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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第17回   メイリー・レイターの報告書 2枚目

 はじめまして。
 私はメイリー・レイターという者だ。
 年は25歳、生まれはタルデシカ北部のペッパー村である。生粋の田舎生まれだ。最近、田舎娘であることを誇りに思う日々である。
 寒い、雪が降り注ぐ日に生まれた。母は間諜、父も間諜、そして、祖父も間諜、祖母も間諜と、生粋の優秀なる間諜の家系だ。
 そして、タルデシカ軍に所属している、スパイ教育を受けたうちの一人。
 つまり、私も間諜だ。っふ。私は家族の期待の星である。一人っ子だからなッ!
 今、私は敵国・カジミに潜入し、そこで得た情報をタルデシカ軍最高司令官ラドルアスカ・D・ローレ殿に報告書として、この文書を提出する。
 熟読してくれたまえ。

 先日、報告した通りに私、メイリー・レイター(25)はルーファニー師の娘、ロナ・サレイド(35)つきの侍女としてカジミに潜入することに成功した。そして、先日の報告書で戦争がもうじき始まりそうだと報告したが、そこを訂正したい。戦争はもうじきではなく、もうすぐ始まるであろうと私、メイリーは予想している。
 そして、場所はおそらく国境沿いの砦、谷間周辺で開戦となるであろう。
 これは、あくまで私の私見で多少は偏見も入っていると思うので、これらの審議はそちらで行なってもらいたい。その材料となる根拠などを記す。
 根拠は、やはり、カジミの長であるシノに会えないことだろうか。シノは何処かに雲隠れしており、カジミの民ですらその居所は知れないそうだ。私はこの行動を、軍に関わることだと予測する。それは、極秘といった匂いがするからだ。まぁ、勘だがな。
 私の……。
 他、私が気になったことを記しておく。

 まず、私がロナの侍女として気になった点なのだが、あの女は本当に三十を越えているのか? 私が言うのも何だが、ロナは綺麗すぎるのだ。そして、美しすぎるのだ。あの女は顔に皺一つなく、金髪金眼の容姿を持ち合わせ、ロナの娘のイルと並んでも、遜色ないくらいに、美しいのだ。――まぁ、イルのほうが若い分、幾分綺麗かもしれんが、まず親子とは見られないであろう。よく見られて姉妹だな。年の離れた姉妹ってところだろう。
 外見は似ているからな。
 そして、毎日、銀色の手鏡を見つめながらロナは私を含め、侍女たちにこう言うのだ。
「あたしって、綺麗かしら?」
 毎日、侍女たちは必ず、「綺麗ですよ」と返す。本心からだ。もう、それが日課のように、毎日、毎日、繰り返される。確かにあの女は美しい。どんなに憎んでいようと本心から美しいと言えるくらいに……。
 だが、その反面あの女は異常だと感じる。
 三十を既に越えた年齢だというのに、死が訪れる気配が一切ない。皆全ての人間は平等に死へと向かって生きていくというのに、あの女には死へと向かう兆しがない。
 死はあの女にとって最も遠く、そして身近な存在なのだろう。
 得体の知れない何かを感じる。
 その何かは、未だ分からないが……。
 引き続き調査し、分かりしだい報告する。

 そして、次に気になることだが、このカジミという国は妙なことが多すぎること。
 言語もそうだが、文化もまた異質だ。確かに王政で、我らタルデシカ国やロールストーンなどと政治体制はあまり変わりばえはしないが、貴族などの制度はタルデシカに比べ希薄だ。国民、民、つまり一般の平民でも能力さえあれば、例えその者がどんな犯罪者だろうが、どんなに身分の低い者であろうが、無一文の浮浪者でも、国は採用するのだ。
 別に平民を軍に取り入れたり、出世させたりするのが悪いことではない。
タルデシカも普通にやっていることだ。現にあの有名な英雄、ルーファニー・サレイドが良い例であろう。まぁ、彼の前例から平民なども多く出世させる傾向が強くなったとも言えるがな。以前は、その例など皆無に等しい。そう、平和なるタルデシカさえ、そのような身分の知れぬ者から、―ルーファニー師には悪いが―……軍の上層部に昇進させるのは少ないというのに、カジミは違うのだ。
 カジミはとにかく生まれよりも能力を重視する傾向が何処の国よりも強い。この世界ではこのような体制は極めて異質と言わざるを得ない。まるで、戦争をする為ならば、軍の強化をする為ならば、血筋など関係はないと言わんばかりだ。私にはこの体制が空恐ろしく感じてならないのだ。
何時か、大惨事を起こしそうで……。何時か、この世界そのものを揺るがすような、恐ろしいことが起こる気がしてならないのだ。
 今回の報告はこれで終わりとする。
 また、新情報があれば報告する。


                    ……麗しき間諜、メイリー・レイターより
                       下心をこめて。給料を上げてくれ。
                       切実なんだ、頼む。上げてくれ。
                       じゃないと、“アレ”が買えない。 


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