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作品名:クラシック 作者:ジャンティ・マコト

第13回   楽友
NK製作所構内の桜の木は、正門から管理棟までの道路両脇に10本ずつ、管理棟から左右に分かれる道路沿いを経て物流事業部と講堂に続く構内道路脇に34本ずつ、合計88本が植えられているという。
新入社員歓迎の花見会は、物流事業部棟と講堂の周りの芝生地で催される。
花見会は、例年、桜の花が咲いていることは無く、ソメイヨシノに交じって数本植わっている遅咲きの八重桜が稀に咲いている年もあるが、通常は、花見会と言うより葉桜見会と言ってよい景観だった。
オーケストラに登録されたメンバーは、新入社員歓迎会に向けて、ほとんど毎日、練習を重ねていたが、週間天気予報では晴天が続くらしく、歓迎会の二日前に、厚生課から演奏機会はないと連絡を受けた。
三週間の、実演に向けての練習に手ごたえを感じていたメンバーの間には、気落ちした雰囲気が漂っていた。
最後の練習日に、演奏楽曲の二曲を演奏して終わることにした。
一時間ほどの演奏を終えたとき、全員が納得できる演奏ができた満足感に浸った。
会議室に来ていた狩谷専務と谷岡梨香子のふたりの拍手と、メンバーが互いに楽器を叩き合う音が、静かになった本館廊下に響いていた。
ピアノと指揮を担当した貴志も、オーケストラの先行きに僅かではあるが光明を見出した、と同時に講堂で聴いてもらえなかったことを残念に思っていた。

ゴールデンウィークの期間中、アンサンブルの演奏機会は無かった、と言うより、逢坂保が仕事を取らなかった。
その逢坂から電話があったのは、連休最後の《こどもの日》の前日だった。
貴志は実家で両親と共に夕食を摂り、松ヶ崎の家に戻ると素早くシャワーを使った。
冷蔵庫からスモーク・チーズとスモークサーモン・スライスを取り出すと、ガラスプレートにミックスナッツを加えて盛った。
アンサンブルのメンバーで、ウイスキー好きのビオラ奏者ミノ(長谷川稔)に勧められて買った、シングルモルトの《SPEY-RIVER RUM CASK FINISH》をロックグラスに注ぎ、一脚しかない、柔らかなクッションのソファーに落ち着いた。
憧れの《ウラディーミル・アシュケナージの初期録音集》を聴いているときだった。
テーブルの端に置いている電話のランプが点き、直ぐに呼び出し音が鳴った。
「貴ちゃん、休み、どうしてる?」
「ああ、いきなりかよ、先月は何かと忙しかったからな、じっとしてた…、何か仕事が入ったの?」
「違うよ、明日なんやけど、時間とってほしいんや…、どうや?」
「ええけど、何事や?」
「ああ、ちょっと面白い話なんや、うちのアンサンブルを専属でどうや云う話やねんけどな、うちのメンバーの中には、生活苦しいのも居るやろ、何とかなりそうな話なんや…」
「そうか、ええよ、何時、何処で?」
「そうやな、本能寺会館の喫茶で、三時はどうやろ…」
「ええよ、保っちゃんだけ?」
「明日はな、次は相手側の人間、紹介するわ…、ほな、それで、おやすみ」

連休最後の日は、西の愛宕山の山頂辺りから北の山並み上空、更に東の比叡山辺りの上空にまで薄い曇が広がっていたが、晴れの日は続いていた。
逢坂保は、地下鉄京都市役所前駅の地上出口の傍に待っていた。
白いハイネックティーシャツに紺色の襟無しジャケット、クリーム色のパンツに茶色のローファー、濃紺縁のウェリントンタイプの伊達眼鏡。
「なんや、その恰好は?」
「クラシック演奏家には、見えへんやろ…」
「珍しいな、どないしたん?」
「ええから、店、入ろう…」
保はコーヒーを注文し終わると、直ぐに本題に入った。
「うちの仕事の関係なんやけどな、ダンス衣装だけの貸衣装店で《ロズレ》いうのがあるんや、一階が店で二階にダンスフロアがある店や、そこの社長が《半木(ナカラギ)の道》の賀茂川を挟んだ対岸の辺りなんやけど、土地を買わはってな、そこに無宗教の結婚式場を造らはるんや、しかもな、中高年を対象にした結婚式場なんや…」
「なんや、それ? 無宗教に中高年対象って?」
「簡単に言うとな、仲間内の披露宴みたいな結婚式いうことや…、ロズレはな、商売柄、ダンス教室との付き合いが多い訳や…、教室ではな、結構、中高年のカップルが誕生するんやて、勿論、再婚も多いらしい、そんなこともあってやな、派手に教会や神前や仏前結婚なんて、でけへんやろ、結構困ってはるひとが居てはるわけや…」
「そこでダンス音楽を、やれってか?」
「違うがな、結婚式のバックミュージックや、社長が言わはるにはな、若い人等と違うから、ポップミュージックやのうて、シックな生演奏のクラシック音楽を売りにしたい言うてはるんや」
「アンサンブルのメンバーが、食べていけるくらいのギャラが出るわけか?」
「ああ、牧師や神官を呼ぶ必要は無いから、食事と場所代だけや、しかも結婚式は土日だけに限定やそうや、ギャラは式の契約金額の三分の一は出してもええ言うてはるからな、うちのメンバー四、五人…まあ、六人くらいまでやったら、一日で一人当たり多ければ五万円くらい、少なくても三万円にはなる、四週として二回なら、二、三十万はいけると踏んでる、一回の式は最低でも百万や言うてはるからな…」
「そんなんで、やって行けるの?」
「いけるよ…、和服を着る訳やないし、料理は京都らしく仕出しで対応、カラオケは無しで、その代わりがダンスや」
「ダンス?」
「そうや、基本はワルツ、シュトラウスの登場って訳や、ヨーロッパ調で行くらしくてな、建てもんの図面を見せてもろたんやけど、ちょっと宮殿ぽい感じやな、テラスがあって、その前にバラ園が広がる云う訳や…」
「あの辺に、そんな広い場所があったか?」
「運送会社の車両置き場やったらしい…、おもろい間取りでな、ツーフロアが真ん中で区切れる仕組みなんや、半分はマホガニー調の床、半分は大理石風の床、ぶち抜けば百組のダンスができる言うてはったな…」
「なんか、うまい話し過ぎるなあ…」
「そう思うやろ、僕も訊いたんや…、ほんならな、建てもんは社長の道楽費で借入金は無しや、人件費やけど、スタッフ以外はみんなプロと契約、アンサンブルもおんなじや、社会保険も何にも無し、安く出来るやろ…、それに参列者のドレスは普段でもオーダーで受注して作ってるから、その需要も生まれるし、当然、出席者のドレスの貸衣装もあるからな…」
「こっちにリスクは無いんやな?」
「ないよ、変な話になったら、契約を破棄する、そういう契約にしとけばええ」
「保ちゃんと僕も加わるんか?」 
「いや、僕はチェロが足りひん時は応援するけど、基本入らへん…、そやけど貴ちゃんには音楽監督としてスタッフに加わって欲しいらしい、芦川貴志の名前が欲しいってことやな…それと、うちには国内外の音楽祭で入賞したメンバーもいるやろ、格調高い楽団いうことになるからな」
「僕のは別勘定ってことか?」
「そうや、助かるやろ…、でも、貴ちゃんはNKの方もあるやろ、土日言うても、打合せとかあるから…、大学の講義もあるやろし、それがちょっと心配やねんけどな…」
「いつ頃からなんや?」
「結婚式の営業は来年の春やねんけどな、契約が無ければ、それまではダンス・フロアとして活用する言うてはったわ、利用するひとは結構あるらしくてな、音響と照明システムには金かけてはるみたいやで、技術者もTV局の下請け会社からピックアップするらしい、勿論、契約社員や…」
「ふーん…、来年春か、NKの方は、当面、三年が目途なんや、情況によっては五年の話もあるけど、僕としては、三年以内には大学に戻らなあかんと思うてる、恩義もあるしな…、でも、メンバーが少しでも楽な生活ができて、演奏活動ができるんやったら協力するよ」
「そうやな、みんな、今更、楽器は捨てられへんやろからな…」
「そういうことや、僕は、なんとかクラシックの世界でやっていけそうな目途がたったと思ってるんやけど、メンバーのことも考えてあげなあかんと思うてるから…」
「貴ちゃん、成長したなあ…」
「そんなことあれへん、まだまだや…、じゃあ、この件は保っちゃんに任すわ…」
「ああ、ほんなら、話し、進めるわ」
保は安心した様子で、冷めたコーヒーを飲んでいた。
「保っちゃん、話は違うけど、今日の格好は、どうしたんや、変やで…」
「ああ、忘れとった、貴ちゃん、もう一件、話があったんや」
「その恰好と関係あるんか?」
「そうやねん、あのな貴ちゃん、来週の土曜日、北大路でカルテット入ってるやろ、僕とバイオリンのミッコ(正田美津子)とビオラはキミマツ(松田君夫)、それと貴ちゃんや、あれ、終わってからやねんけどな…、貴ちゃん、女性を二人と男性一人くらい連れて来られへんかなぁ…」
「それ、合コンか?」
「中り、と言うか、異業種従事者の情報交換会言うことにしとこ…、これから女性と会うんや、若いけどケーキ屋のオーナーで妹の先輩なんや、妹の頼みやったら、ちょっと避けられへん理由があってな…」
「保ちゃん、嫌そうに言うてるけど違うやろ、案外、その気なんやろ…」
「流石やな、何でもお見通しや、実はそうなんや…、でもな、向こうからのご指名なんやで、以前うちに来たことがあってな…、まあ、それはええか…、貴ちゃんからアンサンブルの営業を任されたやろ、僕なあ、この道で、やってみとうなってな、本気でメンバーが食うて行けるようにでけへんかって考えてる、そやから、この先、貸衣装店は僕が継がんと、妹に託そう思うてるんや、今回の結婚式場の話は、その第一歩いうことやねん」
「そんなん考えてたんか…、そうやな、みんな音楽の臨時教員や個人レッスンで食うてるんやもんな、家業があって援助してもらえる僕や保っちゃんは恵まれてる方やねんで」
「言うても、メンバーの半数も両親が自営業やで、まあ、みんなが後継ぎ言う訳にはいかへんしな」
「そうやな、音楽も芸術やけど伝統芸術やもんな、西陣で刺繍やってはるタクさん(浜家拓雄)とこも、古美術商のヒコ(大谷光彦)くんとこ、扇子屋のヤナ(柳井友美恵)さんとこもそうやな、みんな家業を継げるタイプやないよな…、小さい時から家の仕事は見てても、楽器演奏だけで育って来てるんやもんな…」
「それでや、僕としては異業種の男女で情報交換会をやって、ええ人を見つけられたらええなあと思ってるんや、次回からは、うちのメンバーを加えて、音楽活動が許されるような職業の相手を選んでくる、つまり、手に技術を持ってる人とか、自分がオーナーと言う人をな…」
「そういうことか…、僕の方は…、そうやなあ…ああ、居る居る、何とかするわ…」
「そう言うてくれると思ってたわ…、場所は、こっちで手配するから、たのむわな」
「それで、これから会う女性は、保ちゃんの本命?」
「そんなん、まだ分からへんよ、向こうからやと聞いてるけど、妹が、僕の事をなんて紹介してくれてるか分からへんしな…」
「ケーキ屋さんのオーナーパティシエなんやろ」
「貴ちゃん、女性はパティシエールなんやて、妹の受け売りやけどな」
「解るわ、フランス語やろ、どっちにしても偉いなあ、歳は幾つのひとなんや?」
「二十八、言うてたかな…」
「ふーん、こっちも一人は同じくらいの歳の女性や、多分、来てくれると思うわ」
「ほな、女性二人と男性一人、貴ちゃんとで、二組やな、今回は、こっちも二組やから、八人やな」
「会費とか、どうすんの?」
「いらへん、今回はイタリアンの試食会やから…」
「試食言うてもただはないやろ…」
「あんな、幼馴染が先斗町歌舞練場の近くで開店することになってな、ちょっと多めの祝儀を渡したんや、そのお礼や言うて、どうしても来て欲しい言いよんねん、十人までなら面倒みる言うから、今回は無料や、二次会は知らんで…」
「何か、嬉しいな…、久しくイタリアンなんて食べてへんから…、ありがとう」
「食事だけちゃうで、見合いや、集団見合い…」
「やっぱり合コンやないか、保ちゃん、これからは、そんな仕事もやるんか?」
「冗談やないよ、友達みんなのことを考えてるんやないか…」
「そうやったな、ごめん、じゃあ、出席者は決まり次第連絡するわ…、簡単な紹介は書いとくから、よろしく」

地下鉄に乗る貴志を見送った保は、軽い足取りで河原町通を下がって行った。




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