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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

第4回   心遣い
YOSIN.PE.Co.施工管理部の西日本支社施工部門を分離して設立された新会社に派遣された水野純一は、中国地方の拠点となる広島支店に駐在することになった。
広島市を起点として中国四国九州の現地営業部門との連携と支援。企画設計担当としては、製品開発の芽を拾い上げることが社命だった。
広島支店はビジネスビルの8階と9階を借り切っていた。
8階には工事施工部門、営業部門、資材管理調達部門が1.5m高さの半透明パネルで仕切られたブースに在籍していた。
9階に管理部の総務、経理、業務関連と応接コーナー、各部門の資料保管庫とロッカールーム、それとかなり広めの多目的ルームが設けられている。

水野純一が駐在するブースには、現地会社から秘書役もこなす庶務担当の女性が配属され、机を並べている。
広兼良子は広島市内の私立女子大を卒業して、新会社設立と同時に採用された二十七歳になる物静かな感じの女性である。
栄養士免許を持ち、中高の家庭科教諭一種免許を持つ。建設業登録会社には異色の人材と云えた。
大学卒業後、市内の水産加工食品会社に勤務していたが、関西YOSIN.PE.Co.の採用試験をクリアして転職入社した。
スリムな体形の彼女は、小さめの瓜実顔に涼やかな目、ワンレンボブにしている黒髪が印象的である。
日本的な雰囲気を醸し出す立ち姿は、遠目に“こけし”を連想させる
人当たりは柔らかだが、仕事の理解力と処理能力、加えてビジネスマナーの良さには見張るものがあり、外見からは窺えない芯の強さが垣間見える優秀な人材と云えた。

派遣駐在員が席を置くブースには、企画設計部の純一の他に、施工管理部から純一より二歳年上の一級建築士、大垣健作が居る。
大垣は転勤が決まって、急遽結婚式を挙げた新婦と同伴赴任をしている。
もう一名、管理業務担当の立川雄介も一級建築士だが、経験を生かした見積と機材調達関連の業務を一手に引き受けている専任者であり、派遣社員ブースの取り纏め役でもある。
純一より四歳年上で、課長補佐クラスに匹敵する社内資格者であり、既婚者だが広島には単身で赴任している。

立川雄介と純一は、会社が準備した借上げマンションの社宅から会社に通っている。
通常、業務上では純一と大垣は共に行動することが多く、稀に立川も同行することはある。
立川雄介は必要機材機器の仕様確認と選択。購入機器メーカーの選択と購入調達の可否。購入価格見積書作成、建設費総額見込み額など、社内でパソコン端末機と対峙していることが多かった。
ただ、必要とあれば単独で何処にでも出かけ、訪問先からは納得できる情報を集めてくる行動派の業務担当者である。

広島に駐在して最初に営業から依頼が来た案件は、岡山県の中部、中国自動車道落合インターチェンジから山間に入った造成予定地の施設計画だった。
花卉専用の大型温室建設の計画案があり、訪問して温室の構造と機能面の相談に応じて欲しいというものだった。
この件は大垣と一緒に数回訪問した後、基本的には数年後に実施したいという回答を得ていた。
次に出張依頼が来たのは福岡支店から、老朽化した肥料や農業資材製造工場の脱臭設備と排水浄化設備の更新依頼のコンサルティングサービスだった。
この件が終わると同時くらいに、今度は、岡山県南部の瀬戸内に面した牛窓町の山間で、畑地を転用して大型温室による花卉栽培を検討していると云う情報が入った。
営業から同行してほしいと相談が入り対応した。
純一も大垣も着任してから半年で結構疲労が溜まっていた。

その日は、交通の便があまりよくない牛窓町から岡山駅を経由し、新幹線を利用して広島に戻ったのは午後六時過ぎだった。
日帰り出張の厳しい日程で休憩時間は無く、帰りの新幹線“のぞみ”に乗り込むと、大垣は乗車するなり眠り込み、広島に着くまでの四十分ほどは熟睡していた。
大垣は、駅からそのまま社宅のマンションに直帰すると言って、支店に寄ると云う純一と広島駅で別れた。
路面電車で紙屋町まで戻り、支店に戻ってブースのある8階フロアに行くと、半数のブースは照明が落とされていた。
自分のデスクがあるブースは明るく、ドアを開けると広兼良子がひとりでパソコンに向かっていた。
「ただいま」
「ああ、水野さんお帰りなさい。お疲れさまでした。大垣さんは一緒じゃないんですか?」
「ああ、直帰するからって、駅で……。立川さんは?」
「今日は午後から呉にある会社を訪問されて、直接帰ると電話がありました」
「まだ、残業するの?」
「いえ、もう終わります。お茶淹れましょうか?」
「ありがとう、でもいいよ。時間外だし、広兼さんの仕事じゃないから……。僕も、直ぐに帰るから……」
「じゃあ、照明落として、一緒していいですか?」
「ああ、そうしよう。僕もロッカーに寄るけど、直ぐ終わるから……。じゃあ警備員室の処で待ってるから、ゆっくりでいいよ……」
「ありがとうございます。長く掛かりませんから……」
純一は、良子がパソコンを専用ロッカーに収めてロックするのを待った。彼女がブースを出るのを見送ってから照明を消した。

警備員室の前を通って外に出ると、電車を降りて帰社するときには気付かなかったが、汗ばんだ背筋が少し冷っとした。
今年の秋は、肌身がその気配を最初に感じ取ったようだった。そろそろコートの準備がいるな……と思いながら電車道を眺めていた。
暫くすると、良子が少し速足で純一の傍にやって来た。
「駅まで電車?」
「水野さんは?」
「歩こうか?」
「はい」
「寒くないかな?」
「大丈夫です。でも、そろそろコートが要りますね……」
「確かに……。歩くとそうでもないけど、さっき立っていたら身震いしたから、来週くらいからコートかな……」
純一は紙屋町交差点まで行き、広島駅に向うつもりで歩き始めた。
「水野さん、本通りを歩いて行きませんか、少しは暖かいかも知れませんし、安全ですし……」
「いいね、そうしよう……」
本通り商店街は東に600mほど続く金座街商店街を経て、少し歩くと電車道に出ると、八丁堀の電停はすぐにある。
二人は急ぐでもなくゆっくりとした足取りだった。
「あの、水野さんはお食事はいつも外食ですか?」
良子は純一の顔を少し見上げながら話しかけた。
純一も良子の顔を見て答える。
「そう。たまにはコンビニか近所のマーケットで調達するけど……栄(さかえ)食堂って云うのが在って、ほとんどはそこでお世話になってる」
「今日のお昼は、牛窓で何を食べられたんですか?」
「オリーブ園というのがあって、近くを通ったときに大垣さんがあそこで昼食べるかって言われて……」
「そこで?」
「いや、残念ながら。先方が海鮮料理の店を準備してくれていて、大垣さんは心残りだったみたい……」
「水野さんは?」
「ちょっとは期待していたかな、普段オリーブオイルも使ったことが無いし……」
「あの、わたしのお友達のお父さんがやっておられるレストランがあるんですけど、これから、良かったら寄ってみませんか?」
「あっ、いいよ。夕食、決めてないからちょうどいい……ご馳走するよ」
「フレンチレストランですけど。オリーブオイルを使ったメニューも多いんですよ」
「ああ、そういう事ね……。大垣さんに悪いな……」

路面電車は紙屋町駅から八つ目が広島駅になる。
純一が住む社宅マンションはJR広島駅の北側から十分ほど歩いた処に在る。
良子はJR広島駅から山陽本線上り二つ目の向洋(むかいなだ)駅が自宅の最寄り駅である。
二人は電車道を避けて、アーケードのある本通商店街を歩いて、八丁堀の辺りで電車道に出て広島駅に向かうつもりで歩いていた。
すれ違う人を避けながら、ふたりは付かず離れずしなから歩いていたが、純一は少し遅れるように歩こうとする良子に歩幅を合わせていた。

純一は横に並んだ時、視線を良子に移して言った。
「そのレストランは、何処にあるの?」
「銀山町の電停から北に五分くらい歩くんですけど。京橋川の上柳橋の近くです」
「なんとなく分かるような気はするんだけど……、川が二股に分かれている、あの辺りかな……」
「そうです。水野さん、市内の地図覚えられたんですね?」
「いやー、通勤経路の辺りと会社の近くだけかな、まだひとりで歩くと危ないな。立川さんは奥さんと色々なところに行っているみたいだけど……」
「新婚ですもんね……。そう云えば東京の佐々木さんと云う方から立川さんに電話があったんですけど、立川さんは外出されていて……。その時に、ミノは元気にやってるかって言っておられましたよ……」
「そう……。佐々木くんは資料センター居る同期なんだ」
「東京ではミノって呼ばれているんですね」
「うん、同期の仲間内だけね。同期に溝野くんと云うのが居て彼はゾノ。みんなが勝手に決めたんだ。彼、ほかにも何か言ったんじゃないのかな?」
「ええ、五分くらい話しましたから……。ちょうどいいかな……。お食事のときに水野さんと何をお話していいか分からないから、お店に行ってからお話ししますね」
「そう、じゃその時に……」

“French restaurant Sapin”と、“フレンチレストラン・サパン”のカタカナ文字がプレートに併記されて掛かっていた。
「ここです。どうぞ……」
良子に促されて純一が先に店に入った。すぐ後ろに良子が続く。
最初に女性の声がかかった。
「いらっしゃいませ……」
良子が純一の横から首を傾げるようにして応える。
「ごめんね恵里菜さん……。お話したようにお任せするわね……」
「いいのよ。ご覧の通り今夜は空いてるから。任せて……。水野さんですね?、どうぞご遠慮なさらないで……こちらのテーブルへ……」
名前を呼ばれて、純一は一瞬、「えっ!」と思ったが平静を保ちながら席に座った。
前の席に座った良子は、純一に問われるような目で見られて、首を傾げて微笑んでいる。
純一は、良子が会社に居る時から此処へ連れてくるつもりだったのだと知った。
「ずるいな、いつ連絡したの?。僕が同意するかどうか分からないのに?」
「ロッカーに寄ったときです。彼女には、行けないかも知れないと話してありましたから」
「恵里菜さんと云うの?。彼女は此処で働いているの?」
「いいえ、お仕事は料理教室の先生なんです。夜だけ此処のお手伝いをしているんですよ。後で紹介しますね」
「訊いていい?」
「いいですよ。どういう関係かってことですよね。女子大の管理栄養学科の同級生なんです。女子高から一緒の仲良しなんです」
恵里菜がワイングラスとアミューズを載せたトレーとワインボトルを持って、テーブルの傍にやってきた。
「おはなしが弾んでいるみたいね。良子さんが言っていたの、これでいいわよね、マスカット.オブ.アレキサンドリア……。
食前酒には良いだろうって父が……。アミューズは生ハムとイチジクよ」
「ありがとう。……水野さん、せっかく牛窓まで行かれたのにオリーブ園にも寄れなくて残念でしたね。慰めではありませんけど岡山のワインをお願いしていたんです」
「気を遣わせて申し訳ないな……。ありがとう、喜んで頂くよ」
ワインを注ぎ終えた恵里菜が純一に向かって言った。
「水野さん、良子さんて、こういうひとなんです。女子高の頃からのお付き合いなんですけど、よく気が回るんです。私なんか真似できません……。
お料理は任せて貰っていますから、ごゆっくり……」
恵里菜は良子のことを話すのが嬉しそうだった。
笑顔を残して厨房に戻って行く後ろ姿を見ながら、まだ半年しか知らない良子が、女子高生の頃からの友人と仲の良い関係を続けているのを見て、微笑ましく思った。


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