20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:one-way traffic 作者:ティルト

第8回   8
 二日後、涼二と鈴ちゃんと綾さんがお見舞いに来てくれた。
 綾さんはもっと以前に様子を見に来てくれたのだけど、ちょっとその頃はまだ私の具合が微妙だったから、三人一緒にってのをしばらく控えてくれたようだ。
「うわ・・・ギブスと包帯が痛々しい・・・」
「お、前より減ったね。」
「暇だって聞いたから本いっぱいもってきたよ〜」
 三人がくれたのは、久しぶりの私の笑顔だった。
「事故の方はどうなってるの?」
「明らかに向こうの過失だし、初めから自分が悪いって認めてるみたいだからけっこうスムーズに進みそうだよ。って親が言ってた。」
「そっか、ならよかった。」
「これで認めてないとかだったら、私が退院したらたぶん半殺しにしにいくと思うよ。」
「ははは、そんときはみんな一緒だね〜」
 しばらく三人は病室にいてくれて、いろんな話をしてくれた。最近買ったCDをコピーしてもってきてくれたり、お気に入りの本を山ほどもってきてくれたり、お菓子を買ってきてくれたりもしてくれた。
 窓から差し込む日差しはもうすぐ夏を予感させる暖かいもので、なんだか少し物悲しくなった。今年の春は、罪悪感と後悔が色濃いままになってしまいそうだった。
「じゃぁまたくるね〜」
「あんまり無理なリハビリはしないようにね。」
 夕方になると、三人は思い思いの言葉を残して病室を出て行った。と思ったら綾さんだけ戻ってきた。
「そうだ、咲、腕は?」
「うーん、芳しくないとだけ。」
「そう・・・わかった。」
 そう・・・の後に言いたかったであろう言葉を私は知っているから、綾さんは何も言わずにいてくれた。ぽんぽんと二回ほど頭を軽く叩いて、それを挨拶に去っていった。
 夜、ふと今日のことを思い出して私は思った。
 以前ほど、思い人の顔を見なくなったな、と。


 それからしばらく、私は相変わらず退屈な時間を過ごしながら、体は順調に回復していった。どうも生命力は思ったよりあるらしい。
 で、相変わらず恋人さんも訪れていた。最近は曜日が少し減った。私は大分歩けるようになったので、とりあえず心療内科とやらに先週から行ってみている。
 そんなある日の昼下がり、思い人が一人で私の病室に訪れた。そのとき私は病室にいなかったので、戻ったら居た思い人に相当驚かされた。
「あらまぁ珍しい。」
 私はそんな、芝居がかったような言い方をしながら、内心の動揺を押し殺そうとがんばった。
「勝手に待たせてもらったよ〜」
 私はベッドに座った。思い人が椅子を動かしてベッドの横に来た。
「相談ごとかしら?」
「うんまぁ、進展というかなんというか。」
「どっち系に?」
「アッパー系に。」
「お、よかったじゃん。」
 つまり、いい方向へ進んだということである。
「だいぶ前にアドバイスもらえたからだと思うよ。あの頃にもらったメール見直して気付いたこととかあってね〜」
「なるほど。じゃぁお礼をしにきたわけだね、今日は。」
「そ、そうきたか。」
 思い人は苦笑して、いいよ、何がいい?と言った。
「キスして。」
「どんな?」
「初めてしてくれたみたいなの。」
「嫌いじゃなかったっけ?」
「嫌いじゃないよ、普段あんまりしないだけ。」
「そっか。」
 思い人がベッドに片膝を乗せた。ベッドが軽く軋んだ。
 そして、唇が私の唇に重ねられ、そこから舌が差し込まれたらすぐにその舌は私の口内を犯して唇まで舐め始めた。私は目を閉じて必死にそれに応じる。私のキスはあまり上手くない。
 段々私は押し倒される形でベッドに仰向けになっていった。目を閉じながら思い人の両手を手探りで探し、見つけて掴む。握り返してくれた。
 そうやって私たちは、しばらく水音が響くんじゃないかと心配になるくらい甘くて苦しい長いキスをしていた。
「お礼になった?」
 私は上気した頬を見られるのが恥ずかしくて両手で顔を覆った。
「うん、ありがと。」
「あ、照れてる?」
「照れないあんたがおかしい。照れろ。」
 静かな笑い声が聞こえた。このキスを私がどういう形で使うかは、今夜あたり考えよう。「じゃぁそろそろ行くね〜」
「うん、ってホントにお礼しにきただけみたいにさせちゃったね。」
「こっちとしては中間報告がてら顔見にきたカンジだから気にしないで〜」
 思い人は笑顔で私を見てから手を振って病室を出て行った。
 私はため息をついた。自分でも意味深だと思うくらい微妙な溜息。
 初めてキスをしてもらったとき、そのキスは今まで私になかったキスで、圧倒されてしまった。そこで私は問答無用で女にされてしまったカンジで、その陶酔感が私に恋をさせた。まだ、それは忘れられないようだ。

 ガチャリ、と音がして、ドアが開いた

 私はビクッとしてそちらを見ると、恋人さんが立っていた。一気に血の気が引いて、私の喉は一瞬で砂漠のように干上がり、なのに両手にはびっしりと汗が浮き出ていた。

見られた・・・?

「どしたの?」
 固まっている私を怪訝に思ったのだろう恋人さんがそう言ってきた。声の調子は・・・うん、特別変わらない。私の中でやや秀でている観察力と洞察力を総動員して、表情・声・言葉を探る。まだ特別異常は感じられない。
「んや、さっき出てたからちょっと疲れちゃって。」
「まだ体きつい?」
「う〜ん、大分よくなったけど、動けない間に筋力とかけっこう衰えちゃったみたいでねぇ。」
「あ、そっか、だからリハビリするんだもんね。」
 恋人さんはさっきまで思い人が座っていた椅子にカバンを置いた。
「とりあえず今日は本だけ入れ替えていくね、この後出かけなきゃいけなくてさ。」
 イレギュラー要素其の一。
「そっか、残念。」
「友達とかお見舞い来てくれるんでしょ?」
 イレギュラー要素其の二
「うんまぁぼちぼちね。みんな忙しいからなかなか。」
「ふ〜ん。読んだ本はどれ?」
「全部読んじゃった。」
「そっか。とりあえず今回はこれだけ置いとくね。」
「うん、ありがと。」
 恋人さんはテキパキと本を入れ替えていた。私の掌の汗は冷たくて、すごく嫌で、喉には一滴の雨も降らない。
「じゃぁ悪いけど今日は行くね。またね。」
「うん、ありがとね。」
 恋人さんは両手にカバンを持って病室を出て行った。イレギュラー要素其の三と其の四。

 ほぼ、確定だろう。恋人さんはさっきの現場を見ていたのだ。この病室には扉の横に窓がある。カーテンはかけられるが、私は普段カーテンをしていない。タイミング悪く、さっきの状況に遭遇した可能性は高い。おかしい要素がこれだけあったのだから、ほぼ確実だろう。
 太陽はもうすぐ夕方になろうという色合いになって、この白い病室を赤く染めようとしていた。それのせいよ、それのせい。私も赤いのはそのせい、私のせいじゃない。
 泣くもんか。私は絶対泣くもんか。泣いたりしない。なにも悲しいことなんかない。私には泣く権利は無い。泣くもんか。泣くもんか。泣くもんか。

 後で看護士さんが定期点検できたあと、見たことのない先生が来た。名札に外科、と書いてあった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 986