王宮の庭にふんわりと降り立った天馬は、優を静かに降ろし、一声やさしく嘶くとまたどこかに 飛び立っていってしまった。 呆けたようにその姿を目で追っていた優は、背後の人の気配に振り向いた。
「ようやく帰ってきたようだな。」
そこには、この国の王 アルバートがいた。 アルバートは無表情のまま優の前まで来ると、いきなり優の額を見るために前髪をかき上げた。 あまりのことに吃驚して声も出ず、なすがままになる。
「確かに、女神の印があるな。」
優の額には、淡いピンクの文様が浮き出ていた。それは、薔薇の花のようで美しいものだった。
アルバートは印を見ると、またさっさと王宮の中に戻っていってしまった。
優が固まったまま立ちつくしていると、申し訳ないようにジルベールが近づいてきた。
「お帰りなさいませ。無事、女神の愛し子となられたこと、この国あげて感謝いたします。 ユウ様と一緒に召還された男性が、地下牢から突如消えましたが、、、、。」
ジルベールの言葉に、現実に引き戻される。
「あっ、ええ。女神様が帰してくださるとおっしゃったの。そう、いなくなったのね。 では元の場所に戻ったんだわ。よかった、、、。」
「そうですか。それは良かったです。お疲れでしょう、お部屋まで戻りましょう。」
言われてみれば、なんだか疲れた気がして大人しく部屋まで戻った。
部屋に戻り、キャロルの入れてくれたお茶を飲みながらソファに座って落ち着くと アルバート王の行動に、だんだん怒りがこみあげてきた。 なんなの!この国の王様は!!この国のためにこうしているのに、あの態度! どうしてあそこまで冷たいのかしら?他の人たちは意見しないのかしら? そういえば、あの人私の額を見てたけど、、、 ふと思い立ち、部屋に壁にある大きな鏡に近づいて、前髪をかき上げてみた。 そこには薔薇のような文様が見える。
「まあっ!!この目で女神様のお印が拝見できるなんて!感激です!!」
いつのまにか背後に寄ってきたキャロルが、感嘆の声を上げる。
「ええ? そうなの?」
「はい!普通の人がお側近くに近づくことも難しいのに、ましてお印を近くで拝見できるなんて!」
キャロルはもう泣き出さんばかりの感激ぶりを示していた。
「ということは、これが印籠みたいなものなのね、、、、。」
なるべく前髪で隠そう、と優は心に決めた。
次の日、ジルベールが部屋を訪れた。
「おはようございます、ユウ様。さっそくですが、大事な話があるのです。よろしいですか?」
ジルベールの真面目な、少し困ったような顔に、優は訝しがりながらソファに座ると ジルベールも優の反対のソファに腰掛けた。
「ユウ様の今後の事なのです。ユウ様が女神の愛し子となられ、この国にいてくださる事になった わけですが、アルバート王は、ユウ様が王妃になられることをお望みです。」
「えっ!!王妃? 何かの間違いじゃ、、? 女神の愛し子って、巫女かなにかかと思ってましたが。 それに、失礼ですがあの王様の態度だと、とても私に好意を持ってるとは思いませんが。」
「単刀直入に申し上げますと、王はお若いのです。先代の王が早くに病で倒れられ、急に即位と なりました。詳しくは申し上げられませんが、反対する者や同盟している周辺諸国など色々と 問題もあるのです。ですから、女神の愛し子であられるユウ様を王妃に迎えることができれば 国が治まりやすくなるのです。ちなみに、代々の女神の愛し子のなかには、王妃となられた方 もいらっしゃいますよ。」
ジルベールの言葉に絶句する。この国のためによろしくと、女神にお願いされた事を思い出し、 言いかけた言葉を飲み込む。でも何か言わなくちゃ、と口を開きかけた優に
「王は、一ヶ月後に結婚式を行うとお決めになりました。それまで、お忙しくなると思いますが よろしくお願いします。」
ジルベールは言うだけ言うと、優が何か言う前に部屋を出て行ってしまった。 残された優は、ひとり口をぱくぱくさせていた。
ありえない! ありえない! こうなったら、王に直談判だわ!
優は握り拳を作ってすっくと立ち上がると、キャロルに案内を強引に頼み、王がいるであろう 執務室に向かった。
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