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作品名:ダ・ヴィンチの福音書 外伝 洗礼者ヨハネ 作者:そのうちみのる

第4回   W.疑惑
W.疑惑

翌々日になって、やっとヨハネは皆の元に戻ってきた。
早々に、ヨハネはマリヤとアンデレを呼び出した。
「折り入って二人に頼みたいことがあるのだ。」
「なんでしょう?」
アンデレが答えた。

ヨハネはうつむきがちに淡々と言った。
「彼の素性を調べてほしい。」
「素性とはどういうことですか?」
「彼の家族と出身を知りたいのだ。」

アンデレとヨハネの会話にマリヤが口を挟んだ。
「そのような失礼なことができますか?次にお会いできたなら即座にこちらにお迎えするべきではないのですか?」
「貴方がそう言うであろうことは承知している。だから、それはアンデレに頼むのだ。」

「では、私は何のために?」
「・・・マリヤ、神から主の印を受けている貴方なら判るはずだ。彼が本当に神の小羊なのかどうか見極めてほしいのだ。」
ヨハネの言葉に、更にマリヤは憤った。
「貴方は!ご自分の見られた天の印を、イエス様を、お疑いなのですか?」
「頼む。それ以上は今は何も聞かないで欲しい。」

ヨハネのあまりにも沈痛な表情を見て、アンデレもマリヤも、それ以上は何も聞けなかった。
そして、彼らはイエスに出会った。

ヨハネによる福音書 第一章三五節〜四○節
【 その翌日、ヨハネはまたふたりの弟子たちと一緒に立っていたが、
 イエスが歩いておられるのに目をとめて言った、「見よ、神の小羊」。
 そのふたりの弟子は、ヨハネがそう言うのを聞いて、イエスについて行った。
 イエスはふり向き、彼らがついてくるのを見て言われた、
 「何か願いがあるのか」。
 彼らは言った、
 「ラビ(訳して言えば、先生)どこにおとまりなのですか」。
 イエスは彼らに言われた、
 「きてごらんなさい。そうしたらわかるだろう」。
 そこで彼らはついて行って、イエスの泊まっておられる所を見た。
 そして、その日はイエスのところに泊まった。時は午後四時ごろであった。
 ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、
 シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。 】


翌日、マリヤは直ぐさまヨハネの元に走った。
マリヤはイエスと出会ったことにより、神の愛で満たされていた。
喜びと熱気がさめやらぬまま、マリヤはヨハネに告げた。

「間違いありません。あの方こそ神の召された小羊ですわ。」
マリヤの確信に満ちた目に、ヨハネは思わず目をそらした。

「主は私にもバプテスマを求められました。私のような者が恐れ多いと思いましたが、主の願いであるのならばと、バプテスマを授けた直後でした。光の柱が、天からあの方の頭上に降り注ぐのをはっきりと見ました。さあ、皆を引き連れて、主の御前に参りましょう!・・・ヨハネ?」
いつまでも険しい表情のヨハネに、マリヤは軽くため息をもらした。
「一体、どうしたというのですか?まだ何か気にかかることが?」

「アンデレから聞いた。彼はナザレの出だそうだな。」
「はい、確かに。」
ヨハネは重いため息をついた後で言った。
「・・・私は彼を知っていた。」
「え?」

「ナザレのイエスは、私の遠い親戚だ。私の母とイエスの母マリヤは従姉妹だ。」
ヨハネの言葉に、マリヤは驚いた。
「そのような間柄でしたとは、思いもよりませんでした。」

「彼の名を聞くまで、私も忘れていた。・・・彼の話は、幼い頃に母に聞かされていたことがあるのだ。従姉妹のマリヤが主を産むと、天使からのお告げを受けたそうだ。」

ルカによる福音書 第一章二四節〜五六節
【 そののち、妻エリサベツはみごもり、五か月のあいだ引きこもっていたが、
 「主は、今わたしを心にかけてくださって、人々の間からわたしの恥を取り除くために、
 こうしてくださいました」と言った。
 六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の
 一処女のもとにきた。
 この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。
 御使がマリヤのところにきて言った、
 「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。
 この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、
 思いめぐらしていた。
 すると御使が言った、
 「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。
 見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。
 彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。
 そして、主なる神は彼に父ダ ビデの王座をお与えになり、
 彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。
 
 そこでマリヤは御使に言った、
 「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。
 御使が答えて言った、
 「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。
 それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。
 あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。
 不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。
 神には、なんでもできないことはありません」。
 
 そこでマリヤが言った、
 「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。
 そして御使は彼女から離れて行った。

 そのころ、マリヤは立って、大急ぎで山里へむかいユダの町に行き、
 ザカリヤの家にはいってエリサベツにあいさつした。
 エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、その子が胎内でおどった。
 エリサベツは聖霊に満たされ、
 声高く叫んで言った、
 「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。
 主の母上がわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄でしょう。
 ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳にはいったとき、子供が胎内で喜びおどりま した。
 主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」。
 
 するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救主なる神をたたえます。
 この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。
 今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、
 力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。
 そのみ名はきよく、そのあわれみは、代々限りなく主をかしこみ恐れる者に及びます。
 主はみ腕をもって力をふるい、心の思いのおごり高ぶる者を追い散らし、
 権力ある者を王座から引きおろし、卑しい者を引き上げ、
 飢えている者を良いもので飽かせ、富んでいる者を空腹のまま帰らせなさいます。
 主は、あわれみをお忘れにならず、その僕イスラエルを助けてくださいました、
 わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とをとこしえにあわれむと約束なさったとおりに」。
 
 マリヤは、エリサベツのところに三か月ほど滞在してから、家に帰った。 】


「お生まれになる前から天使のお言葉があったなんて、なんという印でしょう。でも、なぜ今頃になって?貴方のお母様は、そのマリヤという女性のお体を通して主が来られることを御存知だったのでしょう?貴方は聞いていなかったのですか?」

「・・・私が幼い時、母から毎晩聞かされていた。マリヤからお生まれになったイエスは、神から祝福を受けた主であると。いつか彼に使える時が来るとね。彼らは、頻繁に私の館にやってきていた。彼らが来られる時は、母は館中を整え誠心誠意を尽くして迎えていた。しかし、あれは私が5歳を過ぎた頃だった。いつものようにイエスの母とイエスが私の館にやってきた。イエスは、いつも母親の側について離れなかったのだが、その日は違っていた。大切な話があるからと、イエスは私と別室で待たされた。彼は無口だったが、私は彼の話をいつも聞かされていたものだから、二人きりになると緊張するのだ。あまりに緊張して、用を足しに出たところ、母の部屋から大きな物音が聞こえた。私は、何事かと思い、つい戸の隙間から母の部屋の様子をのぞき見てしまった。
主と主の母上を迎えるために、机に美しく飾っていたはずの花瓶が、無惨に床下に砕け散っていたのを見た。今まで怒ったことのない母が・・・激しく怒っていた。私は、驚きのあまり、そのまま話を盗み聞きしてしまったのだ。」

「どんなお話だったのですか?」
「・・・他者には言えぬ話だ。マリヤ、貴方にもここまでしか話すことは出来ない。だが私の家では、その日からイエスやイエスの母マリヤの事は一切口にすることは無かった。彼らの名前でも聞こうものなら、母が半狂乱になったからね。」

「なぜです?イエス様が、主であると印を受けられていたのでしょう?」
「母は、神からの印は間違いだったと言うようになった。それは、今も変わりない。」

「・・・それで貴方も疑っていたのですか?」
マリヤは、暗いヨハネの顔を見据えて言った。
「しっかりなさって下さい。お母様が、どうしてお疑いを持たれるようになったのかは、知りません。だけど、貴方はイエス様に神の印を見たのでしょう?なぜ自分の見たものを信じようとしないのですか?」
「・・・・。」

「私は、この目ではっきりと見ました。イエス様は私たちが待ち望んでいた救い主に間違いございません。私たちがお仕えしなくては。」
「・・・貴方の信仰は強く、清い。貴方を『サマリヤ人』と差別するユダヤ人はまことに愚かな者だ。」
ヨハネは深く長いため息を吐いた。

「確かに私も神の印を見た。神の声を聞いた。・・・しかし、もう少し心の整理をさせてほしい。まだ彼の元に行くことはできない。」
「主にはお仕える者が誰もおられません。」
「時間がほしいのだ。」
「・・・それでは、私だけでも参ります。」
「マリヤ。」
「必ず後からお越しになってください。お待ちしております。」

マリヤは一礼すると、ヨハネの元を去っていった。
一人残されたヨハネは、頭を抱えた。
「神よ。本当にイエスが、お仕えすべき『主』なのですか?・・・どうして彼なのだ。」


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