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作品名:ダ・ヴィンチの福音書 作者:そのうちみのる

第11回   第八章 園の中の出来事 〜イエス〜
第八章 園の中の出来事 〜イエス〜

元々自分が倒れていたところも、何の建造物も見あたらない、野原みたいなところだったが、着いたところはもっと、辺鄙なところだった。
途中に、幾人かの人々とすれ違ったが、誰もこちらを気にもかけなかった。

『園』は、想像していた風景とは違っていた。
何というか、『秘密の花園』の類を想像していたわけだが、そんな花々が咲くわけでもなく、はっきりいえば、鬱蒼とした森の中だった。

しかも既に日が暮れてしまっているので、それこそ化け物でも出そうな雰囲気を醸し出している。
さすがにお化けは信じていないが、獣はでてきそうだ。
なにしろ、薄暗い小道しかない。いや、獣道といった方が妥当かもしれない。

幸い、先生は小さなランプを持っていて、まったくの暗闇ではなかったので助かった。
今夜は月も明るいし。

「ここが、園なんですか?ここに何があるんです?」
「ここは、ケデロンの谷の園だ。今、我々がいるのは、その端っこだがね。」
「ケデロンの谷?」

「今頃、この園のむこう側で、イエスが役人に捕らえられているはずだ。」
「え?もう?」

・・・不謹慎な言葉だったが、つい出てしまった。
イエスの生きている時代というから、それなりにイエスの様子がかいま見れるのかと期待していた。
いきなり最後の展開に出くわすとは思ってなかったのだ。

「そちらには行かないんですか?」
「私は以前に行ったが、今回はやめた方が良いだろう。なにしろかなりの人手が殺気だって集まってきている。群衆にのまれ、君とはぐれてしまったら、それこそ問題だ。」
「・・・すみません。」

「いや、謝ることはない。ここで待つことの方が重要だからだ。時間まで、この園のむこうで何が起こっているのか教えてあげよう。」

ヨハネによる福音書 第一八章一節〜一一節
【 イエスはこれらのことを語り終えて、弟子たちと一緒にケデロンの谷の向こうへ行かれた。
そこには園があって、イエスは弟子たちと一緒にその中にはいられた。
イエスを裏切ったユダは、その所をよく知っていた。
イエスと弟子たちとがたびたびそこで集まったことがあるからである。
さてユダは、一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役どもを引き連れ、たいまつやあかりや武器を持って、そこへやってきた。
しかしイエスは、自分の身に起ろうとすることをことごとく承知しておられ、進み出て彼らに言われた、
「だれを捜しているのか」。
彼らは「ナザレのイエスを」と答えた。
イエスは彼らに言われた、「わたしが、それである」。
イエスを裏切ったユダも、彼らと一緒に立っていた。
イエスが彼らに「わたしが、それである」と言われたとき、彼らはうしろに引きさがって地に倒れた。そこでまた彼らに、「だれを捜しているのか」とお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスを」と言った。
イエスは答えられた、「わたしがそれであると、言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちを去らせてもらいたい」。
それは、「あなたが与えて下さった人たちの中のひとりも、わたしは失わなかった」とイエスの言われた言葉が、成就するためである。
シモン・ペテロは剣を持っていたが、それを抜いて、大祭司の僕に切りかかり、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった。
すると、イエスはペテロに言われた、
「剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか」。 】


「この後、イエスは捕らえられ、大祭司カヤパの館に連れて行かれる。イエスの後を追っていったのは、ペテロと大祭司の友人のアリマタヤのヨセフだ。ああ、ヤコブも追っていったな。他の弟子はそれぞれに逃げていった。これから、それらの弟子達の数人がここに来る。我々は、彼らに見つからないように、隠れていればよい。」

先生の後をついていくと木々の合間に、月明かりが大地を照らすことができるほどの空間が目の前に広がった。
それは結構な広さもあり、鬱蒼とした森の中の広場のようなものだった。
他の場所にも続いているのであろう獣道が四つほど見える。
おそらくここは分岐地点でもあるのかもしれない。

「着いたぞ。」

俺は、原っぱの大きな木の下に、座るにちょうど良い小岩を見つけたので、そこに腰を降ろそうとした。

「おいおい、そこはだめだ。こっちに来なさい。」
「え?」

声のする方を見ると、先生は原っぱの奥の茂みの中から手招きしている。

「ここだ。幾分もしないうちに彼らがやってくるからの。」

茂みの中は、自分たち二人が座れる程度の空間はあった。
ランプを消せば、あちらの小道や原っぱからは見えないにちがいない。
最もこんな森の中の、こんな場所に人がうずくまっていても誰も気がつきようがないだろう。
出来るだけ疲れない姿勢で茂みの中に隠れた。
茂みの隙間からは、先ほど腰をかけて休もうとしていた小岩も見えた。
原っぱには月明かりがやけに明るく差していたからだ。

じっとしている間、俺はイエスに思いを馳せた。
この同じ月の下では、イエスが縄に縛られ、人にもまれながら連れていかれようとしている。
以前、イエスが主人公の映画で見た光景が目に浮かんだ。
有名な俳優が監督をしていて、イエスに対する残酷な描写が話題となっていた映画だ。

だけど、それはフィクションではないんだ。
実際に起こった話だ。
そして自分が『夢』だと思いこもうとしているこの世界で、まさにそれが行われていると考えるだけで、鳥肌が立った。
罪のない人が罪人として殺されようとしているのだ。
こんなことがあっていいのか?なんて世の中だ!なんて時代だ!現代であれば、裁判にかけられても無罪放免だろうに。

ふいに先生がつぶやいた。

「君の時代でも同じことだ。」
「え?」

・・・口に出さない心の声も聞こえている?そう尋ねようとした時、森の奥から声がきこえた。
誰かこちらに近づいてくるようだ。言葉を飲み込んで身を低くした。

「あれは、マグダラのマリヤとヨハネだよ。」
かすかな声で先生が囁いた。


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