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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第21回   家出少年よ、疾走せよ


 朝、目覚めるとほとんど強制的に、ベッドから引きずりおろされた由樹は、サレイドの孫とじじいによって王城に連れて行かされた。その道中、由樹が抵抗して暴れた為、孫のほうがワンドを空中に振るい、由樹の行動を縛りそのまま王城まで連れて行かされた。
 つまり、結局連れて行かれたのだが…。
 何故か、その身勝手な二人の間では、由樹に戦の準備を手伝わせることは既に決定事項となっていて、そこに由樹の気持ちなどというものは一切、これっぽっちも考慮されていなかったのである。
 そうこうしているうちに由樹はルーファニーから、何処かの古びた地形図を手渡され、一言。見てくだされ、と言われたので、一応今由樹はその紙面を眺めている。
 訳の分からない地図を眺めていても、どうしていいか、由樹にはさっぱりだ。
 地図を眺めているのも飽きて、むしろ、眼前で行なわれているイルとナイジェルの魔法のほうが気になってきた。元来、飽きっぽい性格なので仕方がない。

 彼らは、先程からしきりに物資を何処かに、召喚術を使って輸送していた。
 今、由樹らはドーム状の巨大な空間、“召喚場”にいた。
 ドーム全体に大量の食物や武器が陳列しており、それらを一つ一つ丁寧に、彼らは何処かに送っている。

「ナイジェル。この、物資の座標を」
 イルがナイジェルに座標を訊ね、ナイジェルが三角定規のような道具で座標を測り、イルへと教える。
「えぇと、これは…」
「速く」
 ここで大抵、我慢できない性格なのかイルの叱責が飛び、ナイジェルは必要以上のプレッシャーをかけられる。
「ちょっと待ってくださいよ。もう、せっかちなんだから」
「何か言ったかな、よく聞こえなかったんだけど?」
「い、いいえ。何でも。っと、分かりましたよ。この食料の座標は、45.23.0です」
「ん」
 物資、つまり食料の塊の座標が分かるとイルは即座に、空中へと赤いワンドを走らせ、金色の格子を彩り図式を立ち上げる。
 そうして、その物資は消えて何処かに輸送されて行くのだ。
 この光景は先程から、何度も繰り返されている。
 どうやら、イルはナイジェルによって、座標を教えてもらわないと単独では輸送できないようで、ナイジェルに速くしろ、とせっついていた。
 ふと、由樹はナイジェルと視線が合う。
「何か、分かりましたか?」
 一瞬、何を言われているのか分からなかったが、直ぐに今、自分が何をしていたのか思い出し、今持っている地図の存在がものすごく忌々しくなった。
「全然。大体、地図なんか見ても、なんも分かんねーし。俺、地理苦手だし」
「……そうですか」
 ちょっと、残念そうにナイジェルが言った。
 イルが言わなきゃいいのに、やっぱり文句を垂れる。
「ふん。ジジイも莫迦だよね。そんな戦場になるかもしれない、地図を分析したって、戦場は空中なんだから、地形なんか関係ないじゃん」
「イルさま。これは騎竜から落ちた兵士の逃走ようのルートを確保する意味で分析しているのであって、戦争の優劣のためのものじゃないですよ。また、空中戦でも地形は大切です。山だってあるんですから。そしたら、いくら空中だって戦況を左右するかもしれないでしょう」
「あ、そうなの。いいから、座標。はやくっ」
 イルはナイジェルに理論を看破されたのが気に食わないのか、乱暴に次の物資の座標を促した。
「はいはい」
 と、ナイジェルが凝視する由樹の視線に気がついて、
「面白いですか?」
 と訊いた。
 素直に由樹は頷く。観ている分には、なかなかに面白い光景だ。
「じゃぁ、ちょっとこちらに来て、見物してみてはどうです?」
「いいの? 邪魔じゃない?」
「召喚術に興味を持ってもらえるのは、なかなか嬉しいですからね」
 え〜、というイルの不満そうな声が聞こえたが、無視して由樹はナイジェルのほうへいった。正直、古ぼけた地図との睨めっこに辟易していたところだ。
 由樹がナイジェルの傍に行くと、元来親切な性格なのか、ナイジェルは丁寧に教えてくれた。
「まず、私がこの三角形の道具で座標を読み取ります。この道具は座標を性格に読み取る道具で、“ピンター”といいます。この三角形の尖がった部分を空に垂直に向けて、三次元的な、縦、横、高さを測るのです」
「ナイジェル、座標」
「あ、はいはい」
 我侭なイルから促され、ナイジェルは早々に由樹の説明を終え、次の物資である剣の今ある座標を測り始めた。その姿は何だか、地形の測量に似ていた。よく、工事現場とかにいる、黄色の三脚でレンズを覗いている人とそっくりである。
 感心して観ていると、イルが再び剣を何処かに召喚していた。
 そこで、由樹は、あれ?、と疑問に思う。

 確か、イルの説明では召喚術とは『天史教本』と書くもので成り立っているはずで、その『天史教本』で全ての座標が書いてあるはずなのだ。由樹はここ最近、イル大先生からうんちくを訊かされていたので、召喚術についてはある程度の知識を吸収していた。
 だから、余計にそのことが気になる。
「なんで『天史教本』から座標を読まないで、ナイジェルさんから座標を教えてもらっているんだ?」
 そう質問すると、虚を突かれたようにナイジェルが目を見開いて、それからイルを見て何か納得した顔になり、由樹に教えてくれた。
「『天史教本』も万能なわけではなんですよ。といいますか、『天史教本』のあり方から説明しないといけませんね。全く、イルさまがいながら、教わっていないのですか」
「や、必要ない知識だって、こいつが言うから……」
「それでも、これくらい常識の範疇です。イルさま、このことはルーファニー師にお知らせしますからね」
 ナイジェルが子供のおいたを叱るように言うと、イルは不貞腐れたように、そっぽを向いて、だって必要ないじゃん、と言い訳した。どこまでも己の失態は認めない気らしい。
 その様を見、ふぅ、とナイジェルは嘆息し、由樹に向き直った。
「えぇとですね、『天史教本』というのは、増えるものなのです」
「……増える?」
「そう。まず、座標師から説明します。実は自分は座標師でして。この座標師というのは、まぁ、そのまま、座標を測る人のことを言うんですが……、何と説明したらいいでしょうね」
 ナイジェルが説明に詰まり、それを見かねてせっかちなイルが参戦してきた。
「『天史教本』が実態のない本っていうのは、何時だったか話したでしょ。読むことは特定の魔導師にしか可能ではない、と、同時に書くのも特定の人でしか出来ないの。それを出来るのが、今、ナイジェルが言った、座標師だけ。
つまり、座標師っていうのは、この世のあらゆる物や生物の座標を読み取り、それを『天史教本』に書き込む職業のことをいうの。けど、座標師っていうのは、座標だけを『天史教本』に書き込むだけじゃなくって、魔導師が研究したその成果の論文だとか、格言だとかを区別なく、『天史教本』に帰喚させる。
 それは、私たち魔導師とはまた、違った才能がいるの。つまり、ハシバも体験したように、元のところに戻す、図式を立ち上げるのが得意な人がなるの。ま、だいたい、こんなもんだね」
 イルの長い説明を聞き終え、ナイジェルが感嘆の声を漏らした。
「流石、イルさま。完全に理解なさっておられる」
「ふん、当然でしょ。ま、おまけとして、この説明に付け加えるなら、確かに座標師ってのは特別な人がなるものだけど、力がなくて『天史教本』を召喚できない屑魔導師だとか、上手く自分の力を制御できなくて召喚術を発動できない阿呆魔導師とかがなる、落ちこぼれ職業で、さらに言うなら、その作業は地道で地味。書くだけの単純作業。私は絶対なりたくないね。そんなの」
 座標師のナイジェルがいるのにも、関わらず、イルはそう言った。
 流石に温厚そうなナイジェルの目元が怒りでぴくぴくと痙攣していた。
 そんな中、由樹はイルの説明を必死に整理していた。
 パソコンに例えると分かりやすいだろう。
 いや、ネットに似ているのだ。このシステムは。

 座標師という書き手がいて、それを『天史教本』というネットに書き込む。そうして、公開された情報をイルのような魔導師が、自らの脳にダウンロードし、自由に使う。
 つまり、『天史教本』がインターネットのような役割を果たしているわけだ。
 そして、この世界のシステムでは、誰でもネット上の情報を見られるのではなく、力ある優秀な魔導師しか見られず、ホームページを作成できる人も座標師という特別な人しか書くことができない、と、そういうわけなのだろう。
 座標師(ナイジェル)→『天史教本』→優秀な魔導師(イル)→研究成果→座標師→『天史教本』→……――
 こういう感じにサイクルしているわけだ。

「だいたい、分かった」
「それは、良かったね」
 イルがさして、良かったと思っていないように付け足した。どこまでも可愛げがない。
 むっとして、由樹が何でもいいから反発したくて、口を開きかけた瞬間、ルーファニーの声が召喚場に響いた。
「ハシバ殿! 地図は分析できましたか?」
 はっと、そこで自らの目的を思い出した。
 ――そうだった…。やべッ。
 由樹はルーファニーからの地図を分析するために、ここにいるのだった。
 すっかり忘れていたので、今更どうにも言い訳できず、開き直る形になった。
「……全然?」
 それを聞いたルーファニーが、がっくりと肩を落とす。何だか、申し訳ないことをしたかもしれない。だが、実際、真剣に取り組んでいたとしても、大した成果はなかっただろうとも思う。由樹は自分の頭の悪さを自覚している。十段階評価でオール5だ。あくまで、平均を独走するのが、常の由樹の成績である。
 とはいえ、そんなことではへこたれない性格なのか、ルーファニーは気を取り直し、由樹にこう提案してきた。
「まぁ、その地図はもういいです。最初から、あまり期待はしておりませんでしたし。それよりも本部に来て、指揮系統を手伝っていただきたい」
「ハァ!?」
 何、言っちゃってるんですカ、おじいさん。冗談はほどほどにしろよ、このヤロー。
 何度も言うようであるが、由樹は平和ボケ日本の一般市民なのだ。
 戦争のお手伝いなど、炊事洗濯以外に手伝えるはずもない。また、その、自信もない。
「ちょっ、待てよ」
 由樹が自分には無理だと言おうとしたが、ルーファニーは強引に由樹の腕を引っ張って、本部に連れて行こうとした。その強引さにカッと頭に血が上った。
 ――お前は何様のつもりなのだ。
 ――何で、俺の自由を奪うようなことをするんだ。
 ――そんな権利、あると思っているのか。
 そう思うと同時に口が勝手に動いていた。
「俺、やらないからな! 指揮なんて、人殺しの手伝いなんて、絶対、やだからなッ!」
 カッとなった勢いで思わず、自分でも驚くほどの大声で本音を怒鳴ってしまっていた。
 召喚場に由樹の声が反響し、作業をしていたイルやナイジェル、その他の魔導師たちまでが、しん、と静まり、由樹のほうに注目していた。
 やばい、と気がついたときには、もう遅かった。
 幾らなんでも、人殺しは言いすぎだった。
 優しかったあのルーファニーが低い声で訊ねてくる。
「……何故でしょうか?」
 静かな口調なだけに、何処か迫力があった。ビビッて、ごくり、と唾を飲み下す。
「何だよ、何で、俺がそんなの、手伝わないといけないんだよ…!」
 もう、負け犬の遠吠えよりも、みっともない言い訳を由樹はしていた。思考回路が停滞し、それ以外の言い訳すらも口から出てこなかった。怯える由樹に追い討ちをかけるようにイルが、言った。
「だって、ハシバは今この国に住んでいるでしょ。何もしないで人の影に隠れて、ただ、生きていけると思わないでね」
「何だよッ! 元はと言えば、お前のせいだろ!」
 ――止まれよ。クソ。もう、分かってるから。
 ――俺が、子供じみた言い訳をしているって、分かっているから、それ以上言うなよ!?
 しかし、イルは止まらない。 
「っハ、私のせい? そう言ってしまえば、何もかもが自分に平伏すと思わないでね。確かに、あなたがここにいる原因は私のせいだよ。けどさ、よく考えてみてよ。私やルーファニーがあなたの面倒などみないと言ったら、どうとでもできるんだよ? あの屋敷から、あなたを追い出すことだってね。そんなことは簡単なんだよ」
「脅す気かよ!?」
 ――いいや、違う。イルはそんなことを言いたいんじゃない。
 ――クソ。言うなって!
 分かっていても、引くことは逃げることは由樹のプライドが許さない。
 だが、そんな浅はかな由樹の考えとは逆に、イルはくす、と笑って、嘲った。
「子供だね、ハシバは。私はロナの影響か、合理主義でね。私が求めるのは結果だけ。ハシバ。世の中は、全て等価交換でなりたっているんだよ。確かに私はあなたに対して、不利益なことをやってしまった。だから、屋敷に住まわせるのも当然だし、あなたの面倒を見るのも当然だよ」
「そうだ」
 ふん、とイルが鼻で笑って続ける。
「けどね、ハシバ。あなたが不利益を被った分だけ、私が利益をそこに生じさせたとき、私はあなたに何の負い目もなく、あなたを切り捨てることができるの」
「………あ」
 気づかされてしまった。
 恐かった。あの屋敷を追い出されることが、いや、そうなる未来を確実に予言されたことが。イルの言うとおりだ。イルが由樹にやった分だけ、その罪を償い、責任を負ったとき。そこで、はい、さよなら、と屋敷から追い出す権利が生じる。
そのとき、由樹は一人でこの世界に放り出されるのだ。恐い。恐いなんてもんじゃない!
「ハシバ。何もしないで、人のことを非難するのは、子供が玩具を壊されて、泣き喚くのと一緒なんだよ。ただ、駄々を捏ねることしかできない、無力な子供と同じなんだよっ」
 もう、限界だった。
 これ以上聞いていたくなかった。
 正論すぎて、正しすぎて、自分の愚かさが分かりすぎて。
 由樹はイルの前から、逃げ出した。
「異国人!」
 ルーファニーの引き止める声、そして、イルの……。
「放っておけばいいよ。どーせ、行くところなんか、ないんだから」
 
 辛らつな声が妙に頭に響いた。


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