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作品名:生命のキャンドルが燃え尽きぬうちに 作者:花城咲一郎

最終回   白菊の花
〇 花城の書斎
 壁に掛けられた「日捲りカレンダー」は7月になっている。
 グリーンの縁取りをした八角形の壁時計は午前11時をまわっている。
 書斎の窓はすべて開け放たれている。
 梅雨の中休みで真夏日のぎらぎらした陽光が書斎を明るくしている。
 デスクに向かった花城はパソコンのキーをたたきつづける。
「あなた。あの」
 開け放たれたドアから絹子が書斎を覗き込む。
「あたし、スーパーまで買出しにいってきます。きょうからは、あたしがお食事をつくりますから」
「だいじょうぶか。むりしないほうがいいよ」
 花城はキーをたたきながら気遣う。
「ええ。もう、だいじょうぶです。すこし外の空気を吸ってみたいの。長いあいだ、お食事ありがとうございました。きょうからは選手交替でやらせていただきます」
「それは、たすかる。それじゃ車に気をつけなさい」 
「はい。だいじょうぶです」
 花城は耳を澄ませ絹子の足音が廊下へ消えてゆくのをたしかめてから、ふたたびキーをたたきはじめる。
花城「その日から絹子はまいにち、徒歩で5分ほどのスーパー『グリーンストア』までショッピングに出かけるようになりました。それで、食事の準備も絹子が受け持つことになりました。それだけ、わたしの手間がはぶけて、訴状、答弁書、契約書など法律関係文書作成の能率もあがるようになりました」

 〇 『グリーンストア 』の前
  バスがはしる都道に面した商店街の一角にモダンなストアの白い建物が浮かびあがる。
 〇 『グリーンストア』の売り場
  店内は客で賑わっている。
  絹子は、かごを片手に、野菜や果物売り場から豆腐、鮮魚、肉類、牛乳、パンなどを物色してゆく。
選んだ食品をかごにうつしてゆく。
絹子「わたしは、10ヶ月ぶりに、店頭に起ち楽しい買い物をしました。ショッピングという日常茶飯事が、こ
んなに楽しいものだと感じたことは、長い人生のなかでもはじめての経験でした」 
  絹子はレジで会計をすませる。
 ○ ストアの前
  ショッピングカーを押しながら絹子がストアから歩道にでてくる。
  絹子はバス通りを左折して住宅街にはいってゆく。
 ○ 住宅街
  閑静な住宅街を絹子はショッピングカーを押しながら、ゆっくりすすんでゆく。
 〇 花城邸の勝手口
  絹子がショッピングカーを押しながら勝手口に近づいてくる。門扉を開けて絹子は庭へはいってゆく。
  絹子は勝手口のドアを開ける。
絹子「これまで、いつもならショッピングカーをそのまま持ちあげてキッチンにあがっていたのですが、いま
は怖くてそれはむりです。買い物がはいった袋は、ひとつずつ分けてはこぶしかりません」
 絹子は生ものがはいった袋をまず持ちあげる。
「よいしょ」
  絹子はサンダルを脱いでキッチンへあがる。
 〇 花城邸のキッチン
  買い物をいれたレジ袋を持って絹子が勝手口からはいってくる。
  テーフルのうえには買い物で膨らんだレジ袋が3個も載せられている。生ものから先に冷凍庫にいれる。
  野菜、果物、などを整理して冷蔵庫に収納する。
 〇 花城の書斎
「ただいま」
  廊下から絹子の声が伝わってくる。
「ああ。お帰り」
  返事をしただけで花城はパソコンのキーをたたきつづける。
 〇 絹子の部屋
  絹子がはいってくる。
  鏡台に向かい、白い椅子に掛けた絹子は、髪の毛に手を触れながら鏡を覗き込む。
「ちょっと疲れたわ」
  独り言を云いながら絹子はベッドにあがる。
  白いタオルをアイマスクにして両目をカバーする。そのまま絹子は仮眠にはいる。
  壁時計の長針がぴくりとうごき午後3時になる。
 〇 花城の書斎
  花城はデスクに向かいパソコンのキーをたたいている。
  キーをたたく手をやすめた花城は、ライターでタバコをつける。
  椅子の背凭れにもたれ天井にむけて紫の煙を噴きあげる。
  花城は、タバコの吸い差しを灰皿の縁に載せ、ふたたびパソコンのキーをたたきはじめる。
 〇 花城邸の庭
  じりじりと西陽が芝生に照りつけている。
  庭に放し飼いの鶏が芝生のうえで餌を求めクチバシで芝生をつつく。
 〇 絹子の部屋
  絹子がベッドのうえで目を醒まし天井を見つめている。
  壁時計の長針がぴくりとうごき午後5時になる。
  市役所から定時放送される『夕焼け小焼け』のメロデーが、まだ熱気のこもった部屋にながれる。
  絹子は起きあがりベッドから絨毯のうえに降りる。
  ちらっと鏡台を覗き込んだ絹子は、白いエプロンをかけ廊下へでてゆく。
 〇 花城邸のキッチン
  エプロン姿の絹子がはいってくる。
  絹子は調理をはじめる。甲斐がいしく食事の準備をすすめてゆく。
  冷蔵庫からビフテキ用の牛肉をとりだした絹子はそのまま俎のうえに載せる。
  ワインの空き瓶で牛肉をとんとんたたく。たたいた牛肉に塩コショウをする。
  絹子はそれをラップに包み冷蔵庫に収納する。
  俎を丁寧に洗った絹子は、そのうえでテンプラの具を刻みはじめる。
  白いボールにテンプラ粉をいれ、タマゴをおとしテンプラのコロモをつくる。
  こんどはガスレンジに載せたテンプラ鍋に油をそそぎ、あたたまるの待つ。
  やがて長い箸の先でコロモをひとたれぽとりと垂らし込み油の適温をたしかめる。
  絹子は、手加減に神経をとがらせながらテンプラをあげてゆく。
 〇 花城の書斎
   どっしりとしたデスクに向かって花城がパソコンのキーをたたいている。
   壁時計の長針がぴくりとうごき午後7時30分になる。
「あなた。お食事ができました」 
 エプロン姿の絹子が開け放たれたドアから書斎を覗き込む。
「それでは、飯にするか」
  絹子の足音が遠のいてゆく。
  花城はパソコンの電源をスタンバイでシャットダウンする。
  書斎から廊下へでた花城はキッチンへむかう。
〇 花城邸のキッチン
  テーブルのうえには絹子が仕立てたテンプラ、オオトロの刺身、奴豆腐、銀の皿などがならべられている。
  絹子はビフテキを焼きあげ、銀の皿に盛りつける。
  花城がはいってくる。
「ほう。これは豪勢だね」
  花城はテーブルのうえに視線をながす。
  夫は戸棚から小ぶりのグラスを摘みテーブルのうえに載せる。
  妻は冷蔵庫から無濾過のプレミアムビール『まろやか酵母』をとりだす。
  花城夫妻はさし向かいでテーブルにつく。
  花城は左手でボトルを握り、王冠の耳に右指をさしこみ垂直にもちあげる。すると王冠はぽんと跳ねる。
「あら。このビールの王冠を抜くのに栓抜きいらないのね」
  絹子は怪訝な眼差しで夫の指に残された耳のついた王冠を見つめる。
「そうなんだ。ワンタッチでぽんと跳ねるんだ」
  花城は絹子のグラスにほんの一口分をそそぎ、自分のグラスにも一口分をそそぐ。
「それでは乾杯!!」
  花城はグラスを翳す。夫に釣られるように絹子もグラスを翳す。
「はい。乾杯」
  絹子はグラスに唇をあてる。
「ひとくちのみの原則と言ってね。ビール通は、グラスに一口分だけ注いで一気にぐいと飲むんだ」
「そうなの。うちの先生は博識多才なんだから」
「このビールは、『無濾過』という贅沢なプレミアムなんだ」
「濾過していないビールなのね」
「そうなんだ。これまでは、醸造技師だけしか飲めなかったものをビール通のために公開したんだ」
「そうなんだ。まさにプレミアムにふさわし逸品なんですね」
「そう。日本列島では最高の逸品で、ふつうのお酒屋さんでは手にはいらない。登録店でしか扱っていない」
「取り寄せの注文をするわけ」
「そう。インターネットでも販売されてるがね」
「生き残っていてよかったわ。ネットで買った最高のビールが飲めたんですもの」
「まあね。生命のキャンドルが燃え尽きないうちに、打つべき手を打ったからね」
「みんな、あなたのおかげだわ。感謝してます」
花城は絹子のグラスにビールをそそぎ、自分のグラスにもビールをそそぐ。
「それでは、絹子の床上げを祝してもういちど乾杯」
「はい。ありがとうございます」
  花城夫妻は高々とグラスを翳す。
花城「その夜は、およそ1年ぶりに絹子が造った料理で食卓が賑わいました。いちどは絹子の葬式の準備までしたことでした。けど、いま、こうして平和を取り戻すことができました。これも植村教授をはじめとする有能な医師団による高度な医術の恩恵だと感謝しております」


 〇 花城邸の庭
  天空には無数の星がちかちかと夜空に瞬いている。
  樅の木のねっこの鳥小屋では、鶏冠を弛ませ鶏が眠りこけている。

 〇 花城邸の勝手口
  温室の北側のおおきな紅葉の木が美しく紅葉している。
 
 〇 花城邸の勝手口
  紅葉の木が粉雪をかぶり雪化粧をしている。
  降り積もった雪で辺り一面が銀世界になっている。
  しんしんと冷え込み、音もなく粉雪が降りつづく。

 〇 花城邸の勝手口
  温室の東側では紅梅が満開になっている。
  おおきな紅葉の木は、赤紫の新芽が綻びはじめている。
  南側の梅の小枝では、山から里へおりてきた鶯が初啼きをする。
「ホオオ、ホケキョ」
  鶯の啼き声がつづく。

 〇 花城邸前の街路
  街路樹の桜が満開になっている。

 〇 花城邸前の街路
  焦げるような陽光が照りけている。
  アスファルトが溶け車のタイヤの痕跡が刻印されている。
 
 〇 花城邸前の街路
  紅葉した桜の葉が木枯らしで散ってゆく。
  天空は抜けるように蒼く澄み渡っている。

 〇 花城邸前の街路
  ボタン雪が降りつづいている。
  桜の大木が白く冠雪している。
  冬将軍の到来で、住宅の屋根も一面に銀世界に変貌している。
花城「絹子が一命を取り留め、平和なくらしがもどってから、風雪はとめどなく流れ去ってゆきました」

 〇 花城邸北側の庭
  芝生のうえでは、放し飼いをしている数羽の鶏が餌を求めてクチバシで芝生を啄ばむ。
  一羽の雌鳥が芝生のうえに白いタマゴを産みおとす。
「コケコッコウ ! 」
  傍らにいた雄鶏がけたたましく鬨の声をあげる。
 〇 花城邸南側の庭
  天空は蒼く澄み渡っている。
  晩秋の弱々しい太陽が庭一面を柔らかい陽光で包んでいる。
  庭木の枝を巧みに活かした懸崖造りの菊が咲き乱れ、黄色い花の滝がながれつづける。
  紫や純白など色とりどりの大輪の菊の鉢が列をなしてならぶ。
  垣根の近くでは、背の高いザクロの梢に赤い舌を垂れたようにおおきな実がタワワに熟しセクシーなムードを醸しだしている。
  ザクロの梢の隣には濃緑な枝葉の間からオレンジ色の夏蜜柑の実が無数に顔を覗かせている。
  邸内の南側の畠では、ホウレン草、大根、白菜などの野菜が育っている。
花城「歳月はとめどなくながれ去りました。2004年のアテネオリンピックでは、メダルラッシュで日本列島は沸きたちました。絹子には、もはや癌患者の影は消え去りました。こうして健やかで平和なまいにちがつづいております。ことしもまた、絹子が育てた菊がみごとに花ひらきました」

 〇 花城邸の勝手口
  三脚つきのカメラを抱えて花城があらわれる。
  絹子が夫のあとから庭にでてくる。
「あの菊の滝をバックにしよう。絹子はあそこに起って」
「はい。わかったわ」
 絹子は自分で仕立てた懸崖つくりの菊滝のまえに起った。
 花城は一眼レフのカメラを据え、ファインダーを覗き込みピントをあわせ、マニュアルで絞りを決め、がちゃり
とシャッターをきる。
「あたい。献体することに決めたの」
 絹子は屈み込み、大輪の菊の花に口づけをする。
「献体だって ! 」
「ええ。そうよ」
「献体ってのは聞きなれないことばだが、医学部の解剖学教室に自分の死後の遺体を献上するというあれか」
 花城はカメラの三脚をたたみはじめる。
「そうなの。白菊会に献体の登録をするためには、近親者の同意が必要なの。あなたも、あたしの配偶者として同意書にサインしてね」
「ああ、わかった。献体か。それは素晴らしい決断だね。現代医学の恩恵を受けて、生命のキャンドルが燃え尽きぬうちにオペを受け、生き残ったんだから。絹子にとってふさわしい決断といえる」
  カメラの三脚をたたんだ花城は、温室へはいってゆく。
 〇 温室の中
  花城がはいってくる。
  温度計は38度になっている。
花城「晩秋になって外気は10度を下まわっていましたが、日中の太陽熱で室温が上昇し、温室のなかは真夏日になっていました。手塩にかけて育てた洋ランも開花のシーズンを迎えていました」
 温室のなかの棚では、早咲きのデンフアーレがピンクの花を誇っている。
 デンドロビュームも赤紫の花を幹のバルブに群生させている。
 シンビジューウムは3本のバルブに白いおおきな花を咲かせている。
 温室のなかは豪勢なムードに満ち溢れている。
 胡蝶蘭のファレノプシスも赤紫の蕾を膨らませている。


 〇 日比谷公園の中
  花城夫妻が木漏れ日のさす樹木の下をゆっくりとあるいてゆく。
花城「毎年11月上旬の日曜日には、日比谷公会堂で白菊会の総会が開催されることになっていました。絹子とおなじように献体の登録を済ませた篤志家といわれる会員が一堂に集まるのでした。わたしも絹子の同伴者としてきょうは出席することになりました。わたしも近い将来、献体の登録をするつもりです」
  花城夫妻は黒山の人だかりがしている日比谷公会堂に近づいてゆく。
 〇 日比谷公会堂の前 
  公会堂の周辺には黒山の人だかりがしている。
  白菊会に献体の登録をした篤志家といわれる老若男女の会員たちが黒蟻のように群がっている。
  黒山の人だかりに接近してゆくと、白い生地に太い文字で『白菊会総会会場』と墨書されたおおきな標示板が浮かびあがってくる。
  花城夫妻は人波を掻きわけ公会堂入り口の階段をのぼってゆく。
〇 日比谷公会堂のロビー
  混雑ムードで大学別に受付のデスクがずらりとならんでいる。
  受付のデスクには胸に白いネームプレートを提げた医学部の学生たちが待機している。
「おせわになります」
  花城は桜門大学医学部の標示板を掲げた受付のデスクの前に起ち、2通の総会案内状を提示する。
  係りの学生は会員名簿を捲る。
「あ ! 花城さま、確認されました。どうぞ」
  と、花城咲一郎、花城絹子という氏名入りのリボンをさしだす。
「どうもありがとう」
  花城は右手でリボンをうけとる。
「花城さま。お席にご案内いたします」
  すかさず瓜実顔の女子学生が絹子の手を握る。
「すみません」
  絹子はにこりとして女子学生に縋りつく。
  絹子と学生は手をとりあって階段をのぼりはじめる。
「よろしく」
  と、花城もそのあとにつづく。
 〇 日比谷公会堂の中                              仄暗い階段をのぼりつめたところは二階席になっている。
  ガイドの学生は、二階席の最前列の中央の席に花城夫妻を案内する。
「こちらでございます。ごゆっくりなさいませ」
  ガイドの学生はにこりとする。
「どうもありがとう」
  花城は微笑をかえす。女子学生は起ち去ってゆく。
  花城は絹子を先に座らせ自分も座席に凭れる。
花城「白菊会の総会に参集する篤志家たちは、ストッキングに頼る白髪の熟年者だけではありません。まだ20歳代とみられる若者も数多く参加しているのです。文字どおり老若男女、老いも若きも、医学の進歩に貢献したいという気持ちはおなじのでしょう。医学が進歩し、優れた医療がゆきとどいた社会という理想郷を夢見て、献体に参加している篤志家たちなのです。わたしは、この若者たちの美しい精神に深く感動しました」
 絹子はハンドバグからちり紙をとりだし目頭をおさえる。
絹子「あたしは、あと半年の命と船山教授に宣告されました。重症のがん患者でした。けど、進歩した現代医学の恩恵を受けて生き残り、いまここにすこやかに生きております。胸に手をあてて、いま自分がここに生きていることを感謝し、いいしれぬ悦びをしみじみと感じております。そしてこの一堂に参集した多くの篤志家のみなさんとお遭いすることができました。献体してよかったとおもいました。これから幕開けとなるステージをみおろしながら、生きていることの悦びをしみじみと噛み締めております」
 会場の照明がダウンし、開幕される。
アナウンス「ただいまから◇年の白菊会総会を開催いたします。はじめに会長からのご挨拶があります」
 白髪の菊川会長が演壇に起つ。
 満場の拍手が湧きおこる。


          ◇  ラストシーン ◇   

 〇 花城邸のキッチン
  壁に掛けられた大型の「日捲りカレンダー」が太く赤い文字で200◇年11月◇◇日・日曜日になっている。
 セピアの縁取りをした六角型の壁時計の長針がぴくりとうごき午後8時になる。
 花城と絹子がテーブルをかこみ、差し向かいで座っている。            テーブルのうえには銀の皿に載せられたビフテキ、朱塗りの吸い物椀に盛り付けられた『鯉こく』などの料理がならべられている。
花城「白菊会の総会に出席したその日の夜になりました。わたしは、得意料理の『鯉こく』をつくりました。
そして朱塗りのおおきなお椀に盛りつけ食卓に載せました」
 花城は、プレミアムビールの『まろやか酵母』の王冠を右の中指で一気に跳ねる。
 絹子は花城の前に小ぶりのグラスをさしだす。
 そのグラスに花城はビールをそそぐ。
絹子「その夜、あたしはビフテキを焼きあげました。それを銀の皿に載せてテーブルにはこびました」
 花城は自分のグラスにもビールをそそぐ。
「それでは、ことしの」
 花城は泡立ち、ぷつぷつ囁くグラスを高く翳す。
「白菊会総会の出席を祝して乾杯 ! 」
「乾杯」
 絹子も泡立ち、ぷつぷつ囁くグラスを翳す。

 〇 花城邸の庭
  樅の木のねっこに造りつけられた鳥小屋では、数羽の鶏が鶏冠を弛ませて眠りこけている。
  霜枯れて乾いた芝生では、生き残りのエンマコロギが弱々しく啼きつづける。
  天空には無数の星屑がちかちかと瞬いている。

                                                                  【了】


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