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作品名:いしこづめ 作者:花城咲一郎

第19回   小松原郷の終焉
清津館には夜の帳(とばり)がおろされ静寂の渕に沈んでいる。
 その『桔梗の間』では、椿弁護士が座椅子に凭れコーヒーを啜(すす)っている。
 山形検事はタバコの吸いさしを灰皿に擦りつぶした。
「そろそろ悲惨な光景の録画を再開するか」
 山形検事はリモコンでビデオの電源をいれた。
 ビデオの画面には死の峡谷と化した小松原郷の現況がふたたび映写される。



〇 小松原郷の道路
 処刑場に通じる坂道の左側のエリアを機動隊員が小銃を構えたまま
 周辺を警戒しながら探索をつづけてゆく。
〇 坂道
 処刑場に通じる緩やかな坂道を石川刑事部長が拳銃を構えたまま
 周囲を警戒しながら登ってゆく。
 そのあとから山形検事が登ってゆく。
 滝沢検察事務官が山形検事のあとにつづいて坂道を登ってゆく。
 小榊賢一と小榊幸恵が手を繋いで登ってゆく。
 南雲県警本部長が拳銃を構えて賢一と幸恵をガードする。
 最後部では小松隊員と波多野隊員が小銃を構え後部を護衛しながら
 石ころだらけの坂道を登ってゆく。 
〇 処刑場
 坂道を登りつめると、そこは小学校の分教場の屋外運動場ほどの広場に
なっている。
 広場の周囲は3段の石畳でかこまれた観覧席になっている。
 広場の奥の中央には一段高いところに白木造りの貴賓席が設置されている。
 人影はみられない。
 広場の片隅には小石の混った砂利が山積されている。
〇 小榊安一郎家の庭
 小銃を構えた2人の隊員が庭にはいってくる。
〇 小榊安一郎家の表玄関
 小榊安一郎と墨書された表札が浮かびあがる。
 小銃を構えた2人の隊員が玄関からはいってゆく。
〇 小榊安一郎家のお茶の間
  黒く煤けた梁の下には一組の夫婦らしき男女が首を吊り、両足を垂れている。
  隊員は梁に吊るされた縄から遺体を筵のうえにおろし、額に手をあてる。
隊員1『もう。冷たくなっている』
隊員2『夫婦そろって荒縄で首を吊ったんだろう』
隊員1『本官は座敷の間を探索してみよう』
  隊員は座敷の間にはいってゆく。 
隊員2『本官は台所を点検してみる』
  隊員は台所にはいってゆく。
  ふたりの隊員はお茶の間にもどってくる。
隊員1『なにかあったか』
隊員2『いや。なにもなかった』
隊員1『それではつぎの家に移動しよう』
隊員2『そうしよう』
 隊員はお茶の間から玄関へ消えてゆく。
〇 小榊源三郎家の庭
  茅葺屋根の小榊源三郎宅の前に隊員が接近してゆく。
  小榊源三郎という木製の表札がクローズアップされる。
  隊員が玄関から家のなかにはいってゆく。
〇 源三郎宅のお茶の間
  入ってきた隊員が呆然(ぼうぜん)と立ち止る。
  源三郎夫妻が黒く煤けた梁から吊るした荒縄で首を吊り、ぶらり
 と両足を垂れている。
  2人の隊員は夫妻を梁に吊るした縄からはずし、その遺体を筵の
 うえに横たえる。一人の隊員は夫の胸に手をあてる。
隊員1『もう冷たくなっている』
 もう一人の隊員は妻らしき女の胸に手をいれる。
隊員2『あ、こちらもすでに冷たくなっている』
 壊死(えし)した源三郎夫妻の前で隊員は屈み込み合掌する。
 隊員は家のなかを点検してゆく。
隊員1『人影は見られない』
隊員2『それでは次の民家の探索に移ろう』
 ふたりの隊員はお茶の間から玄関へ消えてゆく。
〇 小榊国太郎家の前
  茅葺屋根の平屋が浮かびあがる。
  玄関から2メートルほど離れた堆肥場の脇に鶏舎が浮かびあがる。
鬨の声『コケコッコウ ! 』
     『コケコッコウ ! 』
  鶏舎のなかでは雌鳥が卵を産み落としたばかりだった。
  小榊国太郎と墨書された木製の表札がクローズアップされる。
  ふたりの隊員が国太郎家に接近し、玄関からはいってゆく。
  隊員はお茶の間から座敷の間にはいってゆく。
  ふたりの隊員はは呆然(ぼうぜん)と起ちつくす。
  白装束のおとこが割腹して倒れこんでいる。
  その近くに白髪の男の生首が転がっている。
  その脇には血のついた日本刀が放り出されている。
  床柱に寄りかかったまま、若い男が歩兵銃の銃口を銜えた状態で
  息絶えている。男の右足の親指は銃の引き金に掛けられている。
隊員1『これはまた。なんという光景なんだ。壮絶な最期だ』
隊員2『 割腹した老父を介錯のためその首を撥ねた息子が自分はこの
  38式歩兵銃の銃口を銜え、足の指で引き金を引き自決したものと
  推定される』
隊員1『この日本刀は旧日本陸軍の軍刀だ』
隊員2『ということは、割腹したご老体は元陸軍将校だったか』
隊員1『おそらく職業軍人だったんでしょう』
 ふたりの隊員は銃を襖に立て掛け屈みこんで、ふたつの遺体に
 合掌する。
  ふたりの隊員は座敷の間からお茶の間をとおり玄関からでてゆく。
〇 坂道
 石川刑事部長が拳銃を構えたまま緩やかな坂道を登ってゆく。
 山形検事が周囲を警戒しながらそのあとから坂道を登ってゆく。
 滝沢検察事務官が山形検事のあとにつづく。
 賢一と幸恵が手を繋いで登ってゆく。
 南雲県警本部長が賢一と幸恵をガードしながら登ってゆく。
 小松隊員と波多野隊員が小銃を構えて最後部から護衛する。
〇 小榊邦ニ郎の家
 奥座敷では邦ニ郎とその妻が出刃包丁で刺し違(たが)えて自決している。
 お茶の間には若い夫婦らしきカップルが首を掻き切り、血塗れになって
 息絶えている。
〇 小榊亀太郎の家
 茅葺屋根の平屋が建っている。
 わずかな庭の片隅におおきな林檎ノ木が枝を広げている。
 林檎ノ木の太い枝に強固な棕櫚縄を吊るし、男が縄に首を掛け、足を
 ぶらさげている。男はすでに息絶えている。
 おおきな烏が男の頭にとまり、その目玉をつついている。
 男の頬に血がながれはじめる。
 機動隊隊員のふたりが小銃を構えて林檎ノ木に近づいてくる。
 烏は黒い羽をおおきくひろげ跳びたってゆく。
〇 小榊佐太郎の家
 奥座敷の間では老夫婦が倒れている。すでに息絶えている。
 その首には荒縄で締め付けられた傷痕が痣になっている。
 台所では若夫婦が出刃包丁で刺し違(たが)えて自決している。
 板の間には赤い血が淀んでいる。
 炉端には5人の児童が転がっている。いずれも首筋には荒縄で締め付けられた
 傷痕が痣のようになっている。
山形検事の声『佐太郎家では、若夫婦がまず5人の子供を荒縄で絞殺し、次いで奥座敷
 にゆき、年老いた父母を荒縄で絞殺してから、自分らは台所を死に場所に選び、刺身
 包丁と出刃包丁とをしっかり握り締め、一気に刺し違(たが)えたのであろう』
〇 坂道
 石川刑事部長が拳銃を構えたまま緩やかな坂道を登ってゆく。
 山形検事が周囲を警戒しながらそのあとから坂道を登ってゆく。
 滝沢検察事務官が山形検事のあとにつづく。
 小榊賢一と小榊幸恵が手を繋いで登ってゆく。
 南雲県警本部長が賢一と幸恵をガードしながら登ってゆく。
 小松隊員と波多野隊員が小銃を構えて最後部から護衛する。
〇 民家の前
  機動隊の隊員が茅葺屋根の民家に向かう。
〇 小榊義忠家の前
  茅葺屋根の小榊義忠家の前に隊員が接近してゆく。
  小榊義忠という木製の表札がクローズアップされる。
  隊員が玄関から家のなかにはいってゆく。
〇 義忠宅のお茶の間
  入ってきた隊員が呆然(ぼうぜん)と立ちつくす。
  義忠夫妻が黒く煤けた梁から吊るした荒縄で首を吊り、ぶらり
 と両足を垂れている。
  2人の隊員は夫妻を梁に吊るした縄からはずし、その遺体を筵の
 うえに横たえる。一人の隊員は夫の胸に手をあてる。
隊員1『もう冷たくなっている』
 もう一人の隊員は妻らしき女の胸に手をいれる。
隊員2『あ、こちらもすでに冷たくなっている』
 壊死(えし)した義忠夫妻の前で隊員は屈み込み合掌する。
 隊員は家のなかを点検してゆく。
隊員1『人影は見られない』
隊員2『それでは次の民家の探索に移ろう』
 ふたりの隊員はお茶の間から玄関へ消えてゆく。
〇 小榊長松の家
  茅葺屋根の平屋が浮かびあがる。
  銃を構えたふたりの隊員がその玄関前に立ち止る。
  小榊長松という太い文字で墨書された表札が浮かびあがる。
  ふたりの隊員は玄関にはいってゆく。
  内玄関の左手は厩(うまや)になっている。
  黒く艶のいい和牛は空腹らしく空になったおおきな餌箱を嘗めづり
  まわしている。
隊員1『もうちゃん、お腹が減ったか』
  呟きながら、隊員は厩の反対側に積まれていた干草を鷲づかみに
  して餌箱にいれてやる。
  和牛は、ぎょろりと隊員をみて、干草に齧(かぶ)りつく。
  内玄関とお茶の間を隔てる障子の戸は開け放たれたままになっている。
  もう一人の隊員は先にお茶の間へはいってゆく。
  お茶の間に人影はない。
  隊員はお茶の間と奥座敷を隔てる木製の仕切り戸に手をかける。
  柿色に漆を塗りこめた仕切り戸はずしりとした重みがある。
隊員1『この仕切り戸は豪華なものだ』
  隊員は奥座敷へ踏み込む。
  20畳ほどの日本間には二組の布団が敷かれ、老夫婦らしき男女が眠って
  いる。絹布の布団に包まれた穏やかな二組。
  隊員は男の顔に耳を近づける。
隊員1『このお爺さんの寝息は聞こえない。もう息絶えている』
  あとからはいってきた別の隊員も屈みこみ、女の顔に耳を寄せる。
隊員2『このお婆さんも息絶えている』
隊員1『病死かなあ』
隊員2『いや。病死じゃない。ほら、この首筋には絞殺されたとみられる傷痕が
 ありありと残されている』
隊員1『ほんとだ。こちらの仏もおなじだ』
 隊員は遺体の首を再確認する。
 兵児帯(へこおび)かなにかで締め付けられた黒紫色の傷痕が浮きあがる。
隊員2『まるで安らかに眠っているようだ』
隊員1『それにしても、だれが殺ったんだろう』
隊員『さあ。とにかく、屋内を隈なく探索してみよう』
 隊員は二手(ふたて)にわかれて広い屋敷のなかを点検してゆく。
 二人の隊員が外玄関にあらわれる。
隊員1『なにか発見されたかね』
隊員2『いや。人影はない
隊員1『次の民家に移動しよう』
隊員2『そうだな。そうするか』
〇 小榊蔵太郎の家
 お茶の間では黒く煤けた梁から吊るした荒縄で蔵太郎夫妻が首を
 吊り壊死(えし)している。
 隊員は2人の遺体を梁からおろし、筵のうえによこたえる。
 隊員は屈みこみ遺体に合掌する。
〇 小榊宮太郎の家
 お茶の間の炉端では首のない少年が惨殺されている。
 その脇に丸坊主の少年2人の生首と提髪(さげがみ)の少女の生首が転がっている。
 奥座敷には斧で脳天を断ち割られた母親が仰向けに息絶えている。
 そのすぐ脇には左手首を切断された父親が血塗れになって転がっている。
 血塗れの屍体の脇には血のついた斧が投げ出されている。
〇 小榊喜一郎の家
 奥座敷で喜一郎とその妻が出刃包丁で刺し違(たが)えて自決している。
 お茶の間には若い夫婦らしきカップルが首を掻き切り、血塗れになって
 息絶えている。
〇 小榊正次郎の家
 お茶の間の筵のうえに2人の児童が倒れている。
 首には棕櫚縄で絞殺された傷痕が痣になっている。
 その脇には棕櫚縄が放置されている。
 勝手口の窓下の井戸端には、2足の下駄が揃えてある。
 身投げした人が脱ぎ捨てたときのような光景である。
 周囲に人影はない。
〇 坂道
 処刑場に通じる緩やかな坂道を石川刑事部長が拳銃を構えたまま
 周囲を警戒しながら登ってゆく。
 そのあとに山形検事が登ってゆく。
 滝沢検察事務官が検事のあとにつづいて坂道を登ってゆく。
 賢一と幸恵が手を繋いで登ってゆく。
 南雲県警本部長が拳銃を構えて賢一と幸恵をガードする。
 最後部では小松隊員と波多野隊員が小銃を構え後部を護衛しながら
 石ころだらけの坂道を登ってゆく。
〇 処刑場
 坂道を登りつめると、そこは小学校の分教場の屋外運動場ほどの広場に
なっている。
 広場の周囲は3段の石畳でかこまれた観覧席になっている。
 広場の奥の中央には一段高いところに白木造りの貴賓席が設置されている。
 人影はみられない。
 広場の片隅には小石の混った砂利が山積されている。
〇 小学校の校舎
 急斜面の小川の辺(ほとり)に瀟洒(しょうしゃ)な2階建て校舎が建っている。
〇 小学校の校庭
 スペースの狭い校庭の一隅に遅咲きの桜が満開になっている。
 ピンクの花びらに包まれて鶯が啼(な)いている。
 人影はない。
 石ころだらけで爪先登りの坂道から5人の機動隊員が小銃を構えた警戒の
 姿勢で校庭に駆けのぼってくる。
 桜の梢で啼いていた鶯は啼きやんでしまう。
 4人の隊員は校舎のなかにはいってゆく。
 残った1人の隊員は校舎のいりぐちで警戒の姿勢になる。
〇 小川の畔(ほとり)
 雪解け水をはこぶ小川が校舎の脇を流れくだる。
 小川の畔には黄緑の蕗の薹がふくよかに顔を覗(のぞ)かせている。
〇 小学校の校庭
 4人の隊員が次々に校舎からでてくる。
隊員1『なにか発見されましたか』
隊員2『いや。なにも発見できなかった。教室はがらんどうだった』
隊員3『教員室にも人影はなかった』
隊員4『それでは次に移動しよう』
 5人の隊員は小銃を構えたまま校庭から坂道へ降りてゆく。
〇 処刑場の広場
 広場の周囲は3段の石畳でかこまれた観覧席になっている。
 広場の奥の中央には一段高いところに白木造りの貴賓席が設置されている。
 人影はみられない。
 広場の片隅には小石の混った砂利が山積されている。
 石川刑事部長が拳銃を構えたまま周囲を警戒しながら処刑場に登ってくる。
 そのあとから山形検事が辿(たど)りつく。
 滝沢検察事務官が検事のあとにつづいて処刑場に辿りつく。
 小榊賢一と小榊幸恵が手を繋いで処刑場に辿りつく。
 南雲県警本部長が拳銃を構えて賢一と幸恵をガードしながら辿りつく。
 最後部から小松隊員と波多野隊員が小銃を構え後部を護衛しながら辿りつく。
〇 坂道
 機動隊の隊員らが小銃を構えたまま坂道を駆け登ってゆく。
 隊員らは処刑場を目指してひたすら駆け登ってゆく。
〇 処刑場の広場
 石川刑事部長『ここが「いしこづめ」による処刑の現場なんだ』
 石川刑事部長は処刑場をぐるりと見渡し、その非情な光景にただ呆然(ぼうぜん)と
 起ちつくす。
山形検事『これはまたなんたる光景だ。「いしこづめ」の刑により処刑された人の頭
骸骨がそのまま野晒しにされているのだ』
 石川刑事部長の脇に起った山形検事は広場の異常な光景に衝撃をうける。
滝沢検察事務官『ざっと見たところでも、10数個のシャレコウベが地上に首だけだ して野晒しにされている』
南雲県警本部長『まるで晒し首だな。この手法は「威嚇刑」(いかくけい)の典型だ』
小松隊員『髪の毛は風に吹き飛ばされ、頭骸骨だけが残されている』
波多野隊員『でもまだ生首に近いものもあるよ』
小松隊員『ほんとだ。髪の毛もちゃんと残されまだ人の顔だと見える首が4人あるよ』
 突然、小榊賢一が走りだした。
 小榊幸恵が賢一のあとを追った。
 賢一は、処刑場の左側で髪の毛が残されたふたつの首のところに駆けつける。
 幸恵も賢一の脇に駆けつける。
幸恵『アラ !! 此ノ顔ア賢チャンノオ父サンジャナイ』
賢一『確カニ、此レア、親父ノ顔ダ』
幸恵『賢チャンノオ父サン、左ノ頬ニ黒イ大キナ黒子(ホクロ)ガアッタモンネ』
賢一『其ノ黒子ガ親父デ有ル証拠ダ。俺ガ幸チャント脱郷シタンデ、処刑サレタンダ。
 其ノ隣ノ首ア「オフクロ」ノモンダ。二人共「石子詰」ノ刑デ処刑サレテシマッタ。
 親父ト「オフクロ」ヲ殺シタンア、此ノ俺ダ』
 幸恵は賢一に抱きついて泣きくづれる。
 賢一はぐっと涙を堪(こら)え、幸恵をやさしく受け止めながら周辺を見渡す。
 処刑場の右側で髪の毛が残されたふたつの顔を賢一は注視する。
賢一『幸チャン。オ出デ』
 賢一は幸恵の手を引っ張って走りだす。
 ふたりは処刑場の右側の髪の毛が残された顔のまえに駆け寄る。
賢一『此ノ顔ア、幸チャンノ親父ト「オフクロ」ダ』
 賢一はまだ頬の肉が保たれている幸恵の父母のまえに蹲(うずくま)る。
幸恵『オ母サン !! 』
幸恵は冷たい母の顔にしがみついて泣き崩れる。
 賢一は幸恵の両肩に手をかけてやる。
 幸恵は賢一の胸に顔を埋め号泣する。
 山形検事が駆けつける。
 滝沢検察事務官が駆けつける。
 山形検事はふたつの遺体に向かい合掌する。
 滝沢検察事務官も合掌する。
〇 処刑場の入り口
 機動隊員が次々に到着する。
 隊員は1列横隊に整列する。
 石川刑事部長は整列した全隊員を見渡す。
第1班長『小松原郷中央道路左側の探索状況は、すべてビデオに収録しました。
 隊員に異状はありません』
第2班長『小松原郷中央道路右側の探索状況は、すべてビデオに収録しました。
 隊員に異状はありません』
石川刑事部長『ご苦労さまでした。命令のあるまで小休止します。処刑場の状況は
任意に観察してよろしい。カメラ班は処刑場の現状を逐一、正確に撮影するように』
カメラ班長『はい。カメラ班は処刑場の現状を逐一、正確に撮影します』
 カメラ班は首だけを地上にだした白骨をい一体ずづ撮影してゆく。
 カメラ担当の隊員は泣き崩れる幸恵の背後にピントをあわせシャッターをきる。
〇 小松原郷の全景
 処刑場に通じる坂道の左右に茅葺屋根の民家が点在する。
 急斜面を切り開いた『段々畑』が点在する。
 数本の小川が急斜面を谷間に向けて流れ降る。
 小川の周辺には『棚田』が点在する。
 豚小屋から逃げ出した豚が狭い道路を走りまわる。
 上空には悠々と鳶が旋回している。
〇 苗代
 稲の苗を育てる『苗代(なわしろ)』では、まだ手付かずの苗が生育している。
〇 棚田
 棚田は『荒起し』がなされただけで、まだ田植えの準備が完了していない。
山形検事の声『機動隊が小松原郷に突入した当時、郷ではまだ田植え
 の前であった。銃撃戦などの混乱を回避するため、その前日にはヘリコプターで
 「無駄な抵抗はしないように」という趣旨のビラを上空から散布しました。このビラ を見て郷祭司の大榊儀左衛門は小松原郷の終焉を悟り、郷民に対し「自決の指令」を
 発布したものと推定される。田植もしないまま小松原郷は死の峡谷と化したのだ』
〇 山神大社の境内
 鳥居が建っている。
 杉の森に春風がそよいでいる。
〇 谷川
 雪解け水で豊富な水量の川が流れくだる。 
〇 小川の畔
 小川の畔に蕗の薹が黄緑の顔を覗かせている。 


清津館には夜の帳(とばり)がおろされ静寂の渕に沈んでいる。
 その『桔梗の間』では、椿弁護士が座椅子に凭れビデオの画面を凝視している。
 山形検事はビデオの電源をシャットアウトした。
「とまあ。こういう状況だったんだがね」
 山形検事はライターでタバコをつける。
「郷祭司はリンチにより、かなりの郷民を殺害していることが判明したわけだ」
 椿弁護士は清津館のマッチでタバコをつける。
「まあね。日本の犯罪史上でも稀にみる凶悪犯罪だ」
「郷祭司の大榊儀左衛門が自決してしまった以上、日本国の刑法を適用して
みても、あまり意味がない」
「もし、郷祭司が生存していて逮捕・起訴され、君が弁護人になったと仮定して、
椿弁護士はどのように弁護しますか」
「そうだね。まあ。小松原郷を『部分社会』のひとつとみて、その部分社会に
おける『規範』に基づく行為だとして、『いしこづめ』による処刑は合法な適法行為
だという理由で郷祭司の無罪を主張してみるか」
「しかし、検察側としては、そんな主張を認めるわけにはいかない。まして裁判官を
納得させることは無理でしょう」
「かもね。リンチを法的に正当化することは困難だね」
「どんな理屈を述べてもリンチを正当化することはできない。それは許されない」
「まあね。ええとお。気分転換にビールでも飲むか」
 椿弁護士は起ちあがり部屋の片隅にある冷蔵庫の扉を開けた


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