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作品名:空を翔る猿 作者:氷室 龍獲

第14回   血の流れない決闘

 暫しの間、どちらも反応しない、否、反応できないという降着状態が続いた。その微妙な均衡を崩したのは、やはりラドルアスカの方であった。目を吊り上げ、憎々しげに由樹を睨みつけ、真っ向から非難してくる。
「貴様、“あのとき”はよくもやってくれたなっ!」
 威勢よく怒鳴り散らしてきた。だが、由樹にはラドルアスカの言う、“あのとき”が分からない。きょとん、と首を傾げ、訊ねる。
「“あのとき”って?」
「“貴様が黒竜のグイシンから突き落としたとき”、だッ!」
「うわ、何それ。アンタ、まだそれを引きずっていたのかよ」 
 しつこい。
 ねちねちしている。
 どうやら、未だにラドルアスカはあくまで由樹が全面的に悪いと言いたいらしい。
 完全なる誤解だ。由樹はけして彼を突き落としたりしていない。勝手にラドルアスカがバランスを崩して、勝手に黒竜から落っこちて“逝った”だけである。由樹はこの理不尽な誤解を解こうと試みた。
「だから、“あのとき”俺は何もしてねーって。俺は落ちていただけなんだから」
「何をぬけぬけと」
 どうやら説得は失敗したらしい。
「なら、俺にどうしろって言うんだよ。謝れって言うなら謝るぜ。面倒だし(頭は下げねーけど)」
 すると、にたり、とラドルアスカは笑った。その笑みは極めて陰湿だった。
 なまじ整った顔をしているだけに、人形のようで余計に不気味だった。
 思わず、由樹は後ずさる。微妙に恐い。
「な、なんだよ…。早く言えよっ」 
 薄っぺらいプライドを守るべく、精一杯、虚勢を張ってラドルアスカの言葉を待った。
「決闘をしよう。俺とお前、どちらが優れた男か、勝負して見極めるのだ」
 ラドルアスカの言葉に由樹は卒倒するかと思った。
「決闘ォ――ッ!?」
「そうだ」
 決闘というと、一対一で武器を持って、殺し合いをするあの決闘であろうか。中世の人々や、侍、西部劇のガンマンがやる、『俺は日本から来た羽柴由樹だ、そこもとは誰か?(由樹名乗る)→俺はラドルアスカである!(ラドルアスカ名乗る)→いざ、尋常に勝負ッ、やぁーッ!(決闘開始) 斬ッ!(決闘終了→由樹の死体、一丁できあがり)』という、………………あの、決闘だろうか。
 だとしたら、とてもではないが、平和ぼけした戦いなどとは無縁の日本で育った由樹には無理である。だから、直ぐに断った。プライドもここではおさらばだ。あばよ、プライド、命にはかえられねーよ。
「無理ッ! 決闘って何だよ。何の解決になってねーよ。さてはお前、俺を抹殺したいだけだろ」
 しかし、ラドルアスカはふ、と由樹のことを見下すように笑って、笑顔で言った。
「心配しなくとも武芸で貴様と俺では、勝負にすらならん。だから、血が流れない方法で決闘をしようではないか。……異国人」
「血の、流れない、決闘?」
 そんなのあるのか? 
 戸惑う由樹を捨て置いて、ラドルアスカはついてこられるがよい、とだけ言ってその場を去った。仕方がないので、由樹はその後を追う。
 ――一奴は、一体、何をするつもりなんだ?

 ラドルアスカに案内された場所は、大きな屋敷だった。そこがラドルアスカ本人の屋敷らしい。どうやらラドルアスカは端麗な容姿に加え、かなりの金持ちのようだ。確かに由樹とて社長の息子なので金を持ってないこともないが、ラドルアスカとは桁も違うし格も違う。
 絶対、こいつ女に持てる、と思った。絶対に友達になりたくないとも思った。
 だってもし、友達なんかになったら、こいつと比べられて惨めな思いをするに決まっているだろう?
 何となくやるせない気分になったが、ラドルアスカがここに座れと椅子を由樹に出してきたので気を取り直す。
 せめて、気持ちのうえでは優位に立たねば、あっという間に蹴散らされてしまう。
 ぐ、と下っ腹に力を込めて、由樹は豪奢な椅子に腰を据えた。
 ラドルアスカも由樹の正面に座る。そして、正方形の箱を取り出して、ラドルアスカと由樹の間にあるテーブルの上へと広げた。ラドルアスカはその正方形の箱の中から、やはり正方形の板を取り出し、机の上に置いた。その板には碁盤の目のような線が引いてあった。その板は将棋の板のようだ。――と、そこまで考えて、大体のカラクリが読めた。
 この陰湿ねちねちラドルアスカは由樹にテーブルゲームを仕掛けようとしているに違いない。
 奴は知らないのだ。由樹がテーブルゲームマスターだということを。
 由樹は内心、にやりとほくそ笑んだ。

 * * *

 ルーファニーは〈最速のリューチカ〉に乗って、ラドルアスカの屋敷と自分の屋敷の間を何往復もしていた。最速の異名を持つリューチカの息も流石に上がっている。
「ハシバ殿ぉッ! 生きていたら返答をしてくれぃ!」
 それはもう何度も、何度も呼びかけていたのだ。しかし、由樹は答えない。無言の沈黙が悲しくなってくる。
 とうとうルーファニーも既にラドルアスカの手によって由樹は亡き者になっているか、屋敷を散歩しているのではなく他の場所にいるのではないかと考え始めていた。そんな時に一人の小汚い男が川辺で洗濯をしているのを見かけ、ルーファニーは声を掛けた。
「そこの男! ここらでその黒髪でちょっと小柄な少年を見なかったか。首に紫色のコインをつけている者なのだが」
「失礼ね、あたしは女よッ!」
 あまりに小汚いのでルーファニーは男と判断したのだ。確かに男にしては小さい。ルーファニーは、おや、と眉を顰め、だが一言も謝らずに――、
「それで、見かけなかったのか、見かけたのか」
 ―――、無かった事にした。
 女はその態度にむっとしたようではあるが、相手が英雄ルーファニーと見て取ると態度を和らげる。これでも生きた英雄ルーファニーだ。
 その女は少し逡巡し、心当たりがあったのか、いたわよ、と返答した。
「その者はどっちへ行った……ッ?」
「ええと、多分お貴族様だと思うけど、何だか凄く綺麗なお方と一緒に、……あちらのほうへ行ったわ」
 あちらのほう、と女が指差したのはラドルアスカの屋敷の方角だった。
 ルーファニーは蒼褪めた。
 もはや手遅れであったか、と。

 * * *

 由樹はラドルアスカから大よそのゲームルールを聞いた。この碁盤の目の一列目に真ん中のマス目だけ空けて、普通の駒の赤と青の円形上の駒を並べる。そして、その列の丁度、真ん中の先程空けたマス目に、王様である一回り大きな赤い駒と青い駒を一つずつ並べる。
 赤い駒が由樹の駒で、青い駒が敵のラドルアスカの駒だ。
 そうして、この普通サイズの駒はマス目に沿って、縦と横にしか動かせない。そうした上で、相手の敵駒を味方の駒二枚で挟むと、相手の駒が自分のものになる、といった簡単なゲームだ。
 日本でいう挟み将棋に似ている。
 挟み将棋の場合の勝利条件は、先に五枚、敵の駒を取るか、相手の取った駒と三枚の差がつくと勝ちだ。今、由樹がやるゲームも勝利条件はほぼ同じだ。しかし、挟み将棋と違うところはそれに加え、一回り大きな駒である王様を取っても勝ちとなるところだ。
 挟み将棋の場合、王様の存在はない。
 また、手に詰まってもパスはできない仕組みで、二連続でさすことはできない。
 まあ、だいたいのルールは分かった。
 よって、由樹とラドルアスカは司令官としてどちらが優れているか、を競い合うことになった。由樹の場合は、ゲームそのものを楽しんでいる節が大きい。
 最初、ラドルアスカは勇猛果敢に攻めてきた。それだけ、怒っていたのだろう。
 由樹にとっては身に覚えの無い怒りだが、とにかく彼は鬱憤晴らしとばかり、由樹の駒を三連続で持っていった。次に由樹が取れなければ、勝負は不利になる。
 そのことが嬉しいのか、ラドルアスカは調子に乗ってどんどん攻めてきた。
 由樹に至っては、その行動はバカとしか言いようが無かった。
 ラドルアスカがどんどん攻めてくるなか、手薄になった王様を由樹は掠め取った。
 あっけなかった。あまりにあっけがなかった。ばかじゃないのか、ラドルアスカ。
 よく、そんなんで軍の指揮などできるな。ッハ、お話にならないぜ。
 弱すぎて話しにならない。奴はあっという間に負けたショックで肩を震わせている。
 可哀想だが、勝敗を由樹は口にする。
「なぁ、終わったんだけど。“血の流れない決闘”は俺の勝ちだな。じゃ、俺帰るわ」
 す、と由樹が椅子から腰を上げると、ラドルアスカが激昂した。
「待てッ! まだ、勝負は終わってないぞ! 今のは貴様が初心者だと思って、手加減してやったのだッ! いざ、尋常に勝負!」
 尋常に正々堂々、たった今勝負したではないか。
 何度やっても同じだと由樹は思うのだが、ラドルアスカには通じない。
「勝負! 勝負! 勝負ぅ!」
 お前はスーパーでお菓子を強請る駄々っ子か。
「まあ、後一回くらいはいいけど…」
 渋々、もう一戦することになった。今度はラドルアスカも攻めまくる姿勢ではなく、防御も固めていた。いや、むしろ固めすぎだろっていうくらい固めていて、全く前進してこない。流石、ねちねち司令官さまだ。守りも攻めも徹底しており、ほどほどという言葉を知らないらしい。また、その執着心も凄い。一度食らいついたら離さないといった、至極粘り気のある戦い方で、正直、少し辟易する。
 仕方がないので、由樹は攻めることにした。
 よく観ると防御はしているものの、そこに確かに穴はあるものだ。
 人間は完璧ではないし、必ず勝利できる道があるはずなのだ。
 また、将棋とは最初の駒を並べただけ、という何の攻めも防御もしていない状態が一番、強い体制らしい。人が弄くれば弄くるほど、何処かに穴が現れてきてしまう。
 穴を探しては、一つ、また一つと敵の駒を掠め取り、最終的には五個取った。
 由樹の勝ちだ。
「………ッ」
 ラドルアスカは固まっていた。勝負の結果を信じられないのだろう。イルの話では、ラドルアスカは軍を指揮する武将の一人のはずだ。そんな人間がたかが遊びでも、戦で一般市民に負けるなど、考えられなかったに違いない。
 ちょっと悪いことをしたかなと思うも、ラドルアスカの自業自得なので仕方がない。
 とにかく敗者に情けは無用だ。由樹は捨て台詞を残して、その場を去ることにした。
 去り際に半身、振り返って、渋く決めてやった。
「……修行してきな」 
 渋く容赦なく、決める。この台詞はいつもやる、お気に入りのゲームがゲームオーバーになったときの、敵キャラの台詞だ。この台詞を聞くと、とにかく頭にくる。
そんな台詞を残し立ち去ろうとした、その瞬間、ラドルアスカの屋敷の窓ガラスが一斉に砕け散った。
 ――ぱりん、という音がして、キラキラとガラスが由樹の頭上に降り注ぎ、何か巨大なものが傍に振ってきた。ドシンという重く鈍い音が床に着地して、それは由樹に向かって叫んできた。
「ハシバ殿! 無事でしょうな? うふふふふふ」
 いきなり振ってきた老人にラドルアスカも目を引ん剥いた。
 老人は何故か、黄色いドラゴンに跨り、何処か尋常ではない様子で瞳を充血させていた。
その只ならぬ英雄の様子にラドルアスカが声を張り上げる。
「な、何事だルーファニー師! カジミに動きでもあったのかッ」
「ラドルアスカ殿。幾らなんでもハシバ殿を陰でこっそり殺すなんて、それはやりすぎというものでしょうッ」
 微妙に会話が噛み合ってない。
「な、何のことを言っているのだ、ルーファニー師?」
「とぼけるつもりでも、そうはいきませぬ。このことはきっちり、……ところで、あなた方は何をしておられるのかな?」
 ようやく、老人は自分のほうがおかしいと気がついたようだ。
 由樹はぽつりと返答した。
「……ゲームです」と。
 早とちりな爺さんだ。
 ルーファニーは笑って誤魔化した。
 けして、彼ら“サレイド”は自分の非を認めない…。
 


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