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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

最終回   エピローグ
陽新プラントエンジニアリング株式会社、企画設計部が諏訪市に移転してひと月が過ぎた頃だった。
社内は八月から九月の二か月の間、任意に取得できる夏休み休暇取得期間に入り、盆休み期間の出勤者の調整をしていた。
企画設計部チームリーダーの水野純一は、設計部から海外に派遣されている部下との連絡に備えて“盆の入り”から“盆明け”まで出勤することにしていた。

沙織は盆休みの休暇に入り、引っ越し後、整理のついていなかった荷物を片づける日々を送っていた。
その日、純一が帰宅すると京都の母の美菜子から小包が届いていた。
夕食後、台所の片づけが終わった沙織を待って、小包を開くことにした。
包装紙を開くと、封書と薄い箱が入っていた。最初に封筒を開くと、ふたりは寄り添うようにして読み始めた。
純一に肩を寄せて手紙を黙読していた沙織が、途中で目頭を押さえた。

『〜沙織さん、藍子の結婚式に来てくれて、どうもありがとう。
貴女は純一には勿体ないくらいのひとです。なのに、貴女に花嫁衣装を着せてあげらていないわたしとしては、貴女とご家族に申し訳ないと思っていました。
でもね、そんな心配は不要のことだと考えを変えました。
貴女と純一がピアノ演奏でデュエットし終えた時、来賓の多くの方たちが立ち上がって拍手をしていましたね。
素晴らしい演奏に加えて、あなた達ふたりの醸し出す穏やかで優しい雰囲気が素敵だったのですよ。わたしも立ち上がりたい気持ちでした。
思えば、貴方たちが大学一年生の演奏会でした。ふたりが連弾をした時のことを懐かしく思い出していました。
あの時と変わらず、あなた達ふたりのピアノ演奏は、とても聞く人の心を穏やかにしてくれるのです。
ふたりの歌は初めて聞きました。とても良いハーモニーと柔らかで余裕のある発声量に驚くと同時に、心に響くのを感じていました。
あの時の会場の様子を見ていて、わたしはとても嬉しかった。そして誇らしかった。
藍子には言えないけど、ふたりが演奏を終えて、ピアノの前に並んでお辞儀をしている姿は、貴方たちの結婚式で衣装替えをして立っているのではと思ってしまったくらいです。

純一は東京に行ってから、ほとんど京都に戻っ来ることはありませんでしたね。
ときどきお部屋の掃除をしていましたが、ある日、本棚に折りたたんだままの写真立が目に留まり、開いてみました。
あなた達の写真の見開きの内側にその写真が入っていますから、後で見てください。
右側に入っていた写真は、わたしと沙織さんがお揃いのエプロンをしてキッチンに立っている写真でした。
左側の写真はあなた達が初めてピアノサークルの定期演奏会で連弾演奏した時に藍子が写した写真です。
沙織さん、純一は恋愛に関しては不器用なひとです、でも、この写真立を見つけた時に思いました。
貴女は純一の心の奥で、ずっと愛されていたのです。純一は本人ですら気付いていなかったのではないでしょうか。
貴女は、わたしがピアノ教室で忙しかったとき、本当によくお手伝いをしてくれました。
わたしは貴女を藍子の姉の様に思っていました。キッチンに立っていた時間は、間違いなく藍子より貴女の方が多かったと云えます。
純一の写真立を見て、わたしはそんなことを思い出していました。
結婚式場のひとに、披露宴の写真とビデオ映像の中から、貴方たちの写真を選んで貰おうと思ったのは、この写真のことを思い出したからです。
同封の写真と比べて見てください。
選んでもらった写真を、藍子と卓哉さんの写真と一緒に装丁をお願いしました。
この写真は貴方たちふたりの結婚式の写真だと思って大切に持っておきます。長岡京のご両親にもお手紙を添えて送っておきました。
結婚式の後、拓郎さんの家族と家に帰って細やかな酒席を持ちました。その時、主人も拓郎さん夫婦も広樹さん夫婦も、みんなあなた達が素敵だったと、話しが盛り上がったのですよ。
沙織さんの凛とした立ち姿と笑顔を見て、わたしは申し訳ないと思った自分を恥ずかしく思いました。
写真のふたりは、こうして見ていても本当に素敵な姿と表情です。ふたりの仲の良さが滲み出ているように思います。
高校生の頃から知っている沙織さんですが、とても素敵な大人になりましたね。
沙織さんとゆっくり話す時間が無くて、とても残念でした。
そのうち、ゆっくりとお話しができる日が来るでしょう。楽しみにしています。
新しい土地で大変だと思いますが、仲良く元気でね。〜』

沙織はティッシュを目に当てながら、純一が綺麗に和紙で巻くように包まれた白い箱を開けるのを見ていた。
A4サイズの二つ折りで装丁されたフォトフレームの藍子と卓哉の正装の写真。
他に水野家と加納家、両家の親族が写った写真がA5サイズくらいの二つ折り台紙のフォトフレームに収まっていた。
もう一つ、同じように装丁されたフォトフレームが入っていた。
ふたりは興味津々で二つ折りのフォトフレームを開いた。
グランドピアノの前に純一と沙織が並んで立っている写真だった。演奏を終えた後、ふたり並んでお辞儀をし終えた後の写真だと分かった。
フォトフレームの開いた側のスリットに、二枚の写真が差し込まれていた。
引き抜いて見ると、一枚は、ちりばめられた向日葵の花のエプロンをした美菜子と沙織が並んで微笑んでいる写真だった。
純一に撮った覚えは無かったが、藍子が撮った写真を渡してくれたのを思い出していた。
もう一枚は、ステージ上のグランドピアノの前に純一と沙織が並んで立っていた。
黒のスラックスに、腕周りがゆったりとした。白い男性用ブラウスに群青色の蝶ネクタイをした純一と、薄水色のシンプルなドレーブブラウスに濃紺のロングスカートの沙織が演奏を終えた後、並んでお辞儀をした後だと思われる写真だった。

送られてきた写真の、ふたりの背景には、金色にも見える織り柄のドレーブカーテンの前に、グランドピアノの黒い光沢の側板、シンブルな二色の配色が演出したかの様に見える。
淡いブルーのアフタヌーンドレス姿の沙織は、純一に寄り添うようにして笑顔で立っている。
ブラックスーツに濃紺の蝶ネクタイ、沙織のドレスと同色の淡いブルーのポケットチーフ姿の純一は、沙織のベルト辺りに背後から手を添えているように見える。
「お義母さんはひとりで式場の方に頼んで、こんな素敵な写真を探してくださったのね……」
「沙ーちゃんは素敵に写ってるよ、綺麗だし藍子と違って大人の女性って感じがするな。最近はスーツ姿しか見てなかったから新鮮だった……」
「わたし達の披露宴みたいだって……。思い出すわ、わたし達の後でスピーチに立った広樹さんの話しを聞いていて、わたしも少しそんな気がしていたわ……」

藍子と卓哉の披露宴も賑わいを増して、お開きの時間が近かい頃だった。
花嫁藍子の希望だと司会者が告げて、兄夫婦と云うことで純一と沙織が指名された。
ふたりは並んでピアノの前に座り、“Somewhere out there ”をピアノを連弾しながらデュエットで歌った。
その後に、従兄の広樹がスピーチに指名されてマイクの前に立ったのだった。

『……藍子さんと、今、ピアノ演奏と歌を披露してくれた純一くんの兄妹については、印象に残っていることがあります。
藍子さんが幼稚園に上がる前のころでした。わたしは小学校の休みが続くと父に付いて水野食品の工場に行き、わたしだけは工場の近くに在る水野家に遊びに行っていました。
おやつの時間になると、藍子さんのお母さんがおやつを出してくれます。その日は五色豆でした。
数ははっきり覚えていませんが、その頃は藍ちゃんですね、藍ちゃんが純ちゃんとわたしを加えて、三つに均等に分けるんですが、端数が二個か一個の時は残しておくんです。
分け終えると、純一くんが自分の五色豆の半数を、広樹ちゃんにあげると云って、わたしにくれるんです。
そうすると、藍ちゃんが自分の五色豆の半分を、お兄ちゃんにあげると云って純ちゃんに渡すんです。
わたしはそれを見て、純ちゃんに貰ってたくさんあるから半分あげると云って、自分の五色豆の半分を藍ちゃんに渡していました。
そうです、結果はみんな同じになるんです。残っていた端数の五色豆だけは、じゃんけんで勝ったひとが、一つずつ貰いました。
藍ちゃんはどんなおやつも似たような分け方をしていました。
此処の兄妹はとても仲が良くて、そして親切で優しいんだと、わたしは子供ながらに思いました。
わたしは訊いたことがあります。藍ちゃんはどうして自分のをお兄ちゃんに上げるのって……。
工場には電動フォークリフトがあります。藍ちゃんはお父さんに訊いたそうです。どうして大きいのと小さいのがあって、大きいのはたくさんお野菜を載せられるのって。
そちららに居られるお父さんは、大きいのはたくさん電気を食べて力があるからだと答えられたそうです。小さいほうのは、大きいのより電気を食べるのが少なくていいんだとも。
藍ちゃんは僕に答えてくれました。広兄ちゃんは一番おおきくて、お兄ちゃんはその次に大きくて、わたしが一番小さいから、これでいいのよって。
純ちゃんは、それを知っていたから、僕に半分をくれていたんです。

誰も話されませんでしたが、新郎の卓哉くんは高校生の頃から藍子さんと付き合っていました。
高校一年の夏休みと冬休み、高校二年の夏休みまで、本人の希望もあって朝八時から十時までの短時間ですが、アルバイトで工場を手伝って貰っていました。
水野食品は農家の方から直に季節の野菜を納めて貰っています。
なるべく手を掛けて貰うことの無いように、収穫したら土で汚れていてもそのままで納めて貰っていいですとお願いしています。
農家のみなさんは収穫したままの野菜を水野食品専用通函に種類別に入れて、倉庫前に置いて帰ればいいようになっています。
卓哉くんには、農家さん別に、通函ごと計量して記録し、計量済の野菜を、洗浄槽に使うステンレス網籠に移す作業をやってもらい、通函を倉庫前の置き場に積んでおく作業をしてもらっていました。
暫く経った頃でした。社員から、洗浄槽に残る土砂や野菜屑が少ないと云う声が出るようになり、農家のひとに訊ねてみたんです。
何人かのひとが言われました。あんなに綺麗に通函を返されたら、いくら何でも、引っこ抜いた野菜をそのまま突っ込むのは気が引けるよと。
卓哉くんは通函を積み上げて整理し、倉庫前を水で流して綺麗にすれば仕事は終わるんですが、通函も綺麗にして積み上げていたんです。
農家のひとからは、自発的に今までより泥付きの少ない野菜を納めて頂けるようになり、野菜洗浄も洗浄槽の掃除も楽になり、水道使用量も減りました。
あの細やかな気配りを思うと、間違いなく良い税理士さんになると思います。
ちなみに卓哉くんのアルバイトが終わると、藍子さんは、何時も軽食と云うかおやつを準備して、ふたりで食べていましたね。
その後で卓哉くんを送りがてら、近所でデートをしていたと思います。
高校時代に付き合っていたのを見ていて、しっかり者の藍子さんと物静かで優しい卓哉くんは、間違いなく今日のような日を迎えると思っていました。
余談ですが、先ほど純一くんと演奏をしていた沙織さんも高校時代から水野家に来ていました。
西陣の伯母さんの処に下宿して窮屈だったのでしょうか、良く純一くんのお母さんの台所仕事を手伝っていました。
純一くんのガールフレンドと云うより双子の妹みたいな感じがしていたのを思い出します。
卓哉くんは結婚しても水野家の味に戸惑うことは無いでしょうし、純一くんも水野家の味が恋しくなることは無いでしょう。
長くなりました、すいません。藍子さん卓哉くん、よく続いたと感心しています。おめでとう……』

諏訪市に住むようになった三年後、純一と沙織夫婦は、諏訪市の東側の山裾に在った空き家を購入してリニューアルして住むことになった。
父の博和は水野食品を弟の拓郎に任せ、会長と云うことにして身を引いていた。
純一夫妻の住居リニーアルを聞いた博和は妻の美菜子に純一夫婦への伝言を託した。
美菜子は純一に、お父さんがグランドピアノを探しているから、ピアノが置けるスペースを作るようにと伝えた。
その後の電話で、父の博和は「結婚式をしていないんだから祝儀が残っているんだ。結婚祝いだと思って受け取れ」と、言って来た。
リニューアル工事の終わった頃に届いたのはベヒィシュタインの中古グランドピアノK158だった。
広島のティーサロン“コラ.パルテ”で椎名香織が祖父からプレゼントされたピアノがK158だった。広島を去る日に弾いたのが懐かしく思い出された。
あの時、“威風堂々”を連弾した京塚蘭子は、国内コンテストで優秀な成績を残してウィーンに留学した。
丸住商事の“マルチパーパス.サーキュラー.ファシリティー”は七件の受注実績を上げていた。
二件の施設が終了した時点で、設計変更の為のプロジェクト招集があり、田の字の構造から無限記号の様な8の字の周回コースに設計変更され、右回りと左回りを可能にした。
施設商品名称も“Marusumi Dream Circular Square”に変更された。

ベヒィシュタインが届いた年の秋、純一が帰宅すると、食卓に小さなバースデーケーキが置いてあった。
笑顔で立っている沙織に純一が訊く。
「なに?、誰の誕生日?」
「此処に居るのよ……命が生まれて三か月目の誕生日……」
沙織は自分の腹部に軽く手を当てた。
純一は速足で沙織の傍に行き、優しく抱きしめた……。   (了)


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