「あとはご存知のとおり」 美里は包帯で巻かれた左腕を二人に向けた。まだ痛みがあるものの治療のせいか、だいぶ良くなった。「弱いわね…」 アキがぼそっと言った。それに続けるように京も「ですね」と加えた。 「あなた達にはわからないわよ。勉強ができすぎるって言うのもつらいの。わかってもらおうとも思わないけど」すねるように美里は窓の外を見た。 「じゃあ今度は僕の話をしましょうか」京が突然言い出す。 「それがいいかもね。彼女を立ち直らせるには」アキも賛同し、京が話し始めた。 「僕は、見たとおり子供です。でも、こう見えて大卒ですよ。周りからは天才少年なんて言われました。僕だってなんの努力も無しで天才になったわけではありません。なるまでには過程があるものです。僕の場合は両親の死でした。それも治るはずの病気で。僕が五歳のとき住んでいた村での流行り病でした。村ですから診療所程度しかないところでは医者なんてせいぜい一人か二人です。僕は幸い大丈夫でしたが、両親は二人そろって寝込んでしまいました。貧しかった僕の家は医者に見せるお金も無くて、二人を僕一人で看病しました。村の大人は家族とか自分のことで精一杯で。だから一人で、何でもしました。でもやっぱり子供ですからね。何もできませんでした。よくドラマとかである話です。 だから僕は一生懸命勉強しました。医者になるために、あんな形で死人を出さないために。はい、おしまい」 京は最後に笑顔を見せた。美里は信じられなかった。大卒なうえ両親がいない。 「信じられない…」 美里は口に出した。心身で押さえられないほどの驚きだったからだ。美里は痛む左手をぐっとこらえ、ベッドから飛び出て、京のところに近寄った。 「本当の話なの?あなたは天才なの?」 京は笑顔だったが、困ったように後退していった。 「彼は天才よ。まぁ、しゃべるのはそんなにうまくなかったけどね。本当はもっといろいろな試練を乗り越えているわ。美里さんや倍歳の離れた私よりもね」 アキがタバコをくわえながら言った。いつ火を点けたかは本人以外わからない。そんなことを言われた本人は「えへへ」と照れながら右手で頭をかいていた。 「美里さん。僕は、自分で言うのも何ですが、この若さで医学のあらゆる知識を得ました。それも僕の能力なんです。異常な記憶力、集中力、学力。でも何をしても両親は戻ってこないんです。時々どうしてこんなに一生懸命になったかわからなくなります。それでも、頑張って思いだします。死んでしまったときの両親の顔、冷たさを。僕が診る患者さんにあんな思いは絶対にさせたくないんです。もちろん治せない病気もあります。でも、治せる病気なら治すべきなんです。お金なんて関係ないんです。そのことは僕が…世界中のどんな医者よりもこの僕が知っています」 京はそう言いながら、自分の右手を心臓のあたりに当てて、強く二回叩いた。 「まだ、僕なんかに患者さんを診る資格なんてないんですけどね。美里さんには関係ない話かもしれませんが、一応聞いておいて欲しかったんです」 確かに美里には関係の無い話だった。しかし、京のしゃべる内容は美里の心を掴んでいた。 「天才っていうのは世の中に何百、何千といるの。問題はその能力を引き出せるかどうかよ。もしかしたら私だって天才なのかもしれない。でも、私はその能力を引き出せていないし、何の能力かもわからない。でも、あなたはわかっているじゃない?知識の天才。すぐ近くに同じ能力を持った子がいるんだから彼に触れておきなさい。いつか役に立つわ」 黙りこんでいたアキが突然しゃべりだした。彼女の右手には新しいタバコに火が点いている。今度もいつ点けたかはわからなかった。
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