私はメイリー・レイターだ。 年は25歳で生まれはタルデシカ南部ペッパー村々である。田舎だ。田舎娘である。 タルデシカでスパイ教育を受けた、優秀な逸材の一人、それが私だ。――凄いだろう? 家族の期待の星が私、メイリー・レイターである。 私の両親は間諜、祖父も間諜、祖母も間諜なのだが、彼らはもう現在は引退し、国に問題ありと烙印を押されリストラされた身で、何故か首になってしまったのである。 何故か、タルデシカ国は報告書の書き方について散々、文句を言ってきて、そしてゴタゴタしているうちに結局敵に報告書を奪われ、皆の身元が公になったため彼らは首となった。 運がなかったな。 私は皆の後を継ぎ、生粋の間諜へと教育されし者。 優秀なる間諜、メイリー・レイターなのだ。 そんな素敵な私は今、敵国カジミへと潜入し、タルデシカへ情報を命がけで収集して送り届けている。 命がけで収集したこの情報等をタルデシカ軍最高司令官ラドルアスカ・D・ローレ殿に報告書として、この文書を提出する。 熟読してくれたまえ。 ちなみに、ラドルアスカ殿、私は女だ。女性である。メスだ。オスではない。 この間、間違えたであろう。この口調から。 男と間違えるほどに私の容姿は酷いか。いや、ラドルアスカさまとは会ったことがないから、分からないのであるが……―― (※……この先、ラドルアスカへの苦情の文句が延々と続くため、タルデシカ軍の配慮により省略させていただく)
――……という訳で、このへんでラドルアスカさまへのクレームは終わりとする。 くれぐれも次の給料は上げてくれ、というところだけは強調しておこうか。 さもないと私は働かない。というより、私の仕事に支障が出るのだ。 なぜならば、今、私、メイリーはカジミのメイド分の給料しか貰っていないからな。 そんなはした金では『超、素早く開錠! コソ泥鍵開けセット』お買い得品が買えない。 先日、ロナの秘密に関することを報告書で書いたのだが、それについてロナの書斎で、とても気になる金庫を見つけた。これを、“どうしても”開けたいのだ。 この中に何かがある気がしてならない。 だから、給料を上げなくとも、少しでもいいから金をくれ。 『超、素早く開錠! コソ泥鍵開けセット』が買えるだけのお金でいいからっ! 今、私に必要なのは、名誉でも名声でもない。 ……金なんだ。 幾ら私に間諜の素質があっても、立ちはだかる金庫の鍵穴には勝てんからな。 同情するなら、金をくれ。いいな、お金だ。
で、話を戻すとしよう。まぁ、ここからが、やっと本題だ。聞いてくれ。 そう。本日、危険を冒して報告書を提出するには、それなりに訳がある。 この前の報告で、戦争が近いといったが、正確な日時が分かったので、これに記す。 『明後日』だ。 これが正しい日時である。 そして、もう一つ。 私が入手した、重要な会話をここに記す。 ロナとシノの会話を入手することに成功したのだ。 私は、部屋の屋根裏で二人の会話を盗み聞きしたのだ。 だから、暗くてあまり見えなかったので、姿は確認できなかったが、ロナが『……シノ』と切り出したので私は慌てて屋根裏に上り、会話を盗み聞きした。
ロナとシノはとある一室で作戦会議のようなものをしていたらしい。 そして、ロナがこう切り出すことから会話は始まった。 「シノ。スパイからの報告では、異世界からハシバという若者が召喚されたらしいわ。イルの手によってね」 カジミの王であるシノは大きめの椅子にゆったりと座り、ロナはその後ろに立っている状況だ。 カジミの王、シノは問うたロナのほうを振り返りもせずに、ただ訊ねる。 「そうか。年齢は?」 「さぁ…。正確には、“あの子”にも分からないらしいけど、大まかに、十代後半くらいよ」 「そうか。ならば、問題はない。“ただの子供”だ。それより、ラドルアスカと君の父上の動向が知りたい」 「んふ。ラドルアスカもそう大差ない子供よ? いいのかしら」 私、メイリーもロナと同じ意見を思ったのだが、シノは。 「あぁ、知っている。とにかく、そのハシバとかいう奴は気にしなくていい。それより、二人の動向が知りたい」 と、このようにハシバなる者を無視した言い方をするのだ。 ロナもさほど重要視する事柄でもないと悟ったのか、あまり追求はせずに、シノに返答をする。 「いいわよ。今のところ、二人ともイルに翻弄されっぱなしで、あっぷあっぷしているわ。戦争なんかそっちのけね。だから、言ったでしょ? あの子がいれば、直ぐに混乱するって」 シノは首を傾げ、 「何故だ?」 と、不思議そうに訊いた。私、メイリーも問いたい。 何故だ、ラドルアスカ殿。 まさかだが、イルというロナの一人娘だけのせいで、軍の内情に混乱を来たしているなど嘘であろうな? 頼む、嘘だと言ってくれ。 「ふふ。あの子のシャロット譲りの迷惑な口には、私も散々やられたわ。あのふざけた口に対抗できる人間はそういないわよ」 「まぁ、君が言うのだから相当だな」 全くだ、と私メイリーも思うのだ。 「ええ、シャロット並に酷いわ。いいえ、それ以上よ。シャロットは莫迦だったもの。でも、“あの子”は頭がいいから、人の傷を抉るようなことを平気な顔をして的確に言ってくるの」 「……」 シノが顔を顰める。 「頭にくるったらないわ。だってね――」 ここからは、イルさまの悪口は延々と続くので、省略させてもらおう。 そう。これを読んで、もうお気づきであろうな? そうなのだ。 タルデシカ軍の情報がカジミに漏れすぎている。どうやら、そちらにカジミのスパイが紛れ込んでいるようだ。 ラドルアスカ司令官。注意されたし、と私メイリーは忠告しておく。 これで戦争の日時とスパイがいるかもしれない、との二点の報告を終える。
おっと、追伸だ。 そちらにスパイがいるかもしれないことを考え、これからは私のこの報告書は極秘に扱って欲しい。でないと、敵のスパイに私の存在がばれて、ロナたちの耳に伝わってしまう。 気をつけてくれたまえ。 これにて、緊急報告書を終える。
……麗しき間諜、メイリー・レイターより ほんの少しの悪意をこめて。 金をよこせたもう。
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