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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

第3回   思わぬ展開
専務室から戻った弓野部長は企画部のブースに顔を覗かせ、純一の姿を捉えて声をかけた。
「水野くん、小宮山くんは帰ったのかい?」
「ええ、先ほどまで打ち合わせをしていたんですが、少し疲れたと言われて、失礼すると……」
「そうか、良かったらちょっと付き合わんか?、話したいことがあるんだが……」
「はい、それじゃあ終わります。片づけますから五分くらい、いいですか?」
「構わんよ。じゃあ、玄関ロビーで。先に降りているから……」
純一は、話したい事と云う言葉に、何故か不安を覚えながらブースの照明を落としてロッカールームにコートを取りに向った。
本社ビルを出ると、弓野は「少し歩こうか、予約を入れといたから」と言うと、先に立って歩きだした。
行った先は、最寄り駅の地下鉄駅から少し歩いた所に在る、鮮魚が売りの店だった。
弓野は馴染みらしく、大将に笑顔で迎えられた。
カウンター席の後ろに並ぶテーブル席の、奥の四人掛けのテーブルがリザーブされていた。
弓野は料理を大将に任せ、自分は純米吟醸酒を頼み、純一にも好きなのをと言った。
純一は日本酒に詳しくなかった。弓野が勧めるロック向きの生貯蔵酒を頼んだ。
「先ずは乾杯だな、今日はご苦労さん」そう云って始まった。
新鮮な厚切りの刺身を摘み、グラスの酒が半分になった頃に、弓野は純一を直視しながら話しかけた。
「今日の報告を専務にすると、良くやったとお褒めをいただいた。水野くんのことも評価しておられた。この調子だと、担当課題については今期中に設計資料を役員会に提出できそうだな……」
「そうですね。大丈夫です。施設工事担当との調整が残っていますけど、うちには問題はありませんから、間に合わせられると思います」
「うん。実はな、この計画の依頼は大分県の農産関連会社からの相談から始まっているんだ。
君も知っているだろ、伊達くんと結婚して退社した柳田さん。彼女の御父上が代議士なのは知ってるだろ?」
「はい」
「柳田さんの同僚議員からの持ち込みなんだ。来年中には試験農場に、広さがサッカーグランドくらいの大規模な温室を計画中らしいんだな……。
それで、柳田さんから、わが社に協力してやって欲しいと連絡があったと云う訳なんだ……」
「国内向けの商品企画だったんですか?」
「そういう事だ……。さて、話したいと言った本題だが。間もなく知れると思うから君に情報提供しておこうと思ってな……。
今年の後半になると思うが、西日本の施設工事部門を分社化することが煮詰まったようだ。
下請け協力会社を含めた新会社として独立させることが、ほぼ確定ということだな……」
「そうなんですか?」
「海外のプラント事業が中国の進出もあって低迷が続いているだろ、会社としては国内向けに人材と資金を五十パーセント程度シフトすることになった。
国内向けの基本方針は第一次産業をメインに、第三次産業を含めて新規市場の開拓に力を入れることになる。
今回の大規模温室プラントは、業界参入の切り札として力を入れている訳だよ」
「従来の第二次産業からは少し離れるという事ですね……。という事は、今の社内体制も変更があるという事になりますよね?」
「水野くんに話と云うのは、そのことなんだ。西日本にできる新会社は当社が百パーセント出資する。かといって当社の全てを移管するわけじゃない。
本社の各部門から、先方の会社内に人員を配置することになっている。転籍ではなくて駐在派遣ということになる。
営業は基本的にわが社の担当者が日本全国をカバーするが、受注決定以降、現地で作業を進めるのは新会社と云う事になる。引き渡し後のメンテナンスも含めてな。
企画設計に関しては、既存のプラントシステムが転用可能な事案については新会社の設計部門が現場をフォローする。
新しく企画設計が必要なものは、従来通りわが社の本社企画設計が担当する。
駐在する企画設計部門担当者が窓口になって進めるんだ」
「つまり、施設工事は新会社が担当して、基本設計や建設プランはわが社の本社責任で行うという事ですか?」
「簡単に言えば、そういうことだね……。話は違うんだが、専務から水野くんの話しが出たのには理由があるんだ。
海外施設管理部の森定技師長から、君の話しが専務に伝わっているようだな……」
「えっ、なんかやったかな?」
「いやいや、君は現地に行っている施設工事担当者や現地の作業員からの評判は良い。
現地の作業員とも非常に友好的にやってくれて、作業がスムーズにいく要因になっているということらしいから心配することじゃないんだが……」
「他になにか?」
「森定さんとはベトナムで一緒だったのかな?」
「ええ、そうです」
「聞くところによるとだ、現地に行ってからの君は、見る間に痩せていったらしいな。
青白い顔をしなから、笑顔で頑張っている姿が忍びなかった。そう話しておられたそうだ。
わたしの処には君が病気と云う報告は来ていなかったから、そんな事があったとは知らなかったが……。森定さんは、水が合わなかったのだろうと話しておられたそうだ」
純一は黙って聞いていた。
「気にしないでいい。海外に派遣されると同様の事例は今迄にもよくあった……。君としては、海外勤務はどうなんだい?」
「仕事そのものは遣り甲斐もありますし、好きです。森定技師長には良くして頂きました。
ですが、聞かれた通りで体重が落ちるんです。意味なく嘔吐や下痢を起こすもので……。それもあって……」
「会社を辞めようかと考えているんだろ……」
「えっ……」
「きみは誰かに話しただろ?」
「…………」
「この前、久しぶりに伊達君から電話があったんだ。その時に同期の稲村君から聞いたと話していた。辞めさせたら勿体ないともな……。
そのことも関係あるんだが、人事課と各部門長で新会社内に派遣駐在させる人選に入っているんだよ。
新会社社員と上手くやっていけるか、現場経験は豊富か、それと西日本出身者と云うのが人選基準と云う事だよ。分かるだろ?」
「リストに上がっているんですか?」
「流動的だから分からないが否定はしないよ。わたし個人としては、森定さんの話しを聞いて、好いんじゃないかと思っているんだが……。決定ではないが、どうなんだい?」
「転職より転属が叶えば、感謝の気持ちしかありません……」
「そうか、一応、わたしの頭に入れとくけど、良いんだね?」
「はい、気にかけて頂いてありがとうございます」
「どうした。えらくほっとした顔をしているじゃないか……」
「このところ迷っていましたから、寮に帰ると考えこむことが多くて……」
「そうか……。企画設計部からは三名の派遣要請だ。ひとりは常に大阪本社詰めになるだろう、二名が出先のアドバイザーとして出向くことになるだろうな。
近畿は新会社の本社が担当するが、中国地方以西の拠点を広島に置くはずだから、広島に何年かは駐在することになるだろうな……」
「つまり西日本支社の施設部門だけを協力会社を含めた新会社にして、他の部課所は派遣駐在員が新会社を支援する事になるんですね……」
「海外のプラント受注が減少しているからね、国内の新規需要を喚起して、海外要員をそちらにシフトしようというプランだな……。
もちろん、営業や管理部門の各所には現地採用の社員が補充される筈だよ」
「中部地域はどうなるんですか?」
「愛知県はうちの直需営業部が担当して、工事も施設部がカバーすることになっている。
ただし、一次産業と三次産業分野については福井、石川、富山は西日本の新会社がカバーすることになるかも知れないね。
その辺りは流動的だし、一気に市場拡大とは行かないだろう……」
「大幅な改変になるんですね……。従来のプラント建設からは少し手を引くということですよね……」
「そういう事になるな……。大きな改変はリーマンショク以来かな……。言っておくが、君は必要に応じて本社企画設計に呼び出される可能性は高い。
プラント建設は皆無では無いし、新たな企画商品の開発もあるから、心しておくことだな。
君を出すのは惜しいが、西日本に居ても本社企画部に席はあるんだ。うちのエースに変わりはない。
専務も、そうおっしゃっていたよ。期待されているんだ。どうなるか分からないが、決まればしっかりやってくれよ……」

この後、ふたりは十一時の閉店まで、魚料理と日本酒を堪能した。

大規模温室プラントの駆動系統に高圧空気を採用するシステムは、コンピューター分析により経済効果と同時に期待通りの駆動制御が確認された。
水野純一は、弓野部長と会食をして以降、精力的に働いていた。その変わりようにグループチーフの小宮山は驚きを隠せなかった。
純一は年度内にプロジェクトチームの終了報告を役員会に提出するため、チームのメンバーを指揮しながら作業を進め、年度内に分厚いマニュアルと仕様書を完成させた。

電算機室の稲村は、設計企画部から依頼されたコンピューター解析を担当し、結果報告書を作成、提出していた。
純一のチームが新プラントで課せられた責任を果たし、システム製品として完成させたことは、同時に企画設計部内のプロジェクトチームも解散すること意味している。
稲村は純一にメールを送信した。
プロジェクトの成果を祝い、チームの仕事を労ってくれていた。
同期として一席設けてやるから、一緒に祝杯をあげようという誘いに、純一は快諾のメールを返信した。

全額出資株主として会社の一部を分割して新会社を設立することは、六月の株主総会で承認されることは確実だった。
新会社設立に伴って現地駐在する人選も決まり、既に本人には内示が出ていた。
それぞれが現職場の業務引継ぎと、管理部と総務部から配布された新会社に関する事前情報書類と、新会社駐在に関する総務関連の分厚いファイルの読破に時間を割いていた。
部門によっては、既に何度が大阪の事業所に出張をしてきた社員も居た。

稲村の指定した居酒屋に行くと、稲村はひとりで枝豆を肴に飲んでいた。瓶ビールは三分の一ほどに減っている。
「おう、ミノ、すぐに分かったか?」
「ああ、ちょっと遅れたか、悪い……」
「いや、良いんだ、後が来るんだ」
「誰か呼んでるのか?」
「ああ、大阪行きのふたりだ、もう来るだろ、さっき電話があった」
「誰?」
「同期のふたりだよ。後藤と田岡だ、内示は受けたらしい」
「営業と経理か……」
「派遣社員は十人くらい居るんだろ?。転籍者を入れると二十人くらいが向こうに行くらしいな」
「詳しくは聞いてないんだ」
「まあ、座れよ。同期の仲間が三人も東京から出て行くんだ、ちょっと早いが歓送会だ。今夜の飲み代は俺が持つ。それでいいだろ……」
「ああ、有難いけど、いいのか?」
「今日はいいんだ。会社の将来がかかっている仕事に赴く同期生だからな。
俺は今まで通り、本社の電算機室でバッアップしてやるから安心しろ……」
営業企画部の後藤賢治と、経理部資産管理課の滝田公次郎が揃って席にやって来た。
「悪い、ちょっと迷ってしまって……。待たせたか?」
「僕も今来たところだ、稲村は早く来ていたみたいだけどな……」
「気にするなよ、俺が声をかけたんだ、ふたりとも座れよ……」
四人が揃うと、店の女性が来て「お揃いになりましたね」と云って、調理場に戻って行った。



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