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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

第9回   9
午前中の半日出社を終えて東京へ帰っていった大垣を除いて、関西YOSIN.PE.Co広島支店の派遣駐在員ブースには、立川雄介、広兼良子、水野純一の三人が、広くはないブース内を丁寧に埃を払い、雑巾がけをしていた。
年末最終出勤日の二十七日は午後三時で終業となる。
三時半から9階の多目的ホールで、参加可能な社員だけの簡単なビュッフェ式の打ち上げパーティーが総務課の主催で予定されていた。
立川は二十八日の帰京予定を、大垣と同じ二十六日に東京へ帰る予定に変更していたが、二十六日夜の施工管理課からの忘年会の誘いを断り切れず、仕方なく二十七日の三時終業と同時に早々に退社して東京に帰っていった。

昼休憩の時、良子が純一に話しかけた。
「水野さんはパーティーに参加されるんですか?」
「一応ね、総務から、もしよければって声をかけて貰っているから最初だけ顔を出すつもりでいるけど……。広兼さんも初めてだよね……どうするの?」
「水野さんは、そのあと予定はあるんですか?」
「京都に帰るのは明日にしているから、特には無いけど」
「時間を頂けませんか?」
「いいよ、六時くらいまでなら……」
「ありがとうございます。それじゃパーティーを抜けられる時に声をかけて頂けませんか?」
「いいよ、約束があると云って抜けられるから、嘘つかないでいいからちょうどいい……」
特に深刻そうな顔をしている良子ではないが、純一は良子の表情から少し不安を感じ取っていた。

良子の誘いのまま行った先は、電車道から二筋入ったこじんまりとしたベーカリーがやっているティーラウンジだった。
パーティーで少しは食べていたので、ふたりともブラックコーヒーを頼んだ。
「広兼さんがコーヒーをブラックで頼むの、珍しいね」
「今日は何となくブラックが飲みたい気分なんです……」
純一は何時もコーヒーはブラックだが、珍しくフレッシュを淹れてスプーンを使っていた。
「京都に帰られる準備もあるのに、時間をとっていただいてすみません」
「いや、特に持って帰るものもないし、東京じゃないから気楽なものだよ。それより、何かあるんじゃ……?」
「はい、男性のひとで相談できるひとがいないので、水野さんなら信頼できますから訊いてみたいと思って……聞いていただけますか?」
「いいよ、僕で役にたつなら」
「わたしは大学を卒業して直ぐに食品会社に就職したんです。入社と同時に社会人コーラスグループにも所属しました。
そこで知り合った男性とお付き合いをしていたんですが……、別れたんです」
「失恋したということ?」
「いいえ、理由は、今、付き合っている男性が積極的にわたしにアプローチしてくれたからなんですが……」
「広兼さんが振ったの?」
「自然に疎遠状態になりました。でもコーラスの練習で顔は合わせます」
「それじゃあ、今のひとと何か問題が?」
「両方の男性に関係しているんです。今の彼とクリスマスイブの日にふたりで食事をしようと云うことになっていたんですけど……」
「どうしたの?」
「仕事が忙しくてずっと予定の連絡をくれなくて……、二十五日になって、メールで謝って来たんです」
「じゃあ、クリスマスイブには会えなかったってこと?。次のデートとかは?」
「何も無いんです……。考えてみたんです。もしわたしが付き合っている彼を嫌いになったらどうするかと……。
最初は連絡をしなくなって、相手がそれに何も応えてくれなかったら自然と疎遠になると思うんです。
今、わたしが彼に何も言わなければ、そうなるのかなって……。水野さんはどう思われるのか訊きたかったんです……」
「待って……今の彼とはどうなりたいの?……。まあそれはいいか。ちょっと僕から訊いていいかな?」
「はい」
「もしかして広兼さんは、以前の彼のことで僕に話していないことがあるんじゃない?」
「どうして分かるんですか?」
「だって、最初にわざわざ彼の話しをしたから……。まあそれは話したくなければいいよ。
僕は今、広兼さんが自分ならと話してくれた相手の男性の立場になったことがあるんだ」
「水野さんがですか?……。全部話します。以前の彼からは、元気にしているの、仕事は上手くいっているの、みたいな声をかけられることは、よくあるんです。
彼とは毎週土曜日にはコーラスの練習で顔を合わせているんです」
「僕の数少ない経験だけど、僕自身が恋愛に関して積極的なタイプじゃないから、
僕から催促したり提案をするようなことはあまりしない方だと思う……。
付き合っていた彼女は、クリスマスが近づいても何も連絡をしてこなかった……。
そのとき、僕の方には彼女と縁を切ろうという思いがあってね。
彼女は積極的なタイプだったから、彼女がコンタクトを取ってこなくなって、僕としては都合が良かった。
疎遠になることを有難いくらいに思っていたんだ。結局、付き合いは自然消滅したんだけど……。
良くは分からないけど、広兼さんは僕と同じように、そんなに出しゃばりなタイプじゃないと思う。
積極的な彼が何もしてこないのは、もう止めようって意思表示かも知れないな……。
広兼さんが何の行動も示さなかったら、僕の場合のように、彼にとっては都合の良いことかも知れないよ……」
「わたしも、そんなことを考えていました……」
「広兼さんの気持ちは、一緒にコーラスをしている最初の彼に傾いているんじゃないの……」
「やっぱり、そうですよね……。前の彼とは、まだお互いの気持ちを確認していない頃に、今の彼が積極的だったので……。
結局は互いの気持ちの確認もしないで、別れの言葉なんかも無いまま途切れてしまったんですけど、水野さんに言われて、そうなんだと思います」
良子はしばらくコーヒーカップを弄ぶように触っていた。
「じゃあ、クリスマスは独りだったの?」
「いいえ、家族と過ごしました。水野さんはサパンに行かれたんですよね?」
「うん、行ったよ。広兼さんのアドバイスで、良い時間を過ごすことができた……。
そうだ、お礼を言ってなかった、改めてありがとう。おかげで孤独なクリスマスを過ごさないで済んだよ。
正直、広島に来て知り合いも無いし、ひとりだけのクリスマスなんて侘しいからね、どうしょうかと思っていたから」
「恵里菜さん、どうでしたか?」
「うん、どうして広兼さんと友達なのかって思った……。不思議なひとだし、ちょっと変わっている感じがするな……。でも共通する部分もあったかな……」
「そうなんですか?。似ているところは、どんなところかしら……分からないな……」
「簡単に言うと恋愛観、いや結婚に対する考え方かな……。彼女はフランス人みたいに結婚の形態に拘らない考え方のひとだと思った。
あまり、結婚式とか籍を入れるとか、同居するとかしないとか云うのじゃなくて、男女の間で心が通じ合えばそれで良いみたいな……。僕もそう云う処はあるから……」
「それはあるかも知れないです。恵里菜さんのお母さんの家系にはフランスが関わっていますから」
「そうだ、河合先生の店に連れて行って貰ったよ。広兼さんも教わったらしいね?。
その時に、恵里菜さんからお母さんがシャンソン歌手だった頃があるって聞いた……」
「河合先生、今は秋川さんなんです。会われたんですか?。しばらくお会いしてないけど……。
恵里菜さんとフランスの関係はシャンソン以外にも理由があると思いますよ。でも、わたしがお話することではないから、恵里菜さんに訊かれたら分かります……」
「そう、今度、訊いてみるかな……。それより問題は解決しそう?」
「はい、ありがとうございました。水野さんとお話しできて良かったです……」
「役に立つかどうか分からないけど、上手く行くと良いね。
来年はいい年になりますように。広兼さんには今年はお世話になりました。来年も宜しくね」

店を出ると薄暗くなり始めていた。
良子は店に来た時より明るい表情で、店から電車道までを純一と並んで歩いた。
電車道に出ると、デパートに寄るからと言って笑顔で純一にお礼を言うと、年の暮れの雑踏の中に紛れて行った。

純一が腕時計を見ると六時十分過ぎになっていた。
恵里菜との待ち合わせは六時三十分に八丁堀交差点角のデパートの前。ゆっくり歩いても間に合う時刻だった。
天気予報では一日中晴れの予報だったが、最低気温は六度まで下がると伝えていた。
純一はコートの襟元上のボタンを留めて歩き始めた。

この日の恵里菜は黒のロングコートにヴォリュームのあるワインカラーのマフラーをしてデパートのドアの内側エントランスで待っていた。
純一は、お気に入りの濃紺のCAMPLIN社製ベルテッドコートを着ていた。
純一は歩きながらコートの襟を立て、襟下に取り付けてあるロープで留めて、首元を寒さからガードしていた。
恵里菜は人通りの多い中、純一の姿を見つけると、自分から開いている自動ドアを跳び出すようにすり抜けて純一の傍に近寄って来た。
「純一さん……」
「ごめん、待たせたのかな、申し訳ない……」
「いいえ、わたしが嬉しくて早く来てしまいました」
「そんな……。今日はこの前と感じが違うね?」
「どんな感じ?」
「ファッションは大人っぽくて素敵だけど、恵里菜さんは無邪気で可愛い感じがするんだけど……」
「喜んでいいのかしら、でも、ありがとう、嬉しい……」
「やっぱり感じが違うなあ、でも魅力的だな……。さあ、行こうよ」
「ええ、そんなに遠くないから、わたしは歩いてもいいんですけど……」
「予約は七時だって言ってたよね、銀山町の辺りならタクシーで行く距離でもないし、歩いても時間は大丈夫だから歩こう、でも今日は冷たいよ、大丈夫……」
「このコートですから平気です。行きましょう」

純一は、行き交うひとと接触しないよう、恵里菜を庇いなから、時折身体を斜めにして、ひとの流れを縫って歩いた。
恵里菜は並んで歩く二人の幅を狭めるように、それとなく純一に寄り添って腕に手を添えていた。
純一は、数日前、初めて恵里菜と過ごした時には、年上にも思える大人の雰囲気を感じていた。この日の恵里菜は無邪気な感じがして意外な印象を受けた。
恵里菜が予約していた店は、ビルの中にあるフレッンチレストランだった。

店内はカウンター席とテーブル席があった。対面二人掛けのテーブルがリザーブされていた。
料理はシェフお勧めのコースを頼み、ワインはボトルで頼んだ。
アペリティフはシェフの計らいで、ホール担当の女性がシャンパンを届けてくれた。
「今年一年の感謝を込めて、シェフからお客様の皆様へサービスさせていただいております」
ふたりはシャンパンで乾杯をすると。恵里菜はすぐに純一に語り掛けた。
「プレゼントに頂いたエプロン、広島にも直売店舗はあるんです。でも、わたしが求めているような物がなかなか見つからなくて……。
それを見抜いたかのように選んで下さったのに感激しました。
今わたしが使っているのは祖母が送ってくれた物なので、そろそろ代えが欲しいと思っていたんです。
プレゼントを頂いただけでも嬉しくて、開くときには興奮していました。開けて見たときには嬉しさより驚きの方が強かったんです……。
次にお会いしたら是非訊いてみよう、そう思ったことがあります」
「喜んでもらえて良かった。訊きたいことって何かな……」
「どうしてグリーンを選んで下さったんですか?。わたしは自分のラッキーカラーはグリーンだと思っていますし、大好きなカラーなんです……」
「最初に広兼さんとサパンに行ったとき、恵里菜さんはグリーンのピアスをしていましたよね。
ピアスだけなら、ファッションコーディネートの差し色的に使うこともあるだろうと思ったんだけど……。
ファッションアイテムの中でふたつの物が同系色だとすると、多分、好きなカラーなんだろうって、勝手に推測したんです。でも当たっていて良かった……」
「いつもそんな風に女性を見ているんですか?」
「女性だけという事はないけど、仕事柄、色々な個所を細かく見ると云うか、見守るって感じかな。何が求められているか知らなければならないから、癖のようなものかも知れない……。分かってくれた?」
「純一さんは繊細なんですね。わたしは割と大雑把なところがあるから恥ずかしいわ」
「そんなことは無いよ。じゃあ今度は僕がプレゼントを貰ってどうだったか話すよ。
ぼくも恵里菜さんと同じように、嬉しかったし驚いたことがあるんだ」
「なんですか?、気に入りませんでしたか?」
「そんなことある訳がないよ。いつも使っているし……。
僕が驚いたのは、どうしてあのブランドだったのか、そしてあの形状のものかってことなんだ。どうしてあれを選んでくれたの?」
「わたしも最初に純一さんがサパンに見えた時なんです。
円いメタリックのカフスにcourregesとラウンド形に刻印されたものでしたよね、それで選んだんです……」
「それで!……。恵里菜さんは注意力が優れているんだ……。
そうか、ブルーのマリンストライプを選んだのは僕の服装を見て……。僕も紺系のものが好きだから……」
「でも、円形のカフスを選んだのは、周りの男性は角型のが多いように思っていたんですけど……。
違っているかもしれないけど、角型だとお仕事の上で何かに傷をつけるかも知れない、それで円いのを使っておられるのだろう、そう勝手に思ったからです」
「それ殆ど正解です。僕は家のドアや事務所のパーティションによく手を当てるから、カフスより指にしょっちゅう擦り傷を作ってる……相手はいい迷惑だよね……。
それにしても、お互いに会ってからそんなに時間は経っていないのに、同じように気を配って考えていたんだ……。不思議と云えば不思議な感じがするな……」
「ほんとに、こんなの初めてです……」
「ねえ、今、使っているエプロン、お祖母さんからのプレゼントって言ったけど、もしかしてフランスに居られる……?」
恵里菜はフランスと云う言葉が純一の口から出たことに少し驚いた様子だった。




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