「天才、天才ってよく気軽に言えるわね。自分の才能がプレッシャーにならないの?あなたはその肩書きを軽々と持ち上げることができるの?天才が何でもできるわけじゃないでしょ。無意味な期待をされるくらいならこんな才能見つけたくなかったわよ。なんで私ばっかりなのよ。なんで…」 美里の目には涙が浮かんでいる。その涙を見たアキは、冷たい目線で美里を見た。 「それが弱いって言っているのよ。どうして、自分を認められないの?どうして前へ進もうとしないの?能力の目覚めた人間はごくわずか。どうしてそれをマイナスに考えるの?ネガティブシンキングにもほどがあるわ」 冷たい目はさらにエスカレートして、しまいにはアキは美里を睨みつけていた。そこに京がわけ入る。 「美里さん、良い事を教えましょう。僕が偉そうに言う事じゃないんですけど、美里さんにはしっかりと前が見えていないんじゃないですか?だから、何をやるにも不安になってしまう。次の事を考えすぎなんですよ。誰にだって失敗はあるんです。もちろん天才にも。だから恐れてはいけないんです。前をしっかり見ないと、空想の前じゃだめなんです。現実を見ないといけないんです。あなたみたいに自殺を考える人や不幸によって命を落とす人以外には明日は来るんですよ。絶対に明日は来るんです。だから明日を待ってもいいんじゃないですか?何も無いくらいの世界を選ぶより、希望という可能性のある明日を選んだほうが…僕は…僕はいいとおもいます。だから」 『明日』その言葉が美里には大きく響いた。あの雨の中、来ないように願った『あした』。でも今は『明日』のすばらしさを知っている少年の言葉に胸を打たれている。開いた口がふさがらない。口が開いているのに言葉が出ない。美里はどうすればいいかわからなくなり、唖然と京を見つめていた。思いが伝わったのか、京はにっこり笑い、 「まぁ、僕が思ったことですから聞き流してもらってもいいんですけどね」 京の笑顔は疑いようが無かった。美里は信じることにした。思考がうまくできない中、京の言葉を信じるという結果にあたった。京の何かが美里の心を動かした。そう決めた瞬間、美里の口は一気に軽くなった。 「ねぇ、私は森の結構奥にいたはずよ。どうして私を見つけられたの?」 美里の質問に京とアキは顔を見合わせた。そして、甲高い声で二人一緒に笑った。そんな二人を見て戸惑った美里だったが、すぐに京が笑った理由を教えてくれた。 「実は僕が美里さんを見つけたんですけど、それはとても偶然だったんですよ。僕はアキさんが昨日『この山ではマツタケが取れるよ』なんて言うものですから、明日すなわち今日ですね。絶対に行こうって思っていたんです。ですがあいにくの雨。一度はそれでもと試みたのですが、強くなってきたのでしぶしぶ僕は諦めようとしたんですけど、アキさんが『こんな雨の日こそ土の中からひょっこり顔を出すのよね』なんて言い出すから僕はいても立ってもいられず、森へ行ったんです。まぁ、後は大体想像がつくと思いますが、だまされたことに気がついた僕は、しぶしぶ帰ろうとしたんです。そこで、倒れている美里さんを見つけたんです。あぁ!」 京は突然大声を上げた。それまで笑っていたアキの顔が急変する。 「ちょっとアキさん。マツタケなんて無かったじゃないですか。僕すごく楽しみにしていたんですよ。どうしてくれるんですか?僕の楽しみ返してください。マツタケ狩りに行かせてください」 子供のように駄々をこねる京を見て自然と美里に笑みがこぼれる。その笑顔もまた子供のような無邪気な笑顔だった。
『あした』それは望まぬもの。生死の境目。 『明日』それは望むもの。生命の通過点。
―明日は誰にでも来る。生きるにあたって最も大切なもの― ―明日には希望がある。止まらぬ時間を生きるための―
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