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作品名:クラシック 作者:ジャンティ・マコト

第12回   同志
芦川貴志が中心となって演奏活動をしているアンサンプルのメンバーは15名ほどがいる。
メンバーが契約を取ってくる演奏会や、大学からの紹介で貰える演奏会もある。
演奏会は、ピアノとチェロの二重奏、弦楽器を加えた三重奏、五重奏、六重奏、八重奏、十人を超える演奏もあり、勿論、楽器ごとのソロもあればアンサンブルもある。
貴志はグループの練習日を火曜日と木曜日の夕刻に決めた。
週末土日に演奏会があるときは、金曜日に参加者だけのリハーサルを兼ねた練習をする。
NKイーグル・オーケストラの練習には、月曜日と水曜日に時間が空いていれば参加するが、金曜日には必ず出席することにした。
大学の講義コマ数はフルに嵌め込んで貰った。
講義については、忙しくても手を抜くことを自分に許さず、音楽に生きようとする学生達の力になろうと決めていた。
グループの演奏会については、オファーがあれば、平日は夕方四時半までとし、土曜日と日曜日は終日、何時でも出演することにした。
貴志が出演できない曜日には、出席できるメンバーがカバーした。
貴志は、講義が無い平日の昼間は出演できるが、平日にメンバーが集まらない時は、ほとんど逢坂保のチェロと組んで演奏の場を埋めていた。
保となら、かなりの楽曲をレパートリーに入れていたし、臨機応変な対応もできた。
百貨店のホールなら数名で対応するが、フロアならピアノがあればチェロとのアンサンブルで十分対応できた。
メンバーの副収入を大きく減少させることはできない、貴志と保は、今まで通りの演奏機会を確保するつもりでいた。

四月に入るとすぐに、オーケストラに参加する社員は平日の自主練習を開始した。
エルガーの《威風堂々》と、スメタナの《交響詩・わが祖国よりモルダウ》、シベリウス《交響詩・フィンランディア》のパート譜は、谷岡梨香子が、貴志が紹介した楽器店に依頼して手配し、登録メンバー全員に配布してある。
貴志は、狩谷専務から内々の話として、秋の創立記念日パーティーで演奏の機会があるかも知れないから、心づもりをしておくようにと、聞かされていた。
全体練習は、新入社員メンバーの研修が終わり、配属先が決まってからの参加を待って開始することになっていた。
年度初めで、参加者は疎らだったが、各演奏者の演奏を聴いて、持田の弦楽グループのメンバーのレベルが高いのに驚いた。
管楽器と木管楽器のメンバーは、軽音楽バンドと吹奏楽出身グループで差がみられたが、互いが自主的に意見交換しながら練習する様子を目にした。
ドラムを主体とする打楽器奏者は、三人いたが、そのうち二人は吹奏楽部経験者で、ドラム以外の打楽器もできるという、打楽器の三人も、これからの楽器担当について意見交換をしていた。
貴志は、協力して一つのものを創り上げようとする姿勢に、流石に一流企業の社員は違うと思った、社員のモラルの高さを感じていた。

四月最初の金曜日だった、貴志はNK製作所の終業時刻の五時少し前に出社した。
五時を回ると、大会議室にオーケストラメンバーが練習に集まる、その前の僅かな時間を利用して、貴志はピアノを弾いていた。
最初に会議室に姿を見せたのは、谷岡梨香子だった、一緒に応接コーナーへ来てほしいと言うので、ピアノを閉じて、梨香子に同道する。
応接コーナーの前に行くと、持田澄夫が待っていた。
三人は、摩り硝子のパーティションで仕切られた、応接コーナーの区画に入り、席に座って待った。
直ぐに、三枝総務部長が顔を出した。立とうとする三人に「そのままでいいよ」と制して、ひとつ空いている席に腰掛けた。
「芦川さん、どうですか、大変なことをお願いすることになって申し訳ない、専務から詳細はお聞きになったでしょう、芦川さんのペースでいいですからね」
「わたし自身の夢に沿うものでもあるので、遣り甲斐を与えて頂いて本当に感謝しています、期待に沿うようやらせて頂きます」
「そうですが、それは良かった、問題があれば、この二人に言ってもらえば結構ですから、宜しく…これだけを伝えたくてね…」
そういって席を立った。

梨香子が言った。
「持田さんとは話し合ったんですが、実は、四月末に予定されている新入社員歓迎の花見ですが、総務部は雨天に備えて講堂で屋台とバザーを計画しています、ですが、それだけでは間が持たないだろうということで、社内には幾つかの有志の音楽グループがあるんです、その中の三グループに声をかけて、演奏の場を設定しようということになっています、ただ、三組ともロック系バンドなんです…」
「それじゃダメなの?」
「三枝部長は、参加するのは、若い人たちだけじゃないから、ちょっとまずいかなって…」
持田が話しを継ぐ。
「赤井厚生課長から、そのときにオーケストラ創設のお披露目を考えているんだが、一、二曲、何か演奏できないかという相談があったんです」
「それに、狩谷専務からも、是非、芦川さんにも演奏をお願いしてみろと言われています、新入社員の親族も出席しますので、三枝部長は芦川さんが演奏されることで、親御さんも喜ばれるだろうし、社員の期待と理解も得られるだろう、そう話しておられます、如何でしょうか?」
「僕の演奏…大丈夫かな、逆に演奏を聞いて、連休明けから出社しない新人が出るんじゃないかな…最近そういうの、多いと聞いているよ…」
梨香子が、冗談だと察知して、笑いながら言った。
「芦川さん、少なくとも、私が入社してからずっと、ゴールデンウィーク明けに退社した社員は一人も居ないんですよ」
「流石だね、そんな軟な社員は採用しないんだ、申し訳ない」
「それで、どうですか…、持田さんからは、元のグループメンバーが全員オーケストラに参加しているから、弦楽アンサンブルならレパートリーもあるし、できるだろうと聞いてますけど…そうですよね…」
持田は頷いた。
「そうか、その手はあるね、持田くんは、それもあって練習曲を頼んできたのかな…」
「いえ、この話は、その後からです…、芦田さんに加わって頂ければ、社内のバンドグループに声をかけないで済むらしいです…」
「うーん…、君に頼まれた楽譜の一曲、ピアノと弦楽器の方だけど、間に合わせられるかい、30分くらいの曲だけど…、勿論、ピアノは僕が加わるよ、メンバーのピアニストじゃ、間に合わないだろ…、それと谷岡さん、ピアノの小曲なら、僕の方は要望があれば何曲でも…それはないか…演奏はだいじょうぶだよ、いいんじゃないかな…」
「弦楽器は大丈夫です、みんな経験者ばかりですし、練習に力が入ると思います」
「それならいいね…、そうだ、ふたりだけには話しておこうかな…」
「なんですか?」持田が不安気に訊く。
「先日、狩谷専務から誘われて飲みに行ってね、専務から聞いた話と、谷岡さんに届けて貰った、創業社長の自叙伝を読ませてもらって、覚悟を決めたよ…、僕は、オーケストラを一流にしてあげたいと、心に決めたからな…」
「ほんとうですか、課長が喜ばれます…それじゃあ、さっそく明日の朝、厚生課で計画をしますけど、芦川さん、晴天なら、この話は無しですから、わたしは残念ですけど、ご了承くださいね…」
「それは仕方ないね…、持田くんも言ったけど、練習の励みにはなるから、いいと思うよ」
「よぉーし、それじゃ芦川さん、今夜、三人で新年度の決起大会やりませんか?」
「それはいいね、今日は僕が持つよ、二人と行けば元気が出そうだから…」
「谷岡さん、いいだろ?」
「わたしは歓迎だけど…、ほんとにいいのかしら…」
「いいよ、この前、言っただろ、三人でオーケストラを成功させるんだって…」
「そうね、確かに…、芦川さん、参加させて下さい、お世話になります…」
「よーし、大宮駅の近くに馴染みのラウンジがあるから…、そうだ、その前に駅前の焼肉屋で腹ごしらえとしようか、後で、ラウンジでゆっくり、なんてどう?」
「いですね、ありがとうございます、じゃ、谷岡さん、それで」
「練習は七時終わりの予定だったね、七時半集合、谷岡さん、時間つぶせる?」
「大丈夫です、駅前の百円ショップで時間を潰しますから」
「じゃ、それで…、課長に会わなくていいかな?」
「いいです、いいお返事を頂きましたから、わたしが報告しておきます」

阪急京都線は西院駅より西で地上に出るが、集合場所の大宮駅は地下に在る、梨香子は駅から地上に出る階段の出口近くに待っていた。
階段を上がる貴志と持田を見つけると、軽く首を傾げて迎えた。
直ぐ近くの焼肉店に入ると、週末で個室は満席だった、三人は四人掛けのテーブル席に案内された。
メニューを任せるという二人に、三種盛り(上)を注文した。
和牛の上カルビ、上ロース、上ヘレが盛られたトレーを見たふたりは、満面の笑顔を浮かべて、ありがとうございます、と声をそろえた。
肉を焼きながら、二人は話す言葉も少なく、楽しそうに食べていたが、ビールは控えているようだった。
客席フロアが賑やかになり、食べ終わると、すぐに店を出てラウンジへ向かった。
ラウンジのカウンターに落ち着くと、三人が最初に会食をした時と同じように、スコッチ、バーボン、梨香子が頼んだウォッカベースのカクテルは、バーテンダーが勧めてくれたシー・ブリーズ、三つのグラスがカウンターに並んだのを見た三人は、思い出し笑いの笑顔でグラスを持ち上げ、タイム・アフター・ディナーとなった。

この夜は、仕事や音楽とは関りの無い、個人的な話しになった。
持田澄夫の実家は、京北で代々続く林業に従事する家系で、澄夫は次男だという。
充実した教育を受けさせたい両親が、小学校に入学する前、自分だけを京都市内に在った母親の実家に預けたのは、京都市内に在る私立の小中一貫校に通わせるのが理由だった。
バイオリンを弾くようになったのは、叔母の家の次女が習いに行くのに、ついて行ったのが始まりで、それ以来ずっと続けている。今でも時折、先生の元を訪ねて、演奏を聴いて貰うらしい。
高校は進学校に進み、大学では工学化学部で学び、NK製作所に入社するのが目標だったらしい、希望通り入社して、現在は分析機器事業部研究室の研究員なのだ。
梨香子が「持田さんは、研究室の期待のエースなんですよ」と話した。

梨香子のことは、同期入社でもある持田が先に話し始めた。
「芦川さん、谷岡さんの実家は北野白梅町に在る医院なんですよ、お祖父さんの代からのお医者さんです…、お兄さんは今も、まだ大学病院の勤務医のままなのか?」
「そうよ、でも、そろそろ辞めたいみたいなの…」
「谷岡医院を継ぐってこと…」
「それが違うのよ、兄は、小さな診療所みたいなところで、自分のやりたい診療をしたいらしいの…」
「お父さんは、継いでほしいんじゃないの、どうなの?」
「よく解らないの…まあ、残念に思っているとは思う、わたしは愚痴ばかり聞かされてるわ…」
「そうか、どうして梨香子は医学部に行かないで、経営学部なんだって…」
「そんなところ…、芦川さん、兄は芦川さんより五才上なんです、姉は結婚して東京にいるんですけど、兄は独身なんです、誰かいい方がいらしたら、紹介していただけませんか」
「うーん、自分が、まだなのに、ちょっとね…でも、気にかけとくよ、約束するよ」
「ほんとですよ…、独身なのは、わたしも一緒ですけど、それはそれということで行きましょう…」
「お兄さんの夢って、なんなのかなぁ…」
「何処でもいいから、地域の子供からお年寄りまで、みんなの日常生活を守ってあげたい…みたいなことを何時も話しています、だから、都会じゃない地域に行きたいみたいなんですよ…」
「昔の駐在さんみたいな感じ?」
「だと思います、変わっているんです…」
「いや、心に決めた夢があるんだと思うな…」
「兄の夢…、兄妹でそんな話はしませんから…でも、何か一途なところはあると思います」
「そうだと思うよ…。話は違うけど、ちょっと訊いていいかなぁ…というより、聞かせてくれないかな…」
ふたりとも、何事か、というように貴志に視線を向けた。
「ふたりとも、僕とあまり歳は違わないから、訊いてみたいんだけど…、高校時代に好意を持った異性がいて、お互いに好意を持っていることは認識しているんだけど、確認はしないまま、進学の都合で離れてしまったとしよう、十数年経って、二人を知る友人が再会する機会を作ってくれたとして、そんな時には、どんな気持ちで会うのがいいと思う?」
梨香子が言った。
「わたしは、離れる前に持っていた恋慕の情は忘れて、新しい出会いとして会いたいと思います、離れた時点の想いは、過ぎ去った年月が左右すると思います、お互いが同じ想いで、時を重ねて来ている確証はない訳だから、恋慕の想いに揺らぎがあっても不思議じゃないと思えるから…」
「そうか…そうだろうな…」
持田が言った。
「僕は、相手を想う今の自分の気持ちを確認して、確信できる想いを持って会えばいいと思うな、十数年経っても、相手と同じかも知れないし、変わっていても、今の相手に好意を持つことができるかも知れない、後は、なる様になる…そんな感じ…、芦川さんは、どうなんですか?」
「どちらも理解できるな…、もう一つ、いいかな…、仮にだけど、高校時代の恋慕する情なんて深刻な恋愛問題じゃないと思うんだ、愛情と言うより慕う、そんな表現が合っているような気がしていてね、つまり、複雑な感情の接点はないという事、だから、慕っていた想いだけなら、意外と合うかもしれないし、合わなくても、大した問題じゃないと思う…、訊くんだけど、夢は違っても、同じ生き方をして来ていたとしたら、どうだろう…、自分の夢に向かって、わき目も振らずに歩んで来た、そこが同じで、それが解りあえるとしたら、恋慕の情を持ち続けていたかどうかより、意味ある要因だと思う、自分の抱いていた恋慕の情に自信が持てると同時に報われたと感じられるんじゃないかなぁ…、僕としては、それを確かめたいと思うけどね…」
ふたりは、話の真意を理解しようと、暫く口を紡ぎ、溶けた氷のグラスと、底に残ったカクテルに視線を落とした…。


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