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作品名:生命のキャンドルが燃え尽きぬうちに 作者:花城咲一郎

第6回   画期的な癌情報
 〇 多摩鉄道幸福駅前の商店街
  街路樹の銀杏の葉が落ち尽し歩道に黄色い絨毯が敷かれている。
  おおきなクリスマスツリーが飾られている。
  
 〇 多摩鉄道幸福駅前の商店街
  門松が飾られている。
  師走の商店街を多くの市民が慌しくうごきまわっている。

 〇 多摩医科大学南多摩病院内科病棟の病室
  6人部屋のベッドは空になっており、絹子だけがベッドに臥せっている。
絹子「今年も大晦日になりました。軽症患者はお正月の外泊許可がでて246号室は、あたしだけになりました。その日の午後のことでした。あたしはなんだか気だるくなって、いつのまにか蕩けていきました」
  
   −花城絹子の幻想−

 〇 北越大学近くの日本海に面した砂浜
   白いナースウエアー姿で、うら若い絹子が大学裏の砂浜にでてゆく。
 〇 北越大学病院のナースステーション
   白い壁に掛けられた黒い縁取りの円い壁時計の長針がぴくりとうごき深夜の2時になる。
   当直の絹子がデスクに向かい待機している。
   ナースコールが鳴り響き壁に設置された病室ナンバーの赤ランプが点滅する。
   すっくと起ちあがった絹子は、赤ランプの点滅する病室のナンバーを確認する。
「246号室の関谷さんだわ」
   絹子は独り言を云いながら廊下へ駆け出してゆく。
 〇 内科病棟の246号室
   あたふたと絹子が駆け込んでくる。
   絹子は関谷老人のベッドに近づく。
「関谷さん。どうしました」
 絹子はクランケが被っていた毛布を剥ぎ取る。
「あら。関谷さんじゃないわ。あなただれ?」
 ベッドには見知らぬ婦人のクランケが臥せっている。
ー関谷老人が女になってしまった。こんなことがあってたまるか。これはいったいどういうわけかー
 絹子は狼狽し目を擦る。
 もういちどベッドのうえをたしかめる。
「絹子か。あたしよ」
 婦人の声は絹子の母そっくりだった。
 よく見るとベッドのうえのクランケは絹子が学童3年生のとき亡くなった母だった。
「おかあさん !! 」
 おもわず絹子は大声で叫ぶ。
                                              ー絹子の幻想・了ー

 〇 多摩医科大学南多摩病院内科病棟の病室
  絹子のベッドの枕元に花城が折り畳み式椅子をひろげ仮眠している。
「おかあさん !! 」
 絹子が大声をあげる。
「絹子。どうした」
ーあら。これは聴きなれた花城の声だわー
 絹子は目を開け、目をぱちくりさせながら夫を見あげる。
「あたし、昔の大学時代のことを考えているうちに蕩けてしまったの」
「ああ。北越大学医学部の看護学院時代の夢でも見たか」
「そうなの。あのころは愉しかったわ。みんなまだ若かくって」
「そりゃそうでしょう。まだ看護学生だったんだから」
「寮生でいちっばんの親友だった明子さん。東京にでてきたらしいんだけど。どこに勤務しているか消息がないんだわ。生きてるうちに逢いたいわ」
「そのうちきっと、どこかでぱったり逢えるかもしれない」
「生きてるうちに逢いたい」
「生きていさえすれば、きっと逢えるでしょう。ところで、きょうは大晦日だから、お節料理のお裾分けなんだ」
 花城がベッドのうえでスライド式専用テーブルを引き寄せ、風呂敷包みをひろげる。すると黒い生地に梅の花模様を塗りこめた小型の重箱がでてくる。
 花城は得意顔になって重箱の蓋をとる。
「わあ。これは素敵 !! 」
 ベッドのうえに上半身を起こした絹子は子供じみて歓声をあげる。
「デパートから取り寄せたの」
「そうなんだ。お節料理セットからの詰め替えなんだ。いまお茶を炒れるから」
 花城は、ベッド脇のサイドテーブルで緑茶を炒れる。
「それではおちゃけで乾杯!!]
「乾杯!!」
 右手で茶碗を掲げた絹子はけらけら笑いこける。
「いただきまあす」
 サイドテーブルの抽斗から箸をとりだした絹子は活き活きとしてお節料理を摘まむ。
 ベッド脇に折り畳み式椅子をひろげた花城は、無心に食べはじめた絹子の横顔を見てにんまりとする。
                                                                               〇 多摩鉄道幸福駅のプラットホーム
  オレンジ色で10輌連結の郊外電車が滑り込んでくる。              花城が電車から降りてくる。
 〇 駅舎の改札口
    改札口からショルダーバッグを担いだ花城がでてくる。彼は駅舎から駅前商店街に向かう。                                                                                                   
 〇 駅前通りの商店街
   花城は、駅前通りをゆっくり歩き、商店街にはいってゆく。
花城「その年も明けて1週間が経ちました。1月上旬の土曜日のことでした。きょうは自分だけの正月にしようと
おもい、馴染みの『うな扇』に立ち寄ることにしました。このお店は幸福市役所近くにある鮮魚料理の老舗で、
多摩随一の専門店でした」
 〇 中央通りの商店街
  商店街の一角には白い生地に『うな扇』と黒く墨書された暖簾が風に揺れている。
  花城がその暖簾に近づいてゆく。
  久しぶりに花城はその暖簾を潜る。
 〇 老舗『うな扇』の店内
   天然の桜の木で造りあげた鴨居の下は、磨きあげられて艶のいい白木のカウンターになっている。その右脇の畳を敷いた席には6人用テーブル2組を牡丹模様の座布団が取り囲んでいる。おおきなベンジャミンの鉢の奥は大広間やいくつかの小部屋という佇まいになっている。
 和式の自動ドアがするりと開いて花城がはいってくる。
「いらっしゃいませ」
 カウンター超しに威勢のいい聞き慣れたマスターの声が跳ね返ってくる。
「ごぶさた ! 」
 花城はカウンターのノッポ椅子の背凭れに手をかける。ショルダーバッグを椅子に載せるとカウンターのいちばん左側のノッポ椅子にあがる。
「先生。しばらくでした」
「こちらこそ」
「きょうは、なんになさいますか」
 揉み上げがシルバーになりかけたマスターはカウンター超しにお絞りをさしだす。
「いつもの」
「はい。わかりました」
 花城のメニューは、数学の公式のようにいつも決まっている。
 マスターはカウンター超しに王冠を跳ねた麒麟麦酒の一番搾りとグラスをさしだす。
「マスターもグラスをどうそ」
 花城は自分のグラスに七分三分の泡立ちで慎重にビールを仕立てる。
 カウンター超しに翳したマスターのグラスにも並々とビールをサービスする。
「それでは乾杯 ! 」
 花城は右手でグラスを翳す。
「いただきます」
 マスターもグラスを掲げる。
「こうして先生とふたりで乾杯するのは久しぶりのことですね。しばらくお見えになりませんでしたから」
 マスターは唇に残された白い泡を舌でなめずる。
「その後、奥さんお元気ですか」
「いえ。ワイフは元気どころか、去年の夏に入院してから、もう5ヶ月にもなるんだ。ほどほどお手あげだよ」
「そうでしたか。識りませんでした。お見舞いにもゆかないで」
「実は絹子が入院したことは、どこにも知らせていないんだ。みんなに心配かけたくないとおもってね」
 花城は、ぐいとグラスを煽る。
「それでその」
 マスターはガスレンジを覗き込み土鍋の火加減をたしかめる。
「奥さんはどういう病気なんですか。入院だいぶ長いらしいけど」
「それがね。よりによって膵臓ガンなんだ。癌は進行してゆくばかりで、もうどうしようもない」
「そうですか。聞くところによれば、膵臓という臓器は」
 マスターは煮えたぎった柳川の土鍋を朱塗りの円い鍋桶に載せ蓋をする。
「なんといいますか。そのオ。女性的な臓器といわれてるから、案外弱いのかも」
「そかもね」
「土鍋は熱いですから、お気をつけて」
 マスターは鍋桶に載せた柳川の土鍋をカウンター超しに注意深くさしだす。
「どうも」
 土鍋を引き寄せた花城は、鍋蓋の両端に中指と親指をかけ、摘んだ蓋の両端を支点にくるりと裏返す。ちりちり煮え立ちつづける鍋から熱気とともに白い湯気が飛散する。
 花城はまだちりちり煮えている土鍋から泥鰌や牛蒡を小分けしすぐ蓋をする。
 ふうふう吹きながら花城は泥鰌に箸をつける。
「あのね。その患部が腹腔動脈の近くだから、オペをすればその腹腔動脈を損傷する危険率が高い。だからオペはできないというんだ。それで絹子の生命のキャンドルは、あと半年しかもたないそうだ」
「なんですって ! 」
 マスターはカウンターの裏の流し台で洗いかけていた皿をおとしてしまう。
「そんなあ。あと半年だなんて酷すぎる」
 流し台に落としてしまった皿をマスターは洗いなおす。
「絹子の体内では、癌細胞が日増しに増殖し、やたらと蔓延り、毛細血管まで食い散らすようになった。じぶじぶ出血して貧血気味だから輸血してるんだ」
「それはたいへんだ。けどオペ不能だなんて。そんな所見をだしてる病院、いや医者はどこのどいつですか」
 マスターはカウンター超しに花城の酌を受けながら語気をつよめる。
「それが医学界に令名高い多摩医科大学南多摩病院なんだがね」
「へええ。あの多摩医科大学ですか。多摩医大ともあろうものが、おかしなこと云ってますね。まったくウ」
「おかしなこと ! 」
 グラスを握ったまま花城は怪訝な顔でマスターを見つめる。
「あのね。その教授の所見まちがってるとおもうな。いや、はっきり云ってその所見はおおきな誤りを冒してる」
 頭にきたといういうふうにマスターはぐいとグラスを煽る。
「マスターはまた、どうしてそんな断定的なことが云えるんですか」
「だって奥さんとおなじ条件の患者さんにも、ちゃんとオペを遣ってくれる病院があるんだから」
「いったい、それ、どこの病院だい」
 花城は興奮気味にマスターを急き立てる。
「ほら。多摩地区に新しく開設された桜門大学多摩病院なんだ」
「ああ。病院を開設した当時、テレビニュースでも報道されたあの病院かね」
「ええ。そうなんですよ。あそこはその」
 マスターは鰻の酢の物『うざく』を仕立てはじめる。
「都心から離れた郊外だから敷地にも余裕があり、キャンパスもゆったりしていてね。いかにも大学病院らしいムードなんだ」
「そりゃそうでしょう。あの辺りは武蔵野の面影がふんだんに残されている地域だから」
「それにさあ。病院のなかも」
 マスターは仕立てあげた『うざく』をカウンターに載せる。
「最新鋭の設備がととのっているらしい。そのうえ明るい感じだし、まるでそのデラックスホテルのようなんだ」
「なるほど。そんなに素晴らしい病院なんですか。はなしには聞いていたけど、そんなに素晴らしい素敵な病院になったんかね。それにしてもマスターよくそんな情報掴んでるんだね」
「ええまあ。実は身内の者がその病院でオペをしてもらったんですよ。奥さんとおなじ膵臓癌でね。だから腕のいい執刀医の顔もよく識ってます」
 緑色をしたスリムなキュウリの腹に蛇の目の包丁めをいれ、酢の香りがぷんぷんする鰻の酢の物のツマを花城は摘まみあげる。
「いろいろと貴重な情報ありがとう」
 花城は竹の箸で酢がよく染み込んだ鰻の切り身を摘まんだが、興奮気味になり強い酢の香りで噎せかえす。
「そろそろ鰻を焼きはじめましょうか」
 マスターは額がひろく、髪をオールバッグに梳った花城の顔を覗く。
「ええ。鰻重の特上にしてくれないか」
「はい。かしこまりました」
「ビールをもう1本もらおうか」
「はい。ただいま」
 王冠を跳ねた一番絞りがカウンターに載せられる。
 マスターは団扇でぱたぱた風をおくりこみながら鰻を焼きはじめる。

 〇 花城の書斎
仄暗い書斎に花城がはいってくる。
  点灯した花城は、デスクの前で起ったまま受話器をとりあげ電話のボタンを押す。
花城「その夜、帰宅したわたしは着替えもしないで桜門大学多摩病院に電話を入れました。電話はするっと繋
がり、当直の医事課長が電話にでました。これ幸いと根堀り葉堀り聞きたいだけのことをたてつづけに問い糾しました。その結果、『うな扇』のマスターからの情報は確かなもであることが判明しました」
 〇 花城邸の庭
  寒々とした夜空に星がまたたいている。
  庭の片隅では放し飼いの鶏が樅の木に造りつけられた鳥小屋の棚にあがり鶏冠を弛ませ眠りこけている。
 〇 花城の書斎
  書斎は寝室兼用になっている。
  仄暗い書斎では、ベッドに潜り込んだ花城がまだ眠ってはいない。
花城「これで絹子の転入院先は決まった。明日は、絹子を誘拐して多摩医科大学南多摩病院から脱出しよう。
絹子を誘拐するためには、まず絹子を騙して病室から連れ出さなければならない。その行動を246号室のクランケに感ずかれてはならない。いや、それどころかナースの目を盗んで決行しなければならない。そのためには、ナースステーションが手薄の時間帯を選択すことが必要だ。ナースステーションが手薄な時間帯はいつか。病院の起床時間は6時だ。そのあと検温でナースは病室を一周する。検温がおわると朝食の時間までナースステーションは手薄になるはずだ。それは午前7時近くということか。その時間帯に病室へ忍び込み絹子を騙して246号室から連れ出すことにしよう。これで絹子を誘拐する犯行のアクションプランは決まった。


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