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作品名:いしこづめ 作者:花城咲一郎

第4回   初夜の権利
 山小屋の外は、風雪が足元から吹き上げてくる猛烈な逆さ吹雪が
つづいていた。
 小屋のなかでは不思議な出逢いをした二組のカップルが、とろとろ
と楢の薪が燃える囲炉裏火をかこんでいる。
「さきほどのはなしだが。賢一くんの。そのォ」
 興味しんしんという表情で林太郎は、爛々と輝く賢一の目に視線を
あわせる。
「現人神(arahitogami)とか現御神(akitumikami) と呼ばれているお人は、
小松原郷では、どんな地位に就いておられる方ですか」
「ハイ。其ノオ方ハ郷デア、郷祭司サマト云ワレテオリアス。其ノ郷祭司
サマア、小松原郷デア、最モ地位ノ高イオ方デ有リアスダ。此ノオ方ガ
現人神トカ現御神ト云ワレテ居ルノア、小松原郷ヲ統括スル最高ノ地位
ニ在ルカラデゴゼエアスダ」 
「その郷祭司を現人神(arahitogami) と決めたのは、小松原郷に在住する
郷民の総意によるものですか」
 賢一は額に皺を寄せ怪訝な表情になった。
小榊賢一『椿先生ノ仰言ル事ノ意味ガ良ク判ラナイ。無学・無能デ恥ヅ
カシイケド、聞キ返スシカネエダ』
「タッタ今、先生ガ仰言ッタ『ソウイ』云ウノア、何ン事デゴゼエアスカ」
「ああ。ここで云う総意というのは、違うという意味の相違ではなく、すべて
の郷民の意思という意味の総意なんだがね。お解かりですか」
「ア、然様デゴゼエアスカ。郷民ノ総テデアスカ」
「ええ。そういう意味における郷民の総意によって郷祭司を選任したので
しょうか」
「イイエ。ソウデア有リアセン。其ノ事ア、『小松原郷御定書』ニキチント規定
サレテルンデゴゼエアスダ」
 林太郎『御定書』か。まるでこれは江戸時代の『基本法』に相当する
根本規範だ。鎖国状態らしい小松原郷カントリーの憲法ともいえる規範なんだ』
 椿弁護士は興味しんしんという表情に変わった。
 山形検事の目がきらりとひかった。
「ほう。小松原郷御定書ね。その御定書には郷祭司の地位のほかにも、なにかの
条項が規定されてありますか」
「ホカノ条項デアスカ。エエト、御定書ニア」
 炉端で筵のうえにきちんと正座した小榊賢一は、絹織物で縫いあげ、
紺色に染め抜いた着物の懐から油紙の包みをとりだした。
「ホカニモ規定ガ有リアスダ」
 賢一は、軍国主義時代の国民学校長が式典で教育勅語を奉読する
ときのような姿勢で包み紙を恭しくおしいただき油紙の包みを開披した。
 油紙の包みのなかからは白い和紙に黒々と墨書された1通の文書が
でてきた。
「此レガ其ノォ」
 賢一は開披した文書を恭しく頭上に捧げ一礼する。
「小松原郷御定書デゴゼエアスダ。全部デ14条カラ成リ立ッテオリアス。
御覧クダセエアシ」
「なるほど。これがそのォ」
 椿弁護士は、さしだされた文書を受け取り、社交辞令的に恭しくあたま
のうえにおしいただいた。
「小松原郷御定書ですか。拝見させていただきます」
 林太郎は和紙に墨書された文書をおもむろにひろげた。 
「ほう。これはまた、日本列島に民主主義が定着した現代ではみられない
稀有な文書ですな。ひとつは拝見させていただきます」
 筵のうえで胡坐をかいていた林太郎は正座しなおした。
 林太郎は、生徒が学校長から卒業証書をおしいただくときのような姿勢
で文書を目の高さに支えながらおおきな声でよみはじめた。
 
             ◇ 小松原郷御定書 ◇

第1條  纞テ郷民ハ郷祭司ニ對シ忠節ヲ盡スヲ本分トスベシ
第2條  纞テ郷民ハ禮節ヲ尊ブベシ 
第3條  纞テ郷民ハ親ニ對シ孝行ヲ盡スベシ
第4條  纞テ郷民ハ兄弟姉妹相和スベシ
第5條  纞テ郷民ハ郷祭司ノ恩恵ニ因リ財産権ヲ享有スル事ヲ得
第6條  小松原郷ニ一旦緩急有ルトキハ郷民ハ其ノ財産ヲ郷ノ爲無償デ
      奉納スベシ
第7條  纞テ郷民ハ郷ノ外ニ移住スル事ヲ得ズ
第8條  小松原郷ニ一旦緩急有ルトキハ郷民ハ郷ノ爲一命ヲ捧ゲル
      義務ヲ負ウ
第9條  小松原郷ニ於ケル宗教ニ就テハ?道ヲ以テ郷教トス
第10條 裁判ヲ爲スノ權ハ郷祭司ニ専属ス
第11條 新婦ニ對スル初夜ノ權利ハ郷祭司ニ専属ス
第12條 纞テ小松原郷ノ外ヨリ郷ニ侵入シタル者ハ石子詰ノ刑ニ処ス
第13條 小松原郷御定書第十一條ノ規定ニ違背シタル者ハ石子詰ノ
      刑ニ処ス
第14條 小松原郷御定書ノ各條項ヲ改正スルノ權ハ郷祭司ニ専属ス
       
 林太郎は小松原郷御定書の全文をよみおえた。
「とまあ。このような」
 林太郎は白い和紙に黒々と墨書された御定書を両手で支えつづけた。
「14箇条から成り立っているのが小松原郷御定書なんです。この名文
規範は、云ってみれば小松原郷の基本法つまり憲法としての性格を有する
と解釈される。わしは、ひとまずそうみておく」
 林太郎は、弁護士としての立場から一応の解釈をしめした。
 自分の見解を述べた椿弁護士は、その文書を炉端の隣で胡坐をかいて
いた山形検事にわたした。
 山形検事はそれを恭しく受け取る。
 目の高さに文書を支えて検事は文書に目をとおした。
「いわれてみれば、そのォ」
 山形検事は文書を両手で支えたままである。
「文書の体裁としては、たしかに小松原郷の基本法とみられなくもない。
その文語調の文章は明治憲法をベースにしたような文体になっている。
その反面、旧日本陸軍の基本法として軍人にだけ適用されていた特殊
な規範ともいえる『軍人勅諭』のようなフシもなくはない。簡潔な表現をし
たその文体はまさに明治憲法の体裁をなしている」
 山形検事もひとりのローヤーとして自分なりの評釈をした。
「それでは、このォ」
 爛々と輝く鋭い目つきをした小榊賢一のまえに検事は文書をさしだした。
「御定書をひとまず賢一君にお返しすることにしましょう。それにしても小松
原郷にとっては、これだけ重要な文書を、よくまあ郷の外へ持ちだすことが
できましたね」
「ハイ。此ノォ」
 賢一は御定書を恭しく受け取った。
「御定書ア、8歳以上ノ郷民ナラバ誰デモ所持シテ居ル事ガ義務付ケラ
レテ居ルンデゴゼエアスダ」
長髪を肩まで垂らし精悍な目つきをした賢一は御定書を丁重に折り畳み、
油紙に包み胸のなかに仕舞い込んだ。
「アタイモ、コウシテ」
 小榊雪恵は絹織物で縫いあげた純白な着物の懐から油紙の包みをとり
だした。
「チャント所持シテ居リアスダ。此レア、郷民ノ義務ダスケエニ。小松原郷
デア、8歳以上ノ者ニ就イテア、総テ此ノ御定書ノ全文ヲ暗記スルヨウニ
指導サレテ居ルンデゴゼエアスダ」
 油紙の包みを見せると、雪恵はそれを恭しくおしいただき,豊かな乳房
が浪打つ艶やかな胸のなかに仕舞い込んだ。
 「なるほど。いまの」
 林太郎は囲炉裏火に楢の薪をくべたした。
「おはなしによれば小松原郷の現況は第二次世界大戦当時における大日
本帝国の初等教育の在り方と酷似してますね。昭和12年頃から昭和20年
8月の終戦にいたるまでの教育現場は、おはなしにでてきた状況とまったく
おなじようなシチュエーションだった」
「そのころの」
 山形検事は尺八のような火吹き竹を手に握った。
「大日本帝国は、軍国主義の政策を推進すため大東亜共栄圏の確立とか、
八紘一宇などのスローガンを掲げていたんだ。その当時の教育の元締めで
あった文部省は全体主義教育思潮、軍国主義の徹底を企図して初等教育の
現場だった国民学校つまり小学校の現場にいたるまで、そうした政策に即
して教育を統制していたのだ。だから、その当時の初等教育の現場だった
国民学校つまり小学校にいたるまで軍隊教育を導入していた。このため
国民学校の教育現場では、自らを称して『教兵』なんて云って自負して
いた教師がでてきた。そういう教師たちが文部省の指令に基づいて軍事教育
そのものを果敢に実施していた。個人的には軍国主義に反対する一部の教師
たちも文部省の指示にしたがうことを余儀なくされた。全体主義教育思潮こそ
絶対の哲学とされ、児童・生徒の個人としての人格を完全に無視した全体主義、
軍国主義の教育が敢行されていたんだ」
 山形検事は『黒の時代』といわれるようになった第二次世界大戦当時に
おける日本列島の様相をそのまま語気を強めて語った。
 山形は、火吹き竹で燻りかけた囲炉裏火に酸素をおくりこんだ。
 楢の薪をくべた囲炉裏火はしだいに燃え盛っていった。
「その頃の教育現場は、そのォ」
 椿弁護士は山形検事のあとを継承して語りだした。
「山形検事がはなしたような状況だったから、国民学校の児童たちも、
みんな『教育勅語』を暗記させられていた。だから小松原郷において
御定書の暗記が義務づけられていることと通じているものがあるんだ」
「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムル・・・・」
 山形検事は、いわゆる『黒の時代』における物語りをバトンタッチした。
「という触り文句の教育勅語を暗記させれたんだ。アドケナイ児童たち
にしてみれば、その勅語に書かれた言葉の意味も理解できないまま、
まるでお経でも読むようにただ諳んじていたのだ。しかもその当時の
文部省は『國體の本義』というチョコレート色で装丁された著書を刊行
した。これは『神国日本』という発想に』よる思想統制』の手段だった。
この著書は国民学校にまで配布されただけでなく、当時における国家
試験の最高峰だった『高等文官・司法科試験』の必須科目としてこの
著書が必読とされた。この試験は現在の司法試験に相当するものだ。
こうした思想統制により、一億の大和民族を『皇国民』として練成して
いったのだ。一億の全国民を軍国主義ないし全体主義教育思潮に適
合した人間にしたてあげようとした。全国民の内心にまで国家権力が
深く介入し、マインドコントロールつまり『洗脳』という手法で、生来の
人間が生まれながらにして有する個性を殺し、既製品のような国民を増産
していったのだ。まさに恐怖の時代だった」
 とろとろと燃える囲炉裏火を見つめながら語りつづけた山形検事は
ふうっと溜め息を吐いた。
「いずれにしても、そのォ」
 椿弁護士は囲炉裏火に楢の薪をくべたしながらコメントをはじめた。
「小松原郷の現況は、昭和20年以前の太平洋戦争時代の日本列島の
国家体制がそまま温存されているという感じだ。とにかく小松原郷に
おける御定書の内容が明らかになったから、この基本法を解釈してみよ
う。小松原郷における『規範』として定律された御定書は、やはり小松原
郷といういひとつの『部分社会』に通用される規範とみるべきでしょう。
ですから郷民は、それによって規律されることになります。そこでまず
問題になるのは、御定書第7条ですな。あなたがたおふたりは、勇敢にも
生まれ育ったから脱出されました。いわば脱郷ですな。この脱郷は第7条
の郷民は郷の外へ移住してはならない、という規定に抵触することになり
ます。したがって小松原郷の基本法に抵触し、第7条違反の責任を問われ
ることになります」
「ハイ。其ノ事ニ就イテア」
 長髪を肩まで垂らし爛々と目を光らせた小榊賢一は椿弁護士の方に視線
をながした。
「既ニ覚悟ア、出来テ居リアスダ」
「だが、そのォ」
 椿弁護士は賢一と視線をあわせた。
「御定書をよく読んでみると、第7条違反については、第11条違反の
ような名文による処罰規定がない。ということは、この郷民の郷外への
脱出つまり第7条違反については処罰されなのかもしれない。この点に
ついての先例はありますか」
「ハイ。此点ニ就イテア、名文ノ処罰規定ア、有リアセンガ、実際ニア、
処罰サレテ居リアスダ。名文ガ有ロウト無カロウト、処罰スル処罰シナ
イハ、郷ノ慣習上カラモ郷祭司様ノ専権トサレテ居リアスダ。この儘、
郷ニ戻レバ、処罰ア免レアセン」
「そうですか。郷民の郷外への脱郷も処罰されるのが先例ですか」
「実ハ、ソノォ」
 きちんと正座して胸を張っていた賢一は、急に背中を窄め、とろとろ
と燃える囲炉裏火に視線をおとし、肩を揺すって深い溜め息をする。
「郷ニ戻ルト、モウヒトツ困ッタ事ガ有リアスダガ」
「もうひとつ困ったことがあると。それはまたどんなことでしょうか」
「ハイ。御定書第11条ニモ違反シテ居ル事デ有リアスダ」
「ええと。そのォ」
 肩を窄めて溜め息をついた賢一の胸のなかを林太郎は弄った。
「御定書第11条はどんな条項でしたかね」
「ハイ。此ノ条項ア、新婦ニ対スル初夜ノ権利ノ権利ハ郷祭司ニ専属
ス、ト規定シテ有リアスダ」
「なるほど。ええと」
 椿弁護士は、囲炉裏の灰に突き刺した火箸に両手を載せ、興味深か
そうにからだを乗りだした。
「初夜の権利ね。なんだかタイムトンネルを潜り抜けて,あたかも古い
世紀の時代に舞い降りたようなはなしですな。その『初夜の権利』が
郷祭司に専属するいう規定があるとして、あなた方おふたりは、どうい
う形で、その規定違反したことになるのですか」
「ハイ。其のォ」
 賢一は、ふたたび背筋を延ばして胸を張り、おおきく鋭い目をかがや
かせた。
「年ガ明ケアシタカラ、昨年ニナリアスガ。年ノ暮レノ12月30日ノ午後
3時ニア、郷祭司様ガオ住マイ為サル山神神社ニ出頭スル事ニナッテ居リア
シタダ」
「誰が出頭することになっていたんですか」
「ハイ。オラアノ婚約者ダッタ小雪恵ガ出頭シナケレバナラナカッタノデ
有リアスダ」
「ほう。そもそもなんのために郷祭司の住まう山神神社に出頭しなけれ
ばならないのですか」
 林太郎は、灰のなかに突き刺していた黒く錆付いた火箸で燃え崩れた
楢の薪を繕った。
「どうしてまた雪恵さんが出頭しなければならないんですか」
「ハイ。オラアト雪チャンア、年ガ明ケテ今年ノ1月ニ結婚スル事ニナッテ
居リアシタダ。ソレガ新婦トナル女ア、結婚スル前ニ必ズ山神神社に出頭
シ『オ籠リ』ヲシナケレバナラネエノデ有リアスダ。ハイ」
「ええと。そのォ」
 林太郎は理解に苦しむという顔で賢一の顔を凝視する。
「いまのはなしにでてきた『お籠り』というのはなんのことですか」
「ハイ。『オ籠リ』トイウノア、処女デ有ル新婦トナル筈ノ女ガ山神神社ノ
『オ籠リノ館』ニ出頭シテ、新婦トシテノ『夜ノ生活ノ作法』ニ就イテ郷祭司
様ノ御指導ヲ受ケル為ノ儀式デ有リアスダ」
「なるほど。それで、そのォ」
 林太郎は納得したという表情になる。
「昨年の暮れの12月30日の午後3時に雪恵さんは『お籠りの館』に出頭
なさいましたか」
「イイエ。雪恵ア、出頭シアセンデアシタ。ハイ」
「そうでしたか。出頭しなかったんですか」
 林太郎は、ちらっと幸恵の顔に視線をながす。
「其の日の午後3時に『お籠りの館』に出頭しないで郷祭司の初夜の権利
の行使を妨げると、石子詰の刑によって処罰されることが判っているのに、
なぜ、敢えて『お籠りの館』に出頭しなかったのですか」
「エエト。其レア、其ノォ」
 それまで黙って聞き耳をたてていた幸恵が賢一を代弁する姿勢になった。
「アタシガ、アタシノ総テヲ賢チャンニアゲル前ニ、操ヲ郷祭司様ニ献上シタ
クナカッタノデ、アタシガ賢チャンニ駄々ヲ捏ネテ、郷ノ外ヘ逃亡シヨウト云イ
ダシテ、無理矢理、賢チャンニ逃亡スル決心ヲサセタデゴゼエアスダ」
 小榊幸恵は、なにかを強力に訴えたいというまなざしで椿を見つめた。
「そうでしたか。それで、そのォ」
 林太郎は、炉端に積み重ねられていた楢の薪を囲炉裏火にくべたした。
「おふたりが決行しようとした逃亡計画はうまくいきましたか。とにかく、おふ
たりは、現に此処にいられる以上、逃亡したことは紛れもない事実ですが、
熊の峠を超えるまでに、郷民に追跡されるとか、なにかこうトラブルのよう
なアクシデントはありませんでしたか」
「ハイ。其ノオ話シノ前ニ」
 幸恵は、無地の絹織物デ織リアゲタ純白な着物の袂をもちあげた。その
着物の袂からは燃えるような深紅の袖裏が浮かびあがった。
「アタシカラも申シアゲテオキアス。アタシノ此ノ格好ア、『オ籠リノ館』ニ出頭
スルトキノ礼装ナンデゴゼエアスダ」
「なるほど。それは、そのォ」
林太郎「まるで時代劇に見られるようなはなしだ」
 林太郎は胸のなかで呟きながら、しみじみ幸恵の晴れ姿を眺める。
「あなたの『お籠り』のセレモニーのときの礼装でしたか。そうすると、
『オ籠り』のセレモニーは、処女が新夫に抱かれるときの作法つまり
性行為の手解きを、郷祭司が処女に対して伝授するという形式でな
される、郷民にとっては、ひとつの厳粛な儀式なんですか」
 林太郎は、黒く錆付いた火箸で燃え崩れた楢の薪を繕う。
「そのセレモニーの形式に着目すれば、たしかに」
 それまで黙ってリスナーになっていた山形検事が批判めいた意見を
述べはじめた。
「郷民にとっては厳粛な儀式といえるかもしれない。けど、そのように、
いわゆる『お籠り』を、いかにも厳粛な儀式化することには賛成できな
い。郷祭司が新婦となるはずの処女の貞操権を奪い取るという、その
行為自体は、本来、強度の違法性を具備したものだ。そのような違法
行為を正当化するために、儀式に託けたにすぎない。日本列島には、
民主主義が定着し、個人の『幸福追求権』まで憲法によって保障され
ているのだ。このような現代国家において小松原郷における山神神社
郷祭司による『お籠り』のような、そんな儀式だけで違法行為を正当化
できるものではない。恰も古い時代の遺物のような『初夜の権利』を正
当化できるものではない。わしは検察官の立場からそう考える」
 山形検事の反対意見は、憤りをぶちまけるような激しい口調だった。

 小屋の外は猛烈な逆さ吹雪が止んで穏やかになっていた。
 発達した雪雲は東の空へ移動していった。
 山兎が深雪のなかを跳ねまわっている。
 晴れてきた夜空に、ちかちか星が瞬いていた。


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