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作品名:焦慮なき恋情〜いつか何処かで 作者:ジャンティ・マコト

第13回   13
年末年始の休暇が終り、広島支店の全体朝礼に参加して駐在派遣ブースに戻ると、
ブースの取り纏め役の立川が純一に声をかけて来た。
「水野くん、ちょっと伝えたいことがあるんだ。九階ホールは新年パーティーが始まっているだろうから、外に出られるか?」
「はい」
「大垣くん、広兼さん、ちょっと水野くんと話があるから、外の喫茶店に居るから。そうだな、三十分くらい。電話があったら折り返しすると言っといて……」
「分かりました。コリンズカフェですね?」
「うん。宜しく頼むよ」

立川と純一は一階に下りてビルの外に出ると、ビル二つ先の、常用している喫茶店、コリンズカフェに向かった。
ふたりはブラックコーヒーを頼んだ。
「久しぶりの京都だったんだろ、ゆっくりできたか?」
「誰にも会うことは無くて、自宅でのんびりしていました……」
「そうか、実は年末に一度本社に顔を出すと言ってただろ、その時にな、総務部から呼ばれたんだ。
総務部に行くと近松総務部長と君の処の田辺企画設計部長が居られたんだ」
「何かあったんですか?」
「大したことじゃなかったんだけどな、内容は年明けの水曜日、つまり明後日だ。
総務部人事の西岡課長と田辺企画設計部長が、ここの大阪本社に来られる予定らしい。その時に水野くんと会いたと云う事だった。
要は、君を明後日の午後一番に大阪に来させてくれと云う伝言を僕が言付かったということなんだ。
そういう訳で、明後日は此処に来なくていいから、社宅からそのまま大阪に向ってくれるか。大阪に着いたら、昼食を済ませてから大阪本社に入ってくれ。
総務課を訪ねて西岡課長を指名すれば分かるようにしてあるそうだから……」
「人事課長と田辺部長が一緒に来られるんですか?……。何ですかね?」
「いや、内容は全く触れることは無かったな……。企画設計部の田辺さんが居られるのに、施設管理部の僕が訊くわけにはいかないしな……。
まあ、そんなに悪い話ではないと思うよ。二人の雰囲気からはそう感じたけどな……」
「そうですか、じゃ、そのように手配します。ありがとうございました」

水曜日の朝十一時過ぎに、関西YOSIN.PE.Co.大阪本社に着いた純一は、東京本社から派遣駐在で経理部調査グループから来ている、同期の田岡賢治に連絡を取った。
「よお、東京には行かなかったんだな、今日は何だ?」
「今日、本社の人事課長が見えるんだろ?」
「ああ聞いているよ、関係があるのか?」
「分からないけど、うちの田辺部長も同行で来られるんだ。突然の呼び出しなんだ。訳が分からない……。何か聞いてないか?」
「いや、聞いてないな……。昼飯を食う時間はあるのか?」
「ああ、午後一番に総務課に行くことになってる。昼は済ませて来いと云う事だから、一緒にどうかと思って僕も連絡したんだ……」
「いいよ、いいよ、十二時五分過ぎに下のロビーに行くから、待っていてくれ」
「分かった、宜しく」

田岡賢治は純一を近くの食堂に連れて行った。
「此処のお勧めは肝吸いと親子丼だ、それでいいか?」
「ああ、それでいい」
出された水を飲むと田岡が言った。
「さっきな、本社総務の同期の佐々木に電話してみたんだ。あいつ資料センターだけど総務に違いはないから、何か新しいプロジェクト計画は無いかって訊いたんだよ。
そうしたら、新しい企画の場合は企画設計部から事前資料収集の依頼が来るのが普通らしいな……」
「まあ、そういう事が多いな……」
「佐々木は担当してないらしいけど、スポーツ施設とか、体育協会とか、イベント企画関係とか、プロジェクションマッピングの会社とか、今まで受けたことのない分野の情報収集依頼は来ているらしい……。関係あるかどうか分からんけどな……」
「まあ、これから会えば分かることだ。気を遣ってくれてありがとう」
「それよりどうだ、広島で好みの女性は見つかったか?」
「まだ九か月だ。そんな暇は無いよ。現場と社内しか知らないんだ。遊び歩く余裕はまだ無いしな……。君はどうなんだ?」
「いや、大阪の女性は合わないな。まあ、二、三年して東京に戻ってからだな。最低三十三までと決めてるけどな……」
「何で三十三なんだ?」
「その頃に親父がインドの現地関連会社の出向先から契約終了で本社に戻って来る予定なんだ。
町田にある実家は別棟もあって結構広いんだけどな、兄貴夫婦の家族も居るから、それまでには家を出て行こうと思ってるんだ……」
「四、五年くらい先か、ゆっくりしすぎじゃないか……。まあそう云っても突然と云う事も無いわけじゃないし……。お互い考えないとな……」
「ミノは、その気になれば何時だって行けるよ。ちょっと不良ぽいのが好きだなんて云う女性もいるらしいけど、真面目なのが一番だ。ミノなら僕より先に決まりそうだな。
おう、思い出した、ミノは来期は資格昇格対象だろ?。だとすれば課長補佐資格に昇格だ。給料も上がるんだから、その気になりさえすれば結婚は可能だな……」
「そうは簡単に行かないよ。そう思うと伊達は早かったという事だな。あいつどうしてるかな……」
「あいつの事だ、上手くやってるよ。まあ、今日の呼び出しの件は一時間もすれば分かるんだ。ビビらずに人事課長に会えよ……」
「ああ、別にビビッているわけじゃないけど新年の出社早々だからな、気にはなるよ」
「後で教えてくれよ……」
「分かった、広島に帰る前に連絡する……」

ふたりは昼食を終えて、一時十五分前に会社内に戻った。

純一は一時五分前に、総務窓口に行った。
話しは通っており、直ぐに総務課ルーム奥の部屋に通された。
部屋には東京本社の西岡人事課長と企画設計部の田辺部長。関西分社の総務課長が立ち上がって迎えてくれた。
田辺部長が純一に声を掛けた。
「ご苦労様、新年早々で申し訳ない。西岡課長がこちらに来られるというので同行させて貰った。
さあ掛けてくれたまえ。話は西岡課長から話していただくから」
「はい、じゃ失礼します」
西岡真一人事課長は一橋大学法学部卒の出世頭と噂されている人物だが、人当たりが良く、明るい性格の人事課長として人気がある。
「水野さん、派遣業務ご苦労様です。早速本題に入ります。実は、もう昨年のことになるんですが、営業部の中部地区担当から情報が上がって来ましてね、緊急役員会を開いて決定した事案があります。
具体的な内容は明かせないんですが、当社以外に他業種の数社が関係する開発プロジェクト計画に当社も参画することになりました。
当社からは企画設計部から人員を投入することが決定したので、田辺部長と弓野グループ長の間で人選をしてもらい、水野さんを派遣することが決まりました。
本日、お呼びしたのは、三月末を以って駐在の派遣業務を解除し、新プロジェクト専従として本社に帰属して頂くことをお伝えするためです。
ただ、派遣の解除は三月末ですが、それまでに新プロジェクト組織から呼び出しがあると聞いていますので、早いうちに社宅を引き上げる準備をお願いします。
ただ、プロジェクト本部が岐阜県の大垣市に決まっていますので、水野さんの居住先については、水野さんは京都が実家と云う事ですので、実家から通って頂いても結構です。
また、現地にはプロジェクトが作業拠点として借り上げる賃貸ビルに居住可能な部屋もあるので、そこに滞在することも可能ですので、水野さんの判断で決めて頂ければ結構です」
「ちょっと伺っていいでしょうか?」
「ええ、どうぞ、お答えできることであれば……」
「どうして大垣市なんでしょうか?……、岐阜県ですよね?」
「ああ、その件については理由があります。プロジェクトに参加する各企業の所在地から中間位置に在るからです。
当面は机上での作業と、参加各社のメンバーが意見交換をすることが主になります。
これ以上は細かな情報が届いておりませんのでお話しできませんが、具体的な建設予定は現段階では無いんです。
つまり、新しい分野の総合的な設計計画案を作り上げるのが任務と云えますので……」
「分かりました。ありがとうございます」
「水野さんの後任も既に内定しておりまして、年度内にフィリピンから戻る予定の企画設計部プラント企画グループの長崎修也さんに後任として駐在派遣をお願いすることになっています。
彼の出身地は山口県の宇部市ですので、地域担当としては適任と考えています。
広島を引き揚げる件については、こちらに居られる新浜総務課長にお願いしてありますので、本日以後は新浜課長と相談しながら進めていただければと思います。
尚、広島を離れられた時点からは本社総務が担当しますので宜しくお願いします。わたしの方からは以上です」
新浜総務課長が口を添える。
「新年早々、ご苦労様です。転居手続きは難しくありませんので、必要時には大阪から総務課員を行かせます。
仕事に支障の出ないようフォローさせて貰いますので、宜しく御願いします」
「ありがとうございます。それでは田辺部長、引継ぎ資料の整理については何らかの記憶媒体に入れてお渡ししますが、それで宜しいでしょうか?」
「そうだね、一緒に動いてもらった大垣さんも居ることだから、それでいいよ。忙しいかも知れんが宜しく頼む。
君なら他社の担当者とも上手くやってくれるだろうと云うのが、推薦の大きな理由でもあるから……。
他には居なくてな、君が居てくれて役員の皆さんも安堵して居られた。頼むよ……」
「分かりました。期待に応えられるよう、やらせていただきます。ありがとうございます……」

純一は面談を終えて経理課に居る田岡に社内電話で連絡した。
田岡には、本社籍に戻って新しいプロジェクトに加わるとだけ伝えた。
プロジェクトの内容については、お互いに触れることは無かった。

広島に帰る新幹線の中で、純一の思考は既に新しい仕事に対して動き始めていた。
新しいプロジェクトの内容は何だろうかという想像と、居住地を何処にして通勤手段はどうするかという事が思い浮かんでいた。
プロジェクトに関しては何ひとつ考えるとっかかりは無かった。
大垣市は大学時代に同じゼミの友人が腎臓病を患い、地元に戻って療養していたときに、仲間と一緒に見舞いに行ったことがあったが、それ以外に馴染みのある土地ではなかった。
新幹線を使って米原で在来線の新快速に乗り換えれば、一時間くらいで行ける筈だと、当時の記憶を呼び起こしていた。
先ずは、京都の実家から通うことにしようと決めた。
明日からは、早速引継ぎ資料の整理に専念して、一月中には引継ぎ項目を仕分けして、会社から支給される専用ストレージと、社内ネットワークの企画設計部データバンクに分けて資料保存しようと考えていた。


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