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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第42回   メイリー・レイターの報告書 4枚目

 
 ――緊急報告!

 何をしているのだああああ!
 あれほど、私メイリーが忠告したというのに、敵に情報が漏れているではないかッ!
 莫迦か、ラドルアスカ殿。
 慌てるあまり、自己紹介フレーズを書き忘れてしまったではないか。
 ……ということで、慣例通りに自己紹介から緊急報告を始めよう。

 私はメイリー・レイターだ。
 麗しき間諜であり、タルデシカでも数少ない優秀なる間諜の一員だ。
 ちなみに性別は女である。
 母も間諜、父も間諜、祖母も間諜、祖父も間諜、と生粋の間諜の家系であり、私は期待の星だ。その理由としては、私、メイリーの親族全てが規則違反、つまり報告書の書き方を国から指摘された為、首となったからだ。
 よって、私は家族の期待を一心に受けて、今ここにいる……。
 反省の色がない?
 余計なお世話だ。放っておいてくれたまえ。
 
 そうだ、ラドルアスカさま、金をよこせと散々、前の報告書で書いたのだが、未だ送金はされていないのは、一体どういうことであろうか。申し開きがあるというのならば、言ってみるがいい。何度も説明するようであるが、この金は私が私用で使う金ではなく必要経費である。でないと、ロナの秘密が入っているであろう、金庫の鍵が開けられないのだ。
 よって、金を要求する。
 早く、送金せよ。

 ……と、前置きが少々長くなったが、やっとここからが本題である。
 熟読してくれたまえ。
 先日、カジミの侍女として潜入した私は、ロナとシノについて報告した。
 今回も、ロナとシノの会話である。
 しかし、今回の場合はロナが私に直接お茶くみとして同席を求めたため、シノの外見を知ることに成功した。
 カジミの長であり王であるシノは、黒い髪に黒い瞳に、少しばかり黄色が入った肌をしていた。年齢は大体、二十代後半くらいだ。
一見、猿と似ているが、その存在感はやはりカジミを統べる王という風格が滲み出ている。しかし、王というよりは戦士や兵士といった戦うものの鋭さがそこに同居しており、妙な違和感を覚えたのが、私メイリーの第一印象の感想である。

「あと、一歩ね」
 絡み付くようにロナが甘えた声でシノに囁く。
 この二人は、どうやら恋人関係にあるらしい。常に二人でいることも多く、ただの魔導師と王。主人と従者の関係ではない気がするのだ。
「ああ、そうだな。タルデシカはよく頑張ったほうだ。よくもったと思うよ。やっぱり、君のお父上や娘のおかげだろうね」
 微笑むように、シノは語りかけるも温厚そうに見えるのは外面だけで、僅かな隙を突いて暗い静謐な翳りが姿を見せる。
「もう少し、……やりようがあったな」
「どんな?」
「例えば、俺が指示した通り、君が君の娘を甘い罠で誘って、すっぱり殺す、とかだ」
 ロナがぴくりと反応した。
「あたしが悪いというの? あたしはちゃんとやったわ。けど、どうしてもあの子とは気が合わないのよ」
 そんな言い訳は聞きたくないとばかりに、シノは一蹴した。
「そう思えばこそ、その時だけは良い母親を演じておく作戦じゃなかったのか? そうすれば、放って置かれた幼い子供なんか、直ぐに落ちる。その油断した隙に殺す。これが当初の作戦だった。違うか?」
「そうよ」
「なら、何で命令に背いた? 今頃、母性にでも目覚めたのか。それとも、やはり我が子ともなれば情が湧いたのか」
 ずん、と一段部屋が沈み込んだように、雰囲気が悪くなった。
 暫く、ロナとシノの壮絶な睨み合いは続き、静寂に部屋は包まれる。
 そして、意外にも折れたのはロナのほうであった。
「悪かったわよ。けど、あたしの名誉の為に言っておくけど、けしてイルが可愛くて殺さなかったのではないわ。あたしは、正面から、あの子に召喚術で勝ちたかったのよ」
「君が、娘に召喚術で勝ちたかった? まるで、君が娘に劣っているという言い方だな」
「事実、その通りなのよ。あたしはあの子に敵わない。いいえ、現段階ではあたしの勝ちでしょうね。けど、あの子には、とんでもない才能が眠っている。あたしなんかでは比べ物にならないほどのね。だから、あたしはそれが妬ましいのよ。あの子に天才と謳われたサレイドの血筋はあたしだと、あたしこそがそうだと、証明したかったの」
「それだけか?」
「それだけ、よ」
 再び、二人の鋭い視線が交錯した。
 と、今度はシノのほうがロナに嘘はないと判断してか、そうか、とだけ言って頷いた。
「じゃ、この話はこれでお終い。で、“あの”キング級から召喚された子供の話なんだけど」
「その話はいいと言っているだろう」
 迷惑そうに、シノは眉を寄せた。
「いいから、聞きなさいって。あなたにとっても、重要なことだから……。話に戻るわね。タルデシカに潜入させている“あの子”からの報告で聞いたのだけれど、一旦、元の世界に戻ったらしいわ。でも、イルがまたこっちに直ぐに戻ってくると言ったらしいの。だから―――」
「まさか、秘密に気がついたのか?」
 信じられないものを見るように、目を見開いてシノが驚く。
「さぁ。詳しいことは何とも分からないわね。でも、少なくとも、いつまでも気がつかないほどあたしの娘は愚かではないわ」
「分かった。ならば、戦場はここ、“マルロンの要塞”だな」
「そうね」
「それにしても、君が天才というのがよく分かったよ。あれをどうにかされては、俺はどうしようもない。まったく、君の娘は厄介だな」
「そうね。それともう一つ。気になる情報が入ってきているの」
「何だ?」
 うんざりしたようにシノは訊いた。
「これもタルデシカに潜入させている“子”からの情報なのだけれど、そのキング級から召喚された子供、ただ者じゃないかもしれないわね」
「どういうことだ?」
 その瞬間、ピリッと部屋の中の空気が張り詰め、ロナも身震いをしたようだった。
「その子供に間諜であることを見破られたかもしれないと、報告があったわ。何か、凄く確信的な言葉を告げられたとかで」
「それは、気に入らないな。キング級の秘密はカジミだけのものでなくてはならない」
「ええ、カジミの根源的秘密だもの……」

 カジミの根源的秘密。
 訊いたであろうか。マルロンの要塞には何か膨大なものが眠っているようである。
 そういえば、言っていなかったが、私がいるのも国境沿いのマルロンの要塞である。
 戦場はマルロンの要塞。
 繰り返す、マルロンの要塞だ。

 おっと、追伸!
 この会話から、カジミからそちらに潜入したスパイは、かなりのやり手らしい。
 警戒したはずの城内からやすやすと、情報を持ち出している。
 特に、イルさまの言動や異国人のことなどは一般人には知らされない機密性の高い情報だ。再度、警告する。ラドルアスカ司令官、スパイに注意されたし。
 それと、この会話からもう一つ推測されるのは、カジミの根源的秘密のことだ。
 やはり、これもロナの金庫が怪しいと類推できるため、金を送ってほしい。
 金を頼むから、送ってくれたまえ。
 私もタルデシカの役に立ちたいのは同じである。


 ……素晴しき間諜、メイリー・レイターより
 ほんの少しの同情をこめて
  


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