〇 山神大社境内前の道路 鳥居を潜り、山形検事らが神社前の道路にでてくる。 山形検事らは処刑場に通じる坂道に向かう。 〇 山神大社の浴室 浴室の洗い場には、血まみれになった女が倒れている。 洗い場には排水口まで血が流れている。 山形検事の声『この女は“館番の女”である。逆さ吹雪の夜、例の 山小屋で、とろとろと燃える囲炉裏火をみつめながら小榊幸恵が 語ってくれた話にでてきた女である。小榊幸恵の姉が“お籠り”の 儀式のとき、新婦となるべき処女の身のまわりの世話をしてくれた 女であった。この女はおそらく自分の右手に剃刀を握り、左手首 を掻き切ったのであろう。郷祭司の大榊儀左衛門が割腹し、館番の 男が軍刀で介錯したのを見届け、小松原郷の終焉を悟り、自決した ものと推定される』 〇 小松原郷の道路 処刑場に通じる坂道の左側のエリアを小銃を構えたままの機動隊員 が左右を警戒しながら移動してゆく。 附近に人影はない。 〇 小松原郷の道路 処刑場に通じる坂道の右側のエリアを機動隊員が小銃を構えたまま 周辺を警戒しながら探索をつづけてゆく。 〇 坂道 処刑場に通じる緩やかな坂道を石川刑事部長が拳銃を構えたまま 周囲を警戒しながら登ってゆく。 そのあとに山形検事が登ってゆく。 滝沢検察事務官が検事のあとにつづいて坂道を登ってゆく。 賢一と幸恵が手を繋いで登ってゆく。 南雲県警本部長が拳銃を構えて賢一と幸恵をガードする。 最後部では小松隊員と波多野隊員が小銃を構え後部を護衛しながら 石ころだらけの坂道を登ってゆく。 〇 民家の前 機動隊の隊員が茅葺屋根の民家に向かう。 〇 小榊作次郎宅の前 茅葺屋根の小榊作次郎宅の前に隊員が接近してゆく。 小榊作次郎という木製の表札がクローズアップされる。 隊員が玄関から家のなかにはいってゆく。 〇 作次郎宅のお茶の間 入ってきた隊員が呆然と立ち止る。 作次郎夫妻が黒く煤けた梁から吊るした荒縄で首を吊り、ぶらり と両足を垂れている。 2人の隊員は夫妻を梁に吊るした縄からはずし、その遺体を筵の うえに横たえる。一人の隊員は夫の胸に手をあてる。 隊員1『もう冷たくなっている』 もう一人の隊員は妻らしき女の胸に手をいれる。 隊員2『あ、こちらもすでに冷たくなっている』 壊死(えし)した作次郎夫妻の前で隊員は屈み込み合掌する。 隊員は家のなかを点検してゆく。 隊員1『人影は見られない』 隊員2『それでは次の民家の探索に移ろう』 ふたりの隊員はお茶の間から玄関へ消えてゆく。 〇 小榊甚太郎の家 茅葺屋根の平屋が浮かびあがる。 玄関から2メートルほど離れた堆肥場の脇に鶏舎が浮かびあがる。 鬨の声『コケコッコウ ! 』 『コケコッコウ ! 』 鶏舎のなかでは雌鳥が卵を産み落としたばかりだった。 小榊甚太郎と墨書された木製の表札がクローズアップされる。 ふたりの隊員が甚太郎家に接近し、玄関からはいってゆく。 隊員はお茶の間から座敷の間にはいってゆく。 ふたりの隊員はは呆然と起ちつくす。 白装束のおとこが割腹して倒れこんでいる。 その近くに白髪の男の生首が転がっている。 その脇には血のついた日本刀が放り出されている。 床柱に寄りかかったまま、若い男が歩兵銃の銃口を銜えた状態で 息絶えている。男の右足の親指は銃の引き金に掛けられている。 隊員1『これはまた。なんという光景なんだ。壮絶な最期だ』 隊員2『 割腹した老父を介錯のためその首を撥ねた息子が自分はこの 38式歩兵銃の銃口を銜え、足の指で引き金を引き自決したものと 推定される』 隊員1『この日本刀は旧日本陸軍の軍刀だ』 隊員2『ということは、割腹したご老体は元陸軍将校だったか』 隊員1『おそらく職業軍人だったんでしょう』 ふたりの隊員は銃を襖に立て掛け、直立したままふたつの遺体に 合掌する。 ふたりの隊員は座敷の間からお茶の間をとおり玄関からでてゆく。 〇 小榊恭一の家 茅葺屋根の平屋が浮かびあがる。 銃を構えたふたりの隊員がその玄関前に立ち止る。 小榊恭一と太い文字で墨書された表札が浮かびあがる。 隊員は玄関にはいってゆく。 内玄関の左手は厩(うまや)になっている。 栗毛の馬は空腹らしく空になったおおきな餌箱を嘗めづりまわして いる。 隊員1『おまえ、腹が減ったか』 呟きながら、隊員は厩の反対側に積まれていた干草を鷲づかみに して餌箱にいれてやる。 馬はふふんと鼻をならし干草に齧(かぶ)りつく。 内玄関とお茶の間を隔てる障子の戸は開け放たれたままになっている。 もう一人の隊員は先にお茶の間へはいってゆく。 お茶の間に人影はない。 隊員はお茶の間と奥座敷を隔てる木製の仕切り戸に手をかける。 柿色に漆を塗りこめた仕切り戸はずしりとした重みがある。 隊員1『この仕切り戸は時代劇にでてくるような豪華なものだ』 隊員は奥座敷へ踏み込む。 20畳ほどの日本間には二組の布団が敷かれ、老夫婦らしき男女が眠って いる。絹布の布団に包まれた穏やかな二組。 隊員は男の顔に耳を近づける。 隊員1『このお爺さんの寝息は聞こえない。もう息絶えている』 あとからはいってきた別の隊員も屈みこみ、女の顔に耳を寄せる。 隊員2『このお婆さんも息絶えている』 隊員1『病死かなあ』 隊員2『いや。病死じゃない。ほら、この首筋には絞殺されたとみられる傷痕が ありありと残されている』 隊員1『ほんとだ。こちらの仏もおなじだ』 隊員は遺体の首を再確認する。 兵児帯(へこおび)かなにかで締め付けられた黒紫色の傷痕が浮きあがる。 隊員2『まるで安らかに眠っているようだ』 隊員1『それにしても、だれが殺ったんだろう』 隊員『さあ。とにかく、屋内を隈なく探索してみよう』 隊員は二手(ふたて)にわかれて広い屋敷のなかを点検してゆく。 二人の隊員が外玄関にあらわれる。 隊員1『なにか発見されたかね』 隊員2『いや。人影はない』 隊員1『おかしいな』 隊員は建物の背後にでる。 母屋に隠れるように漆喰(しっくい)で塗りあげた白壁造りの蔵が建っている。 隊員1『おい。蔵が見つかったぞ』 隊員は蔵の前に起つ。 土造りのどっしりとした厚く重い扉を押した。 隊員は蔵のなかにはいってゆく。 〇 小榊恭一家の蔵の中 仄暗い蔵の中に土臭い汚れた空気が淀んでいる。 隊員はヘッドライトを点燈する。蔵のなかに人影はない。 よく点検すると奥の壁に寄りかかるように、ふたりが血まみれに なって倒れこんでいる。 隊員1『おうい。見つかったぞ』 あとから蔵にはいってきた隊員が近づく。 隊員2『これはまた。なんと。壮絶な最期だ』 隊員1『夫婦らしい男女が互いに刺したがえて最期をとげたらしい』 隊員2『すると息子夫婦が協力して親夫婦を絞殺したのち、この蔵 に死に場所を求め、元日本陸軍の銃剣で刺し違(たが)えて 自決したんでしょうな』 隊員1『多分ね。これが小松原郷の終焉か』 ふたりの隊員は銃を上半身で支え、遺体のまえに合掌する。 ふたりの隊員は蔵から表にでてゆく。 〇 小榊傳太郎家の庭 ふたりの隊員が石ころだらけの道から比較的広い庭にはいってくる。 外玄関の梁に掛けられた、黒く太い文字で小榊傳太郎と墨書された 表札がクローズアップされる。 山形検事の声『この傳太郎家は、小榊賢一と手をとりあって脱郷した 小榊幸恵の生家でした。隊員が踏み込んだとき家の中は蛻(もぬけ)の 殻になっていました』 〇 傳太郎家の中 隊員が外玄関から内玄関にはいてくる。 内玄関の左側は厩(うまや)になっている。 厩には体がおおきく、長い2本の角を蓄えた黒い和牛が寝そべり、 絶えずおおきな顎(あご)をうごかしている。一度呑み込んだ餌をくち のなかに呼び戻し反芻(はんすう)しているらしかった。 隊員はお茶の間から奥座敷へと探索をつづける。 どこにも人影はない。 隊員は台所や寝間などを隈なく探索してゆく。 隊員が外玄関にでてくる。 隊員1『これまでのところ、自宅で自決してる家ばかりだったのに、この 傳太郎家だけは、蛻(もぬけ)の殻だ。どうしたんだろう』 隊員2『さあ。ひょっとしたら、“いしこづめ”の刑で処刑されたのかも』 隊員1『まさか。そんなことはないと考えたいんだが』 隊員2『それはあとで判明するでしょう。次の家に移ることにしよう』 ふたりの隊員は傳太郎家の外玄関から庭に抜け、道路へ向かう。 〇 坂道 石川刑事部長が拳銃を構えたまま緩い坂道を登ってゆく。 山形検事が周囲を警戒しながらそのあとから坂道を登ってゆく。 滝沢検察事務官がそのあとにつづく。 賢一と幸恵が手を繋いで登ってゆく。 南雲県警本部長が賢一と幸恵をガードしながら登ってゆく。 小松隊員と波多野隊員が小銃を構えて最後部から護衛する。 〇 小榊長太郎の家 お茶の間では黒く煤けた梁から吊るした荒縄で長太郎夫妻が首を 吊り壊死(えし)している。 〇 小榊正之輔の家 奥座敷で正之輔とその妻が出刃包丁で刺し違(たが)えて自決している。 お茶の間には若い夫婦らしきカップルが首を掻き切り、血塗れになって 息絶えている。 〇 小榊捨一郎の家 お茶の間の炉端では首のない少年がふたり惨殺されている。 その脇に丸坊主の少年の生首と提髪(さげがみ)の少女の生首が転がっている。 奥座敷には斧で脳天を断ち割られた母親が仰向けに息絶えている。 そのすぐ脇には左手首を切断された父親が血塗れになって転がっている。 血塗れの屍体の脇には血のついた斧が投げ出されている。 山形検事の声『捨一郎は郷ではただ一人の樵(きこり)であった。仕事に 用いる斧で子供の首を切断し、妻の脳天を叩き割り、最後に自分の 左手首を力まかせに切断して一家心中をはかったのであろう』 〇 小榊三吉の家 茅葺屋根の平屋が建っている。 わずかな庭の片隅におおきな梅ノ木が枝を広げている。 梅ノ木の太い枝に強固な棕櫚縄を吊るし、三吉が縄に首を掛け、足をぶらさげ ている。三吉はすでに息絶えている。 おおきな烏が三吉の頭にとまり、三吉の目玉をつついている。 三吉の頬に黒ずんだ血がながれはじめる。 機動隊隊員のふたりが小銃を構えて梅ノ木に近づいてくる。 烏は黒い羽をおおきくひろげて跳びたってゆく。 〇 小榊源次郎の家 お茶の間の筵のうえに2人の児童が倒れている。 首には棕櫚縄で絞殺された傷痕が痣になっている。 勝手口の窓下の井戸端には、2足の下駄が揃えてある。 身投げした人が脱ぎ捨てたときのような光景である。 周囲に人影はない。 外玄関の脇には豚小屋が浮かびあがる。 豚小屋の木戸は開けっ放しで子豚が2匹、出たり入ったりしている。 山形検事の声『この家の主人である源太郎は、小松原郷ではただひとりの左官職人 である。郷民の食べ残しの野菜などを掻き集め、それを餌にして豚を飼育していた のだった。小松原郷の終焉を迎え、2人の子供をお茶の間で絞殺したあと、妻ととも に古井戸に身を投じ、入水自決をしたものと推定される』 〇 小榊影次郎の家 奥座敷の間では老夫婦が倒れている。すでに息絶えている。 その首には荒縄で締め付けられた傷痕が痣になっている。 台所では若夫婦が出刃包丁で刺し違(たが)えて自決している。 板の間には赤い血が淀んでいる。 炉端には3人の児童が転がっている。いずれも首筋には荒縄で締め付けられた 傷痕が痣のようになっている。 山形検事の声『影次郎家では、若夫婦がまず3人の子供を荒縄で絞殺し、次いで奥座敷 にゆき、年老いた父母を荒縄で絞殺してから、自分らは台所を死に場所に選び、出刃 包丁をしっかり握り締め、一気に刺し違えたものと推定される』 〇 小榊国一郎の家 茅葺屋根の平屋が建っている。 外玄関の脇には2坪ほどの苗床が浮かびあがる。 苗床では茄子、胡瓜、甘薯などの幼苗が育っている。 お茶の間には2人の子供が血塗れになって倒れている。いずれも心臓の箇所を銃弾で 撃ち抜かれている。 奥座敷にはその母親が脳天を打ちぬかれて息絶えている。 床柱に寄りかかったまま銃口を銜(くわ)えた壮年の男が最期をとげている。 男は小銃の引き金に右足の指を掛けたままである。 山形検事の声『この家では、主人の国一郎がお茶の間で2人の子供を銃殺してから、 奥座敷にゆき、妻の脳天を銃弾で撃ち抜き、最後に自分は床柱に寄りかかり、銃口を 銜え、足の指で銃の引き金を引き、壮絶な最期をとげたものと推定される』 〇 小榊賢太郎の家 茅葺屋根の平屋が建っている。 外玄関の梁には小榊賢太郎と黒く太い文字で墨書された表札が掛けられている。 庭に小銃を構えた機動隊の隊員がはいってくる。 ふたりの隊員は外玄関から内玄関へすすむ。 隊員1『人の気配がしないな』 隊員2『とにかく、隅から隅まで探索してから、外玄関で落ち合うことにしよう』 隊員は二手(ふたて)にわかれて家の中を探索してゆく。 まもなく隊員が外玄関にあらわれる。 隊員1『なにか発見しましたか』 隊員2『いや。まったく人影はなかった』 隊員1『どういうわけかな』 隊員2「ひょとしたら、もう“いしこづめ”で処刑されたんかもしれない』 隊員1『まさか。そんな』 隊員2『次の家に移動しよう』 ふたりの隊員は庭から道路へすすんでゆく。 山形検事の声『この賢太郎家は小榊健一君の生家でした。賢一君の父母は健在 のはずなのに家のなかは蛻(もぬけ)の殻だという。いったいどうしたんでしょうか。 ひょっとしたら賢一君の脱郷の罪の連座制で処刑されたのかも、と気になるとこ ろです。そうでなければよいのですが』
清津館には夜の帳(とばり)がおろされ静寂の渕に沈んでいた。 その『桔梗の間』では、椿弁護士が座椅子に凭れ、ビデオによる 小松原郷の捜索状況が展開されるその画面を凝視している。 「ちょっと休憩してコーヒーを炒れましょう」 山形検事はリモコンでビデオの電源をきる。 「コーヒーは、わしが炒れましょう」 椿弁護士はコーヒーセットのお盆をひきよせインスタントのコーヒーを炒れる。 「さあ。どうぞ。映写技師さん」 椿林太郎は冗句紛いに湯気のたつコーヒーカップを山形のまえにさしだす。 「どうも」 山形はコーヒーカップをひきよせる。 「なんとも悲惨な光景を」 林太郎はコーヒーを啜(すす)る。 「たてつづけにみてると、『国敗れて山河在り』という感慨だな」 「どこの国でも、その支配体制が終焉を迎えると悲惨なシチュエーションにたた されるもんだ。すべてが音をたてて崩れ去ってしまう。無垢の市民は生きてゆく 基盤を失ってしまう」 山形検事はタバコをつけ、座椅子に背筋を擦りつけ天井に向けて紫の煙を 葺きあげた。
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