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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第37回   夢は夢だから、曖昧なのさ


「うっひょ――――――――――――――ッ!」

 予想していたよりも、空の旅は気持ちが良かった。
 暗闇で景色が見られないのが残念だが、その分、夜の冷たい風が頬を撫で、見えないスリルを存分に味わう。グイシンも先程の約束通り、由樹のことを気にしつつ、ゆったりと空を羽ばたいている。最高だ。飛行機に乗ったことはある。空の風景も知っている。だが、この風を切り裂くようなスピードとスリルに比べれば、飛行機なんか鈍足も甚だしい。
【楽しいか?】
「滅茶苦茶楽しいぞ、こら。何で、もっと早くこうしてくれなかったんだ、こら」
 そうだ、最初にグイシンに乗ったときは、ラドルアスカをグイシンが転落させ由樹がそれに便乗した形となった。そして、二度目はルーファニーに進められ、仕方なく乗ったが、両方ともグイシンは基本的には搭乗者を振り落とす選択肢を選んでいる。
 だというのに、今更、何故由樹を乗せてくれる気になったのが不思議だ。
 ちょっと、グイシンは言いにくそうに、
【だってよ、気に食わねぇ奴を俺の背中に乗せんのは間違っても御免だ。でよ、今日、お前は俺と志が一緒と判明した。それだけだ。俺は気に入らねぇ奴は絶対乗せねぇ主義なのよ。特にラドルアスカなんか、世界の破滅だと言われても絶対乗せねぇ……】
「なるほど。ラドルアスカに関しては、俺と同意見だな、我が同志よ」
【おう、気が合うな、相棒。アイツよ、俺の背に何回チャレンジしてると思う?】
「五回くらいか?」
 普通の常識の範囲内で由樹がそう答えると、グイシンはッけ、と嘲笑った。
【アイツのしつこさを舐めんな。百一回だ。この野郎、いい加減に諦めろってんだ。俺はよ、その度に落っことしてやっているのよ、地面にな】
「……うわ」
 しつこい。
 しつこいのも、ここまでくるとストーカー並に迷惑だ。
「俺、アイツ嫌い」
【気が合うな、俺も奴は嫌いだ】
 由樹とグイシンはラドルアスカに関しては凄く意見が合うらしい。しかし、グイシンは、でも、と続けた。
【軍を上手く纏めているのだけは、まぁ、ちっとばかし、敬意を払ってもいいかもな】
と、言う。
「何。アイツってば、そんなにすげぇの。司令官としては」
【まーな。今、アイツ以上に軍を動かせる司令官はいねぇし、戦死したタルデシカ軍の元司令官たちと比べても頭一つ分くれぇは、すげぇよ。アイツは細かい性格だから、常人が見逃すような細かな事を鋭く見分ける。だから、あまり敵の作戦には引っかからないが、最近はその手口もカジミに分析されちまってるからな。逆に、奴の特徴を逆手に取って、上手く作戦を練ってくる。ま、それは奴のせいじゃねぇ。タルデシカの人材不足が原因だからな】
「ふぅん……」
 そんな風にラドルアスカのことを褒めると、少し気分が悪いような、嫉妬のような感情が沸き起こった。嫉妬など醜い。やはり、それを表に出すにはプライドが許さなかった。
 イルのように、リュイ・シンに垢らさまに嫉妬するのが、今では羨ましく感じる。
 嫌な気分を振り払うように、由樹ははしゃいでみせた。
「グイシン、あっち、あの尖がったでっぱりの方に行こう!」
【いいぜ。けど、俺としちゃぁ、もっと高度を上げてぇんだけどな。後、もっとスピードを上げてぇ】
「いいぜ。どんどん上げろ!」
 に、とグイシンが笑って、【後悔するなよ】とだけ告げ一段とスピードを上げた。
 ぐん、と空を翔る速度が上がり、スリルも増した。
 即座に高度が上がり、雲のような霧のような白いベールが由樹の視界を満たす。
【つかまってろよ、相棒。飛ばすぜ!】
 ぐ、と手綱を握る手に力を込め、しがみ付くように姿勢を低くした。ひゅぅひゅぅと風を切る音が由樹の耳に届き、雲の中を切り裂くように進んでいく。
 ――すげぇ……ッ!
 ジェットコースターなど目ではない。このスピードは正に弾丸だ。
 戦闘機に乗ったことはないが、きっと乗ったらこんな感覚を味わうことになるんだろうと由樹は思った。同時に、パイロットに憧れる子供たちの気持ちもよく分かるというものだとも思う。
 そう、浸りながら由樹は雲のベールに身を任せ、目を瞑った。
 夜風が心地いい。今のこのときが、この瞬間が素晴しく、心地よかった。
【そらぁ、雲を抜けるぜっ】
 その言葉に由樹はゆっくりと瞼を開く。
 眼前は、灰色の雲が空を優しく覆っていた。
 ばひゅっという切れる音がして、グイシンの宣告通りに雲から外に出たと同時にいっきに視界が開けた。
 そして、雲を抜け一番に視界に飛び込んできたのは、一点の黒いシミだった。
「何だ、あれ……? グイシン。あのシミのほうに行ってみよう」
【いいぜ。どうせ、でっかい鳥かグリフォンか野生化したドラゴンだろうよ】
「いいから!」
 ドクン、と心臓が跳ね上がる。何か、嫌な予感というか、胸騒ぎがした。
 ぐん、と引っ張られるようにスピードが増して、黒いシミのようなものに近づいていく。
 距離が縮まり、徐々にシミであったものは輪郭を宿して、全貌が見て取れた。
 その黒いシミは、グイシンと同じ、ブラックドラゴンの形をしていた。

「――あ?」
 普通に混乱した。
 今、タルデシカにいる唯一のブラックドラゴンに由樹は乗っているのであって、ならば、タルデシカには現在、黒い竜は一匹もいちゃいけないわけだ。
ということは…。
 静かに、グイシンがその答えを告げた。
【――敵だ。いや、カジミだ】
「敵……?」
 ばかな。敵、カジミ……。
 敵と戦う準備なんかできていない。


 雲のトンネルを抜けた先の現れた、一匹の謎のドラゴン。
 国籍はおそらく、黒竜であったことから敵国カジミと予想。
 そして、そのカジミのドラゴンの背に乗るのは一人のスラリとした細身の男。
 その男は、由樹とグイシンの姿を認めるや否や、何の違和感もなく自然と襲ってきた。
【逃げるぞ、相棒。飛ばすからしがみ付けっ!】
「ぅわッ!」
 先程とのスピードとは比べ物にならないくらい速い速度で、グイシンは敵のドラゴンから遠ざかっていく。しかし、敵も負けてはいない。グイシンの速度も凄く速いと思うのだが、それ以上のスピードで後を追ってくる。その差はどんどんと詰め寄られている様だ。
「おいっ、追いかれてるぞ! もっと、スピード上げろよ!」
【あぁ、分かってるがよ、こっちは打つ手はねぇよ】
「何でだよ、お前、強いんだろ、何とかしろよ!」
【何とかしたいのは山々なんだけどよ、相棒。相棒が戦えないんじゃ、俺は反撃できねぇ。向こうの騎士は見たところ一流だ。俺の姿を見た瞬間襲ってきやがった。そうとうの使い手だな。迷いがない。その一流の騎士にだ、素人のお前と、先程まで檻ン中閉じ込められて、飛べなかったブランクのある俺が敵うわきゃねぇだろが。逃げるしかねぇよ】
 ――そうか、大半は俺のせいなのか……。
 こんな事になるなら、意地を張らないでルーファニーに戦い方でも習っとくんだったと由樹は後悔する。そうしている間にも、グイシンと敵のドラゴンとの距離は縮まっていた。
 確かに、グイシンの言う通り、敵の騎士はやばそうだ。銀色の甲冑に身を包み、長い槍を構え、盾を手にこちらへと猛然と迫ってくる姿を見ては、いくら由樹が素人とて、対抗するのは難しいと分かった。乗っているだけでも難しいのに、この騎士はいかにも重そうな槍と盾を持ち、かつバランスを取って迫ってくるのだ。よく訓練された騎士なのだろう。
 と、ついに敵のドラゴンに追いつかれてしまった。
「おいっ、追いつかれたぞっ」
 それに返答もせず、突如グイシンは身体を反転させ、敵のドラゴンと正面に向き合う。
【悪いが、もう戦うしかねぇ。とにかく、落ちねぇように、つかまってな、相棒!】
 忠告通りに由樹は手綱を手に巻きつけた。
 それを確認するとグイシンは敵のドラゴンに突進していった。その突きを敵のドラゴンはそのまま受け止め、両者は絡みつくように空中でぶつかる。前足の鋭い爪を相手の胴へと食い込ませ、両者一歩も譲らず、牙をむき出しにどつきあう。
 そして、両者は一斉に口から黒い炎を吐き出した。
「うぁっ……、あぢっ。熱っ」 
 熱風が吹き荒れ、髪の毛がちりちりと焦げたが、二匹のドラゴンは全く熱さを感じていないようで、更に鋭い銀色の牙で奮戦している。しかし、その間に相手の騎士がドラゴンを踏みつけ、グイシンの背に軽々と上ってきた。
「げぇ。おい、グイシン。あいつ、あの敵の騎士がこっちに来た!」
【知ってるよ。敵が現在、俺の頭を踏んでるんだからな。でもよ、こっちは手が離せねぇ。そっちはそっちで何とかしてくれ】
 ――えぇ!? 何だって?
「そんな、莫迦な。ひ、」
 見る見る騎士は由樹との間の距離を縮め、とうとう由樹の目の前まで槍を携えやってきた。正直、由樹はあの騎士のようにドラゴンの上をひょいひょい移動するような器用な芸当はできそうになく、また、手綱から手を離せるほど余裕もない。だが、このままじっと手綱にしがみ付いていても騎士にザックリと刺される運命が待っているだけだ。
 由樹は最近、神信仰者になった。
 運命に従うのも、また一興かと思うのだが、だからといって黙ってやられるのは癪だ。
「うっが――っ! もう、どうにでもなれぃ!」
 瞬時に決断すると、由樹も手綱から手を離し、ぐらぐらと揺れるドラゴンの土台を踏みしめ立ち上がった。まるで、サーカスの綱渡りようだ。空中で絡み合うドラゴンの上で、バランスを取りながらその上を渡る、綱渡りならぬ、ドラゴン渡り。
 とにかく、騎士をかわし、由樹は敵のほうのドラゴンの上に身を躍らせる。すると、敵のドラゴンが主人とは違う人間が自分の背に乗るのが気に食わないのか、暴れだした。
「うぉ、っと。こら、大人しくしろ!」
「いいや、暴れろ。ドーラィ」
 騎士が言った。
 はっと、由樹は騎士を見やった。
 にやり、と騎士が笑うとドーラィと呼ばれたブラックドラゴンが激しく暴れだす。
 ぐらりと、足場を崩され、由樹はバランスを失った。
「ぅおぁっ!」
 堪らず由樹はドラゴンの背から足を踏み外し、空中へと身を躍らせた。
 スローモーションのように、ゆっくりと由樹は堕ちていった。
 その途中で、騎士が由樹に何かを語りかけるように口を動かす。
 ――その内容は……。



 “そっちの世界はどうだ? 今は西暦何年になった? 高校は楽しいか? お前、孝四郎って知っているか? あの事件はどうなった? 犯人は、どうなったか、お前、知っているか―――?”


 そこで由樹の視界から騎士の姿は消えた。
 否、離れすぎて豆粒のようになって見えなくなったのだ。しかし、今の由樹の頭には、このままいけばヒキガエルになるだとか、死ぬとか、それ以前に、騎士の言葉が頭から離れない。
 ――今、あの騎士は何と言った?
 ――そっちの世界……、西暦……、高校……、幸四郎……、事件……、犯人……。
 その六つのワードがぐるぐると脳内を埋め尽くしていき、濁流のようになって、視界をも埋めていった。金色の光が由樹の体を覆い隠していく。キィィィィンという金属音のような耳鳴りがした。そして、ぐんと身体が引っ張られるような感覚がして、全ての濁流はふっと消えうせた。
 その瞬間、重力が戻ってきた。
 ――落ちている……!
 急に、落ちていることへの恐怖が舞い戻ってきて、地上が近くなった気がした。
「……っひ、」
 目の前が木々の葉で溢れかえり、由樹はそのど真ん中へと突っ込んでいった。
 べきべき、ばき!という枝の折れる音がして、由樹の体重を一本の木が受け止める。
「……はっ、……ぁ、ぐ」
 脇腹を鋭い痛みが走っていく。落下のショックで何処か打ったらしい。いや、あの高度から落ちて、死なずに済んだことのほうが奇跡に近い。何て、幸運だったのだろうか。
 “運よく”木に受け止めてもらえるなんて……。
 暫し、木の上で呼吸を整えていると、何やら遠くから声が聞こえてきた。
 ルーファニーやイル、ラドルアスカたちが、グイシンと敵の戦闘の音を聞きつけて、やってきたのだろう、と思い由樹は身体を木から起こした。あれだけ大騒ぎして、気がつかないわけがない。きっと、これから勝手にグイシンを檻から出した罪をラドルアスカに死ぬほどしつこく怒られるのだろうな、と暗鬱に由樹は地上に降り立つと、ぞっとした。
「――ッ!」

 寒気がした……。

 地面が土ではなかったのだ。いや、地面が完全なるアスファルトだったのだ。
 慌てて、ばっと、空を仰ぎ見る。
 すると、そこには透けるような空ではなく、排気ガスと煙に塗れた汚れた空と、高層ビルによって視界が狭まった小さな月があった。
 と、先程の声がより鮮明になって由樹の耳に届いた。
『大丈夫か!? “しょう・ねん”!』
 この、特徴ある声は、由樹が自殺者を助けたときに駆けつけてきた警官の声だった。
 いや、今やその警官の姿も見えた。
 ――何が、どうなってやがる……。
 ――まさか、“アレ”が全て夢だと……?
 慌てて由樹は首元にある“はず”の〈意志の疎通の書〉に触れようと、喉仏付近に手をやった。何度も、触って青ざめる。

 ――……無い……。
 何が、どうなっているのか、訳が分からなかった。
 ――何がどうなってるんだ……ッ!


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