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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

第7回   7
純一が妹の藍子に電話した翌日の日曜日。夜に藍子から電話が来た。
「お兄さん、頼まれたもの、明日郵便局から送るからね」
「ありがとう、良いのがあったか?」
「うん、ちょっと苦労したけど」
「どうして?」
「いいの、たいしたことじゃないから。それより、わたし、意外に思ったのよ。
お兄さん、プレゼントする相手のひとのことを細かく見ていたのね……。
お母さんも、純一さんにしては珍しいわねって、夕べ話していたわ」
「そうかな、意識してないけど……」
「そう思っているだけかもよ、しっかり意識しているんだわ……」
「自分では分からないよ。で、どんな苦労したんだ?」
「エプロンの色なんだけど、グリーン系で差し色がグリーンでも良いって、どうしてグリーンを選んだのかなって。
お兄さんの好みは紺系でしょ。お父さんは茶系だし……。どうしてグリーンなのかなって、それも断言するんだもん。どうしてなの?」
「それはレストランに行ったときに彼女がグリーンのイヤリングをしていたし、髪を束ねた短いスカーフにもグリーンが混ざっていたからだよ……」
「それ、普通に食事に行って、興味が無いのにはっきり記憶に残るようなことじゃないと思うわ。特に今迄のお兄さんからは考えられないことだもの。
でも、良いんじゃないのかな、恋人を選ぶときには観察力や注意力は必要だもの。
そうそう、お兄さんがグリーン系って言うから、探しても店頭には見つからなくて、お店のひとが、保管している他の場所に電話をして探して下さったのよ」
「それで?」
「もう廃番になった物の中から探し出して、お店まで届けてくださったの。一時間くらい待ったわ。
明るい緑色、黄緑色に近いかな……。素敵なのが見つかったわ。わたしも気に入ったから、それに決めたの。
それとね、予算が余ったからマリメッコのグリーン系の素敵なマグカップも買って、一緒に包装してもらったからね。
お店のひとに時間をとって貰ったこともあったから、お礼のつもりで買ったの。
少し予算オーバーしたけど、わたしからの細やかなプレゼントと云うことでいいからね。喜んで貰えるといいわね……」
「悪いな日曜日に時間とらせて、またお返しするよ。ありがとう。お父さんとお母さんに二十九日に帰る予定だって伝えといてくれ。じゃ、お休み」

週日の二十五日。新婚家庭の大垣健作は市内のレストランを予約していると言い、広兼良子は、詳しくは話さないが、「わたしもちょっと約束が……」と云って定時に退社していった。
立川雄介は、馴染みになったスナックのパーティーに呼ばれていると言いながら、まだパソコンに向かってキーを叩いていた。
6時過ぎに純一もパソコンを切り、立川に声をかけた。
「立川さん、長くかかるんですか?。寄る処があるので、お先に失礼しますけど……」
「ああ、いいよ。僕が閉めるから。良いクリスマスを……。そうだ、明日の午後には東京に帰るから後を宜しくな……。明後日は本社に顔を出すから」
「はい、承知しています。大川さんは二十八日の予定でしたね。じゃ立川さんも良いクリスマスを……。お先に」
純一はロッカールームに行くと、制服のジャンパーから私服に着替える。

本社に居る時には、当日に外国商社の来客接待パーティーに出席するように、上司から言われることが年に何度かあった。
純一は一見するとタキシードのように見えるワンボタンの濃い紺色のスーツと、黒の式服をスーツカバーに入れて吊るしたまま社宅マンションに置いていた
駐在勤務では冠婚葬祭もドレスコードのあるパーティーもあるとは思っていなかったが、会社のロッカーにはクリーニング済みのドレスシャツと普段用ワイシャツの二着に、バットウイングの蝶ネクタイと黒の棒ネクタイ、カフスボタンも置いていた。

まさか広島に来て着用する事は無いと思っていたが、数日前に濃紺のスーツジャケットをスーツバックに入れて会社に持ってきていた。
今朝は、お気に入りの紺のチェスターコートに愛用のボストンバックを持って出社してきた。
転勤してきた時のまま、ダンボール函に入れていたお気に入りのボストンバッグは、霧島恵里菜へのプレゼントを入れるには最適のサイズだった。
少し大袈裟かと思ったが、通勤に使っているビジネスバッグでは底幅が狭すぎたからだ。

純一が転勤で東京を去ると決まった今年の始め、母の美菜子が引っ越し整理の手伝いに上京して来たのは、純一の誕生日の二日前だった。
母には、芸大時代と企業の交響楽団に所属していた七年間、東京で過ごした経験がある。
純一は突然、母に銀座に呼び出され“COCO.MEISTER銀座店”に連れて行かれた。
母が自分で選んで誕生祝にプレゼントしてくれたのが、ダークネイビーのボストンバッグだった。
純一が、友人が使っているを見て、気に入っていると話したのを覚えていてくれたのだ。
母は、そのとき「お父さんのように、お値段の張る物はプレゼントでけしませんけどね。今度は東京より近こうなるんやから、家に戻る機会は増えますやろ……。ちょっとだけ戻るときには使い勝手がええんやないかしら……。格好もええし……」と、笑顔で誕生日を祝ってプレゼントしてくれたボストンバッグだった。
純一にとっては、これが今夜の正装だった。

純一は洗面所で洗顔し、手櫛で髪を整えた。
髪を整えるといっても、髪はセミロングにすると先端が癖髪で少しカールするので
整髪料を使う事もあまり無く、オイルだけで、ほとんど手櫛で済ませている。
以前はヘルメットを被る機会も多く、海外では散髪も容易ではないこともあって伸ばし放題の頃もあった。以来、少し長めに伸ばしている。

フレンチレストラン.サパンのドアにはクリスマスリース。窓の周りにはカラーLEDのランプチェーンが縁取るように装飾されていた。
ドアを開けるとレジスター横に、赤と緑のシンブルなオーナメントがちりばめられた50pくらいの真っ白なツリーが置いてあった。
霧島恵里菜が出迎えてくれる。
「こんばんは、いらっしゃいませ。お預かりしましょう……」
そう言いながらボストンバッグとコートを受け取ると、カウンター入り口横のクローザーに持って行く。
今夜の恵里菜はフロアを担当するような服装では無かった。
落ち着いたグリーンのフレアパンツに紺色のブラウス、ポインセチアのシンプルなコサージュが大人っぽい雰囲気を漂わせていた。
テーブル席は二卓しか埋まっていなかった。
「寒くなかったですか?……。どうぞ、奥のテーブルです」
厨房にはシェフの他に、今夜は若い男性がひとり多く、三人の姿が見えた。
恵里菜は、一度、厨房に入ると直ぐに戻ってきて、純一のテーブルの前に腰掛けた。
「水野さん、今夜は来て下さってありがとうございます」
「いや、一人で過ごすクリスマスも侘しいから、助かりました」
「今夜は父からわたしに日ごろのお手伝いのご褒美なので、わたしもお客さんなんですよ。ご一緒して頂けますよね?」
「えっ、そんなことありなの?。もちろん、僕は嬉しいけど……」
若い男性がコックスーツのままで、シャンパングラスとボトルを届けてくれた。
「シェフからのサービスだそうです」
恵里菜が厨房に視線を送ると、シェフは笑みを浮かべて小さく頷いて応えていた。

純一は広島に来て印象に残ったことや、海外のプラント建設現場に居た頃のことを話題にした。
恵里菜は女子高から親しく付き合いを続けている広兼良子とのエピソードを共通の話題として面白く話した。
デザートとカフェの前に、恵里菜は純一に席を外すと伝え、厨房に入っていった。
給仕に来た男性に、純一は預けているボストンバッグを手元に欲しいと伝えた。
バッグが届けられると男性に待つように伝え、バッグから、柔らかな袋包みを取り出して傍の椅子の上に置くと、バッグを男性に戻した。
恵里菜が席に戻ると、純一は袋包みを恵里菜に渡す。
「クリスマスだから、サンタクロースから渡して欲しいって頼まれてね……はい」
「そんな!……。ありがとうございます……。これ、後で見ていいかしら?」
「ああ……、別に構わないけど……?」
「いま開いたら、わたし大騒ぎするかもしれないから、お客様もおられるし……」
「いいんじゃないかな……。そうしたらいいよ」
「ありがとう、そうさせてください……」
恵里菜はプレゼントを大事そうに膝の上に置いたまま、デザートタイムを過ごしていた。
「水野さん、良かったら、これからわたしにお時間頂けませんか?」
「いいですよ。クリスマスを楽しむには、まだ少し時間が足りないかもしれないしね」
「じゃ、準備してきます」
純一は若い男性に目くばせをして支払いを済ませ、コートとバッグを受け取った。
ショルダーバッグを掛けて出てきた恵里菜の姿を見た純一は、一瞬違う女性かと思った。
束ねていた髪を下ろし、薄紫のAラインのロングコートを着た姿は、外国映画で見る女優のようだった。
見送りに出てきたシェフは、純一には客として、恵里菜には父親として接していた。
「水野さん、今夜はありがとうござました。また、おいで下さい……」
「ありがとうござました。単身赴任なので、こんな良いクリスマスを過ごせるとは思っていませんでしたから……。また、寄せて貰います。ご馳走様でした」
恵里菜はシェフの父に近寄って小声で言った。
「そんなに遅くならないから心配しないで……。瑠璃さんの所に行くだけだから」
「ああ、そうか。あまり遅いようならタクシーを使うんだぞ……」
恵里菜は頷いて応えた。
「水野さん行きましょうか、そんなに遠くじゃないので……」
遠ざかっていく二人の後姿をシェフは嬉しそうに見送っていた。
川沿いの道を歩いて、夜の繁華街まで十分ぐらいを歩いた。
風は少し冷たく吹いていた。二人は気にすることなく、言葉少なだったが楽しそうだった。
夜の飲食店街に入ると、すれ違うひとの目が何度か注がれているのに気付き、気になった。
二人は視線を意識しながら、何かしら気分が高揚するのを感じていた。
170pの恵里菜と180pの純一が、紺のチェスターコートと薄いパープルカラーのロングコート姿で並べは、街灯や看板の薄明かりの中でも目立たない筈が無かった。

恵里菜が立ち止まったのは、ビル一階のエントランス奥のチーク材の扉の前だった。
“Cocktail lunge 瑠璃”の扉を純一が押し開くと、豊かな髪をスカーフで束ね、スリムな深緑色ワンピースドレスの右胸前に下ろした女性が迎えてくれた。
純一はバッグとコートを女性に手渡すと、恵里菜に手を貸してコートを脱がせてやった。
「ありがとうございます」
恵里菜は静かな声で答えながら、自然な態度でコートから腕を抜き、純一に預けた。
店内には壁沿いに5、60pの円卓が3卓に椅子は向かい合って2脚。ふたりが向かい合ってかがめば、顔と顔は30pくらいになってしまう。
隣のテーブルとはモザイク硝子のパーティションで仕切られていた。
カウンターの前には革張りのカウンターチェアが七脚並んでいる。
席は半数ぐらいが埋まっていた。
店のひとはバーテンダーの中年男性と、出迎えてくれた女性の二人だけの様だった。
恵里菜とロングドレスの女性は顔見知りの様だった。
「恵里菜さん、奥のテーブル、リザーブのカードが立ててあるわ」
「ありがとうございます。水野さん、あのテーブルだわ」
「お先にどうぞ、奥の方の席に掛けて……」

ドライフルーツやチョコレートの入ったカクテルグラスを持って、シルバーヘアの女性がテーブルに来る。
「いらっしゃいませ。何にされますか?。リストもありますけど……」
「瑠璃さん、紹介します。今度、良子さんが務めている会社に駐在で来られている水野さんです」
「水野純一です。宜しく……」
「ここのオーナーの秋川瑠璃といいます。恵里菜さんはわたしの教え子なんですよ」
「瑠璃さん。水野さんが面くらっておられます。後はわたしがお話しておきますから……。水野さん、何を頼まれます?」
「カクテルはよく知らないので、お任せします」
「じゃあ、瑠璃さん、わたしもお任せします」
純一と恵里菜は旧知の仲のように、近い距離で会話を始めた。
話しかけるのは恵里菜の方が多かった。


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