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作品名:いしこづめ 作者:花城咲一郎

第17回   小松原郷への突入
清津館には夜の帳(とばり)がおろされ静寂の渕に沈んでいた。
 『桔梗の間』では、夕食を済ませた椿弁護士が座椅子に凭れ、
タバコを燻らせている。
 椿弁護士と差し向かいで座椅子に座った山形検事はライターで
タバコをつけ、座椅子に凭れ、天井に向け紫の煙を噴きあげる。
 襖がそっと開いて『桔梗の間』に和服姿の女将があらわれた。
「お食事はお済みになられましたか」
「ええ。素敵な郷土料理を美味しく頂戴しました」
 椿弁護士は女将に微笑みかける。
「どうもありがとうございます」
「ほんとに素敵な味でした。都会育ちのわしにとっては、一生の
いい想いでになります」
「まあ。検事さんったら。ちょっと褒めすぎです。でも、そういって
いただくと、うれしゅうございます」
 女将は山形検事にスマイルを送信する。
 にんまりとしながら女将は、テーブルのうえの空になった食器を
洋式のおおきなお盆にうつしてゆく。
 椿も山形も自分の前におかれた空の食器を女将の前に寄せる。
「あいすみません」
 女将はにんまりとしながら食器を引き寄せお盆にうつしおわる。
 襖がそっと開いて若い仲居が洋式の細長いお盆を捧げるようにして
はいってくる。
 女将は仲居からそのお盆を受け取る。
「これはコーヒーセットですが。インスタントなんですけど。先生方の
ご都合のよろしいときに、ご自分でお炒れになってください。お湯は
ポットにはいっておりますから」
 女将はコーヒーカップ、砂糖、ミルク、熱湯のはいったポットを載せた
お盆をそのままテーブルのうえにさしだす。
 若い仲居はさげた食器を載せたおおきなお盆をもちあげ襖の外へ
消えていった。
「それでは」
 女将は畳のうえに三つ指をついた。
「ごゆっくりなさいませ。ご用のときはインターホンでおねがいします」
 淑(しと)やかな身のこなしで女将は『桔梗の間』から去ってゆく。
「ええと。それでは」
 椿弁護士はタバコの吸いさしを灰皿に摺りつぶした。
「さきほどのビデオのつづきを見せてもらいましょうか」
「そうだね。コーヒーはあとにして、ビデオを先に再開しますか」
 山形検事はリモコンでテレビの電源をいれた。
 テレビドラマのようなドキュメンタリーな映像が映写されはじめる。

〇 熊の峠の峠道
  機動隊員が急勾配の峠道を登ってゆく。
〇 熊の峠の頂上
  一本杉の枝が風に揺れている。
〇 峠道
  小榊賢一が先頭を登ってゆく。
  そのあとに幸恵がつづく。
  石川刑事部長が道案内をガードしながら登攀(とうはん)する。
  小銃を担った機動隊員が急坂を登ってゆく。
  隊列の最後部では山形検事、滝沢検察事務官、南雲県警
  本部長が登ってゆく。
〇 天空
  太陽が高く昇り、山岳地帯の一帯に燦燦(さんさん)と初夏の
  陽光を降り注いでいる。
〇 峠道
  幸恵のあとにつづく石川刑事部長が陣頭指揮をとる。 
石川「もうすこしで頂上だ。頑張ろう」
  石川刑事部長はうしろを振り向き、坂道を懸命に登ってくる
 隊員らを叱咤激励する。
〇 熊の峠の山頂
  賢一が山頂に登りつめる。
  つづいて幸恵も山頂に達する。
  石川刑事部長が一本杉の根元に登りつめる。
  つぎつぎと隊員が山頂に登りつめる。
  最後に山形検事らが登りつめる。
石川「低姿勢 ! 背伸びをしてはならない。蹲踞の姿勢を保て」
  石川隊長に命じられ、一同は郷民に察知されないように
  蹲踞(そんきょ)の姿勢になった。
  隊員は背を低くしたまま眼下に、幻の里と呼ばれる小松原郷
  を見おろす。
〇 一本杉の根元
  石川刑事部長は一本杉の幹に隠れ、顔だけ覗かせ、双眼鏡で
  小松原郷の状況を探知しはじめる。
  山形検事が石川刑事部長の背後にそっと接近してきた。
山形「小松原郷王国の宮殿にあたる山神大社は見えますか」
石川「ええと。まず森の近くの鳥居を探してみます」
  石川は双眼鏡によるキャッチゾーンをあちこち移動させる。
石川「あ、ありました。鳥居をウオッチできました。その奥には
  山神大社の拝殿らしきものが見えます」
山形「人の気配はしませんか」
石川「はい。人影はありません」
山形「山神大社からやや離れた地点に坂道があるはずですが。
 これは小榊幸恵さんの供述によるものです」
石川「坂道ですか。ええと」
 石川は双眼鏡の視野を移動させる。
石川「あ、坂道をウオッチできました」
山形「その坂道をうえのほうに辿ってみてください。処刑場の広場
 があるはずですが」
石川「処刑場の広場ですか。ええと。平地があるかな」
 石川は双眼鏡の視野を移動させる。
石川「あ、たしかに小学校の分教場のグランドのようなこじんまりと
 した広場があります」
山形「そのほか、目ぼしいものが見えますか」
石川「はい。茅葺屋根の民家があちこちに、わずかな敷地にしがみ
つくように建っています」
山形「そのほかには」
石川「はい。うごくものは視野にありませんが。棚田のほか段々畑が
 あちこちに点在しています」
山形「郷の全体をよくたしかめてみてください」
 石川刑事部長は双眼鏡のキャッチゾーンを移動させる。
石川「郷の全体が鎮まりかえっていて、うごくものがありません」
山形「うごくものはなにもないと」
石川「あ、ひとつあります。イノシシのような動物が一匹、あちこち
 駆け回っています」
山形「イノシシではなくて、豚じゃないかね」
石川「よくわかりません。あるいは豚小屋から逃げ出した豚かも」
山形「どうやら、郷民の武器による抵抗はなさそうだな」
石川「そうだといいんですが。機動隊を油断させる作戦として静寂
 を保っているのかもしれません」
山形「まあね。おそらくその虞はないでしょう」
石川「でも念のため警戒しながら突入することにします」
 石川は、一本杉の周辺をぐるりと見まわす。
石川「低姿勢命令、解除 ! 。蹲踞は中止。小松原郷はいまのところ
 平穏だが。ただ、何処に、何が潜伏しているかわからない。そこで
 本官の指示にしたがい、小銃を構えて突入する」
 藪の陰から隊員が雨後の筍のように、にょきにょき顔をあげる。
石川「万一の危険を考慮して、賢一君と幸恵さんは、本隊の最後部
 についてください」
 賢一と幸恵は一本杉に寄り添い道を開ける。
石川「整列 ! 」
 隊員は小銃を縦に支えて一列縦隊に整列する。
石川「出発 ! 」
 石川隊長は降攀(こうはん)の峠道をくだりはじめる。
 小銃を握った機動隊員は一列になって坂道を降ってゆく。
 隊列の最後部に山形検事、滝沢検察事務官がつづく。
南雲「さあ。賢一君と幸恵さん。気をつけて出発しましょう。うしろは
 本官が護衛しますからだいじょうぶです」
 南雲県警本部長がふたりに微笑みかける。
賢一「澄イアセン」
幸恵「オ願イシアス」
 賢一と幸恵は隊列に加わる。
〇 峠道
 機動隊が急勾配の坂道を降攀(こうはん)してゆく。
〇 天空
 陽春の太陽が中天近くまで昇っている。
〇 峠道
 機動隊が急勾配の坂道を駆け降りてゆく。
 賢一と幸恵が隊列のあとを追う。
〇 山神大社の境内
 おおきな鳥居が建っている。
 その奥に拝殿がしずかな佇まいをみせている。
 人影はみられない。
〇 熊の峠の麓
 石川刑事部長が峠道を駆け降りてくる。
 機動隊員が次々と駆け降りてくる。
山形検事が峠道を駆け降りてくる。
 滝沢検察事務官が駆け降りてくる。
 小榊賢一が峠道を駆け降りてくる。
 小榊幸恵が賢一のあとから駆け降りてくる。
 南雲県警本部長が最後に峠道を駆け降りてくる。
石川「注目 ! ここから先にはなにが潜んでいるかわからない。
 小松原郷は、旧日本陸軍の武器で武装されているから何時、
 どこから銃弾がとんでくるかわからない。それに藪のなかから
 本隊に向け手榴弾が投げ込まれる危険性もありうる。十分に
 警戒しながら、郷の隅から隅まで探索してゆくことにする。
 カメラ班は、目ぼしい現場は逐一、正確に撮影するように。
 いまのところ周辺は静寂そのものだが、いつ銃声がおこるかわから
 ない。緊張して慎重に前進してゆくように。勝手な単独行動は一切
 禁止する。それでは前進 ! 」
 石川隊長は拳銃を構え周囲に警戒しながら前進をはじめる。
 隊員は一列縦隊になり小銃を構えた姿勢で、各隊員は3メートル
 ほどの距離をおいて左右を警戒しながら前進してゆく。
〇 小川の畔
 石川隊長が砂利道を踏み締めながら小川の畔に出てくる。
 拳銃を構えた石川隊長は砂利道を右折して爪先登りのなだらかな
 坂道にはいる。
 隊員がこれにつづく。
 100メートルほど先方に杉の森が見えてくる。
 石川隊長は杉の森を目指して前進してゆく。
 隊列も杉の森に向かって前進してゆく。
〇 山神大社の境内
 石川隊長が拳銃を構え、周辺を警戒しながら鳥居に接近する。
 鳥居の奥には拝殿が鎮まりかえっている。。
 鎮まりかえった境内に人影はない。
 機動隊の全員が山神大社の境内に集結する。
石川「このまま周囲の警戒をつづけること。指示があるまで境内から
 移動してはならない」
 石川隊長は拳銃を構えて拝殿のなかを探索しはじめる。
 拝殿には人影がない。 
 山形検事が石川刑事部長につづいて拝殿にはいってゆく。
石川「いまから山神大社の拝殿を経てその奥にあるはずの本殿の
 探索を開始する。小松と波多野には、山形検事と本官の背後から
 の護衛を命ずる」
小松「はい。小松は山形検事と石川刑事部長を護衛します」
波多野「同じく照明により護衛の任務につきます」
 石川刑事部長は拳銃を構えて拝殿の奥を探索する。
 波多野の照明により拝殿の左奥手に通路が浮かびあがる。
 石川刑事部長は通路にはいってゆく。
 山形検事がこれにつづく。
 小松が石川刑事部長らを背後から護衛しながら奥へすすむ。
 石川刑事部長は本殿の入り口にさしかかる。 
 本殿の入り口が波多野の照明によりクローズアップされる。
 石川刑事部長は拳銃を構えて本殿に突入する。
 山形検事が本殿に足を踏み入れる。
 波多野のライトにより本殿の中心部が浮かびあがる。
 正面には神棚が設置されている。神棚は太い締縄と御幣で
 飾られ、黒く太い文字で天照大神と墨書された掛け軸を垂れ、
 神々しい雰囲気(ふんいき)が醸しだされている。
 波多野の照明が神棚の真下にあてられた。 
 白装束の神官らしき人が畳のうえに倒れこんでいる。
 その傍らには烏帽子を被った男の生首が転がっている。
 青畳には真っ赤な血飛沫(ちしぶき)が飛び散っている。
 倒れこんだ白装束の遺体の脇には血染めの日本刀が放り出された
 ままになっている。
石川「なんと。これはまた凄惨(せいさん)な光景なんだ」
 石川刑事部長は呆然と起ちつくす。
 山形検事は血飛沫が跳び散った青畳のうえに転がっている烏帽子を
 被った生首をじいっと凝視する。
小松「山神大社の宮司が自決したんでしょうか」
山形「まあな。おそらく、その生首は小松原郷の郷祭司といわれる大榊
 儀左衛門のものでしょう」
石川「そうかもしれません」
波多野「あ、もひとつ見つかりました」
 仄暗い本殿のなかに波多野の叫び声が反響する。
 照明灯によって照らし出された本殿の片隅に銃砲の銃口を喉に突きつ
 け、足の右親指を小銃の引き金に掛けたまま男が息絶えている。
山形「この男が山神大社のお宮番でしょう。このおとこが大榊儀左護門の
 ガードマンといったところです。この辺の情報は賢一君と幸恵さんの供述
 によるものです」
石川「郷祭司の大榊が自分の腹に日本刀を突きつけて割腹したとき、この
 男が郷祭司の命により介錯(かいしゃく)の役割を務め、日本刀で郷祭司の
 首を跳ねてから、自分はこの小銃をその喉に当て、足の親指で引き金を
 ひき、どかんと最期をとげたものらしい。おそらくそうでしょうな」
山形「この現場の状況を確保するため、あとで鑑識を呼んでください」
石川「わかりました。それでは、さっそく」
 石川は県警本部に警察無線で鑑識班の出動を指示する。
山形「小松原郷の最高権力者たる大榊儀左衛門が自決してる以上、
 郷民が武器をもって抵抗することは、まず考えられない」
石川「そうだとすれば、無益な血を流さずにすみます。そこであとは
 小松原郷を隅から隅まで探索するだけでよいことになります」
山形「なんとか平穏のうちに小松原郷問題を解決できそうだ」
石川「そうですな。銃撃戦にならないでよかった」
山形「それでは、ここはひとまずひきあげる。、問題は『いしこづめ』に
 よる処刑場の状況だ」
石川「隊員を分散させて、民家を隈なく探索します」
 山形検事は本殿から消えてゆく。
 石川刑事部長がこれにつづく。
 小松がそのあとにしたがう。
 ライトをつけた波多野が最後に本殿をでてゆく。
〇 山神大社の境内
 隊員が終結している。
 小銃を構えた隊員が交替で境内の周辺を警戒している。 
 拝殿から山形検事がでてくる。
 石川刑事部長があらわれる。
 小松と波多野が拝殿からでてくる。
石川「拝殿と本殿の探索は完了した。郷祭司は本殿で割腹し自決
 していた」
 隊員のなかにどっとどよめきがおこる。
石川「このような状況からみて、郷民が武器を持って抵抗する虞は
 すくなくなった。しかし油断は禁物。これからは、各班ごとに別行動に
 より、郷の内部、具体的には民家の内部を中心として隅から隅まで
 隈なく探索する。郷の中心となる処刑場に通じる坂道の右側の民家
 は第1班と第2班で探索する。坂道の左側の民家については第3班
 と第4班が探索する。各班とも班長の指揮にしたがい探索してゆく
 こと。探索が完了したならば、処刑場の広場に集結すること。いま
 から行動にかかれ ! 」
 各班は一斉に山神大社の境内から出動する。
石川「山形検事、われわれは、まっすぐ処刑場に向かいましょう。小松
 と波多野は後部から護衛をつづけること」
 石川刑事部長は行動を開始する。
 山形検事がそのあとにつずく。
 滝沢検察事務官も検事のあとにしたがう。 
 小松と波多野が最後に境内をあとにする。


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