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作品名:ダ・ヴィンチの福音書 作者:そのうちみのる

第16回   第八章 園の中の出来事 〜二人の盗人〜
●園の中の出来事 〜二人の盗人〜

男が二人、獣道から分け入ってきた。二人とも片手に灯りを持ち、もう一方の手には太い棒を携えていた。年長らしき男が小岩にどっしりと腰を降ろした。

「ふ〜。いつきても、この森は薄気味悪いな。また今夜は特別か。」
「こんな森で祈りの場をもとうなんて気が知れない。やっぱりイエスは悪霊がとりついていたにちがいないよ。」

「イエスが、神からきた者か悪霊に憑かれた者かは、俺にはわからん。興味もないしな。俺の関心は金儲けだけだ。」

「なあ、なんだって今になって側近をつかまえる必要があるのかな?」
「裁判がうまくいってないんだろ。イエスを有罪にするには、確たる証拠がなければだめだからな。それには、側近を捕まえて脅迫して、偽りの証言をさせるのが最も効果的だとでも考えたんだろ。上のやつらは、いつもそうやって裏で汚い手をつかうものさ。たぶん、あいつも脅迫されてたんじゃないかな。」

「あいつって誰のことさ。」
「ユダさ。俺は、今夜の捕り物の時、ずっと近くにいたんだ。フラフラして歩いててさ、後ろから何度も棒でせっつかれながら案内させられてた。・・・哀れな感じだったぜ。」

「でもさあ、わざわざ他のやつらをさがさなくても、そのままユダが裁判で、証言すれば手っ取り早いんじゃないのか?」
「阿呆か。ユダは公然の前で、イエスを裏切ったんだぜ。裏切り者のユダが、イエスに不利な証言したって当然の事だろ。それにユダでは証言としての価値が低いのさ。」

「・・・それにしても、なんでこの森を探すのさ?いつまでも現場近くに残っているとは思えないけど。」
「そいつが盲点というものだ。俺は、こういったことには嗅覚がきくんだ。きっと誰かは、まだ潜んでいるぜ。さあ行こうか。」

年長の男が、腰をあげた。
二人は森の奥に続く別の獣道に入っていった。
その道は先ほど、ユダと、蛇らが消えていった獣道だった。
少しして、森の奥から男の叫び声が響いた。

「うわあ!人が死んでいる!」

息荒く獣道から飛び出してきたのは若い男の方だった。後ろからは年長者の男が追ってきていた。

「おい!待てよ!落ち付けって!」

「だって、兄貴。見ただろ?死体の首に巻き付いていたヒモが、スルスル動くのを?あれは悪魔のしわざだ。」
「違う!あれはヘビが巻き付いていただけだ。」

「へ、ヘビ?ヘビが人の首を絞めるのか?」
「馬鹿な?そんなことありえるのか?おそらく死体の臭いをかぎつけたんじゃないか?それよりも、お前のことだから顔もろくに見ていないだろうが・・・、あれはユダだった。」

「ユダって。あのイエスの所に案内したユダ?やっぱりイエスは神の子だったんだ。・・・それで罰があたったんだよ!」

年長者は、イライラしたように頭を掻いた。
「たぶん信者の誰かが、許せなくて、やっちまったんじゃないか?まったく恐ろしい信者もいるもんだ。」

「何にしても、早く知らせに行こうよ。」
「・・・ユダの死体に報奨金は出ないだろうが、まあ仕方ない。行くか。いやまて、間違いだと後でお役人にうるさいからな。もう一度顔を確認してくる。」
「あ、兄貴、置いてかないで。一緒に行くよ。」

二人はまた森の奥にそろそろと入っていった。
すると、再び男の叫び声が響いた。

「うわあ〜!死体が動いた!」

やはり若い男の方が飛び出してきた。その少し後を年長の男が追ってくる。

「おい!待てよ!だから、落ち付けって!」

「だって、兄貴。見ただろ?腹や胸がモゾモゾ動くのを?悪魔だ!悪魔のしわざだよ。」
「違う!あいつの服のなかにヘビがいただけだ。」

「へ、ヘビ?ヘビが腹から出てきたのか?」
「さっきのヘビが服の中に入りこんでただけだ!それよりも、もっと、驚くことがある。これを見ろよ。」

年長者の男は、手にしていた小袋を開けて中身を広げて見せた。

「・・・銀貨だ、こんなにたくさん。」
「お前はろくに見ていなかっただろうが、ヘビの下に銀貨が1枚みえたんだよ。それで探って見たらこの金袋が出てきた。」

「こんな大金。もしかしてイエスを売った金じゃないのか?」

年長者は若い男の顔をじっとみやった。
「そういうことか。ユダは脅されていたわけじゃなくて、金で取引したんだな。」

彼らは、手にした銀貨を見つめながら、互いに次の言葉が出せずにいた。
松明の光で、銀貨は妖しくきらめいていて、彼らに誘惑が忍び寄ってきた。

「こいつは、いただいていこうぜ。」
「でも・・・俺たちが疑われるよ。金目当てに殺したと思われる。」

「お前の腰の縄があれば大丈夫だ。やつらをふんじばるために持ってきたその縄だよ。」
「どうするんだ?」

「自殺に見せかけるのさ。ユダは、イエスを裏切ったんだ。我に返って、傷心のあまり自殺するのさ。誰も殺したとは疑わないだろう。」
「本当の犯人が名乗り出たらどうするのさ。」

「わざわざ名乗りではしないだろ。逆に感謝されるってもんだ。」
「でも、いくらなんでも・・・。この金使ったら、罰が当たらないだろうか。」

「殺したのは俺たちじゃない。罰があたるなら、殺したやつだろう?それに、こいつだって、『誰かに殺された』なんて結末よりは、『自ら死を選んだ』方のが面目が立つってもんだ。この金は、面目を立ててやった俺たちへの賃金として、いただくだけのことさ。」
「・・・兄貴のへりくつには頭がさがるよ。」

「それにここは、森への出口からそう遠くない。放っておいても、すぐに他の捜索隊が見つけるさ。俺たちは、ここにはこなかったことにすればいい。なんなら、ほとぼりがさめるまで、遠い町でもいこうじゃないか。土地を買って人生を変えようぜ。ほら、手伝え。」
「何するんだ?」

「この岩はちょうどいい大きさだ。この岩にのって首をつったことにしよう。ここまでユダを運ぶんだ。」

二人は、森の奥に入っていった。
しばらくして彼らは本当に一人の男を抱えて出てきた。
それは確かにユダだった。

年長者は縄の一端を輪にすると、木に登りはじめ、もう一端を頑丈な枝に結びつけた。
そして、二人がかりでユダを抱え上げ、その首に縄をかけた。
ユダの足先が小岩の向こうで揺れている。

「これでよし、行くぞ。」
「呪われないかな?」
「呪いなんてあるものか。・・・だが、帰ったら互いに手と足を洗い流そう。」
「そうだね。」


そして、彼らは森の出口に続く道に消えていった。
森の中に残されたのは我々と、我々の前のぶらさがっているユダだけだった。
俺は、あまりの展開に驚いた。

「ユダは、自分で首を吊ったのではなかったんですか?」
「見ての通りだ。」

「誰が殺したっていうんです。まさか、ペテロが?」
「現場を直に目撃したわけではないだろう。うかつな事は言えない。」

「蛇が首を巻いてたっていってた。さっきの蛇が殺した?」
「それもわからない。まだ誰か第三者が森に潜んでいた可能性もある。森の奥でペテロとユダの間に何が起こったのかペテロ以外に知るよしもない。」

「あなたは本当は知っているんでしょう?」
「・・・強力な壁に阻まれていて、私もあの先を見ることはできないのだ。もしユダが生きていれば、未来の歴史も変わっていたかもしれん。だが、彼は『裏切り者』の『自殺』として歴史に刻まれた。ユダの『自殺』が、これからのマリヤ、ペテロの運命も左右してしまうとは、死んだ当人も思いもよらんことだろう。」
「どういうことですか?」
「・・・・。」

先生は、何かに思いを巡らしているかのように、押し黙ってしまった。
聞いてはいけないことだったのかと思い、話を変えた。

「彼らが、ユダの自殺を作り上げたのだとしたら、彼らの口から他者にこの一件が漏れていてもおかしくないってことですよね。」
「私もそう考えて、彼らの消息を追ったのだが・・・。彼らはあの銀貨で手に入れた畑の中で、二人とも腹を裂かれて死んでしまった。」
「一体どうして?」
「・・・闇の中に葬られたということだ。」

背筋がゾッとした。
何かいいようのない不安が押し寄せてきた。
自分はこのまま話を聞いていて大丈夫なのだろうか?
そんなこちらの不安を感じたのだろうか、今度は先生の方から話を変えてきた。

「ところで、聖書にはユダの死因に関してどのように記述されているのか君は知っているか?」
「・・・首を吊ったと書かれていると思います。」

「マタイ福音書には、ユダは銀貨を聖所に投げ込み首をつって死んだ。となっている。そして、祭司長らはその銀貨で、外国人の墓地にするために陶器師の畑を買うのだ。それは預言者エレミヤの言葉が成就したように見せるための話しにすぎない。そして、もうひとつは『使徒行伝』の中で、ペテロが兄弟たちの前で語っている。」
「ペテロが?」

使徒行伝 第一章一六節〜一九節
【 「兄弟たちよ、イエスを捕えた者たちの手びきになったユダについては、聖霊がダビデの口をとおして預言したその言葉は、成就しなければならなかった。彼はわたしたちの仲間に加えられ、この務を授かっていた者であった。
(彼は不義の報酬で、ある地所を手に入れたが、そこへまっさかさまに落ちて、腹がまん中から引き裂け、はらわたがみな流れ出てしまった。そして、この事はエルサレムの全住民に知れわたり、そこで、この地所が彼らの国語でアケルダマと呼ばれるようになった。「血の地所」との意である。) 】


「これらのことも、『詩編』の言葉が成就したかのように見せるための話しだ。つまり、マタイ福音書・使徒行伝の両方とも、『ユダの裏切りは預言の成就のためだった』といっているのだが、預言の成就に重要な役割を果たしたユダの『死因』が二通りに分かれているのだ。」
「聖書自体が昔の人の伝聞でしょ。どちらかの筆者が違っていたということですよ。」

「どちらかが違っているか、どちらとも違っているか、どちらとも意味があって書かれたかの三つが考えられるということだ。」
「どれが正しいかなんて、誰にもわかりませんよ。」

「使徒行伝の方には疑わしい記述がある。ユダはあの金で、ある地所を手にいれたとされるが、そこにまっさかさまに落ちて腹がまん中から引き裂けたとある。」
「ええ。」

「それほどの高さの木や建物がその地所に存在すると思うか?」

「落ちて腹が引き裂けるほどですから、相当高くなければおかしいですよ。そんな木に登れるとも思えないし、そんな高さの建物がある土地を銀貨三十枚で買えるとも思えない。高い崖が側にある土地だったんじゃないですか?」

「高い崖がある土地?そんな辺鄙な土地を買ってどうする?そもそも自殺するつもりなら、土地を買う必要もないだろう?」

「・・・そうですね。」

それにしても、死体の側に居続けるのは嫌なものだった。

「これからどうするんです?」
「もう少しだ。最後にヤコブが来る。」


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