20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:クラシック 作者:ジャンティ・マコト

第3回   同窓生
西城綾子と芦川貴志は、山陰の高校で一緒だった。
京都に実家のある貴志の父は、有名ホテルのシェフとして、幾つかのホテルで仕事をしていた。
東京をはじめ、九州、東北、そして山陰と、望まれるままに、現地へ赴いて仕事をしていた。
貴志が幼少時から中学生になる迄、父と共に暮らしたのは五年くらいで、兄や姉とは違い、共に過ごしたという実感は、数えるほどの記憶しかなかった。
貴志が中学三年になるとき、父は勤務しているホテルが山陰に系列ホテルを新設することになり、三年間の契約で招かれ、赴くことになった。
その時、ピアノ教師をしていた母が、高校で日本史の教師になっていた兄と、私立女子高校の英語教師になったばかりの姉を京都に残し、貴志を連れて父に同行するといった。
父は➋二年前に腰を痛め、毎夜、母が手当てをしていたこともあったが、思春期を迎える貴志に、父との関係を深めてやりたいという思惑があったらしい。
中学三年生を➊一年と、高校の三年間を山陰で過ごした。
貴志は高校を卒業すると、希望だった芸大に合格して京都に戻った。
父の仕事は、三年の契約が二年延びることになっていたため、母と共に残り、貴志に遅れて、翌年に京都に戻った。
60才を間近にしていた父は、腰痛の持病も考えてホテル勤めを辞めた。
ちょうど、母の両親が高齢になったことを理由に、長く続けた和食料亭を閉めると聞いた頃だった。
ビルの三、四階が住居で、一階と二階を利用した料理屋だった。
母はひとり娘だったため、後を貴志の両親が見ることになった。
貴志の両親は、小料理屋を改装し、カルチャースクールを立ち上げた。
父は、西洋料理、母はピアノ教師の他にも、和食料理研究家でもあった。
また、父はシェフの仕事と多少の関係があった、毛筆の師範でもあった。
両親が、この話をしたとき、三十才になっていた姉の佳乃が、二人目の子供ができるのを機に英語教師を辞め、カルチャースクールで英語と、可能であれば、既に教師の免状を持って、学校でもクラブの顧問として指導をしていた、生田流の琴を教えてもいいと申し出た。
同時に、実家の公認会計士事務所を手伝っていた、夫の難波宗一郎も、会計士事務所を辞して、手伝ってもいいと申し出た。
今は軌道に乗り、姉婿の難波宗一郎が代表として、料理、英語、琴、ピアノ、書道の教室を運営している。

貴志が高校時代に英語部で一緒だった西城綾子は、優秀な高校生だった。
高校卒業後は、大阪に住む叔母夫婦を頼り、大阪の医大の看護学科に進んだが、彼女が大阪の医科大学に進んだことを、貴志は知らなかった。
北山のレストランで食事を済ませていた綾子と一緒に店を出ると、腹ごなしにと、直ぐ前に見える、小春日和の植物園を歩くことにした。
「ほんとに、何年ぶりなのかな?」
「十二年になるか…」
「そうね、卒業して京都に帰ったのは知っていたけど、今、何をしているの?」
「ああ、芸大の非常勤講師と、あとはいろいろ」
「じゃあ、結婚はまだ?」
「そういう西城さんこそ、どうして、こんなところに?」
「そうだわね、わたし、医科大学を出て大阪の病院に居たんだけど…」
「医者なのか?」
「ううん、看護師なんだけどね、救命救急センターに配属されてから、ちょっと精神的ストレスに負けちゃってね、二年前に辞めて、叔母の紹介で京都の診療所に移ったというわけなの、今日は、叔母さんにお遣いを頼まれて小父さんの実家に届け物を持って行った帰りだったの、食事をしていくように言われたんだけど、わたしは、あまり親しくは無いし、それで」
「そうか、独身という事か…」
「実はね、ちょうど、大阪の病院を辞めた年に、高校卒業から10年目のクラスの同窓会があったでしょ、知ってる?」
「ああ、連絡だけは、でも、色々とあって、それどころじゃなくてな」
「わたしも勤務していた頃だと出られる状況にはなかったけど…でも、落ち込んでいたし、時間もあったでしょ、その時は実家に戻ろうかとも考えていたし、まあ、ついでに出席したようなものなんだけどね」
「そうか、みんなは、変わっていただろうな?」
「出席したのは二十人くらいで、男子の方が少なかったかな、そのうち、女子の半分と、男子が二人だったかな、結婚していたのは」
「それなりに、家庭を持ったんだな…」
「そう、思い出したわ、芦川くんのことは、英語部だった山口くんから聞いたのよ、芸大を出た筈だけど、その時は、どこにいるか分からないって話してたわ」
「嘘だよ、だって、同窓会の案内葉書は、両親のところに届いていたんだから、待てよ、暫く京都を離れていたことがあるから、その頃のことかも知れないな…。
あいつ、思い出したように、お袋宛てに梨や蟹を送り付けておいて、電話をしてくるらしいんだ、向こうに居た頃には、結構、うちに遊びに来ていたからな、お袋をおだてては、何やかや、食いまくっていたから、僕がピアノの練習をしてる傍でだよ、自転車で運動しようと誘うと、『あっ、帰る時間だ』と、いつもそうだった」
「そうだわ、芦川くんが予餞会でピアノを弾いて、初めて、みんなが知ったんだわ、お母さんもピアノを教えておられたでしょ、だから、もしかしたら、芦川くんは、芸大を受けるかも知れないなって、みんなで話していたのを思い出したわ…」
「ああ、進路指導の山田先生には伝えていたんだ、それより、西城さんが大阪の医大に行くことは、知らなかったな」
「それはいいのよ、思い出したのはね、卒業式の日、わたし、麗子さんから預かった手紙を、芦川くんに渡したわよね」
「うん…」
「あれ、読んだ?」
「読んだよ」
「それで、何かしたの?」
「何もしていないけど…」
「そうなの…」
「でも、実は…、今でも持っているんだ」
「ふーん、そうなんだ…」
綾子は暫く、園内の針葉樹林の中で啼く、ヒヨドリの声を聞いていた。
「ねえ、聞いてくれる?」
「なに…、いいよ」
「麗子さん、まだ独身なんだって、同窓会には来てなかったんだけど吉沢さんが話していたの、芦川くんは、麗子さんが芦川くんのことを想っていた事は知っているのよね、わたし、今でも、あの桜色のいい香りのする封筒…、今だから、訊いてもいいよね、何て書いてあったのかしら?」
「うん、僕と同じ想いだった、と答えておくかな、でも、嬉しかったな…」
「そうか、何処かで会えるとドラマチックだと思うけど、こればかりはね…」
「縁があればって、ところかな」
「そうだ、芦川くんの名刺くれない?」
「いいよ、どうぞ」
「松ヶ崎なの、ひとりで?」
「リフォームした古い家なんだけどね、近所を気にしないでピアノが弾けるんだ、防音付きのマンションもあるけど、僕の給料では無理だし、裏は山で、近所が少し離れているから」
「不便じゃないの?」
「いいや、ピアノが弾けて、静かだから、でも、大学は遠いかな、市内の反対側だからな、まあ、講義は毎日じゃないし」
「ねえ、結婚の準備はできているの、音楽家の収入って、きついんじゃないの?」
「まあね、でも、今日、何とか目途がつきそうな状況になったところなんだ」
「今日なの?」
「実は、准教授のポストを辞退して、今は非常勤にしてもらっているんだ、だから、確かに厳しいものがあるけど、演奏や指揮の依頼も少しはあるから、それで稼いでいるってところかな、研究費は足りているんだ、けど、結婚となると無理だよね…。NK製作所って知ってるか?」
「ええ、立派な会社よ、医療関係の機器もあるわ」
「今日、面接をして、そこの吹奏楽部を、創部から任されることになったんだ、外部顧問としてね、三年か五年、大学は、いつでも准教授で戻って来いと言われているから、なんとかなるなって、それで自分を祝福してハンバーグ定食ってわけだ」
「そう、準備は上々って訳なのね」
「ところで、西城さんは何処に住んでるの?」
「東山、診療所の寮があるのよ、寮といっても、院長宅の離れみたいな家だけどね、若い同僚の看護師とふたりで…、入院設備は無いんだけど、院長夫婦が医師でね、小児科、内科、消化器、まあ、ご近所の病人なら、何でもって感じかしら」
「叔母さんの処は、出ちゃってるの?」
「うん、いつでも戻っておいでって言われてるから、部屋はそのまま」
「たまには、食事に誘おうか?」
「いいわね、寮か携帯、いや、診療所がいいかな、夜なら寮に電話くれればわたしと同僚の看護師だけだから…、診療所に居るときは、携帯、持ってないから」
植物園内を一周して、三時前に北山駅で綾子を送ってから、貴志は反対側ホームで国際会館行を待った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 458