレートをぶち込む。
「うわぁ! やめてよ! あ、由樹くん! ちょうどいいところにッ――ぐぶぅっ!」
 殴られた少年は台詞を言い終わる前に、また違う少年に回し蹴りを食らわされ言葉を発することができなくなった。
「――げほ……。やめてよ。よ、由樹くん、たすけ……ぅぐぅ!」
 再び、小柄な少年は暴力を振るわれて言葉を由樹に伝えることはできない。
 いや、性格には暴力を受けている少年の伝えたいことは由樹には伝わっているし、回りの少年たちにも明確に伝わっている。では、何故彼らはその事実を平然と無視しているかというと、それは由樹に伝わっても伝わらなくても同じことだからだ。
「ひぃ! よ、由樹くん? 助けてくれるよね? まさか、ただそこで見ているだけとか、あ、ありえないよね?」 
 ふと、一旦小柄な少年への暴力が止み、回りを取り囲んでいたいじめっ子たちの視線が由樹に集まった。いじめっ子たちは由樹にどうするんだ? と由樹に回答を促す。
「続けてくれ。邪魔するつもりはねぇから」
 と、当然のように由樹が返答すると、いじめっ子たちもそれを予想していたのか、平然と頷きリンチは再開された。……本当に有り得ない……。
 普通、友達が目の前で虐められていたら、助けるものだ。
「ひ、酷いよ! 由樹くん。まさか、君って奴は、“今日も”僕を見捨てるつもりなのかい?」
 “今日も”。
 そう、この小柄な少年、寺田 隆二をいじめっ子たちの手から救わないのは今日だけではない。“いつも”、由樹は救わないのだ。どんなに酷い目に友達であるはずの隆二が遭っていようとただ見ている。傍観する。これがいつもの由樹の対応だった。
 酷い? 可哀想? 友達なのに?
 ――知るかッ! 俺がそんなこと。
 ――だいたい、何で俺が助けてやらないといけないんだっ!
 ――俺様がそんな他人の為になるようなことをやるとでも思っているのか!
 ――ざけんな! 勝手に死んじまえッ!
 凄まじく高い、アルプスよりも高いプライドがこんなチンケな少年を救うのを許さない。
 また、今までの人生で虐められている友達を助けたことはない。
 そのスタンスから実際に過去、由樹は一人の友達をなくしている……。
 例えば、金子杵彦とか。
「ひぃ、由樹くん! たすけ……うぼぁっ」
 隆二の背骨あたりから嫌な鈍い音を立てたのを聞き、流石に由樹がいじめっ子少年組みに声をかけた。
「おい! お前らぁああっ」
 あぁ? 何か文句あんのかよ、コラァ。と、いじめっ子たちは由樹のほうをじろりと睨みつけた。隆二が、やっと助けてくれる気になったんだね、と感動して涙を流す。
 だが、由樹は無情にも――、
「あんま、やり過ぎるなよな。後々、バレると面倒だろ。いいか、急所は避けとけよ。それと顔と服も。汚れると教師にも親にもバレて停学食らうし、ここで傍観していた俺にも嫌疑がかかる。別にお前らが停学食らおうが知ったこっちゃないけど、俺に被害がくるのは止めろよな」
 迷惑だし、と由樹が付け加える。
 無言で、三人のいじめっ子たちは心得た……とばかりに頷いた。
「……よ、由樹くん。そこに僕の気持ちだとかはいっさい考慮されてはいないんだね。何だか、涙が出るよ。これは痛みのせいかな? 凄く悲しい気分だよ……」
 由樹はいじめっ子よりもある意味、非情だ。

 ここから三十分くらい、寺田隆二はいじめっ子たちによって暴行された。
 その間、由樹が助けにいくことは一度もなかった。

「げぶぅ――――っ」
 ボロボロのズタボロにされた、ちびっ子、寺田 隆二はぐったりと青く悲壮感たっぷりの顔で屋上のコンクリートに倒れこんだ。由樹からの忠告の甲斐あってか、顔や服には一切の後は残っていないので、病気かもしくは貧血でも起こしたように、隆二はぐったりとなっている。
「隆。大丈夫か?」
「由樹くん……、その台詞はもう少し早く言って欲しかったよ」
 そんなこと言われても、由樹は全く意に介さない。否、あの夢を見てからは、更に非情さが上がった。というよりもプライドで固める傾向が増した風ですらある。
 ぷい、と由樹は視線だけ逸らし、ハンカチを隆二に無言で差し出す。
「……ありがとう」
 にこり、と笑って隆二がそれを実に嬉しそうに受け取った。
 あんな目に遭って、しかも友達に完全に裏切られたというのに、隆二はけして由樹の傍から離れないのだ。今までの友達たちは、直ぐに由樹の傍から離れていったというのに。
 例えば、金子杵彦とか……。
「別に、感謝されるほどのことでもないし、お前、そんなんだから虐められるんだぞ」
 ちょっと辛辣に噛み付くと隆二はそれでもにこりと笑って、何でもない風に告げた。
「だって、由樹くんは、僕のことを莫迦にしたりしないから」
 ちょっと、待て……。と思う。
 たった今、思いっきり莫迦にする言葉を吐いたではないか。
「お前、大丈夫か。俺は滅茶苦茶お前のこと、莫迦だと思ってるからな」
「いや、そういう意味じゃなくてね」
「じゃ、どういう意味なんだよ」
 莫迦か。こいつ。
「だからね、由樹くんは自分で気がついてないだけでいいところとか優しいところとかが山ほどあるんだよ? 僕の知る限りでも大体、約千とちょっととんで八回くらいは―――」
 と、隆二がいつもならここで由樹の良いところ自慢をする(大体、三十分くらいは由樹の訳の分からない、本人さえも覚えていないことを喋っている)はずなのだか、その前に言葉を止めたので不自然に思うと、屋上の入り口付近にいる一人の人影に気がついた。舌打ちしたい衝動を堪えて、思い切り顔を顰めるだけに留める。
 その人影は、熱血、青春、パーフェクトマンの透だった。
 嫌な奴にあっちゃったなぁと思いつつも、一応は挨拶をする。
「……よぉ」
「やぁ、羽柴と……?」
「隆二」
 短く、由樹が付け足した。どーせ、パーフェクトマンにはいじめられっ子の名前など知らないのだろう。だが、透はその全ては爽やかさだけでカバーしてみせた。
「こんにちは、隆二くん」
 キラキラという効果音が流れそうなくらい、スマートで爽やかである。
 ――けど、ラドルアスカのほうが、美系。でも、性格は透の勝ち。
 ――でも、ラドルアスカのほうが、絶対強い。けど、人望では透の勝ち。
 ふと、気がつけば、あの“夢”のことに思いを馳せていて、慌ててその考えを打ち消した。ここ最近、気がつけば、夢のことを考えているときが多い。よくない兆候だ。
 意図して、気持ちを切り替え、透に挑むように向き直った。
「で、何の用? 主将」
 透は空手部の主将だった。何も、役職で呼ばなくてもいいのだが、これは由樹なりの、これ以上親しくなりたくありませんというポーズである。しかし。
「透でいいよ。別に用ってほどのものがあってここに来たわけじゃないけど、ここに羽柴がいるって聞いたから」
「……、ふぅん。そうか、じゃぁ、俺は今用事を思い出したから行くわ」
「……え」
 用事などないが、こんな優等生ちゃんに付き合っているような無駄な時間も由樹にはない。どうせ、自殺者を助けた君は素晴しい。だから一緒に自殺者を救う会を設立しよう!とかそんな話だろう。全くもって、ご免こうむる。
「じゃーな、“主将”」
  
 この日も、そのまま由樹は学校自体を早退して、家に帰宅した。

  * * *

「君、羽柴くんの友達?」
 ふと、ぐったりと横たわる隆二に透がそう尋ねた。蒼白とした隆二の顔色に、透が僅かばかりの心配を覚えたが、本人は平気そうに振舞っているので忘れることにした。
「うん、友達……。まぁ、由樹くんはそうは思っていないかもしれないけどね」
「ふーん。じゃぁさ、羽柴ってどんな奴?」
 ん〜、と考え込むように唸ってから、隆二がにこりと笑って応えた。
「由樹くんは凄い奴だよ」
「だよな。本人は、そんな大したことしていないとか、謙遜しているけど、最近あいつ変わったよな。それに、俺としては気になることもあるし……」
 やっと話の分かる同胞にでも会ったように透がはしゃぐと、それとは逆に隆二は表情を曇らせた。
「由樹くんは前から凄いよ。ただ、今まで皆がそれに気がついていなかっただけで」
「……ふぅん」
 奥が深いもんだな、と透は認識を改めたと同時に更に由樹にたいして興味を抱いた。
 もしこの会話を由樹が知ったら、隆二は多分永遠に、由樹のお友達リストから外される。


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