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作品名:夏の世の夢 作者:飛中漸

最終回   1
 三人も乗れれば、自動車としては立派なもんだ。
 それにアスファルトの上を滑らかに走っていく。
 これ以上、乗ってる車に文句のつけようがあるだろうか。

 「あるに決まってるだろうがあ!」
 おやおや、困ったお子様だ。縛られてるくらいでなにが不満だ。
 「縛られてりゃ誰だって不満だ! それにおれはお子様じゃなぁい!」
 最後の部分をやけに声を張り上げてくれたこの男は、名を上田勝司という。
 ハタチになりたての大学生だ。一見すると、まじめに勉強する好青年である。
 「一見するととはなんだよ! おれはいつでもまじめだって」
 まあ、本当にそうかどうかは読者のみなさんが判断すればいいことであって
 私やおまえが決めることではないのだよ。ほほほほほ。
 「ってさっきから、誰なんだよ、おまえ」
 まあ、誰だっていいでしょ。ほら、彼女が君のことを心配そうに見てますよ。

 後部座席に縛り上げられて横に寝かされた勝司は、助手席から振り返る彼女を見た。
 「カツくん・・・」
 助手席に座る22歳の女性はつぶやいた。
 「否、四捨五入してハタチだから」
 というわけで、四捨五入してハタチの女性はつぶやいたのでした。これでいいですか?
 彼女は伊藤文由美。下の名前がふゆみなので、冬さんとか、ふーちゃんとか呼ばれてる。
 これがまあなんと勝司の彼女なのである。もったいない。いやー、なんでなんだろう。
 「カツくんはいい人だもんっ」
 はあ、そうですか。まあいいですけど。でも、まだ二人はAまでの―ー
 「うるさい」
 これは失礼。まあ、でも、あの、たしかカツくんが初めてのキスのお相手ですよね。

 「なんでおまえがそんなことまで知ってるんだあ!」
 こらこら、君、そんなに暴れなさんな。まったく、攻撃的というか行動的というか。
 最初のキスも、半ば強引だったそうじゃないですか。酔った冬さんを改札口で――
 「わああ、な、なんのことだ!?」
 それとか、実現はしなかったものの、ディズニーランドに二人で遊びに行ったときは、
 実はディズニーホテルに泊まろうと計画していたらしいじゃないですか。
 「おまえ、なにを言ってるんだよっ」
 しかも、こないだはようやく冬さんを自宅に呼んで、部屋で二人っきりになれたのに、
 なにもできずに終わってしまって、たいそう悔しがっていたらしいと聞い――
 「やめろぉ、言うな! それ以上言うんじゃない!」
 だめだめ、縛られてるからなにをしても無駄ですよ。余計な抵抗はやめなさい。

 ほら、お母さまなんて冷静なもんですよ、カツくん。静かに運転し続けてます。
 でも、冬さんはちょっと緊張してる。そりゃまあ、彼氏の母親が隣にいればねえ。

 「あの子は本当はとてもいい子なんですよ」
 運転しながらカツ母は語る。すっきりした顔立ちはいまでもきれい。
 「まじめだし、やさしいんですよ。どうですか?」
 どうですか、ってあなた。お母さま、まさか冬さんにダメ押しの売り込みですか。
 ほら、どう答えていいか分からなくて冬さんが苦笑してるじゃないですか。
 「まあ、そんなことを言われても困っちゃうわよね」
 そりゃそうだ、お母さま! とぼけるのは会話だけで、運転はしっかりしてくださいね。

 「あ、あそこが私の家です、お母さま」
 「はい、わかりましたよー」

 そう、冬さんの家はあそこに、って、おい!



 ズドーーーーーーーンっ! ぱらぱらぱら。




 ・・・げ、げふっ。

 「よし、これで駐車できたっと。はい、みなさん、着きましたよー」

 え、ま、まさか家に突っ込んだのを駐車と呼んでるのではなかろうな。
 ほら、冬さんもカツくんも呆然としてるよ。いや、カツくんは気絶だな、こりゃ。
 家の中にいた冬さんの家族も様子を見に来た。やっぱり呆然とするしかないよなあ。

 しかし、カツ母は、冷静に気絶したカツくんを車から引きずり出していた。
 「ごめんなさいね〜、息子を連れてこようと思ったんですけど、駐車場が混んでて〜」

 駐車場なんて見ちゃいねえだろ! と思いつつ走ってきた先を見ると――いい眺めだ。

 「あ、あの・・・ここ、9階ですよ?」

 冬さんの声が聞こえるのと同時に、眺める視線を少し下に向けた。
 見えたのは、いくつものベランダ、洗濯物、遠くに茂み、小さな人影、気分は窪塚洋介。

 「だから、なんでしょう?」

 そのとき、カツくんのお母さまに注目していた視線の主たちは、みんな目を点にした。
 言った。たしかにそう言った。聞いてしまった。おそるべし、カツ母。

 おや、そんなことを言ってる間に、冬さんがカツくんの介抱を始めているぞ。
 って、縛りは解いてあげないのかい! そのまま介抱するかよ、ふつー。

 カツ母のほうはというと、運転席に戻っていた。って、なにをするんだ、おい。きゃー。
 ああ、車の収納だ。って、収納? おい押入れかよ! まさか引き出しとか? バカな。
 バカな、って本当に収納できてるし。いやー、最近のマンションって便利になったなー

 「う・・・」
 「あ、カツくん・・・」
 お、冬さんの介抱が功を奏して、どうやらカツくんが目を覚ましそうだ。
 「う、うーん・・・あれ、ここは?」
 カツくんにとってはここは見知らぬ場所。彼女の家などまだ行ったことがないのだ。
 それに気絶してたしね。おや、もう一人のお母さまが近づいてきたぞ。

 「あら上田くん、目を覚ましたかしら? はじめまして、文由美の母です」
 周りをたくさんのぬいぐるみに囲まれて、床に寝かしつけられて縛られている
 上田勝司に、実に冷静に冬母はあいさつをしたのだった。
 って、お母さん、もうちょっとましなところに寝かせてあげましょうよ。
 それに縄を解くとか考えないんですか? ってあー、行っちゃったよ。

 そういえば、冬さん、たしかこのぬいぐるみの名前って?
 「カツくん」
 このぬいぐるみは?
 「ウエぴょん」
 この人は?
 「えーっと」
 もういいです。ある意味幸せな環境だな、上田勝司。

 あれ、カツくんのお母さまの声が向こうから聞こえる。
 「じゃあ、息子も大丈夫そうだし、私はこれで失礼させていただきますねー」
 そしてドアがパタン。お帰りになられたらしい。ん、なにかおかしいよな。
 車は? 車はどうしたんだ? 9階の壁に派手に突っ込んだ車はどうした!

 「あー、なんか車を出すのがめんどくさいらしくて、残してったらしいよ」
 そうなのか。って冬さん、よくあんたも冷静に状況を説明してられるな。
 「てへ」
 てへ、じゃなーい! しかもカツくんを置きっぱなしかよ!

 「おう、うえぽん! 元気そうだな!!」
 どうやら、冬さんのお父さまご登場らしい。

 「な、縄を・・・」
 カツくん、渾身の懇願。
 「否、間違いがあったら困るからこのままにしておいた方が良いって言われてねぇ」
 うんうん。
 「うなずくなあ」
 あ、いや、ごめん、ついその通りだなと納得してしまって。

 その様子を冬さんは、ひたすらかわいそうにと思いながら物影から見ていた。
 けど、けっして助けようとはしなかったのであった。そのときが来るまでは。

 そのときとは、そう、両親がその場から去るときである。

 「カツくん!」
 「文由美!」

 冬さんは、カツくんを抱きしめると思いきや抱き上げると、
 カツくんが寝ていたところを追いやって、そこで寝てしまいました。

 「うう、文由美〜、解いてよ〜」
 「危ないからダメ〜」

 そうして、冬さんは、眠りについてしまったのでした。


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