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作品名:王家の紋章 作者:うつつうず

第9回   後継者
 翌朝、アルとリラに入れ替わるようにハシュラム伯の姿がラルフの隠居所にあった。
 「おはようございます。いかがされましたか?」
 「ふむ、一昨日の襲撃の目当てが、ディアスの後継者とするのならばだ…」
 「ライデン王の草がどこまで入り込んでいるのか…」
 「今のところ知って居るのは汝と我二人だけか?」
 「ザクナムはあの日のことを何も言いません。気付いていて、我等に任せてくれているのでしょう。今日はザクナムは何をしておりますか?」
 「あの一件からマリアの側を離れぬ決意をしたようじゃな。」
 「そういえば一昨日マリアさまもアルが気にかかったご様子でしたが…」
 「帰りに『カイル叔父様はお元気でしょうか?』と聞かれて肝をひやしたわ…」
 「感の鋭いお方ですから…」
 ラルフは俯いていた顔を上げた決意がみなぎっていた。
 「自然と現れる才知はもはや隠し通せるものではございません。ご決断のときかと思います。」
 「長い間辛い思いをさせた…」
 「なにを仰います。一番辛い思いを耐えられたのは伯爵様ではございませぬか…」
 
 13年前に遡る。ディアス王都はディアス3国統一記念式典を間近にひかえ、人々は上から下まで沸き立っていた。反乱を起こしたシオレナ軍を討伐し、カイル王はアルハにおける王族が所有するすべての権限をディアス、ドイル王に委譲した。それを受けたドイル王は、ディアスは3国が一つの国となりその名をディアスとし、そこに暮らす人々は出身国は問わずすべて平等の権利を有すると宣言した。
 ライデン王の謀略に踊らされ、一時高まったドイル王派とカイル王派の対立も両王の親身な慰撫で収まり、この日を向かえることができた。
 以後はカイル候と呼ぼう。ドイル王の姉である妻のリメリアと生まれたばかりのエリン王子を同行して、式典に備えている。
 その日はドイル王夫妻、カイル候夫妻、ハシュラム伯夫妻が出席し式典を3日後に控え細部について話し合っていたがなかなか煮詰まらず深夜に及んでいた。ドイル王妃が侍女を指図して夜食を全員に進めているときであった。側近の一人が執務室に速足で入ってきた。
 「申し上げます。」火急の用であるらしい。全員が何事かと側近を見やる。
 「只今、王都内で出火いたしました。どうやらカイル候御宿付近と見受けられます。」
 「エリン…」蒼白になって自らの胸を抱きしめるリメリア妃を伯爵の妻であり姉のソフィアが肩を抱き背をさする。
 「一気に燃え上がったそうで放火の疑いがあります。順次こちらへ情報をお届けする手筈になっております。」側近は歯噛みをする。
 「ご苦労であった。下がってよい。」ドイル王はリメリア妃を労わるカイル候を痛ましげに見やるが、ハシュラム伯の目配せに気付き近づくとハシュラム伯が耳に口を寄せ囁いた。
 「現場近くで指揮を執りますが、カイル候夫妻をこの場にお引き留め願えますか?現場へ行きたいと申されましょうが、なんの益もございません。」
 「わかった。ご苦労ですがお願いします。」
 「では…」一礼するとハシュラム伯は踵を返した。執務室を後にして真っ直ぐ外に向かう。
 王廷の門にラルフが待っていた。
 「伯爵、一旦ご帰宅をされませ…お邸から現場までは目と鼻の先です。」
 「わかった。」
 「状況は道すがら」伯爵は頷いて歩みを進める。
 迎賓館のあたりは普段、ほとんど領民は出入りしない。しかし、此度の準備のために皆が仕事の後で作業をしその夜食の飲み食いで夜遅くまで賑わっていたようだった。やっとその騒ぎも静まった深夜近く、迎賓館の外回り4箇所から5箇所に火を放たれた。普段なら燃え上がるまでに時間がかかるであろうし外側からの放火なら、十分逃げる時間も稼げたであろうが、今回は式典のために館に可燃物が溢れていた。爆竹・打ち上げ花火・花輪・等、目抜き通りに面した迎賓館は飾り付けや花火を打ち上げるのに絶好の場所であったのだ。その火薬類に一気に火が点いてしまったのだ。瞬く間に館中に火の手が回った。消火するよりも、燃え尽きて、鎮火するのを待つ方が早いと思われるほどであった。
 邸に到着すると伯爵邸にまで迎賓館の炎の明かりが届き熱までも伝わってくるように感じられる。
 「エリン王子を皇太子として全国民に知らしめる等と思いつかねば、王子を巻き込むこともなかったであろうに…」
 「伯爵、ご自分をお責めになることはありますまい。誰が考えても妥当な策です。伯爵は口火を切っただけでございましょう?それより気になる情報がございます。」
 「おお」伯爵の目がやっと力を取り戻したかに見えた。
 「エリン王子の乳母、セキの姿を出火直後に見たものがおるそうです。セキはリメリア妃輿入れの折、供に付き従ったもので出身はディアス村で私もよく知っております。中々才走った女でございます。お助けして生き延びている可能性はなくはありません。少し探ってまいりますので、ここでお待ちください。」
 「わかった。頼んだぞ…」
 ラルフは火災現場で消火の指揮に当たるザクナムの元へ駆けつけた。セキを見かけたという料理番の話し相手をしてラルフを待っていた。
 「すまぬ。遅くなった。」
 「なんの、さあテシム、こいつに乳母様を見た話をしてやれ。」
 「テシムかすまんな?聞かせてくれ。」
 「へえ、迎賓館で下働きをしておりますが、準備で遅くなって夜食を頂いてついでに一杯頂いて気持ちよくなってさあ寝ようかって番小屋を出た途端にドンって火柱が上がってコリャ大事だってわしゃ、『火事だ!』って大声をあげただ。そん時、乳母さん厩から馬っ子連れて出てきただ。焼け死んだらかわいそうだで助けてやるのかと思ったら、そのまんま馬っ子さ乗って館を出て行っただ。服も一杯着込んでたな背中にこぶが出来るほど…わしが見たのはそんだけだ?」
 「ありがとう、なかなか筋道の通った話し振りだったな。」
 「わしは、もともと話はうまいだって言うのにこっちの旦那にさんざん練習させられただ。」とザクナムを睨んだ。
 「睨むなよ。後で一杯おごるから…ごくろうだったな。」ザクナムは肩を抱くようにして配下のものに目配せをしてテシムを引き渡した。敵に乳母の情報を知られたくないから開放するわけにはいかないのだ。
 ラルフは俯いたままセキの行動を考えていた。安堵の思いが広がろうとするのをなんとか食い止める。乳母が服を着込んで背中にこぶが出来ていたというのは王子を背負っていたと思われるからだ、だがセキはどこに行ったのだろう?おそらく王子を安全な場所にお連れしたのだろうがなぜ馬に?王都では安心できなかったのか?火付けの顔を見たか…で一味が多いと感じたのか?ならばディアス村か?親はもう死んだはずだが…中のよい幼馴染か…よし夜が明けてからかな背中に王子を背負って駆けさせるわけにはいくまいて。
 「ザクナム恩に着るぞ。少し希望が出てきた。伯爵に報告してセキを捜しだす。ぬしはすまぬが、城郭の入り口付近に手配りをしてくれぬか?万が一セキが様子を見に帰っても困らぬようにの」
 「分かった。こっちはわしに任せろ。王子を頼んだぞ…」
 ラルフは頷くと伯爵邸へ急いだ。
 「セキが王都から逃げ出さねばならぬほどライデン王の草が入り込んでいるのか…」ラルフは忸怩たる思いがした。
 伯爵はラルフの報告を待ちわびていた。ラルフが部屋に入るのを待ちかねたように立上がって迎える。察したラルフは直に始めた。
 「乳母のセキは逃れておりました。王子を背負って馬に乗って館を後にしたようです。」
 にわかに伯爵から緊張が解けた。「ふう」と息を吐くと椅子にかけ直した。カイル侯夫妻の顔が浮かんでいるに違いない。
 「しかし、何故馬なのだ?」
 「王都に居ては王子を守れぬとセキは思ったのでしょう…理由はわかりませんが向かった先は見当がつきます。おそらく、ディアス村かと。」
 「故郷か?」
 「はい親はおりませんが、仲のよい幼馴染が居ります。直に追いますが、一旦反対に向かいます。どこにライデン王の目があるか用心に越したことは無いでしょう。」
 「わかった、わしもここを動かぬほうがよいだろう。」
 「では、行ってまいります。」
 「頼む・・・」

 ラルフは馬を出すとディアス村の反対の入り口から城郭を出てしばらく真っ直ぐ進み、河に差し掛かると橋を渡らず川土手を進んだ。この河はディアス王都を回り込んでディアス村に向かっている。この道を通っても一時間もすればディアスに着くし、街道を行くように人目につくことも無い。セキの幼馴染はシエロという。ラルフ達悪童仲間とはあまり付き合わなかったが毛嫌いすることも無くたまには遊んだりもした気のいいやつだったが…確かセキが妹の様にかわいがっていたマキと結婚したと聞いた。ラルフはディアス村のセキの幼馴染に色々と思いをはせながら馬を進める。夜明け間近になり、村につくと高台にあるディアラ神社へ行ってみた。ここからシエロの家への道は覚えがある。馬を繋ぎ徒歩でシエロの家へ向かうと、その方向から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。思わず駆け出そうとするするが我慢する。シエロの家を見通せるところに身を隠し観察する。しばらくするとマキがおわんを持って出てきてヤギの乳を搾り始めた。王子の乳にするようだ。絞り終えて家に入っていくマキを見ながら別に隠れる必要も無いことを認識してラルフは苦笑いをした。家の窓の下まで行くと話し声を聞くことが出来た。
 「近所に子が出来そうな家は無い。とするならば、遠くから捨てに来たのだ。」
 「よほどの事情があったのだろう…」
シエロの声が聞こえた。
 その時通りの端に人影が動くのを感じたラルフは素早く家の反対側に移動した。そこからは声は聞こえない。やはりここにいることが知られないほうがよいだろうと、しばらくしてから通りを覗き込むが人影はもうない。さっきの場所に身を移すとシエロの声が聞こえた。
 「後でディアラ様にお礼をな…」どうやら王子を育てることにしたらしい事を確認した。
 ラルフは急ぎディアス王都へ帰ることにした。王子は無事であるしここには、ライデン王の影は無い。セキやカイル侯夫妻が急に心配になったのだ。しかし、念のために川土手の道をとり人目を避けた。
 王都に着くと伯爵邸へ直行した。伯爵はエントランス脇の武者溜まりで休んでいたが、ラルフが目配せをすると執務室へ向かった。内緒話はここですることになっていた。
 「ご安心ください。エリン王子はご無事です。」部屋に入り伯爵が席に着くのを待ちかねたようにラルフが報告した。
 「セキはシエロの家の玄関に捨て子に見せて託したようです。思い出しました。シエロ夫婦は子が出来ず毎日ディアラ様に祈りを捧げていたそうです。王子を育てる決意をしたように見受けられました…」
 「セキは死んだ。ザクナムの手のものが亡骸を見つけた。様子を観に王都に入ろうとしたところを一突きにされたようだ。そればかりではない、セキの情報をもたらしてくれたテシムであったか?そやつも殺された。
酒を与えて番小屋で匿っていた様だが、まったく気付かぬうちにやられていたらしい…」
 「テシムまで…セキが王子をディアス村まで落としたのは上出来でしたか…ライデン王の草がここまで根付いていたとは思いもしませんでした。王子の無事を知ればまた狙われますな?」
 「ディアス王都が安全でないとすると、居場所が無い…シエロ夫婦はどのような人物なのだ?」
 「ふたりとも誠実で信心深く世話好きです。シエロは若い頃は気のいい奴でしたが今はさらに磨きがかかっているようでしたな。マキは子を生したことが無いのに普通の親以上に子の扱いに慣れているように見えました。」
 「近所の子の世話をしておるということか?」
 沈黙がふたりに伸し掛かるようだった。
 伯爵がようよう口を開いた。
 「わしが全ての積を負う。エリン王子は此度の迎賓館の火災で乳母セキと共に命を落とされたと発表する。亡骸は見つからぬが、形のみ葬儀を行う。」
 「しかし、伯爵…」
 「エリン王子はシエロ夫婦の子としてのびのびと育っていただこう。一介の領民として過ごす人生もまた人生だ。常に命を狙われ続けるよりはよほど幸福であろう。王としての才知が隠しえぬほど発露するのであれば、その時はまた別の道が開けるだろう。」
 「しかし、カイル候御夫妻のお嘆きを思うと…」
 「二人とも王家の血を引く者達だ。悲しみには耐える。」
 「分かりました。お任せします。」
 「なんとしてもディアス王家の血を護るのだ。ディアス神もお許しくださるだろう…」

 「あれから13年早いものだのう。なんとかエリン王子は死んだものとしてライデン王の草どもをだまし遂せた。より身近での警護をと村に退いた汝には苦労をかけたが、結果として王子の教育まで手がけることができたことは僥倖であったの。」
 「御意。しかし、シエロに王子に剣を教えてくれと懇願されたときには全てを知っているのかと勘繰ってうろたえました。」
 「さて、まずはそのシエロ夫婦に真実を語らねばなるまいの?次にカイル夫妻と王子だが、王子には汝が告げるがよかろう。」
 「畏まりました。」
 「では早速シエロ夫婦のもとへ案内を頼む。」
 伯爵は自分が撒いた種がどのような形で収穫へ向かうのか身震いをする思いで一歩を踏み出すのだった。


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