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作品名:クラシック 作者:ジャンティ・マコト

第24回   音楽家達
金曜日、貴志は大学の講義が終わるとNK製作所に向かった。
その日は、オーケストラの練習を早めに切上げて、リバー合奏団の練習場でもある、保がチェロを教えている楽器店に行くつもりだった。
リバー合奏団の演奏機会は、ほとんどが週末に組まれているので、演奏会直前の金曜日には、必ずリハーサルをするのが通例なのだ。
NK製作所には、何時もより30分早く出社した。
受付の内線電話で谷岡梨香子を呼ぶと、梨香子は、笑みを浮かべながら速足で廊下を歩いてきた。
「こんにちわ、早く来て頂いて良かったです、狩谷専務から、お見えになったら直ぐに呼んで欲しいと伝言を貰っていますので…」
「そう、僕も会いたいと思ってたので、早めに…」
「そうですか、じゃ、どうぞ」
梨香子は先に立って、専務室に案内した。
梨香子はノックをして返事があると、ドアノブに手を掛けたまま言った。
「芦川さんが、見えられました」
「そう、入って貰って…」
狩谷専務はドアに近づきながら言う、梨香子は狩谷専務が上機嫌なのを察した。
部屋に入った貴志に専務が言った。
「芦川さん、コーヒーでいいかな?」
貴志が「はい」と答えると、狩谷専務は梨香子に「同じで」と答えた。
ふたりがソファーに腰掛けるや否や、狩谷専務が口を開く。
「先日は、どうもありがとう、リバー合奏団に出演をお願いしたのは、我ながら、いいアイデアだったと自画自賛しているところでね、既に承知だと思うけど、効果は予想以上のものでね…」
「そうだそうですね、野島教授から聞きました、実は、リバー合奏団のことも、新聞に載ったことで問い合わせが増えて喜んでいます、ほんとうに、ありがとうございました、それと、多分な報酬を頂いて、みんな感謝しています、重ねて、ありがとうございました」
「いやいや、有名なメンバーもおられて、本来の相場なら、あんなものではないでしょう、こちらが恐縮しているんですよ、先日は忙しくしていて、あの後、話ができなかったからね、改めて、お礼を伝えたかったんですよ」
「わたしの方も、こんな効果があるとは思いませんでした、感謝しています」
「業界紙に載ってから、総務部にも営業部にも多数の電話が入ってね、大沢社長がオーケストラ設立の趣旨と将来像を話されたのに呼応して、協賛の申し入れとか演奏に来て欲しいとか、有難いものばかりでね、営業部門は商談の大きなバックアップになると喜んでいるんだよ」
「そうですか、協力出来て良かったと思います、ところで専務、先日、相談をと言っていた件なんですが、大学の方からも色々と情報を貰っていまして、これからの方針について、自分なりに計画書を作成しています、今月中には、まとめて提出させて頂きますが、要点は3つあります…、今、時間はいいですか?」
「ああ、いいよ、聞かせてもらうよ」
ドアにノックがあり、総務課の女性がコーヒーを持ってきて、テーブルに置くと、黙って会釈だけすると出て行った。
「それでは、先ず、大学からの要望もありまして、わたしの現在の顧問職を来年1年迄の任期2年に短縮させて頂きたいという事です、次に、後任候補として、アメリカとカナダで活躍していて、今度、日本に戻ってくる、後輩指揮者の佐伯憲明くんを常任指揮者として迎えて貰えたら、彼にとってもオーケストラにとっても、好い効果が生まれるのではないかと言う事、最後に、これは、わたしの勝手なお願いで、大学の意向ではないのですが、新設オーケストラを充実させる意味でも、わたしの出身大学の卒業生を楽団員として採用機会を与えて貰えないかと言う事です、勿論、要望に沿う人材を採用して頂ければということですが、各楽器セクションに基本と経験を積んだ演奏者が加わることで、レベルアップが図られると踏んでのことなんですが、詳しくは、計画書で提出させて頂きたいと思っています…」
「芦川さん、多くを語ってくれる必要はないですよ、貴方の指導でオーケストラは予想以上の進化をみせている、わたしもNKイーグル・オーケストラの当社からの分離については1年早めようと考えて、重役会に諮る準備をしているんだよ、同時に、少し早くなるが、社内演奏者の中からオーケストラ専属契約希望者を募り、出揃ったところで、補充しなければならない楽器演奏者の採用を来年度採用枠に入れようと思っているところでね、今の話はよく理解出来るから、計画書を読ませてもらって、芦川さんが思い描く将来像を見せてもらいましょう…」
「ありがとうございます…、佐伯くんは、今後はクラシックファンを増やすために国内のみで活動したいと言う事なので、適任者だと思います」
「そうだ、もうひとつ、《NKイーグル・オーケストラ》の名称は、あくまでプロ楽団の名称として使用するつもりでね、慈善活動に関しては、非営利、鑑賞料無料、無報酬を考慮して《KADONO管弦楽団》とする予定なんだ、どうだろう」
「それは、いいアイデアだと思います、NKが付けば広告になりますから営利と取られかねません、ポップな曲も演目に加えることになると予測されます、著作権使用料のこともありますから…、流石ですね…、でも、ご理解頂いて、少し気が楽になりました、ありがとうございます」
ふたりは頷き合いながら、薫り高い良質のコーヒーに手を伸ばした。

オーケストラの練習を30分早く切り上げた貴志は、河原町三条の《うどん屋》で軽い夕食を摂ると、写譜用万年筆のスペアインクを購入するため文具店に寄ってから楽器店に行った。
楽器店の練習部屋には、NK製作所で演奏したメンバー9人が来ていた。
保によると、間もなく、後のメンバーも全員が来る予定だと言う。
全員が揃う前に、封筒に入れたNK製作所での出演料を保が手渡した。
「一応、明細書を入れといたから、見といて下さい…、それと、今回の独奏はタクさんとアンナと貴ちゃんやから、先ずは全員から、何時ものように10%引いて三等分してるから、そこも確認しといて下さい…」
タクが言った。
「こんなん久しぶりやなあ…、保ちゃん、これかも頼むわな…」
「タクさん、これは僕と違います、貴ちゃんの恩恵ですよ」
貴志が言った。
「それは違うな、きっかけは僕やけど、みんな名の知れた演奏者やからや、それに演奏内容が全てやったと思うけどな…」
タクが言った。
「それは言える、みんな夫々に練習を積んでるのが分かるよ、これからも一層練習積んで、何処へ出ても感動を与える演奏を目指さなあかんな」
保が言った。
「今回は、ここに居る9人が恩恵を受けたけど、全員が同じように出演料を取れるように頑張るから協力頼みますよ…、貴ちゃん、あの話進めてもええかな?」
「うん、一応、電話では話してある、宗一郎さんは正式に言うてくれたら、なんとかする言うてくれはったけどな…」
「そうか、そんなら、みんなで考えるか…」
この時、遅れて来たメンバーが揃って部屋に入って来た。
「遅くなったかな…」
タクが言った。
「いいや、ちょっと保ちゃんから話が合って、みんなで聴いてたとこやから、まあ、座り」
みんなが座ったところで、チェロのヒコ(大谷光彦)が言った。
「今、保ちゃんから、話があるっていうことで聴いてたとこやから…、保ちゃん、なんんのことやろ?」
「うん、NK製作所の演奏会の後にな、結構、演奏依頼の話が来てるんです、あの翌日だけで5件、昨日も3件来てます…」
コントラバスのバスマツ(松田幸雄が言った。
「あの後、なにかあったんか?」
「そうか、みんなは知らないですよね…、あの日の翌日なんですけど、新聞に載ったらしいんです、業界紙と地域の音楽雑誌やから、知らんでも仕方ないんですけど、僕は直接電話を受けて知って、貴ちゃんは大学から聞いて知った言う事ですわ、新聞では偉い高い評価をしてくれているそうで…、それと、あの日、聴いてくれてた人達から口伝で聞いたひとが電話をしてくれたという事なんです、つまり、リバー合奏団が公の場で演奏を評価されて、演奏する機会を得ることができた言うことです」
バスマツが言った。
「そんなことがあったんか、有難いな…」
「そこで、貴ちゃんと相談をしたんです、リバー合奏団の事務所を設置した方がええんと違うかと…、僕は、やがて実家を出るつもりなんで、この際、リバー合奏団事務所を設立して、葵カルチャースクールにマネジメントをお願いしたらどうかと考えたわけです、幸い、貴ちゃんの姉婿で、葵カルチャースクール代表の西田宗一郎さんの実家は公認会計士事務所ですし、うちの奈っちゃんの叔父さんは司法書士事務所やから、何とかなると思うんです、どうですかね」
タクが言った。
「保ちゃんがマネージャーとして、専任でやってくれる訳やな?」
「まあ、専任というか、チェロ奏者には違いないです、僕は間もなく実家の貸衣装店からは出て、合奏団の営業を中心に、やろうかと思ってます、そやからマネージャーとして報酬を貰うと言うことはありません、僕らは、あくまでも楽器演奏者として集まっている訳やから…、今までは、貴ちゃんの名前で取って来た演奏会を、僕が積極的に取ってこようという事です、貴ちゃんは、NK楽団の設立が見えたら大学に戻ることが決まってるから、ちょっとでも、僕がカバーできたらいいかなって…」
バスマツが言った。
「そんなん、保ちゃんに負担掛け過ぎることにならへんか…、大丈夫か?」
「バスマツさん、僕は行けると思ってますから、暫く、任せてもらっていいですよ、地の利と人脈で、なんとか演奏機会を広げていく覚悟ですから…」
タクが言った。
「保ちゃん、逞しくなったなあ…、僕は保ちゃんに任せてもいいし、協力もするよ、みんなは、どうかな?」
アンナが言った。
「わたしも、保ちゃんに任せていいわ、口幅ったいけど、わたしの名前も使えるんやったら使うてくれてもかまへんし、協力させてもらうわよ」
「ありがとう、ここに居るみんなは、十分に客を引き寄せる演奏家としての名声を持っているから、僕はリバー合奏団を《イ・ムジチ合奏団》みたいな、同窓生に引き継げるような音楽家達の合奏団に出来たらええなって、考えてるんですけど…」
「保ちゃん、大きく出たなあ…、同窓のイ・ムジチ(音楽家達)か、でも、そのくらいの意気込みで、ええかも知れへんなあ、不肖ながら、このトシマツも協力は惜しまへんから…」
ビオラとバイオリンを演奏する松下年晴が言った。
貴志も言う。
「僕も、ずっと、この合奏団とは繋がっていたいと思っているから、今まで通りの役目は続けていきます、これを機会にリバー合奏団を定着させて、地域の人達に、いい音楽を提供して行けたらと思っていますから…」
年長のバスマツが締めた。
「いいね、どうやら、みんなも同じ思いのようやな、保ちゃん、やれるとこまで、やってみるか、それで、いいよな…」
全員が了承した。
ヒコ(大谷光彦)が言った。
「ところで、保ちゃん、実家を出るって言ったけど、どうすんの?」
アンナが代って言った。
「ヒコさん、保ちゃんには、好い人が居てはるから、そやからね…」
「そうなんや、結婚するんやな、チェロ四人組で一番乗り言う事か、ええなあ…」
「まだ、何時とは決めてないけど、そのつもりです、相手に経済力があるんで、ちょっと気が引けるけど、チェロ弾きとして続けられるのやったら、我慢できますから」

この後、土日に演奏に行くメンバーが残って、練習を始めた。


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