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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

第6回   6
純一は背筋を少しだけ伸ばして椅子の背もたれに沿わせてから良子に話しかけた。
「霧島さんからの招待なんだけど、広兼さんには届いてない?」
「ええ、恵里菜さんは、わたしに付き合っている人が居ると思っているから、恋人同士が過ごすような行事には誘わないように気を遣ってくれるんです」
「そう。この招待ってシーズン毎の店のルーティンなのかなあ……、それなら普通に食事に行くって感じで良いんだけど……」
「そうじゃないとしたら、水野さんはどうかされるんですか?」
「いや、それを広兼さんに相談したいんだけど……。もし特別な招待なら、クリスマスだからプレゼントを準備した方がいいのかなって……」
良子は楽しそうに笑みを浮かべながら言う。
「水野さん、東京の佐々木さんが言われたこと、ほんとみたいですね……」
「なんだったかな?」
「いいんです……。プレゼントは準備して行かれた方が水野さんの印象は良くなりますよ。そんな気がしますけど……」
「そうだよね、クリスマスと云えばプレゼントは当たり前だもんな……。そうだとしたら、悩みがひとつ増えるな……」
「水野さん、分かってます?……。水野さんは恵里菜さんのタイプなんですよ。わたし知っているんです……」
「どんなことを?」
「恵里菜さんの好きな男性のタイプ……。自分より背が高いひとで、お仕事は技術系のひとが好きだってこと……。
恵里菜さんのお父さんは四十代半ばまで自動車メーカーで研究開発をして居られたんです。何時だったか話してくれたことがあるんです。
長期の海外出張も多くて、お母さんと小学生だった恵里菜さんだけの生活も多かったみたいで、家庭崩壊しそうな時もあったみたいなんですよ。色々とあって、お父さんは転職を決意されて、引き留められるのを断って会社を辞められたそうなんです……」
「そうなの……エンジニアからシェフに?……凄い転職だな……」
「会社を辞めた後、実家の店を継ぐことにされたんです。お父さんの実家のレストランは、今はもう在りませんが、平和大通りに近い中町でフランス料理のお店をやっておられたので、そこで修行されたみたいです。
でも、恵里菜さんは技術関係の仕事をしていたお父さんが大好きだったんです。
分かります?。水野さんは恵里菜さんのタイプだと思います……。
そうだわ、恵里菜さんが身長に拘るのは、自分の身長が百七十センチなのでハイヒールを履くと背の低い男性に悪いって、何時も気にしているんです。
わたしは百六十五で五センチしか違わないのに、気にしすぎですよね」
「待ってよ、悩みが増えちゃったな……。僕がタイプだなんて思えないけど、やっぱり招待って、そう云う含みかあるってことなのかな……」
「プレゼント、考えて持って行かれた方が良いと思いますけど……」
「ねえ、訊くんだけど、ひょっとして広兼さんが僕をサパンに誘ったのは、思惑があったんじゃない?」
「分かってしまいました?……」
良子は少しだけ肩をすくめて微笑んだ。
「参ったな、広島に来たばかりで仕事もまだ成約できてないのに……。ごめん、悪い気はしてないんだけどね」
「じゃ、良いじゃないですか……。佐々木さんも話しておられましたけど、ミノは押しが弱いから、ミノに近寄る女性が居たら、わたしに相手を見極めてやって欲しいって。わたしは恵里菜さんは一押しだと思いますよ」
「それは正直、助かるけど……」
「恋人候補のひとりに加えてあげてください……。
そうでした、立川さんには話したんですけど、うちの忘年会に加えてほしいという女性が多くて、どうしようかと思っているんです」
「そうそう、そのことなんだけど、立川さんから僕のせいだと言われて、何で関係があるんだって訊いたら、広兼さんに訊けばいいって……」
「そうなんですよ。さすがに8階の女性は遠慮しているみたいですけど、9階フロアの女性は会費を出すから加えて欲しいって……。
理由は分かりますよね?。水野さんが参加されるからですよ、女性ロッカールームの一番人気なんですから」
「そんな……、勝手だなあ9階の女性と話したことも無いのに……。まあ、いいや。
そのことで立川さんから広兼さんに伝えて欲しいって言付かってる。
会費はいらないから三人まで呼んでもいいよって。人選は広兼さんに任せるって……」
「えーっ、それも難しいな……。そうだ、水野さんより年上の人ばかり選ぼうかしら。年上の女性は好きですか?」
「考えたこと無いよ。広兼さんが困らないように三人ならって言ってくれてるんだから、広兼さんの好きに選べばいいと思うよ。僕の事は気にしないでいいから」
「わかりました、考えてみます」
「よく分からないけど、僕のことで迷惑をかけていたら申し訳ないね……」
「いいえ。それより訊いていいですか?」
良子が話しを続けようとした時、女将がデザートを届けてくれた。
「よく召し上がって頂いてありがとうございます。ゆっくりしていってください」
そう言いながら、淡い色の漆器ボウルを卓上に載せて行く。
良子が言う。
「割烹のお店の、みつ豆ですか?」
「はい、これは西条柿の干し柿です、みかんに見えるのは瀬戸田の“はれひめ”と云って、みかんとオレンジから作られた品種なんですよ」
「そのベージュに見えるのは何ですか?」
「はい、これは蓬莱柿(ほうらいし)と云う広島イチジクのコンポートなんですよ。
寒天には三次産の“多田錦”と云う柚子を使っています。板さん工夫のデザートですから、ご賞味下さい」

ふたりは会話を止めてみつ豆に手を付けた。
暫く無言で、時折、顔を見合わせ、うんうんと頷きながら食べていた。
純一は京都では味わえない当地産のフルーツを興味深くゆっくりと味わった。
まだ食べ終えていない良子がスプーンを置いて話し始める。
「社内の独身女性が水野さんに興味を持っているのは、他の技術担当のひととは少し雰囲気が違うからなんですよ」
「そうかな、あまり違うとは思わないけど……。どんな処かな、広兼さんは分かるの?」
「分かりますよ。水野さんは健康そうで姿勢も良いですし、何時も穏やかな雰囲気があります。一緒に居るわたしもそう思います。仕事が忙しそうでも、眉間にしわを寄せたり、機嫌が悪くなったりされることがありません。
それと、わたしは思うんですけど、あまり女性に興味を強く持たれていないような気がします。その距離感が好い感じなんですよ。どうしてですか、思春期からずっとなんですか?」
「うーん、ずっとかも知れないな……。広兼さん、時間はいいの?」
「まだいいですよ。聞かせてください」
「中学の社会科の時間に色々な産業のスライドを見る授業があって、プラント建設現場のスライドを見たんだ。その時にプラントエンジニアになって海外で活躍しようと決めた。
だから高校大学とそれだけを考えて勉強していたし、会社に入ってからも同じ。だから、あまり周りは見てなかったと思う。
こんな風に恋愛のことを話すのは広島に来て時間にゆとりができたからだと思う」
「どうしてプラントエンジニアとして海外で働いておられたのに、こちらに来られたんですか?」
「健康そうだと言われたけど、海外に行くと腹痛や嘔吐を繰り返しながら仕事をしていてね。日本に帰ると二、三日で治まるんだけど……。
ずっと続けるのは無理かなって悩んでいた時に、会社の方針で国内市場にシフトチェンジすることが決まって、上司の計らいもあって広島に来ることになったと云う訳……」
「学生時代に女性の友達とか恋愛はしなかったんですか?、勉強ばかりと云っても、部活とか気分転換とか、どんな学生時代を過ごされたんですか?」
「いたってシンプルな生活パターンを送っていたかな……。高校時代は将来のことを考えて英語部に入部した。運動部のように多くの時間を取られたくなかったからね。その英語部で佐伯沙織さんと云う女性に出会って、彼女とは大学でも同じ工学部でクラブも同じだったから七年間は一緒に過ごしたことになるかな。
仲は良かったし、彼女は学校の在る京都市から離れた長岡京市が実家だったから、京都市内の西陣に住む伯母さんの家に下宿していたんだ。
よく僕の家にも来ていたけど、僕より母と一緒のことが多かったな、よく台所で母を手伝ったりしていたよ」
「大学ではどんなサークルに?」
「うん、彼女も僕もピアノを弾くのが好きだったし、僕は運動部の様に長い時間を取られたくなかったから、ピアノが弾けるクラブに入ったんだけど」
「水野さんはピアノを弾かれるんですか?」
「うん、母がピアノの先生だから、子供の頃から強制的に練習させられていたんだ。
社会人になってからは気分転換にピアノを弾くことも多いかな」
「クラブ活動だけでデートとか、しなかったんですか?」
「だって恋人じゃないから、特に一緒に何処かに行くとかは無かったな。彼女もそんなことを云うことは無かったし……」
「やっぱり水野さんは鈍感かも知れませんね。沙織さん自身は水野さんの恋人だと思っていたと思いますけどね……」
「そうかな……。でも卒業してから僕とは連絡を取っていないんだよ。僕は東京に就職して、彼女も東京のデザイン専門学校に行ったのに……。でも、彼女は京都に帰ると僕の母の処には顔を出していたみたいだったけど……」
「水野さん、広島に来て精神的に余裕ができたのでしたら、少しは女性や恋愛のことも考えたらいいと思いますよ」
「そう思ってはいるけどね、慣れないことだから……」
「勉強や仕事以外は何をしておられたんですか?」
「実家に居た頃は、母からピアノを教わったり、ひとりで弾いたり、古本屋で建築関連の写真集や書籍を物色したり、クラシックとジャズのレコードやCDを流し聞きしなから、読書や勉強をしていたかな……。
学生時代に休みが続くと京都の古い建築物とか寺や神社もよく見て回ったし、夏休みには神戸港とか大阪湾沿いの工場地帯や、名古屋にも工場を見に行ってたな……」
「社会人になってからは職場に女性も居たでしょ?」
「うーん、会社に入ってからは、もっとシンプルな生活だったかな……。
海外でも街中でもピアノが弾ける機会があれば弾いていた。それだけが気分転換だった気がする。
今思うと、海外での腹痛や嘔吐は、自分では気づかなかったけどストレスだったのかも知れない。東京でも広島でも何ともないから……」
「水野さんは均整の取れた体形をしておられますけど、今は健康に良いことをしているんですか?」
「腹筋や腕立て、それからインドの人から教わった簡単なヨガのポーズくらいかな……」
「単身赴任ですから食べ物にも気を付けてくださいね。クリスマスに恵里菜さんに会ったら仲良くしてあげて下さい。食べ物のことはプロですから。
彼女も、あまり男性とベッタリと云うタイプではありませんけど、素敵な女性ですから、わたしからも宜しくお願いします」
「そう云われてもね……、仲良くはさせて貰うけど、何か責任重いな……」
「色々聞いてごめんなさい。会社では聞けないから……」
「いいよ、今迄、こういう話が僕の周りには少なかったんだ。いい歳なのに不自然かも知れないよね……」
「でも水野さんは今のままで良いような気もします。わたしも素敵だと思っていますから……」
「ありがとう、今日は相談に乗って貰って助かった……」
ふたりは店を出ると、JR広島駅まで歩いて帰ることにした。
楽しそうな雰囲気を漂わせ、ときどき肩を触れ合わせながら並んで歩く良子と純一。
夜風が、ふたりの火照った頬を心地よく撫でて行った……。


土曜休日の昼前、純一が霧島恵里菜に電話を入れると恵里菜は直ぐに電話に出た。
「料理教室の邪魔じゃないですか?」
「いいえ、大丈夫です、土曜と日曜と祭日はやらないんです。皆さんプライベートでお忙しいんです」
「クリスマスの招待、寄せて貰おうと思うんですが、多分イブは忙しいと思うので二十五日の午後七時くらいではどうですか?」
「水野さんは良く気が付かれるんですね。土日を外れていますから、おっしゃる通り今のところは予約は満席じゃなかったと思います。是非、いらしてください。お待ちしています」
「じゃあ、それで御願いします。料理はお任せしますので宜しくお願いします……」

純一は京都の実家に電話をいれた。運よく妹の藍子が電話に出た。
「お兄さん……。珍しい、どうしたの?、今年は京都でお正月迎えられるの?……。あら、ごめんなさい、電話、わたしでいいの?」
「うん、藍子にかけたんだ。今年の正月は京都に帰るよ、本社には行かなくてもいいように手を打った。それより、頼みがあるんだ」
「なに?。急ぎなの?」
「まだ少し日はあるけど。クリスマスプレゼントを準備して欲しいんだ……」
「もしかして、プレゼントする相手はおんなのひと?」
「うん、まあ……。それで、何時だったか貴子叔母さんが藍子にプレゼントしてくれた、家族みんなの評判が良かったエプロンがあっただろ……マリコメッセとか云ったよな……」
「違うわよお兄さん、それならマリメッコと云うのよ。“みやこメッセ”とごちゃ混ぜじゃない。(みやこメッセ=京都岡崎にある京都勧業館)
フィンランドの会社よ。それで、わたしはどうしたらいいの?」
「お世話になっているレストランの娘さんなんだ。自分で料理教室をやって教えているひとで、クリスマスにレストランに招待されたから、プレゼントにエプロンはどうかと思ったんだけどな」
「いいじゃない、お兄さんにしたら良い選択だわね。わたしが買って来て送ればいいのね……。何か希望はある?」
「グリーン系が良いな、差し色がグリーンでもいいよ。できたら淡い色が良いんだけど、任せるよ。
予算は一万円以内かな。身長百七十センチ、なで肩……では無いな。髪色は……確か黒に近いブラウンだったと思う、少し外人ぽくて色白なひと。
クリスマスイブまでにこっちに届くようにして欲しいんだ……」
「分かった、何とかするわ。それより、そのひとは恋人なの?」
「違うよ、そんなの居ないよ。会社の広兼さんの女子高時代からの同級生なんだ。お父さんがやっておられるフレンチレストランに夜だけ手伝いに来てるんだ」
「まあ、いいけど。お兄さんもそろそろ考えないと、お母さん、心配してるよ?」
「良く言うな、藍子だっていい歳になったんだ。いつ加納君と結婚式挙げるんだ?。
早めに連絡してくれよ。
以前のように海外は無いけど、中国四国九州、出張は相手次第で何時あるか分からないからな……」 
「お正月に帰ってくるんだったら、その時に話すわ……。それじゃ、分かったわ。
明日にでもマリメッコの京都店に行って来る。お母さんに代らなくてもいい?」
「いいよ。二週間以内には帰るから、じゃ頼んだぞ。正月に払うから、じゃあな」
電話を切って、手元の角封筒からインビテーションカードを出してみる。
きれいな万年筆の文字が、コンピューターの印字を見慣れている純一には何か新鮮に思えた。


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