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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

第2回   2
事業年度は下期に入り、各部門は新たな課題に取り組んでいた。
水野純一は本年度当初から来期に向けて商品化を目指している農業用大型温室プラントの設計チームに名を連ね、サブリーダーとして活動していた。
プラント施設のエネルギー源として商用電力のみに依存することは高圧電線路が近隣に無い場合を考慮すると、問題があると想定。
電力のみに依存せず、それ以外のエネルギー源を併用する方法を確定して、作業は最終段階に入ろうとしていた。
制御部分の電力利用は外せないため、駆動系統のエネルギー源に圧縮空気を選択していた。
停電時でも、温室内の環境を制御できる燃油使用のエンジン駆動式コンプレッサーの設計が最大の関門だった。
専門業者の協力を得て、間もなく完成の時を迎えようとしていた。

社内で開発業務に集中している時には気にする事は無かったが、純一はプライベートな問題をふたつ抱えていた。
今の仕事をこのまま続けるべきか方向転換をするべきかと迷う気持ちは、解決の道を見出せず迷っていた。
伊達に忠告された坂西翔子との関係についても、結論を出そうとは思いながら具体的な手立ては考え付かなかった。

坂西翔子の事は、翔子と同じ管理部所属で、同じ独身寮に入っている同期の稲村宗次郎に、それとなく話しをしていた。
管理部は本社ビルから少し離れた別のビルに入っている。
翔子の資料センターは地上四階にあるが、電算機室はそのビルの地下にあり、稲村は管理部データ解析担当として常駐している。
管理部には多くのセクションがあり、同じ部内でもほとんど交流は無いと稲村は話していた。
話しを聞いた稲村は「調べておいてやるから、暫く時間をくれ」と云って純一が話に込めた意図をくみ取ってくれた。
一週間ほどたった週末に、稲村から「一杯おごれ」と連絡が入った。
寮には戻らず、稲村に任せて同道した先は、本社と管理部ビルの中間辺りにあるステーキレストランだった。
「知ってるか、ここのマスターは兵庫県出身なんだ。だからステーキは珍しく神戸牛なんだよ。ミノは関西だから食ったことはあるだろ……」
「ああ、何度かはな。しかし足元を見るなぁ、まあいいけどな。個人的なことで無理を言ったんだ。いいよ、僕も神戸牛で自分を元気づけるか……」
ワインに詳しい稲村が、シェフがピックアップしたワインから、勝手に赤ワインでは無く、白ワインを頼んだ。
塩と胡椒だけで味付けされたA5ランクの霜降りステーキ肉とは絶妙なマリアージュだと思えた。
オーナーシェフは、稲村の白ワイン選択を、良い選択だと褒めていた。
感心した純一は稲村に訊いた。
「飲むのはいつもワインなのか?」
「まあな、親類がワイナリーなんだ。高校のころから、家では飲んでいたよ」
「そうか、稲村は山梨だったな、甲州ワインか……」
「実家は勝沼から少し離れているけどな、笛吹市の春日居と云う所だ……」
「大学キャンパスは横浜だろ?、週末とかは帰ってたのか?」
「最初だけだったな、ほとんど帰らなかった。……ミノ、頼まれたこと、いいか?」
「ああ、申し訳なかったな」
「実はミノから話を聞いて、僕の勝手でトノに電話したんだ。悪かったかな……」
「いや、気にかけてくれて感謝するよ。トノが忠告してくれたことだから問題ない」
「訊くけど、彼女とは本気か?……、なあ、ミノの思いの深さって言うのかな……、聞かせてくれるか?。それによって伝え方を考えたい……」
「深いとは言えないし、最近は何となく進展しないような気もしているんだ」
「そうか。それなら僕の話しは簡単だ。彼女の同期のやつがコンピューター室に居るんだ。
それでコーヒーに誘って、それとなく同期内でのことを訊いてみたんだ。
あまり詳しく話すと彼女のプライバシーに関わるから簡単に言うけど、いいか?」
「いいよ。任せるよ」
「トノが言ったと思うけど、僕も同感だ。今以上進展させない方がいいな……。
もう会って食事したり、飲みに行ったりなんかしない方がいい」
「そうか……。詳しくは聞かない方がいいようだな……」
「まあな、かなり問題はありそうだ。ミノ、自分で態度を決められるのか?」
「ああ、トノも奥さんの香織さんも君も言うんだから、そうするよ。なんの躊躇いもない。
最近の彼女の態度から自然消滅するような気配も感じているんだ。ありがとう」
「そうか、その様子なら心配しなくてもいいよな……」
「ああ、いらないことを頼んで悪かったな……」
「同期なんだ。仕事と直接関係ないことなら遠慮しないで同期を利用すればいいんじゃないか……。おい、酔ったのか?」
「いや、少し気が楽になったよ。リラックスしてるんだ……」
「そうか、ディジャスティフにブランデーなんか、どうだ?」
「いいな。貰おう……。なあ稲村、ついでと云っては何だけど。聞いてくれるか……」
「どうした?、今の開発の仕事で悩んでいるのか?」
「そうじゃないけど、今の仕事を変わりたいと思っているんだ。転属か転職か迷ってる……」
「おい、突然だな!。真面目な話か?。ミノは企画設計グループのエースだって噂を聞いているぞ……」
「それはどうか分からんけど。海外での仕事は面白いし興味もあるんだけど、身体が付いて行かないんだ。
海外に出ると毎回、吐き気や腹の具合が悪くなる。精神的なものではないんだ……」
「そうか、ミノ自身のことだから良くは分からんけど。転職は会社もミノにとっても好ましいことではないと思うけどな……」
「うん、それはそうなんだけど……。転属は簡単に聞き入れて貰えないと思う……。年が明けたら部長に話そうと思っているんだけどな……」
「意外だな、まあ人生いろいろだからな……。トノの寿退社も意外だったし……」
「トノか……、まあ、僕も三十までには結婚したいと思っているんだ。トノに言わせると押しが弱いらしいから、それも意識したいとは思ってる……」
「心配するな、ミノは恋人にするには好い男だと思う、坂西さんのような女性と出会わないように気を付ければ良いんだ……」
「そこが難しいんだな……。近づいて来る女性はみんな良いひとに思えてしまう……」

十二月も半ばを過ぎていたが、坂西翔子との間でクリスマスを共に過ごすと云う様な話しは全く無かった。
彼女が意識して避けていたとすれば、純一にとっては有難い態度として素直に受け入れられた。
彼女の態度は、別れを示唆しているのだと勝手に思う事にした。
実際に、彼女からの連絡は十二月に入ってから一度も無く、純一から連絡をすることもなく交流は絶えた。

年末の企画設計部だけの社内打ち上げパーティーで、文書管理を担当している新藤恵美が、缶入りカクテルを手にして純一の傍にやって来た。
「水野さん、今年はお世話になりました。一年通して東京に居られたのは初めてですよね?」
「そうか、新藤さんが入社した年からフィリピンと、少し間を置いてインドネシアは短期だったけど……そうなるかな……」
「訊いていいですか?」
「なにかな?。ちょっと目が怖いな……」
「うそでしょ、わたしお酒は結構強いんですよ」
そういって意識的に笑顔を作った。
「冗談だよ、何が聞きたいの?」
「もう辞められましたけど、システム設計に居られた伊達さんの結婚式の日の事なんですけど……。わたしは出席していませんよ。
秘書課の柳田さんと仲良しの三木さん、わたしと同期なんです。彼女は式には出てないんですけど、二次会の懇親パーティーに参加してたんです。
水野さんは、三木さんが居たの、知っておられます?」
「いや、知らないな。三木さんを良く知らないから……。そう、出席していたんだ……。それで?」
「由美、じゃないわ、彼女由美子って云うんですけどね、水野さんが管理部の坂西翔子さんと一緒だったって話しをしてくれたんです。
わたしは、それを聞いて、あり得ない、嘘でしょって言ったんですけど……」
「それが本当かってこと?」
「まあ……。三木さんは会うたびに、わたしにどうなっているんでしょうねって訊くんです。彼女、水野さんの事が気になって仕方ないみたいなんですよ……」
「そうかな……。それより、新藤さんは、どうしてあり得ないと思ったの?」
「まさか!、本当じゃ無いですよね?」
「うーん、そんなに深く付き合ってはいなかったし、もう、デートすることも無いよ」
「わたし信じられない!……。いくら水野さんが社内に居ることが少ないからって、情報収集能力を疑われますよ……」
「厳しいな。社内の女性の事で情報を集めるなんてできないし、分からないよ……」
「あのー、坂西さんと一緒に新郎新婦に挨拶されたんですか?」
「まあ……」
「何か言われました?」
「その時には、特には……、ちょっと戸惑ったような、ぎこちない笑顔だったかな……」
「当然だと思います……」
「新藤さんが何を言いたいのか分からないな……」
その時、職場で二年先輩の杉山太一がワンカップの日本酒を手にして寄って来た。
「どうした?、困ったような顔をして……。新藤さん、水野をいじめたら駄目だぞ、意外と繊細なんだから……」
「杉山さん、ほんとに水野さんは繊細ですか?、鈍感みたいなところ、ありますよ」
「そうか、分かった、女性関係だな……。それはあるかな……。それで何の話をしてたんだい」
「もう済んだことみたいですけど……」
「何だよ水野、何かあったのか?」
「まあ、管理部の坂西さんのことで、ちょっと」
「冗談だろ……、それは無いよ。いや、水野にそれはあってはならない」
「参ったな、新藤さんも先輩も、何なんですか?」
「おとこを駄目にする爆弾だな、地雷だ……。水野も知ってるだろ?、ベトナムでも地雷がどんな物か聞いたことあるだろ?」
「彼女、そんなにパワーがあって、評判が良くないんですか?」
「三木さんも話してましたけど、柳田さんと真反対の女性だと思えばいいと思いますよ。……水野さん、社内で評判になる前に終わって幸運だったと思いますけど……」
「水野、君はマジで付き合ってたんじゃないよな?」
「ああ……まあ……。もう、何もないですよ」
「そうか……。気が付いたら地雷踏んでいて大怪我した奴は結構いるからな……」
「そうなんですか、僕も七年目になるけど、全く知らなかったな。第一、管理部はこのビルじゃないでしょ。分かりませんよ……」
「水野は二十九か、三十か?、恋人はいるのか?」
「そんな暇ありませんでしたよ……。でも、好い人が居れば欲しいですけどね」
「水野は仕事に入れ込み過ぎる傾向があるからな。そこが期待される好い処なんだけど……。まあ、今年もわが部は順調だった。来年もよろしくな、じゃ……」
杉山が離れていくと新藤恵美が不思議そうな顔で言った。
「わたしは仕事に集中しておられる水野さんしか見ていないから分からないんですけど、それって素なんですか?」
「女性に対する関心ってこと?。意図してなんかいないよ。普通だと思っているんだけど……」
「水野さんが恋人を望まれたら、たくさんの女性が立候補すると思いますよ。坂西さんのようなひとも居られますけど……。
でも、水野さんは今のままで変わらないでしょうね……。由美に今度会ったら、何もなかったと話しておきますね……」

年が明けて一月の終わりに近い頃だった。
数日前、純一がコンブレッサーと同時に開発を進めていたエアーシリンダーのプロトタイプが完成したとメーカーから連絡が入った。
その日、企画グループチーフの弓野彰良部長、温室開発設計グループリーダーの小宮山恵三設計技師長と水野純一が揃って、早朝から名古屋に向かった。
実物の五分の一のプロトタイプは、十分に要求を満たすものだった。
三人は気分を良くして、午後五時には東京本社に戻った。
開発チームを代表して部長の弓野が開発責任者の専務に報告に行き、小宮山技師長と純一は設計企画部のブースに戻って居た。
終業時刻は過ぎていたが、小宮山技師長と純一は、完成したエアーシリンダーに関連する問題を検討した。
電磁弁と、エアーシリンダーのピストンロッドと開閉窓枠との連結金具について、最終的な変更等について確認をした。
技師長は退社したが、純一は忘れないうちに資料を修正しておこうと、大型のドラフター図面台に向かって思考していた。


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