それから四人で集まって、他愛の無い話をして、車に戻りました。私が思い人の手を掴もうとして、やっぱりひっこめた姿を綾さんはたぶん、見ていたでしょう。
三日後、私は思い人の家に行きました。恋愛相談を受けに。 これはもうなんというか、恒例というかそんなカンジで何度目かなので、いつもどおり近況を聞いて、質問から分析へと移り、結論へと至ります。この結論は前々回から変わってません。 「まぁ、結局そうなるわけよ。」 「うぅ・・・反論できない。」 私はソファに座って、自分では的確だと思っている予測をつらつらと述べたりした。でもってしばらくすると二人とも空気が馴染んでくるので、甘え合いに発展する。さっきまで床に座ってた思い人は今、ソファに移ってきて私の隣に座っている。私は思い人の腕にしがみついた。 「ねぇ。」 「ん?」 「んーと、えーと、ねぇ。」 私は言葉を探した。 「い〜や、なんでもない。」 で、見つからなかったので諦めた。思い人の顔は見えないけど、きっと苦笑してるな。 私はしばらく甘えて、それから顔を上げて思い人を見た。特別整ってるわけでもなく、特別キレイなわけでもないのに、私はとても魅かれてしまう素敵な顔。でも、私のモノにしたいとは思っちゃいけない。私にとって一番は一つだけしか作れないもの。 じっと見ていたら、思い人が私の方を向いた。私は少し戸惑ってから思い切って、唇を押し付けた。そしたら口の中に舌が入ってきて、腰に手を回されて軽く引き寄せられた。 そぅ、これ。これが私を恋に落としたの。あの時のキスが、私のあなたへの愛情を恋心へ変えてしまったのよ。 私が恋人さんとよくする、フレンチな淡くて軽いキスじゃない。濃厚で飲み込まれてしまいそうな、貪るようなキス。これに私はやられてしまったのだ。今回と同じく、仕掛けたのは私なのに、その私の方が取り込まれてしまう。予想を裏切るようにして私を持っていかれるのはなんだか心地良くて、今まで感じたことのないような幸福感と陶酔感があって、そのまま私は抱いてもらった。今日も、そう。
事が終ってから、私はこないだみたいにソファに寝転がって、毛布にくるまれていた。思い人は今、視界にはいない。 「・・・・・・・・・」 おぼろげな意識の中で、さっきのキスと、普段の様子からは想像できないような思い人の艶姿が蘇る。私の頬が赤く染まる。体が少し疼く。
そして、心が少し、泣いた。
恋人さんへの罪悪感は常にある。でもそれを押し込めてしまえる強さを、この恋心はまだ保っていた。同じように恋人さんも誰か他の人とすればこの罪悪感は薄れるかもしれない。 でもそれは嫌だ。すごく嫌だ。と、きっと恋人さんも思っているんだろうと思うと、やりきれない。私の中で幸福感と罪悪感がせめぎあっているわ。 いっそ私がもう少し酷薄になるか、もう少し貞淑になればよかったんだろうけど、それは無理。だから裁きの雷に打たれて灰にならないかと待っている。このことを恋人さんに知られる前に死んでしまいたいわ。 そんな胸苦しい思考に取り付かれていたら、隣の部屋から思い人が顔を出した。一緒にひょっこりと猫も顔を出した。 「毛布に包まってても今日は寒いから服着た方がいいよ〜」 「ん、わかった。」 私はもそもそと起き出して服を身につけた。そして毛布を返し、その辺りに事後の形跡が残っていないかチェックした。 それから少し抱き合って、軽いキスをして、他愛の無いおしゃべりをして、時間が過ぎていった。 愛しい人と恋しい人。これって同じカテゴリで扱わなきゃいけないんでしょうか? 私にはこの二人を比べることはできません。安心感を一番与えてくれるのが愛しい人で、恍惚感を一番与えてくれる人が恋しい人です。これらを同時に与えてくれる一人の人がいればそれにこしたことはないですし、一人相手で満足するのが普通、と世間は決まっています。 でも私みたいな存在もいるわけです。その場合どうしたらいいんでしょうか。親も学校も社会も、その辺のことは一欠片も教えてくれませんでした。
私は、どちらもとても大事なんです。
まぁ同じように扱われたら納得いかないというあたり、私は不完全すぎるワガママな出来損ないなんでしょうけど。もうさ、世間が正しいとしていることに全員対応できるわけじゃないっつーの。思い人は好き。でも恋人さんを愛してる。こう思うことがダメだと言うなら誰か私を殺しなさい。ダメだからって気持ちを変えることができるヤツがいるなら連れて来いっての。
そんなことを考えていて、気付いたら思い人が心配そうに私の顔をのぞきこんでいた。すぐ物思いにふけるのは私のクセで、想念が強すぎるとそっちの世界に意識が引き込まれてしまう。 「どうしたの?」 「ん?考えごとー」 「もしかして、恋人さんのこと?」 「とか、いろいろ。」 ちょっと意外だった。そんな風に言われるとは思っていなかったから。 「なんで恋人の事考えてると思った?」 「あなたの性格だと、軽そうに見せてけっこうその辺背負う様に見えるから、かな。」 「あら、私は軽くてよ。」 「はいはい、そういうことにしておきますよ。」 思い人は苦笑してそう言った。ちょうどそのときドアが開いて、綾さんが仕事から帰って来た。 「あ、来てたんだ。」 「うん、おじゃましてま〜」 私は能天気なカンジを装ってそう挨拶した。私は基本的にこういうのが、下手である。不自然さはきっとバレバレだろう。 「そういえば御飯どうする?」 「ん〜、考えてない。」 「じゃぁ一緒に食べてきなよ。」 「うん、ありがと〜」 というわけで私は御飯をご馳走になった。綾さんがいてもやっぱり、私は思い人の顔をちらちら見ることだけはやめられなかった。だって好きなんだもん。
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