その日のその後を、私はいまいち覚えていない。とりあえず家族と合流して帰った事だけは確かなようで。 次に恋人さんと会ったとき、恋人さんは少し私に申し訳なさそうな空気を出していた。こないだのことなのだろう。 私は抱きついて、しっかりと恋人さんの顔を見た。私の大好きな目、大好きな唇、大好きな髪、大好きな肌。これを、この人は、私のために他の人に望まれても渡さなかった。不徳をはたらいた私なんかのために、貞節を守った。
私は、ゆっくりと恋人さんの抱擁から離れて、少し居ずまいを正して、訝しがる恋人さんの目を見て言った。
「ごめんなさい。」 「どうして謝るの?」 「私はあなたを裏切って、不義をしたから。」 恋人さんが苦々しい顔をした。 「ごめんなさい。こんなことを言ってごめんなさい。」 「・・・・・・・・・」 「ちゃんと話すわ。でも聞きたくなければいいよ。」 「いや、聞くよ。話して。」 「うん。」 一呼吸。心の準備。覚悟。 「こないだ話に出したけど、病室でのことは見たよね?」 「・・・うん。」 「それに関してはもうね、ごめんなさいしか言えないわ。でももっとごめんなさいを言わなきゃいけない。」 「つまり、それ以上ってことね?」 「そう、ね。うん。ごめんなさい。」 恋人さんは胸が痛いような苦しいような仕草をした。その姿を見て私も胸が痛かったけど、私にはそんな風に感じていい権利はない。 「私はあの人に恋をしていたの。あなたを愛しているし、その気持ちにいささかの変化も無いけど、恋をしてしまったの。」 「・・・・・・・・・」 「私は愛と性がけっこう、分かれてるんだと思う。愛と恋も分かれてるんだと思う。だから世界で一番愛してるのはもちろんあなた、と答えられるけど、世界で一番恋しい人は?と聞かれたら、あなたとは答えられない。私はあなたに恋をしているわけではないことに気付いちゃったの。」 「そっか・・・」 「でもね、私の恋人はあなた以外には考えられない。一緒に過ごしていきたいと思うのは恋しい人ではなくてあなたなの。それはやっぱり、不徳?そんな風に思ってる私なんかとはもう一緒にいたくない?触れたくもない?汚らわしい?」 恋人さんは大きくため息をついた。うんざりされてしまっただろうか。そうだとしても仕方ないけど。 「あのね、そう思ってたら今日とか来てないから。」 「・・・・・・・・・え?」 「そりゃぁ、不満だし傷いついたよ。酷い裏切りだとも思うよ。ただ、私は咲が求めているもの全てを私がまかなえるとは思ってない。私では満たせないところが咲にとってはとても重要で、たまたまそれを満たしてくれる相手を見つけちゃって、罪悪感はありつつもついつい、ってカンジでしょ?」 私は絶句した。 「咲、袖をめくりなさい。」 私はためらった。 「めくりなさい。」 もう一度言われて、渋々私はシャツの袖を捲った そこにある真新しいいくつもの傷跡を見て、恋人さんはひどく悲しそうな顔をした。 「バカだね、自分ばっかり責めて。」 恋人さんは泣いてしまった。 ただこれは、私の予想外の涙。この涙は、私に対しての涙。これは予想外だった。こんな状況でこんな話を聞かされたのに、こんな私のためにこの人は泣いてくれている。責めもせず呆れもせず泣いてくれている。それが、嬉しくて、そしてまた、私を許せなくなる。 「ほら、やめなさい。」 恋人さんは涙をためた瞳のまま苦笑して、腕をひっかきそうになる私の手をつかんで止めた。
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