20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:クラシック 作者:ジャンティ・マコト

最終回   39
年が明けて直ぐだった、結婚することが決まっている陽一郎と綾子が、谷岡家の近しい親族だけを呼んで新年会を催すことになったと梨香子から聞かされた。
同時に、『よければ、芦川さんにも来て貰いなさい、陽一郎と綾子さんの両方に関わりのある人なんだから』と、梨香子の両親が招待してくれていることも伝えられた。
谷岡家に挨拶に出向く予定だった貴志は梨香子と相談して、その機会に、両親を交えた親戚のひと達に、ふたりが付き合っていることを公言しようと決めた。

谷岡家の新年会の日は、陽一郎と綾子が親戚を招待した形で進められていた。
事情を知っている陽一郎が、妹の梨香子と貴志が付き合いを始めたことを披露した。同席した人たちは、誰一人不満な表情を見せるものは無く、笑顔で心からの拍手で応えてくれた。
陽一郎が谷岡家を出て行くことで、谷岡診療所は父の良治が勇退した後、叔父の公雄が引き継ぐことになっていた。
谷岡公雄は医療法人の病院で内科部長をしているが、良治は70歳で診療所を実弟の公雄に任すと話しており、公雄も2、3年後には大学病院を辞めて診療所を引き継ぐことにしていた。
会食の途中で、陽一郎が貴志を伴って、谷岡公雄と百合子夫妻の席に行き、貴志を紹介した。
六十歳半ばの公雄は、やや太ってはいるが姿勢が良く、白髪の前髪の間から覗く八の字眉の下の、柔和な表情に安心感があった。
傍にいる夫人の百合子は、色白で銀髪が美しく、優しい眼差しが印象的だった。
貴志は、こんな夫婦になりたいと一瞬思ったのを覚えている。
そんな公雄夫婦に招待されたのは、初対面から一週間ほど経った、成人式が近い頃だった。

貴志は梨香子と一緒に、京都御苑の西側、武者小路千家の官休庵に近い谷岡邸を訪ねることにした。
途中、京都御苑に近い《とらや京都一条店》に寄った。
母から「お呼ばれして、手ぶらで訪ねるひとがありますか」と言われ、薦められた羊羹の《大型羊羹・新緑・抹茶入羊羹》を土産に購入した。
梨香子はロマンティックピンクだというピンクの、可愛いけれど大人の雰囲気を漂わせているバラのブーケを準備していた。傍に居ても、いい香りがしていた。

二人は、公雄と百合子夫妻に笑顔で歓迎された。
応接間に通されて、貴志は圧倒された、窓を除く右面の壁には、5号から10号の水彩画の額が10点ほど掛かり、左面の壁には天井まで升目に区切られた棚いっぱいにLPレコードが詰まっていたからだ。
そう言えば、叔父の康孝も、淡路島に移住して好きな絵を描きたいと言っていたと、兄から聞いたことを思い出した。
窓側の壁面には、TANNOIの大型スピーカーCANTAERBURYと、低床ラックには、真空管アンプと重厚な人工大理石造りレコードプレーヤーTEACのTN570、CDプレーヤー、イコライザーなどが整然と並んでいた。
魅入っている貴志に公雄が声を掛けた。
「プレーヤーは買い替えだばかりでね、VGPで金賞を取った機種なんだ、以前はMcintoshを使っていたんだ、このアンプと相性が良くてね、これはベルトドライブじゃなくてダイレクトドライブなんだ、気に入ってたんだけどね、貴志くんも興味あるのかな」
「僕のはシステム全部がYAMAHAです、少し無理をして揃えましたが、このシステムからは程遠いですね…」
「医者をしているとね、ストレスが半端じゃないから、クラシックレコードと水彩画だけが、わたしのストレス解消法なんだよ、酒で解消という訳にはいかないからね、まあ、後で聴いてみるといいよ」

貴志は梨香子と並んでソファに掛け、公雄に対した。
公雄は、最初は新年会のことを話したが、本題は住居に関わることだった。
「貴志くんも梨香子ちゃんも、近いうちには結婚ということになるだろう、まあ、それが順当な流れだよね。
この前、話が出たんだが、兄が近々引退することで、わたしが後釜ということなった。
まだ少し先のことだが、その時を機会に、この家から以前の谷岡医院に移ろうと思っているんだよ…」
梨香子が驚いたように言った。
「前の家に?…、窓なんか蔦で半分くらい塞がってますよ、庭はお母さんが時々手入れに行ってますけど…」
「梨香子ちゃん、あの家は古いけど、一流の建築家の手によるものでね、丈夫だし、内装は、とてもお洒落にできているんだよ、少し手を入れれば、まだまだ持つんだ。
壁も素地は焼きレンガで、しっかりしているぞ、僕も兄も、あの家で育ったから、最後はあそこで余生を送りたいと考えているんだ。そこでだ、ふたりは、将来、何処に住むつもりなのかな?」
梨香子が戸惑ったように貴志の顔を見た。
貴志は優しく頷くと言った。
「東山に父の実家があります、今は叔父夫婦と祖母が住んでいます、祖母は高齢ですが、まだ元気で、近く有料老人ホームに移ります。
僕がそこを相続することになるので、春先には移り住む予定ですが、兎に角、広い家なので、ひとりじゃ寂しいかなって思いますが、今の松ヶ崎の借家も寂しいですから慣れていますけど、将来、結婚したら、そこに住むつもりです。ピアノを弾いても、ご近所には聞こえないくらいの家ですから」
梨香子は驚いたように貴志を見つめなおした。
「そうか、じゃあ、ここは引き払うしか無いようだな、うちには子供がいないから、そうするしかないだろう。
じゃあ、次の相談なんだけどね、貴志くん、今聞くと広いお屋敷のようだから、このレコードを貰って貰えないかな?、わたしは愛聴盤の100枚もあればいいんだ。
恐らく7000枚か、いや8000枚近くあると思うんだが、どうだろう?」
貴志は驚きの表情で言った。
「ほんとに、いいんですか?」
「ああ、いいよ、値打の分かる親族は居ないんだ、貴志くんが縁戚となれば、これに越したことは無いんだがね、お屋敷は何処なんだい?」
「東山の法音院の近くです」
「あの辺り…、京都第一日赤病院の東の方になるのかな…、待てよ、お祖父さんの名前は芦川孝之助さんと言わないかな?」
「そうですが、ご存じなんですか?」
「やっぱり、《料理旅館あしかわ》の大旦那さんだったと思うが…、そのひとだと、僕が今の病院に勤めだして三年目くらいだったかな…。
丁度、貴志くんくらいの時だから三十三、四年くらい前に担当して看取ったひとだ。
どうして覚えているかというと、高齢なのに、亡くなる前日まで元気で、病室や廊下で小唄や端唄を口ずさんでおられてね、他の患者さんから苦情が絶えなかった。
それが突然、お亡くなりになられたもんだから、僕も若かったから、咄嗟には訳が解らず、動転してしまってね。
後で死因は分かったものの、内科部長からは観察不十分だと叱責を喰らうし、暫く患者さんの担当医からは外されるし、苦労したからなんだよ。でもね、あのとき、ひとつだけ救いだったのは、奥さんからの慰めの言葉だったな…。そう、思い出したよ、あの患者さんだ…。そう?、あの方のお孫さんなんだね、だとすると、お祖母さんは90才を過ぎておられる筈だが…、そういうことなんだね…」
「はい、そういうことのようですね。祖父は古希を迎える直前に亡くなったと聞いています、祖母は一回り歳下ですから」
「縁があったんだ。悪いけど、広いお屋敷のようだし、是非とも、このレコードを受け取って貰おうかな。オーディオ装置はあると言ってたね、レコードプレーヤーはお持ちかな?」
「はい、あります」
「良かった、最近はレコードを聴く若い人は少ないようだから、よし、決まりにしよう、いいね」
「わかりました、ありがとうございます。勉強にもなりますし、大切に聴かせて貰います…。でも、ほんとにいいのかな、梨香子さん、これ一財産だよ、どう思う?」
「わたし、びっくり、びっくりの連続だわ、どうなっているのかしら…」
百合子夫人の真っ白な髪が、ドアから現れた。
「貴方、思い通りにお話は進みましたか?」
「うん、この家は売却するしかないね。しかし、このレコードは行き先が決まったみたいだ。一安心と云ったところかな…」
「それは、よかったですね、さあ、頂いた新緑(しんみどり)羊羹、みんなで頂きましょう…」
周りの何もかもが好転している情況に、貴志は動揺を禁じえなかった。

三月に入って早々、西城綾子は、山陰に住む両親と長男、京都で世話になっていた叔母夫婦、勤務先の葛城診療所の葛城達夫、僚子の医師夫妻、看護師の飯田明菜を結婚式に呼び。
谷岡陽一郎は両親と梨香子、叔父夫妻、勤務先病院の友人医師二人、谷岡病院の看護師長と事務長の出席を得て、市内の小規模な結婚式場で式を挙げた。
貴志だけが、綾子と陽一郎の二人の友人として、義弟になる可能性も含めて招待を受け、この式に加わった。
谷岡陽一郎と綾子は、新婚旅行には行かず、暫くは赴任準備をしながら谷岡家で過ごし、三月の終わりには、保健師の中年女性独りが待つ、中国山地の山間部の診療所に赴任する。

NKイーグルオーケストラは、楽団移籍前提の音楽家15名を新年度採用することになった。
狩谷専務は、6名の音楽専攻の新卒大学生の演奏家と、他の9名は一般公募によって演奏家を採用した。
秋に招聘する佐伯憲明音楽監督兼専任指揮者を迎える準備として、楽団を3管編成にする計画をしていた。年内は55名、来春には更に10名の増員を計画している。
佐伯憲明が着任するまでは貴志が指揮を務め、慈善活動のための編成《KADONO管弦楽団》は、新任のコンサートマスター遠山秀治が率いて出張演奏をこなす事に決まった。
編曲については、佐々木達哉が推薦した、後輩の鷹野宙也が、教育大学の講師を辞めることが決まり、楽団の専任として採用された。
同時に鷹野の楽譜作成などに伴う補助作業に、芸大生をアルバイトとして使うことも承認された。
三枝総務部長は、物流事業部にオーケストラの使用楽器機材運搬専用のエアコン付き大型ウイングボディ・トラック1台と、慈善活動に赴く管弦楽団用には、楽団員25名と楽器が積める中型マイクロバス1台を常駐させ、要請があれば何時でも対応できる体制を整えた。
この年は、7月8月9月に各1回、貴志指揮でオーケストラの定期演奏会を実施する計画も立てられた。狩谷専務が貴志の退団の花道として提言したものだった。
NK製作所営業部からの依頼によるリバー合奏団の地方公演については、宿泊旅費、出演報酬を含む全額をNK製作所負担として、都度交渉することになった。
NKイーグルオーケストラが、コンチェルトの為にリバー合奏団のソリストを招聘する場合は、国際コンクールの優勝者と入賞者、国内コンクールの優勝者と入賞者を格付けして報酬を支払うことで合意した。

葵カルチャースクールは、現在の音楽部門教室には琴教室だけを残し、それ以外を北山のREMAホールに託すことを決めた。
REMAの音楽教室は、全てリバー合奏団のメンバーから担当教師を選出する。
piano2名、violin2名、cello2名、contrabass1名、flute1名、clarinet1名が、生徒を配分して、曜日毎に分担して担当することとし、作曲コースは佐々木達哉1名で担当することに決めた。
生徒の指導は3時から6時の間で実施し、担当講師は7時からリバー合奏団の練習に参加する。

REMA音楽ホールの改装については、内装設備と音響効果等に関して最終確認がされて進行中である。
ホールは2階フロアを撤去して高天井とするが、後部の一部は二階客席20席の為に改装して残すことにした。
一階は、トイレ、洗面、事務所とロビーを配置、客席椅子は、何とか130席を確保するため、ステージを予定していた部分の壁を取り除き、駐車場の一部に建屋を延長増設することに設計変更されている。収容人数150名のホールとなる。
玄関からロビー、ホールの全てのドアはガラス張りとし、カーテンは設備されるが、通常は外部からホールの内部が見通せる、防音構造のガラスドアは防災上から避難時は全開可能になっている。
3階の防音教室は、中央に廊下を通したハーモニカ型で、片側に5室と片側にはグランドピアノ専用室が1室、アップライトピアノ専用室2室と教師準備室1室を配置。
ホールのフロアは、ブルー、グリーン、グレー、ブラウンの配色で、鴨川をイメージしたデザインを芸大の美術専攻科に依頼することになった。

リバー合奏団は、ホール完成後、できるだけ早い時期から、毎週金曜日にウィークエンドコンサートと銘打った演奏会を開くことを決めた。
土、日曜日に出張演奏会がある場合、従来から金曜日にリハーサルを実施しているのを有効に活かそうとするものだった。
また、音楽教室の生徒たちのソロ発表会と、教師と生徒参加によるアンサンブルの発表会も考えている。

ダンス用貸衣装店のロズレが創業した、中高年の無宗教結婚式場は《ロズレ・ロマンスホール》と名称が決まった。
式場の責任者となるロズレの菊池伸一社長は、会長の提案を受けて、ホール活用の一環として、結婚式以外に集団見合を意図した、ヨーロッパ風のワルツ舞踏会を企画していた。
これについては、リバー合奏団の生演奏を売りにしたいから、参画をお願いできないかと申し入れが来ている。
舞踏会の出席者は80名から100名で、参加料の50%を報酬として支払うという条件が出され、メンバーで相談して受ける方向にある。
パーティーは、レストランのデリバリーで、オードブルとワインのみで一人5千円という事だった。保は『美味しい話しやないか』と言って、メンバーを、その気にさせた。
その保は、4月に結納、6月に結婚式を挙げることが決まった。
結婚相手の坂井友紀の母がやっている実家のブティックは、売上不振と母のメニエル病の発病もあって、3月末には閉店することが決まっており、友紀の両親は、娘の結婚を機に、住居とブティックを友紀と保のために改装して、自分たちはマンションに移り住むと決めている。
友紀がオープンしていた《パティスリー・YUKI》の賃貸物件は解約して、新たな住まい兼店舗に住むように勧めており、保も友紀も、そのつもりでいる。
改装後は、ブティック1階をケーキ作りの作業場とイートイン可能な店舗に改装し、二階は二人の新居として、二人の希望通りに改造するらしい。
『〜テーブル席と、広くはないが、保くんの練習と弦楽カルテットが演奏できる程度のステージを設けるから、結婚祝いとして受け取って欲しい〜』と云う、保にとっては有難い、義父母からの申し入れだった。

野間麗子と是貞容嗣が立ち上げた児童書出版社《Dream Rabbit》は、4月に英語と日本語対訳の絵本4冊を同時発刊すると、案内文書が貴志に届いている。
《Conversation-Series》は、おはようからおやすみまでの日常を学ぶ英語《What-Series》は、幼児の日常生活を扱った日常会話に重点を置き、色々な事物を学ぶ英語《Why-Series》は、物事の理由を学ぶ英語《Nature-Series》は、自然の事象から生物植物などを学ぶ英語と、ジャンル分けしてある。
夫々のページが、輪郭の淡い柔らかなラインと淡い色彩の絵、その中に図鑑のような細密な絵が混じるユニークさが、発刊前書籍案内で高評価を得ているようだ。
編集スタッフ紹介欄には、京都在住の大学外国語教師が加わり、イラストレーターやカラーコーディネーター、書籍の手触りを考慮してか、紙業店や布地店なども出版協力に名を連ねていた。

三井杏奈はカミートの外山祐介との結婚を決めたようだったが、REMAでの生徒レッスンとリバー合奏団に加え、個人リサイタルもあるため、多忙な情況になることが予測され、必然的にカミートの手伝いからは遠のくことになる。
カミートを手伝うようになった杏奈の従妹の三浦早苗は、今では、彼女の接客態度が多くの客に好印象を与え、店の人気者になっている。
祐介は、早苗の接客センスを高く評価してフロアの責任を持たせて優遇している。
そんな早苗の働きもあり、祐介にとっては、杏奈にはカミートの手伝いよりviolin演奏家として活躍してくれる方が、二人の間にいい距離感があって楽しくなる筈だと、保や貴志には話している。
NK製作所専務狩谷翔平、音楽家芦川貴志と逢坂保、そしてリバー合奏団メンバー、葵グループ西田宗一郎の熱意が、それぞれの音楽に託す夢を実現させようとしていた。 (完)


← 前の回  ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 458