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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

第16回   互いの恋愛観
“Cocktail lunge RURI”の扉を開けると、テーブル席は満席だった。
オーナーの秋川瑠璃が両腕を広げて笑顔でふたりを迎えてくれる。
「今年初めてね。おめでとう、今年もご贔屓にね……。水野さんも、宜しければお仲間のみなさんとご利用ください……。
恵里菜さん、悪いわね、カウンターしか空いてないけど宜しい?」
恵里菜は純一に視線を移すと純一が頷いて応える。
「ええ、良いですよ……」
「ごめんなさいね、じゃあ奥に詰めて掛けてくださる?」
カウンターの奥から椅子に掛けると恵里菜が言う。
「瑠璃さん、今夜もお任せしますから、宜しくお願いします……」
「分かったわ。食べて来たんでしょ?……。ミックスナッツとドライフルーツ?」
「チーズと生チョコもあれば……」
「はい。……水野さんは?」
「マンハッタンをオールドファッションドで……」
「分かりました、じゃ、しばらくお待ちくださいね……」
この夜のBGMはフランシスレイの映画音楽が、かなり静かな音量で流れていた。
「おまたせしました。恵里菜さん、甘口よ。シャンパンベースのキールロワイヤル、アルコールは弱めだから……。マンハンタンですねどうぞ……」
白い四角のプレートには、ガラス容器にミックスナッツが盛られ、周りにドライフルーツ、クリームチーズキューブと生チョコのキューブが並んでいる。
BGMは純一も知っている“あの愛をふたたび”が流れていたが、今は“シネマの星”が静かに流れている。
恵里菜はカクテルグラスに口をつけると、じっと純一を見つめている。
曲は“レ.ミゼラブル”に替わった。
純一は恵里菜の視線に気づいて言った。
「何を考えているのかな?……」
「純一さんは男女の出逢いとか、こうして結ばれるのが理想だなんて云うのがあるの?。……あったら聞かせて欲しいと思って……」
「男女関係には全く詳しくはないし……。付き合った回数も経験も無いに等しい、そんな人生を歩んでいると自覚はしているけど……。
でも、僕なりの考え方はあるんだ。本当に聞きたいの?」
「ええ、是非。純一さんは、わたしが知っている男性の誰とも似てないから……。
それと、わたしも真剣にお付き合いした人は無いに等しいのよ……」
「うそだろ?、周りに気づいてないだけじゃないのかな……。
さっきの店でも、此処に入って来たときにも、恵里菜さんに視線を送らないひとは居なかったよ……。
僕だって、タクシーから降りて来た女性を君だと気づかなくて見つめていたんだ。
外見のシルエットだけでも男性を惹きつける魅力を持っているひとなんだから……」
「それって、純一さんもわたしに興味があると思っていいのかしら?」
「そう思ってくれていいよ。そうだな……僕の恋愛観と云うか、妄想でよければ話してもいいけど、聞いてもらえるかな……」
BGMは“ある愛の詩”に替わっていた。
「いい?、僕なりの例えで話すから、理解できなかったら訊いてくれればいいから……。
ここにAとBがあるとして、AとBの間にCの接着剤を入れてAプラスCプラスBがくっつくパターンがひとつ。
二つ目はAかBが一方的にくっつく、AプラスBのパターン。
三つ目は、AとBが互いに躊躇せずくっつく、AプラスBのパターン。この場合はA
もBも自分の意思でくっつくことを望んだ場合とする……ここまではいい?」
「いいわ、続けて……」
「説明するね。
一つ目は男性Aと女性Bの間にふたりの仲を取り持つCさんが存在してAとBのカップルができると思って……。
この場合、AとBは自分の意思では無くて、Cさんの働きでカッブルになったと云う状況ね……。
具体的にはCはAとBふたりの友人だったり、仲人さんだったり、趣味や共通の体験みたいな、ひとでは無い場合もある……。
二つ目はAかBが相手に対して積極的にアプローチしてくっつこうとする片思いの押し付けみたいな状況。
これはAかBのどちらかが積極的に相手に言い寄って、相手がその気になってカップルになる場合もあるし、相手がその気にならないのに強引にカップルになる場合もある……。
言い寄られた方が拒否している場合、酷い場合は一方がストーカー行為をすることもあり得るし……。くっついても別れようとしたときには揉めると思う……。
三つめはAもBもお互いに特に問題を感じないで付き合ってカップルになる場合。
軽い感じで付き合いが始まる事もあるし、幼馴染もあるし、腐れ縁みたいなのもあるよね。
くっつき易いけど、別れる時は簡単な場合もあるけど、別れるに別れられないってこともあり得る。
僕が思うに、一つ目の場合、恋愛関係になってから、何か二人の間に些細な疑念や不信感が芽生えたときにAさんが、自分はCさんに紹介されたから付き合いを始めたんだと言う。
Bさんも、わたしもCさんの紹介だから……とか、同じ趣味だったから、みたいに自分たちの自身の問題として考えないで破綻するんじゃないかと思うんだ……。
二つ目は僕には考えられない。相手がその気が無いのに付き合いを強要するような状況から恋愛関係になっても、これも後になって何か二人の間に行き違いが起きれば、互いに、もともと好きで一緒になった訳じゃ無いって思ってしまうような気がするから……」
「なんとなく分かる気はするけど……」
「そうだね、簡単に纏めるよ。
一つ目の恋愛関係は二つの物の間に接着剤があるってこと。
二つ目は、例えばAがガムテープだとかセロテープの様に粘着剤自体を身に着けている場合、Bを木や紙やアクリル板と例えれば、Bが好むと好まざるに関わらずAにくっついてしまうってこと、分かる?」
「分かります。純一さんは、どんな付き合いが良いと思っているの?」
「今、例えるならマジックテープ……。分かるよね……化学繊維のテープで、ひっつけて剥がすときにバリバリって外す……。
あのテープなんだけど、あれって片方にフックと呼ばれる釣り針型の突起があって、反対側にはループと呼ばれるアーチ型の突起がある。
お互いの突起は、それぞれがしっかりベースになるテープと一体化しているAとB。つまりAとBが協力してくっ付くと、簡単には剥がせないけど、逆に協力すれば剥がせないことも無い仕組みになっている……」
「ああ、それは、すごくよく分かります……」
「僕は男女間に強い関係が生まれるとすれば、このマジックテープのような出逢いと接触が理想だと思っているんだけどね。分かってもらえないかも知れないけど……」
「つまり、お互いが自分の意志で相手を好きになったから、カップルになったり結婚したりした後でふたりの間に何か問題が起きても、誰のせいにもできない。ふたりで解決するしか無い……そんな理解でいいのかしら……」
「まあ、そんなことかな……。だから、しつこくアタックして相手を自分の方に向かせると云うのは僕には出来ない……。
自分に対して特に興味を示さないひとを無理やり自分の方に向かせるのを、情熱とか熱意と云うのは、何か違う気がするんだな……。
どうしてかと云うと、将来、ふたりの愛情に食い違いが起きた時、貴方が一方的に近づいて来ただけでしょ、わたしはそうじゃなかった。そう云う、溝を深めるような要因になる気がするからなんだけど……」
「分かる気はしますけど、いつもそんなことを考えながら女性と接しているんですか?」
「いや、まったくそれは無いね。今の話しは僕の想像の世界……妄想なんだよ。
こんな妄想ならまだあるけど……興味ある?」
恵里菜が頷く。
「粘着テープのセロテープAとセロテープBだったらどうかって考えてみるとね、同類だから、ちょっとしたことで引っ付いてしまうよね……。
マジックテープも簡単に引っ付くけど、剥がそうと思えば剥がせるし、両側が離れたら元の形に戻ることができて、再起できる。
経験あると思うけど、セロテープの粘着面同士が引っ付いたら、まず元の形に戻すのは無理だよね?……。
こじれたら別れようにも別れられないカップルになるみたいに……。
もう一つ、ファスナーも右と左を合わせるパーツだけど、一番下の左右に付いている箱棒と呼ばれる側に蝶棒と呼ばれる側を差し込んで、まずは付き合わせる。それをスライダーで左右のエレメントを噛み合わせて行く。
ファスナーの最初の噛み合わせは夫々個人の意思で引っ付くとする、スライダー役の誰かが中を取り持って、左右は仲良くできるようになるか、開いたままで仲良くなれないままになるか……。
ファスナーには最初から一端が閉じているのもあるから、それを例えると親が決めたいいなづけみたいなものかな……。
決めた誰か、つまりスライダー役次第で簡単に閉じることができるけど、簡単に開くこともできる……。
自分でも笑えるよ。この歳で本当に恋愛をしていない暇な僕が、部屋で独りスコッチを飲みながらの恋愛妄想だからね。
自分でも分かるんだ、駄目になることを前提にしているから、結局、僕は臆病なんだって。適当に聞き流しておいて……」
「面白いですね。そんなに想像ができるなんて、小説家になれますよ……。でも、実際には、どんな恋愛がしたいと思っているのかしら……」
「そうだなあ……僕は人間関係で理不尽なことや違うなってことがあっても状況を見守って対処しようとする、そこから逃れようとしない性格なんだろうね……。
傍に居る人から見ると、何を何時までも愚図愚図してるんだって言われる羽目になる……。なかなか理想の出逢いとは行かない……。残念ながら……」
「逃れられないって……、彼女の何でもが許せちゃうんですか?」
「何て云うかな……。親切だったり優しかったり、意地悪さに気づかなかったら、みんな好い人に思えてしまうから……。
深謀遠慮で来られたら、僕は間違いなく相手の思うままになりそうで、実は不安なんだ……。
同僚からは、仕事面での情報収集や計画は細かくて大胆なところもあるのに、恋愛に関しては鈍感で弱腰で、からっきしだなって言われてる、自分でもそんな気はしている……」
「じゃあ、どんな女性なら合うと思っているんですか?」
「そうだな……一番は行儀の良いひとかな……。それと流行り事とか周りの騒がしいひとに付和雷同しないで、軽挙妄動せず、平静で穏やかに周りを見られるひと……。
ちょっと理屈っぽいかな……。これじゃ、なかなか出逢えないかも知れないな……」
「難しく話されるからでしょ?。もっとシンプルで良いんじゃないですか?」
「それも解るんだけど……。やっぱり鈍いんだな……。恵里菜さんはどう思っているの?」
「最初は恋愛を意識しないで普通に男性と接して行けば、純一さんも話されたように、そのうち自然に深いところまで想いが通じ合うようになると思ってる……。
そして、このひとと居ると心地良いなって思えれば、恋人関係の始まりだと受け止めて、流れに任せて行きたいと思っているわ……。シンプルでしょ?」
「そこまでは同感なんだけど、僕の場合はずっと普通が続くんだよな。何時までも良い友達なんだ……」
「でも、最初に逢った時に嫌じゃないひとなら付き合い続けることができるけど、わたしが好ましいと思っていても、相手がわたしに対して好意を持っていないと解ったら、純一さんと同じ考えだわ。
無理やりこっちを向いてもらうような事はしないし、わたしも嫌なひとから幾らアタックされても振り向くことはしないタイプだわ……。
純一さんは自分が嫌だと思う事があっても、気づかなかったり寛大すぎるから、相手の方も不甲斐なさを感じるんじゃないかしら……」
「そうか、だからそれ以上には進展しないし、疎遠になっていくのか……。そうかも知れない……いや、そうだな。実際そういう経験はあるから、そうなんだ……」
「こういうお話をされることは無いんですか?」
「皆無と言える。無いよ。今まで社内に居る時は、ほとんど企画書や設計図面に向き合っていたし。海外に行けば仕事以外に考えることも遊ぶこともほとんど無かったから。
広島に来て初めて、ゆとりを以って仕事ができている感じなんだ……。仕事とプライベートな時間がこんなに区別できてるのが不思議なくらい……。
つまり、恵里菜さんのような女性と、こんな時間を過ごせていることも、僕にとっては初めての経験で奇跡みたいに感じてる……」
「純一さん……固いわ。もっとリラックスしてわたしと付き合ってください。言葉遣いも、もっとフランクに……。
分かったわ、わたしから崩しちゃいます。わたし、純一さんと会うのが毎回楽しみなんです。
今迄はプレゼントがきっかけになって、わたしからお声をかけましたけど、わたしは純一さんから誘って貰えば、サパンに手伝いには行かなくてもいいんです。
お料理教室は昼間ですし、良かったら何時でも誘ってください。言って貰えば何処でも案内しますし……」
「それは光栄だし、嬉しい提案だな。広島の男性に襲われるかもしれないな、図体はでかいけど空手は小六までしか習ってないし……。ありがとう……」
「ほんとうですよ……」
「分かったよ……。ちょっといいかな……話しは違うけど、広兼さんから何か聞いてる?」
「今日の電話ですか?。三月までの何処かでサパンに四人予約をお願いするかも知れないけど、日にちはまた連絡する。そんな電話だったわ……」
「そう、広兼さんは恵里菜さんの同窓の新年会には出席しなかったの?」
「ええ、あの新年会は料理学校の同窓会だったんです。大学を卒業してから調理師免許を取るために通っていたから……」
「そうなんだ……。恵里菜さんは不思議なひとだな……。僕の妹も工学部を出て証券会社に勤めてるかと思ったら、今度は派遣会社でパソコンの指導をやるらしい。
僕には読みきれない行動をする不思議な妹だし……。簡単に理解できないタイプの女性がいるから、対応も付き合い方も難しい……」
「純一さんは、優しさと寛容な気持ちを生まれながらに具えたひとだと思うわ、そのまま普通に接していけばいいと思うけど……」

バーテンダーは楽しそうに話しているふたりを気遣い、ふたつのカクテルグラスをそっとカウンターに差し出す。
ふたりの顔を見て少し頷くと、黙ってカウンターの中で立ち位置を変えた。
カウンターに並んだふたりは会話をするたびに、横に座っている相手の顔を見るように上体を動かして話していた。
会話が途絶えた時、ふたりは椅子を回して顔を見合わせ、カクテルグラスを軽く上げてから口を付けた。
ふたりの楽しそうな笑顔を、オーナーの瑠璃はカウンターの端で同じように笑みを浮かべて眺めていた。

いつの間にかアコーディオンの軽快なフランス音楽のメロディーが、音量を抑えられて流れていた。


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