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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第27回   親の承認とか古いんだよね


「ふふ、イル。男の趣味が悪いのね」

 五年ぶりの親子の再会で、一言目がそれかとイルは心中怒りに燃えたが、それを顔に出すのもロナに親としての何かを期待していたようで癪で、あえて、くすりと笑ってみせた。
「分かってないなぁ。ラドルアスカさまは、ああ見えて、良いところもあるんだよ。特に
”顔“とか……」
 あらそう、とロナは特に気にせず、肩を竦めた。その軽薄な仕種にむっとする。
 ――何を、しにきたのかな、この女は……。
 よくよく周囲に注意を払ってみれば、あれだけ大勢ついてきていたタルデシカの監視の気配が全くといっていいほど感じられなかった。恐らくはロナに殺されたのだろう、と思う。これで監視の意味があるのか、と舌打ちしたい衝動を抑え、言う。
「何か、用? くそばばぁ」
「何、その言い草。せっかく、あたしが子供を迎えに来たっていうのに、その態度。また、捨てるわよ、イル」
「っは。今更、迎えに来るもないでしょ。暫く会わないうちに、頭湧いちゃったんじゃないの? あ、頭よりも先に皺! 皺が増えているよ。目の下とかっ。何ていうの。目元の皴? 嫌だねー。年は取りたくないよ」
 実際のところ、ロナは五年前とそう変わりはなく、美しい金髪に金眼の相貌を持ち合わせ、変わったと強いていうなら、身に纏う豪奢な服装だ。五年前はイル同様、魔導師定番の地味な黒ローブであったが、今は大胆なスリットの入った華美な赤いドレスを身に着けていた。髪も前よりも大分長く伸ばしており、腰まで綺麗に流れていて、艶も増していた。
 よほどいい暮らしをしているのだろう。
 見やれば、ぴくぴくとロナの美しく紅が施された口元が引きつっている。
 どうやら、イルの発言で与えた精神ダメージは多大なようである。
 内心、イルはほくそ笑んだ。それと同時に血の色のワンドを空中に高々と掲げた。
 する気はなかったとはいえ、成り行きでここまで挑発してしまっては、交戦を避けられないだろう。ぐ、と重心を低くして、相手の出方を警戒した。
 すると、ロナは軽く嘆息して力を抜いて体を弛緩させた。
 予想外の反応にイルは血の色のワンドを止める。
「全く、随分と血の気の多い子になったのね、イル。ママはそんな風に育てた覚えはないわよ。まぁ、捨てたから育てた覚えが少しもないのが普通なのだけれど」
「何の用で来たのかな? 私を殺しに? それとも偵察? じじぃを殺しに?」
「だから、言っているじゃないの。あなたを迎えにきたのよ。イル」
 ――何を、言っている。この女は。私を迎えにきた?
 ――本気で言っているのだろうか……。
 その考えを見透かしたように、ロナは、
「本気よ。いえ、子供を迎えに来たというのは間違いかしらね。あたしは、カジミの幹部として、イル・サレイドというタルデシカ軍ルーファニー魔導師部隊の魔導師をスカウトしにきたの。そこのところ、間違わないでね」
「……スカウト?」
 つまり、イルをタルデシカ軍からカジミ軍へと引き抜きに来たというらしい。ということは、その関係をもちろん雇用関係となり、それなりにロナからイルへと給与として報酬が支払われるということになる。
「そ、スカウト。だから、もちろん、あたしやアンタが大好きなお金も払うわよ。こんなしみったれた、貧乏国に尽くすことなんてないわ。アンタ、父上から金だって貰っていないそうじゃない。カジミとしてもね、英雄クラスの魔導師二人と戦うよりも、多額のお金で済むのなら、それに越したことはないのよ。だから、イル。いらっしゃい」
 ふむ、と首を傾げてイルは考える。
「額はいくら?」
「そうねぇ、一生遊んで暮らせる分、とでも言っておきましょうか」
 悪くない。ロナの言い分も理解できる。
 確かに、現状の戦力でルーファニーとイルを敵に回せば、ロナたちカジミはタルデシカに勝てなくはないだろうが、長期戦に持ち込まれ被害は大きくなり、軍隊にも影響がでるだろう。だが、イルがカジミ側につけば、いっきにその天秤はカジミ側に傾く。
 いや、イルがカジミにつかなくても、タルデシカに協力しないだけでカジミは楽に勝つことができ、その為ならば多少の金は惜しくない。
 カジミ側の理屈は合っているし、筋も通っている。
「ね? いい話でしょ?」
「……まぁね。ところで、ロナ。キング級の話に戻るんだけど、何で、わざわざ潜入させている間諜の存在を私たちに教えるような真似までして、キング級図式を壊したのかな。ずっと、気になっていたんだよね。だってさ、間諜っていうのは、敵にばれていないからこそ、意義があると思うんだよね。それをわざわざ、『今、タルデシカにカジミのスパイがいます』って、宣言してまで、それってやるべきことなのかな?」
 ぐ、とロナは押し黙り、憎々しげにイルを睨みつけてきた。
 その分かりやすい反応を見て、イルはロナが何かを隠していることに気がつく。
 ロナはおそらく、キング級図式の秘密を知っているのだ。
「それは、あたしの部下になってから、教えてあげるから」
 素直に応えるなど、毛頭イルとて思っていない。はぐらかしてくるだろうとは、予想していた。それだけに、尚、ロナが何かを隠していることに確信を持つ。
 だが、何故ロナはそうまでして、秘密を守ろうとするのかが不可解だった。別に、図式の秘密をイルに教えたからといって、カジミにそう不利に働くとは思えなかったからだ。
 決戦は明日だし、また、キング級を召喚するのにもそれ相応の準備というものがある。 
 秘密を教えてもらってできることといえば、由樹を元の世界に帰せるだけである。
 ――そんなの全然、役に立たないよ。
 ということは、ロナはもっと、カジミにとって知られると困る重要な秘密を抱えているということだ。
 そう、カジミにとって、致命的な秘密を。

「是非、今知りたいな。お母さん」
「駄目よ、カジミに着てからよ」
「人生で一回くらい、子供を信じてもいいんじゃないのかな」
「あら、あなただって、人生で一回くらい親の言うことを聞いてもいいんじゃないの」
 同時に二人して、ふ、と軽く息を吐いた。
「ねぇ、お母さぁん?」
 わざと甘ったるい猫なで声で訊いた。同様にロナも甘い声で答える。
「なぁに? あたしの娘」
「つくづく、私たちって、気が合わないよね」
「そうね」
「一つ、聞いておきたいんだけどさ」
 ロナが図式を書く道具、彼女の定番である灰色の傘を構えて、なに?、と訊いてきた。
「私の父さんのシャロットの何処が良くて恋したわけ?」
「あら、ああ見えて、あなたの父さんは妙な人望だけはあったのよ。莫迦だったし、あたしは嫌いだったけど、お金だけは持っていたのよ。それに引き換え、今の彼はいいわよ。お金も権力もあって、頭もいいし、一流よ」
 イルが血の色のワンドを構え、空中に走らせた。同時にロナも、灰色の傘を夜闇の虚空に走らせる。書きながら、イルは口を開く。
「もう、一つ訊いていい?」
「いいわ」

「今の彼って、誰?」

 一瞬、ロナは金色の瞳を丸くして、虚を突かれたような顔をし、にやっと唇を歪めた。
「ふふ。カジミの長であり、知略の王、シノよ!」
 イルとロナ同時に図式が完成し、キィンという金属音を立てて、最後の輝きを放った。
「ロナぁあ! お前こそ、男の趣味が悪いんじゃないのぉ!?」
 これで、ラドルアスカさまの借りは返した。してやったりだ。
 だが、そうも言っていられない。ロナが召喚したのは、3012冊子『アルカシス』に載る魔道具だ。『アルカシス』には、戦闘などでは有効な、強力な魔道具がずらりと載っている。
 だから、イルは戦に行く前になんとしても、召喚しておきたかった一冊子であったが、今更悔やんでも仕方がない。図式には、イルの知る最強の座標を書き込んだつもりだ。
〈黒い炎〉、『天史教本』128冊子、48章、56ページ。
 別名、〈悪魔の炎〉だ。
 黒い業火で、全ての物を焼き尽くす危険な炎。それほどに危険であるから、大抵の魔導師は滅多なことでは使わない。よほど、腕に自信がない限りは。
 だから、ロナはイルの召喚したモノを見て、驚愕に目を見張った。
「イルぅ! あたしを殺す気で、書いたわね!?」
 ロナの慌てた反応に、イルは初めて高々を心の底から笑った。
「はははは、当たり前じゃないか。今更、何言っちゃってるのかな」
 ロナが召喚したモノが何かは、『アルカシス』を召喚していないイルには分からないが、この〈黒い炎〉に対抗できる術はそうはない。ロナが慌てふためいているのを見る限りおそらくは、自分のほうが強いと思った。ロナもそう判断したのか、あっさりと『アルカシス』の図式を放棄し、別の図式に取り掛かった。ついでに、ロナの放棄した『アルカシス』の座標を盗んでおくのも忘れない。こっちはとっくに図式が完成しているのだ。
 余裕をもって、相手を構えた。
「そろそろ、ばばぁはお墓に入ったほうがいいよ」
 一切躊躇せず、迷わず、イルはロナのほうに向けて、〈黒い炎〉を振り下ろした。
「……っきゃ」
 小さくロナが悲鳴を上げ、次の瞬間には轟音に呑み込まれていった。
 鋭い轟音とともに、全てが灰燼に帰し、灰のパウダーとなってイルの頭上に降り注ぐ。
 黒い光が闇と同化するように明滅した。
 辺りにある木々が熱風で燃えるのではなく、跡形もなく溶け、形を無くしていく。
 土が黒色に変色し、ちりちりと焦げ、煙が上空に上がった。
 爆音ともうもうと立ち上がった煙の中、最後に一瞬だけロナの悲鳴に歪んだ顔がちらりと見え、直ぐにその姿も黒い煙に呑まれていった。


 * * *
 


「……ふん」
 静まった、平穏なる大地をぐるりと見回してイルは、まぁ、当然かなと思った。
〈黒い炎〉の焦げ後に、ロナの死体らしき物体はなかった。一緒に溶けてしまった可能性もあるが、そうは考えられなかった。どうやら、逃げられてしまったらしい。あの状況で逃げるとは、やはりロナも流石、英雄の血筋といったところだろうか。自分の母親なのだ。
 これくらいできなくては、サレイドを名乗る資格はない、とイルは思う。
 ――まぁ、とにかく、ラドルアスカさまの名誉は守れたよ。
 とりあいず、それで満足することにした。
 
 今時、親の了承などクソ食らえ、である。
 


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