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作品名:「自分勝手に」 作者:emanon

第4回   4
太陽が茜色に燃えていた。カオルはそれを公園のベンチから眺めた。いつもと同じように照りつける太陽に腹が立つ。まるでへこんでいる自分をあざ笑っているかのように思える。
 ヘイタが予備校からバイトに出かけた後、そのまま帰る気はせず、ベンチに座って缶コーヒーを飲んでいた。ただし、いつも飲んでいるのは砂糖、ミルクたっぷりのやつだが、今は砂糖もミルクも入ってないブラックだ。そういう気分だった。すごく苦い。あまり飲み慣れていないので、ちびりちびりと飲む。
 公園を見回す、そんなに大きな公園でもない、ビルの間に余った土地を余らせておくのももったいなく、申し訳程度に整備した感じだ。閑散としていて、自分以外には誰もいない。
 缶コーヒーを一口飲み、再び視線を落とす。
 ふと視界の端に動く影があった。茂みの中でこちらを伺っている。よく目をこらすと子猫だとわかった。
 大きな目、小さい体。耳をピンと立て、こちらを警戒している様子が見て取れる。
 カオルはベンチを立ち、子猫を抱こうと手を伸ばした。
 指を動かして誘ってみるが、子猫は警戒を解こうとはしない。
「ヘイタと喧嘩して、子猫からも嫌われる、か……、これが四面楚歌ってやつね……」
と、苦笑交じりにつぶやく。
 しばらく子猫はカオルとにらめっこを続けていたが、緊張にたえられなくなったのか、子猫はカオルの横を通り抜け、走り去った。反射的に目で追う。
 子猫は近くにいた少女に走りよった。少女はひざをつき、ポケットからニボシを取り出すと、子猫に差し出した。子猫は口で受け取る。地面に置いたものを食べるのではなく、直接手からとるところを見ると子猫はその少女にかなり懐いているらしい。
「よかったら、どうです?」
 その少女――ナナ――ははカオルにニボシを差し出し、そう言った。



「じゃ、お言葉に甘えて」
 カオルにニボシを渡すとナナは子猫を抱いてベンチのほうに連れて行った。カオルもそれについていく。
 ナナはベンチの端のほうに腰掛けると、猫を真ん中に下ろした。カオルもベンチに座った。三人がけのベンチで、子猫を挟む。
 カオルは、さっきナナからもらったニボシを子猫の鼻先に差し出す。ナナの時とは違い、しばらく四肢をつっぱったり、ニボシとカオルを交互に見たりと警戒をとかなかったが、そのうち、カオルもナナと同じように安心できる人物だと思ったのか、ニボシを受け取り、食べ始めた。思わずカオルの口元に笑みが浮かぶ。ナナもそれをみて微笑する。
「やっぱりいいですよね、猫って」
「そうだね……、実はずっと飼いたかったんだけど、いろいろ事情があってさ」
 子猫は先ほどまでの警戒心を忘れ、カオルとナナにはさまれて、一心不乱にニボシを食べている。相当お腹が空いているようだ。よくみると、肋骨が透けてみえるほど痩せている、もしかしたら数日間何も食べていないのかもしれない。
 ニボシ一匹はすぐになくなり、子猫はカオルにお代わりを求めるように体を摺り寄せてきた。
「現金だね、君は…」
「それぐらいじゃないと生き残れないんですよ、街では」
ナナがカオルにもう一匹ニボシを手渡し、カオルは「ありがとう」とそれを受け取った。
「本来一人で生きている猫を無理矢理連れてきて飼いならし、一時の安らぎを得る、その後、役割が済んだら捨ててい…く…、こっちのほうがよっぽど現金だと思いますけど?」


「……まぁね……」
 子猫は早々に二匹目のニボシを食べ終わると、子猫はカオルの膝によじ上り始めた。お腹が落ち着いたら今度は遊びたくなったのだろう。胸の辺りでじたばたしている。
「ふふ、結構エッチだね、君…。もしかして、男の子かな?」
と、カオルは胸の辺りでジタバタしている子猫を抱き上げ、股の間を見た、が、付いてない。では、女の子かと思い、いろいろと観察してみる。
「あ、その子、去勢されてるみたいですよ」
カオルはあらためて子猫を観察した。だが、見た目は普通の子猫で、カオルには不自然なところは無いように思える。
「へぇ〜、なんでわかるの?」
「この子、大きさの割りには性格が子供っぽいし、性徴もないみたいです。それに、近くのボランティア団体がお金をだして、野良猫に虚勢手術を受けさせるって言う活動をしてるって聞いたことがあります」
「詳しいんだね」
「毎日こんなことしてますから。役所の人とかに見つかると、『人を襲って食べ物をとるようになるからやめなさい』って言われるんですけど、人間の都合でこんな住みづらい所にすまなきゃいけなくなったんだから、ちょっとくらい良い事あってもいいと思いません?」
「ん〜、そんなこと考えたこと無かったけど、そう言われてみればそう思うかも」
カオルは抱き上げていた子猫を膝の上にそっと降ろした。すると、カオルにはもう飽きたのか、走って茂みの中に消えてしまった。
「現金な上に薄情か…」
カオルがつぶやいた。
「その勝手なところが猫っぽくて好きですけど……そのうち戻ってきますよ、たぶん」
「そういうものかぁ」
カオルはそう言いながら、立ち上がり、背伸びをした。さきほどまで、子猫がいたから身動きがとれなかったのだ。
「あ、そういえば、ニボシありがとう。お礼にジュースでもおごるよ」
「あ、そういうことなら、ありがたくご馳走になります。もらえるものはもらう主義ですから」
「君も現金だね」
そう言ってカオルは微苦笑を浮かべた。



 太陽が半分以上沈み、夕方と夜の境目、人を見分けるのが難しくなっている。車が行きかう音が大きくなり、黄色いヘッドライトが太陽の変わりに街を照らす。そんな時間になっても公園にはカオルとナナの二人しかいない。まるで、街から隔離されているようだ。
 カオルは缶コーヒー、ナナは缶のミルクティーを飲みながら、しばらく他愛の無い話をしていた。カオルは別にやることも無かったし、ヘイタとの喧嘩でやる気が無くなったというのもあり、この名前も知らない少女との話をそれなりに楽しんでいた。
 ふと、先ほどの子猫が消えた茂みが音を立てた。何事かと二人が目を向けてみる。音を立てたのはさっきの子猫だった。その隣にもう一匹、落ち着いた雰囲気の白猫がいる。子猫と違って首輪をつけているし、毛並みも整っている。おそらくどこかで飼われているのだろう。
「ね?帰ってきたでしょう?」
 ナナはそういいながら、白猫に近づき抱き上げた。白猫も暴れたりするそぶりはせず、ナナにされるがままになっている。この猫もずいぶんと懐いているようだ。
「この白猫、どこかで飼われてるみたいなんですけど、夜になるとこっそり抜けだしてくるみたいなんですよ」
 子猫がテクテクとカオルのほうに歩いていく。その足取りは先ほどと違い堂々としたもので、カオルを少しは信用したのだとわかる。
 カオルは子猫を抱き上げ、ベンチに座った。子猫は初対面のときの警戒心はどこへいったのやら、自然にカオルに頬ずりをする。カオルが喉をかいてやると目を細め気持ちよさそうな表情をした。
「ねぇ、ちょっと愚痴聞いてもらっていい?」
カオルが言った。その言葉は子猫に言ったようでもあり、ナナに対しての言葉のようでもあり、ただの独り言のようでもあった。
 カオルは答えを待たずに話を続ける。
「アタシね、今日、喧嘩したんだ」
 ナナが白猫を抱き上げ、カオルの隣に座った。
「その相手っていうのが、幼馴染の男友達でね。そいつが今、知らない他人、しかも女と一緒に住んでるんだって」
「知らない他人の女?」
カオルは昼間ヘイタから聞いた話を話した。ナナは白猫の喉を撫でながら黙って聞いていた。
「へぇ〜、その男の人って彼氏さんですか?」
ナナが言った。からかい半分。
「違うって、誰があんなやつ……」
「そういう割には彼氏を他の女に盗られて嫉妬しているみたいに聞こえますよ」
ナナは失礼であろうことを何食わぬ顔で言う。カオルはその態度に少しばかり顔を歪ませたものの、ナナに怒りだすようなことはせず
「彼氏…か、そうかもしれないけど、限りなく近くて別のものって感じだと思う……」
と自嘲っぽく言った。
「なんていうか……、たぶん彼氏っていう単語を使わないとしたら、弟っていうのが一番近いかな。なんていうか、ほっとけないんだ。そいつ、今年から一人暮らし始めたんだけど、部屋は片付けないし、健康そっちのけでカップラーメンばっかりだしで、押しかけて、部屋片付けさせたり、料理の作り方教えてやったりとかしたりしてね。今日、喧嘩したのも、あいつはバカで覇気がないくせに、正直で人が良いからよく人に騙されそうになったりするから、って忠告したつもりなんだけど……」
「なんていうか、その人、すごい言われようですね…」
「だって、事実だし」
ナナはそれが事実だと言い切ってしまうカオルはその男と本当に親密にあるのだろうな、と思ったが、口には出さなかった。
「自分自身、あいつの事、彼氏だなんて思ったこと無いけど、言われてみれば、嫉妬してるのかもしれない。よくわかんないけど。ま、あいつだったら『そんなこと考えてもしょうがないよ』って言うんだろうけどね、バカだからさ」
カオルは話をする間、一度も顔を上げず、うつむいて子猫を撫でていた。誰かと話をしたというよりも、独り言を聞いてもらったといったほうが適切かもしれない。
「あっと、ゴメンね、こんなつまらない話聞かせちゃって」
カオルはナナのほうを見て言った。これはちゃんとした返答を期待する言葉だった。
「いえいえ、面白かったですよ」
ナナは立ち上がり、白猫を地面に降ろした。カオルからは逆行で表情が見えないが、さっきと同じような微笑を浮かべているのだろう。
「私、もう行きますね。情が移るとかえってかわいそうですから」
情が移るというのは猫に対しての言葉だろうか。
「そう、もう遅いしね。それじゃあ、ニボシありがとう」
 日は完全に暮れ、おそらくねぐらに帰るであろうカラスがうるさいくらいに鳴いていた。
「いえいえ、どういたしまして」
そう言い、ナナは暗闇に消えた。
「さてと、アタシはどうしようかな…」
 あえて口に出して、子猫に向かっていってみる。膝の上の子猫はスヤスヤと寝入っていた。
「動けないじゃん、これじゃあ……」
 結局、カオルは子猫が起きるまでそうしているほか無かった。もっとも、そうしてボーっと待っている時間も、カオルにとってそう悪い時間ではなかった。



 まな板の上でジャガイモを切っていた包丁が止まった。見るとジャガイモを押さえている左手から血が出ている。
 ヘイタは台所に絆創膏が常備してある絆創膏を取り出し、皮がはげている中指に巻きつけた。見れば、既に何箇所か絆創膏が巻いてあった。
 常備しているといっても、料理をし始めた時に何度か使ったくらいで、今では全く使っていない。なのに、今日は久しぶりに絆創膏を使った、しかも何箇所も。
 ヘイタは何度目かの苦笑いを漏らすと、再び、ジャガイモを切る。自分の集中力の無さにあきれ半分、あきらめ半分だ。
 ついついカオルの事を考えてしまう。自分でもよく分からないうちに声を荒げてしまい、喧嘩別れみたいな形になってしまった。どうしたものだろう。と、心の中で思う。
 ヘイタのモットーは「やらなくて良いことはやらない」ということだ。今悩んでいることは、考えても考えても、カオルに会って話してみない限りどうしようもない。もっとも、喧嘩別れなどよくあることだから、会えば、どちらからでもどうにでもなる。なのに、毎度毎度、ついついどういう顔で会えばいいかと考えてしまう。
 それは人としては普通のこと――よくあること――であるが、ヘイタはそれを嫌っていた。そんなことを考えるのならまず行動で示すべきであり、ウジウジと悩んでいるのはただの逃げだと考えるからだ。
 『くだらない……』心のなかで吐き捨て、夕食の支度を続ける。
 ――コンコン――
 入り口のドアがノックされた。宗教や新聞の勧誘ならドアチャイムを鳴らすはずで、ノックをするのはナナだけである。
 鍵が開いていると告げるとナナは「こんばんは」とあがりこんだ。
「何かあったんですか?」
 ヘイタの顔を見るなりナナが尋ねた。
 ナナには関係の無いことだから、ヘイタは「別に」と答えたが
「その割りにここの所……」
といって自分の眉間を指差し
「……にシワがすごいですけど?」
と返された。それでも平然としていればいいのだが、ヘイタの場合、その性格からすぐに顔に出てしまう。
「さては女性関係ですか?」
ナナがニヤリと笑いながら聞いた。
「おれに彼女なんていると思う?ただ、ちょっと友達と口げんかしただけだよ」
「『だけ』って言う割には結構深刻みたいですけど……、私でよければ相談に乗りますよ」
 ナナがそう言うと、ヘイタは苦笑し
「いや、大丈夫。つまらない話だし、ナナにはどうしようもない話だから……」
 それは確かに事実であったが、言われたナナはムッときた。拗ねた様子でそっぽを向く。
「どうせわたしはただの記憶喪失娘で、大して役に立ちませんけど、そんな言い方はひどいですよ」
「ごめん、そういうんじゃなくて、君に話すと単なる愚痴になっちゃうからさ。延々と愚痴られてもうっとうしいだけでしょ」
「それでも聞かせてください、気になりますよ」
「それにさ、なんかそういうのって現実から逃げるみたいで嫌いなんだよね、愚痴っても問題が解決するわけじゃないのに、自分の欲求不満を手っ取り早く解消するためだけに相手を不快にするなんて最低だよ、それ」
「……いいです、分かりました。もう聞きません、そういうことなら我方にも策があります」
そういうと、ナナは「では」とヘイタのアパートを出て行った。
「なんだかなぁ……」
 ヘイタは自分の言葉がナナを怒らせてしまったのだということは理解できたが、追いかけて謝るのもどういうものかと考え、楽観的に夕食のころには帰ってくるだろうと料理を続けた。
 十分後、ヘイタは自分の考えが甘かったことを思い知らされる。
 具を鍋に入れて一通りの火を通し、味噌をとき始めたところで再びドアがノックされた。
「こんばんは」
 どこか凄みのある顔をしているナナの両手には、大型ペットボトルに入った焼酎が入っていた。



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