それから私が退院するまで、私の恋人さんは私の前に現れなかった。 私がリハビリ中で病室を開けているときのみに訪れて、本を入れ替えて、短い書置きだけ残して、私が戻る前に去っていく。こないだ以来、病院内で恋人さんの姿を見ることはもうなかった。 いつからか私がリハビリを終えて病室に戻ると、数時間してから必ず看護士さんが来るようになった。太陽が赤い。夕焼けなんて大嫌い。 そして徐々に私の包帯とギブスは減っていき、なんのためなのかわからないけど日に三回飲む錠剤が一種類ずつ増えていった。ちゃんと胃薬が含まれていることだけは確認した。
やがて私のリハビリも終了し、めでたく退院する日が訪れた。先生や看護士さんたちが見送りにきてくれた。途中、先生が母親に言った、本当はまだ入院しておいた方がいいという言葉が気になった。私の体はまだ完全に治ってはいないのだろうか?どこにも痛みは無い。リハビリが不足しているとかかなぁ。
とりあえずその日は家に帰って、私は衣類やらなんやらを片付けたり、パソコン関係のたまっていることを始末するのに手一杯だった。 翌日、恋人さんが来た。前日に、退院祝いと今日来るという内容が書かれたメールがきたけど、正直驚いた。私はもう、終わりなんだと思ってたから。 「久しぶり、退院おめでとう。」 とりあえず部屋に入って最初に恋人さんはそう言った。怒ってるとか、そういうカンジではない。ただ、違和感を感じる。私が意識しすぎなのかもしれないけど、私はこういう感覚がけっこう、信用できるタチなのだ。だから、なんか不自然な印象を抱いた。 「ありがとう。」 私はまわりくどいことをけっこうするけど、実はあんまり好きじゃないので腹を決めた。 「いきなりだけど、入院中後半、私を避けてたのは何故?」 「・・・・・・ねぇ、咲。」 「何?」 「あなたの恋人は誰?」 「あなた。」 「愛してる人は?」 「あなた。」 「好きな人は?」 「あなた。」 「だけ?」 腹を決めたくせに、私は怖気づいていた。だって恐い。捨てられるのは恐い。もう破局はたくさんだ。無能な神め、今が一番裁きの雷と落とすべき時なのに、何をしてやがる。 「だけじゃない。」 「・・・うん。だけって言ったらちょっと考えるところだった。」 私が嘘をつくかつかないかを試したのだろうか。いや、違うな。『知っていることを知っているかどうか』を確かめたんだ。 「だからいいよ。さっきの質問ひっこめて。」 なにがいいのだろう。私はこのへんのコトがハッキリしないのが嫌いなのだ。が、これ以上訊けなかった。訊くな、と私の中の聡明なヤツが止めたのかもしれない。 それから二人でいつものように過ごした。何も無かったかのように過ごした。でも私は、これが最後になるんじゃないかとずっと怯えていた。太陽が赤くならないのがすごいストレスだった。
そしてこの日、キスだけは、しなかった。
車で送っていくよと言ったのだけど、恋人さんはそれを辞退して電車で帰っていった。でも今日はそれでよかったかもしれない。帰りに車で一人になったら、今の私はちょっと危ない。そんな気がした。 その日の夜、電気を消して布団に入って仰向けになった私の瞳から、ゆっくりと静かに、ただするすると涙が流れていった。嗚咽などでない、涙だけが流れていく。涙は悲しみを洗い流すために流れるとか言うけれど、私は少しも癒されはしなかった。
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