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作品名:「自分勝手に」 作者:emanon

第5回   5
 ナナによってマグカップにトクトクと注がれる焼酎。カップの中の製氷皿で作られた氷はほとんど溶けてしまっている。
 ロックと水割りの中間系になってしまっているものをヘイタは一口すすり、アルコール度数の高さに顔をしかめる。ビールでさえ厳しいヘイタは焼酎など飲みたくはなかったが、ナナに「飲んでくれないと泣き喚きますよ?」と脅迫され、飲み比べをするはめになった。
 ナナとヘイタはちゃぶ台に対面に座っていて、双方の前にはそれぞれマグカップと焼酎の入った大型ペットボトルが置かれている。 
「ほらほら、何やってんですか?さっさと飲んでください」
自分よりもはるかに年下であろう少女にそう言われ、ヘイタは目の前のカップを一息に開ける。ヘイタの視界がグラリと揺れた。目の前にいるナナの顔がぼんやりと歪んで見える。
 ヘイタは先ほどのお返しとばかりナナのカップにナミナミと焼酎をついでやる。だが、ナナは水でも飲むかのようにゴクゴクと飲み干した。
「君……、実は人間じゃないだろう……」
「さぁ、どうなんでしょうね〜?さて、ヘイタさんの番ですよ?」
 ヘイタの前にあるボトルもナナの前にあるボトルも同じくらい、三分の一ほど減っている。大型ペットボトルは四リットル入りなので双方一リットル以上飲んでいることになる。
 飲んでいる量は同じだが、ヘイタは焦点も定まらず、半ばちゃぶ台に突っ伏している。一方、ナナは正座を崩さず、余裕の表情だ。このまま続ければ明らかにヘイタのほうが痛い目を見るだろう。
「どうです?話したくなりました?」
ナナは相変わらず笑いながらヘイタのカップに焼酎を注ぐ、まるでヘイタがヘロヘロになっているのをあざ笑うかのようだ。少なくても、ヘイタにはそう見える。
 目の前に注がれた焼酎を虚ろな目で見つめる。頭がボーっとして体が熱い。気持ちよさと悪さが同居した奇妙な感覚。たぶん、明日は二日酔いだろうと思う。
「わかった、おれの負けだよ……」
ヘイタはギブアップを宣言する。
 酒を持ち出したナナに対して、年上のメンツを立てようと意地になってしまったのをヘイタはつくづく悔やんだ。
「じゃ、話してくれるんですね?」
ナナは身を乗り出して頬杖をつき、興味津々な様子でヘイタを見た。まるでゴシップをこよなく愛し、井戸端会議で「ここだけの話」を楽しむオバサンそのものだ。
「ただ、予備校で友達と喧嘩しただけだよ」
「喧嘩の原因とかは?」
ヘイタは理由を話していいものか少し踏みとどまったが、アルコールに後押しされ、話した。
「いいにくいんだけどさ、君なんだ」
「というと?」
「飲んだ帰りに、家出娘に助けられてそのまま泊めることになったって言ったらいきなり怒りだして、売り言葉に買い言葉ってやつでコッチも言葉が強めになっちゃって、口喧嘩になった」
ナナの中でヘイタと昼間公園で会った女の人――カオル――がつながった。そもそも、いきなり異性が自宅に寝泊りすることになるなどというシチュエーションはそうそうあるわけではない。それにタイミングも同じである、関連付けて考えるのが自然だろう。
 ナナは知らなかったとはいえ、男女の仲をかき回したことになる。
「……その友達って……女性ですよね?」
すまない気持ちと後ろめたさから、声が自然と小さく弱々しくなった。
「まぁ、一応そうだけど?」
「ごめんなさい、私のせいで彼女さんと喧嘩させてしまって……、まるで泥棒みたいに……」
ところが、ヘイタは首を大きくブンブンと降り、きっぱりと
「ちょっと待てよ、彼女じゃないよ。あくまで友達。幼馴染で、たぶん、親友と呼んでもいいと思うけど、彼女なんかじゃない」
と、否定した。
 『あの女性とヘイタってどれくらいの関係にあるんだろう』
 ナナは二人に悪いとは思ったが、好奇心に勝つことはできず、疑問に思ったところを確かめることにしようと思った。ひょっとしてちょっとした嫉妬心も手伝って、そう思ったのかもしれない。
「その人ってどんな人なんですか?」
ヘイタは「うーん」と、突っ伏しながら考えるそぶりを見せた後、答えた。
「小学校から高校卒業までなぜずっと同じ学校でさ、大学もなぜか同じところを志望して単だけど、おれは落ちちゃったから予備校と大学になったんだけど、それまで毎日会って、変な話ばっかりしてたなぁ」
ヘイタは、アルコールのおかげで口が軽くなり、ナナへの悪い意味の遠慮が無くなっていた。普段はあまりしない話もテンポよく口から出てくる。
「カオルが……、あ、そいつの名前、カオルっていうんだけどね。誰だったかに二股かけられたときなんか、散々文句言われたなぁ、理不尽でさ、二股駆けたやつじゃなくておれに文句言うんだ。で、最近もたまに飲みに誘われるんだけど、すごく理不尽な事いうんだよ、なんで浪人したんだ、とかね。浪人したものはしたんだからしょうがないじゃん、聞きたいのはこっちだよ」
 そう言ってヘイタは「まったくもう」とばかりため息を一つついた。
「でも不思議と嫌いじゃなくて。まぁ、良くも悪くも単純なやつだから、裏表が無くて付き合いやすいしね」
「へぇ〜、で今日ってどんな感じに喧嘩になったんですか?」
「あ、そうだね、話がずれた」
ヘイタは少しばかり考えるそぶりを見せ、再び話始めた。
「なんか、話の種に君がウチに居候……っていうのかな?しはじめた事情を説明したら、記憶喪失なんて信じられない、そんなウソつき放っておけ。とか言われて、おれにも体目当てなんでしょう?とか……そんな事言われて、俺が悪口いわれるのはともかく、記憶喪失で困ってる人がいるのにって……」
「へぇ〜。っていうか、それはカオルさんの反応が普通ですよ」
「って?どういうこと」
「私が言うのもなんですけど、ヘイタさんはすぐに人を信用しすぎです。普通、記憶喪失って言われて素直に信じませんよ。失踪した人が警察に届けられるのが嫌で記憶喪失を騙るっていうのはよくある話ですから」
 そういうと、ヘイタは思わず苦笑いをもらした。言っていることがカオルと同じだったからだ。
「あはは、カオルにも同じこと言われたよ。お前は貧乏くじを引きすぎだってね……、でナナちゃんのはホントに記憶喪失なんだよね、一応確かめてみるけど」
ナナは肯定とも否定とも取れる微笑とともに「さぁ、どうでしょう」と答えた。
「でも、人を見たらウソつきだと思えっていうのは、ちょっと悲しいことだと思わない?」
「人を見たら泥棒と思えじゃないんですか?」
「ウソつきは泥棒の始まりともいうだろ、だったら二つあわせてそうなるでしょ。」
ナナは「まぁ確かに」と肯定した。
「そんなこと言ってたら普通に生きていけないよ。例えばニュース番組だってさウチらが見ててウソかホントか確かめる方法は無いじゃん、結局は鵜呑みにするしかない。歴史の教科書だって、数学だって、考えてもホントかどうかわからない。だったらホントのことだと思ったほうが疑うよりも労力が少なくてすむだろ?」
 ――酔っ払いの理屈だなぁ――とナナは苦笑した。でも全て間違っているとはいえない気がした。
「本当にヘイタさんって合理主義者なんですね」
「合理主義者ってほどでもないけど、ただ単に無駄なことが嫌いなだけだよ、誰だってそうでしょ?」
「そうでもないですよ、たぶん。特に私とか」
「そう?ま、人それぞれ、三者三様。別にいいけどね」
「で、カオルさんなんですけど」
「あ、そういえばそんな話だったっけ」
「たぶん、ヘイタさんの性格わかってくれてますよ。もしかして次会う頃にはそんなことで喧嘩したのも忘れてたりして」
 ナナは、夕方、猫を抱いていたカオルの表情を思い出して言った。
「たぶんそうだとは思うんだけどね、喧嘩したのも一回や二回じゃないから。でも、いつも無意味に悩む。次はちゃんと会えるか、このまま二度と同じ関係に戻れないんじゃないかって、そんなこと考えるんだったらさっさと電話でもして謝ればいいのに。悩んだってただの現実逃避でしかないのにさ」
「たぶん、それがヘイタさんにとって大事で重要なことだから、慎重で臆病になっちゃうんですよ。どうでもいいことだったら最初から悩んだりしないでしょう?重要なことを時間かけて考えるのは当たり前ですよ」
「そういう考え方もいいのかな」
 そう言ってヘイタはカップ一杯の焼酎を開けた。焼酎に慣れたのか飲みすぎて味が分からなくなったのか、なかなか堂に入った飲み方だった。だが、飲んだ後で体がグラリとゆれ、再びちゃぶ台に突っ伏し、「ふぃ〜」と息を継いだ。目は半目で体に力が入っていないのが見て分かる。そろそろ限界のようだ。
 ナナは席を立ち、ヘイタの後ろに適当に布団を敷き、ゆっくりと寝かせてやる。ゴロンと横向きに寝転がったヘイタの寝顔はしこたま飲んだ割にはスッキリしていた。
「無意味、無意味って言わないでくださいよ、たぶん、この世界に意味のあることなんてそんなに無いんですから」
ナナがぼんやりとヘイタの顔をみながら呟いた。ヘイタが聞いている、いないは関係無い独り言のようだった。
 ベッドから毛布を引っ張りだし、ヘイタに掛ける。秋とか冬とかではないから、毛布だけでも風邪を引いたりはしないだろう。
 ナナはしばらくヘイタの寝顔を見つめた。呼吸が完全に落ち着いた寝息に変わったころ、意を決し、カオルに悪いと思いながらもヘイタの毛布に潜り込んだ。今日で最後にしよう、最後だからちょっとくらいオマケしてくれてもいいだろう、そう言い訳をする。
 「……暖かい……」
 生き物は暖かい、当然のことだ。だが、ナナにとってその暖かさは一度背を向けたものであり、自己のなかで敵とみなしたものだった。
 長い間忘れていた。いや、忘れようとしていただけなのかもしれない。独りで生きようと思った。でもできなかった。自分がが「シイナ・ナナ」になった時に全てを捨てることができたと思ったのに……。
 


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