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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

第21回   変わりゆくもの
水野純一が関係者以外入室禁止の地下一階で、警備員に社員証を見せて電算機室に行くと、同期の稲村宗次郎が大げさな笑顔を作りながら迎えてくれた。
「よおー、名古屋の会議はどうだった?」
「なんとかやれそうだ。その件で頼みに来たんだけど。移転先が決まったらしいな?」
「来年だろ、プロジェクトのバックアップは此処でやれるから心配するな」
「そうか、それならメールで頼めるものはそうするよ。考えようによっては短期間とも云えるから、課題が出る度に此処まで説明に来る訳には行かないと思うんだ……。
他社の足並みにも由るけど、うちが足を引っ張るわけには行かない状況になってな、プロジェクトの進行役を拝命してしまった……」
「大丈夫だ。ミノならできるって……」
「それと、聞いてるか?、企画部全体も諏訪に移動だよ……」
「ああ、聞いてる。ミノとは近くなるな……」
「そう言えば、君は実家が笛吹市の近くだって言ってたよな、東京からより近くなるんじゃないか?」
「そうなんだな。東京に憧れて出て来たのにな……冗談だ。それでちょっと問題があるんだ。
東京から田舎に戻って結婚式なんてのはな……。親しい友人と云えば今じゃみんな東京だからな、それが気懸かりと云えば気懸かりなんだよな……」
「それで、どうにかするのか?、今から彼女を見つけるには間に合わないだろ……」
「おう、みなまで訊くな。初めて云うけど、高校時代から付き合っている彼女が横浜に居るんだけどな……。最近、そろそろ都会に飽きたから故郷の山が恋しいとか何とか言ってたんだ。
移転の話しがはっきりしたから、来年になるけど諏訪の方に行くかって訊いたら、喜んで行くって言うんだ。決めようと思ってる……」
「そうか、それは良かったじゃないか……。そんな女性が居たなんてな。よく黙ってたな……。今度その彼女のこと聞かせてくれよ」
「ああ、田舎の純朴さを持ち続けている、今どき珍しいと云うのかな、そんな女性だよ」
「いいじゃないか。僕も都会の女性はチョットって気がするからな。同郷なら話も合うだろうし……」
「まあな、だけどミノなら京都は都会じゃないか?」
「いや、東京の女性から見れば、京都だって旅をするには人気だけど田舎だ。京都のひとはそうは思ってないけどな……」
「まあ、こんな時代だ。会社が云うように、東京は何か大きな災害に見舞われたら大変なことになるのは明白だ。勤務先の移転は幸いと云えば幸いだと思って感謝しているよ」
「確かにな。会長があの辺りの出身で良かったかもな……」
「それより、ミノはどうなんだ?。広島で好い女性と出逢ったか?」
「まあ、ひとりだけ魅力的な女性と出会ったけど、恋人とか結婚相手ではないな。僕には未知の領域に居る女性だ。でも、それなりに考えていることもあるから……」
「そうか……。それよりミノが本社に居たら、弓野さんじゃなくて中東に行かされてたかも知れんな……」
「それは無いよ。僕はアラビア語は全くだから……」
「そうか。……プロジェクトが始まっても、たまには東京に来るんだろ?」
「おそらくな。頻繁ではないだろうけど、新しい建築工法を導入することになるから、構造強度計算は初めての例になるかも知れない。必要になる」
「任せとけ、新規分野の設備商品になるかも知れないんだろ?」
「丸住商事次第だけどな……。大口径パイプの橋梁工事の連続みたいな構造になると思うから……」
「そうか、縦より横の建造物を担当するのか?、まあ大規模パイプラインみたいなものだな」
「うん、そうなると思うから、その時は宜しく頼むよ」
「これから、どうする?」
「とりあえず広島に戻って、それから京都に帰る。京都からプロジェクト本部の大垣市に通う事になるから、何かあったらメールで頼む……」
「分かった。結婚式が決まったら、直ぐに連絡するからな……」
「ああ、待ってる。同期では伊達に次いで二番目が稲村か……、まさか君とはな……」
「言うな……。ミノだって他人事じゃないぞ、突然ってこともあるからな、直ぐかもしれないぞ……」
「まあな……。昼を一緒したかったけど名古屋から真っすぐ来たから、今日は早めに京都に帰るよ。また連絡するけど、宜しく頼むな……」
「任せとけって、心配するな……。じゃ気をつけてな……」
「ああ。まだ知らないけど、彼女に宜しく伝えておいてくれよ、同僚の水野はいい奴だってな……」
「わかったよ。早く行けよ……」

品川駅の売店で“深川めし”を購入し、ホームの自販機で緑茶のボトルを買い足して自由席車両の乗降口で待った。
12時半過ぎの“のぞみ”に乗り込むと、席は空いていた。
3時頃には京都に着くため、純一は新横浜駅を過ぎると弁当を開いた。
“深川めし”は東京から新幹線を利用して京都に帰るときには必ず買う。逆に京都から東京に行くときには“ちりめん山椒ごはん”を買うのが純一の習慣だった。
弁当を食べ終え、車窓から見える景色に目をやりながら、前日、名古屋から品川に向かう車中では沙織との会話が弾み、車窓の景色など目に入っていなかったことに気づく。
稲村から聞いた横浜に居ると云う彼女のことが、東京を離れようかと話していた沙織と重なった。
稲村と彼女は高校時代から恋人として付き合い、今日までその関係を続けていた。
同じように高校時代に知り合った純一と沙織の間には、恋人関係と呼べるような、ふたりだけのときめくような時間を過ごしたことは無かったと純一は思っている。
つい昨日、ふたりは初めてお互いが好意を持っていることを言葉にして伝え合った。
純一とは違い、沙織はそれなりに純一と過ごした日々のことを心に留めていた。
改めてお互いに恋人として考えてみようと話したばかりなのだ。

通路出入口上の電光表示板に、岐阜羽島駅通過の文字が流れる頃には、純一は沙織とのことを真剣に考えようと心に決めていた。

京都の実家に戻ったのは午後四時を少し回った頃だった。
家には母の美菜子だけが居た。
洗濯物の入ったショルダーバッグを洗濯機の置いてある部屋に置くと、アルミのアタッシュケスを持ったまま居間に行った。
「コーヒーがええのやろ……。あんまり疲れた顔してへんけど、真面目に会議に出てたの?」
「よく言うよ、重責を負わされて気が重いんだから……。それより洗濯物は、そのまま置いといてくれていいから」
「代わりはあるの?」
「うん、少し残してあるから大丈夫。明日、早く広島に行って、荷造りを済ませたら此処に送り出すから。それと、区切りが付けば休暇を取って早めに戻るから」
「四月に入ったら、此処から大垣に通うことになるんやね?」
「うん、よほどのことが無ければ、向こうに泊まることは無いと思う……」
「お母さんは朝と晩の食事だけ考えといたらええ云うことやね?」
「晩御飯は、どうかな、ミーティングが遅くまで続けば、みんなで丼でも食べることもあるやろから、その時は電話するよ……」
「それで、その期間は何時頃まで続くの?」
「予定では十月末やけど、今年いっぱいかな。それより、珍しいひとに会ったよ。それもふたりだよ。お母さんは覚えているかな……」
「誰やの?」
「長谷野先輩と沙織ちゃん……」
「覚えてますがな、長谷野さん云うたらピアノの上手なおひとやろ。藍子に誘われて定期演奏会に行ったときに聴かせてもろたけど、クラブで一番上手やった」
「そうや。先輩も今回のメンバーに入ってはってな、向こうから声を掛けてくれはって、びっくりしたんや」
「ふたりも同窓生に会うなんて、ほんま珍しいことやね……。沙織ちゃんはええ娘さんにならはったやろな……」
「お母さん、沙織ちゃんのこと覚えてる?」
「あたりまえですやろ。せっかく遊びに来はっても、あんたが相手してあげへんから、沙織ちゃんは、お母さんの手伝いをよおしてくれてはったんやから……。
あんたは何も言うてくれへんかったけど、高校から大学まで部活も一緒やったんや。あんたら付き合うてたんやと思うてたのに、卒業したらさっさと別れてしもて。お母さんは、どないなってるんやろと思うてましたんえ」
「そう言われても……やっぱり僕らは恋愛してたんかな?……。正直なところ実感が無いんやけどなあ……」
「鈍感なんやから……。勉強ばかりしてるさかい、沙織ちゃんの気持ちなんか分からへんかったんやろ……。沙織ちゃんが可哀そうやわ……」
「そんなことがあったかなあ……」
「もお、そないな感性やったら、お嫁さんはまだまだやなあ……。藍子が心配するの分かるわ……。そうや、広島のおひととは、どないやの?」
「恵里菜さんは恋人にできる女性や無いな。僕には荷が重い……。
お母さんが云うたから云うけど、今回、再会して話し合ったんやけど、沙織ちゃん、僕のこと好きやったみたいなんや」
「そらそうですやろ。あんたかて、沙織ちゃんのことを家でよお話してたやないの。そやから、お母さんは好きおうてるんやと思うてましたんえ。大学出てから一度も連絡してへんかったんか?」
「そうか……、やっぱり僕も好きやったんや……。今回会ってね、なんとなく思い出した……。好きやったんやって……」
「なにを今頃アホなこと云うてんの、あんたもええ年なんやで……。沙織ちゃんは結婚してはらへんの?」
「うん、独身や。お母さんだけに言うとくけど、僕ら付き合うことにしたんや……」
「あら!、いまさらですかいな……。えらい、ゆっくりしてはること……。そんなん、沙織ちゃん、しびれ切らしてはったんと違うやろか?」
「待ってよ、大学卒業するとき、何も話し合ってないし。卒業してから先のことなんか話題にもならへんかったんやから、何の交流も無くてもおかしくないやろ……」
「そやから、のんびりしてはるなあ、思ってますんや……」
「まあ、言われれば、ひとことも無いけど……」
「しっかりしなはれや。もお、海外に行くことも無いのやろ……。そろそろ考えてちょーだい?」
「分かった。それとね、来年の話しなんやけど、四月から所属している企画設計部が東京から諏訪市の方に移転することになるんや。
それとな、今度の仕事が終わったら東京本社に戻るんやけど、僕は企画設計部の企画グループリーダーになるように内示を貰ったんや」
「どういうことなの?」
「業務を東京集中から地方に分散させるってこと……。東京が大きな災害に被災しても、会社として機能するようにしておくってことなんだ」
「じゃあ、諏訪が勤務地になるってこと?」
「うん、そうなる。諏訪市に大型のコンピューターが新設されるから、電算機室の全員と僕の所属している部全体も東京から移転するんだ。だから将来結婚しても諏訪に住むことになると思う……」

純一は、父の博和と妹の藍子には、広島を引き揚げて京都に戻ってから、これからのことを話すことにした。
午後六時過ぎ、博和も藍子も、まだ帰宅して居なかった。
夕食を母の美菜子に準備して貰い、美菜子に給仕をして貰いながら食べ終えると、
翌日の新幹線で広島に戻るため、午後八時にはベッドに入った。

朝一番の京都発6:55の“のぞみ”で広島に向かい、8:36に広島に着く。
九時の始業には少し遅れた。
出社すると広兼良子と立川雄介が出社していた。
純一は朝の挨拶をすると、デスクに座って業界新聞に目を通していた立川に声を掛けた。
「立川さん、留守の間、すいませんでした……」
「いや、大したことは無かったから、どうってことはない。それより、どうだった?」
「この前の資料以外には、具体的な設計規模と期間の説明がありました。今年いっぱいが期限です。
それより、本社で言われたんですが、諏訪市に移転する部門のこと聞いておられますか?」
「うん、ざっとだけどな、企画設計と管理部の電算機室が本社から出るらしいな……」
「長野県の諏訪市だそうです。管理部の資材調達部門は東京から四割の業務を神戸に移転するそうです」
「待てよ、水野くんはプロジェクトが終了したら此処に戻るのか?」
「いえ、一度東京本社に戻れと云われました。その後、準備が整い次第、諏訪の方へ赴任するようにと……。
それで、後任の長崎くんは引き続き広島に派遣駐在として残ることになります」
「じゃあ広島を引き揚げるまでに日にちは無いな……」
「長崎くんが週末には一度顔を出すらしいので、引継ぎは一日あればできると思いますから、後は休暇を取って引っ越し手配をしたいと思いますので、それをお願いしようかと……」
「いいよ、出張疲れもあるだろ、引継ぎ資料はできているんだし、好きに動いたらいいから……」
「そうですか、それじゃ、そういう事で……」
話しの途中で大垣が姿を現す。
「おはようございます。ちょっと8階に行ってたので……」
広兼良子は立川と大垣に向けて話しかけた。
「立川さん、送別の食事会はどうしますか……」
「そうだな、日にちも無いから、明日にでも準備できないかな?」
「じゃあ、この前、話していたレストランでいいですね?」
「いいのかな、何処の会社も送別会の時期だからなあ……。大垣くん、広兼さんと段取りしてくれるかな?」
大垣が頷き、良子が答える。
「わかりました。じゃあ水野さんも、そのつもりでお願いしますね……」
「うん、なんか悪いですね……ドタバタさせて……」
立川が言う。
「なに、四人だけだからどうってことは無いよ。気楽に食事をするだけだ。なんだったら豪勢に流川にでも繰り出そうか?」
「勘弁してくださいよ。食事会だけでも申し訳なく思っているんですから……」

席に戻った純一は、広島を去って行くことを恵里菜にどのように伝えればいいのか考えていた。


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