翌日、アルとリラは夕の修行を終えるとそれぞれ自宅にもどり軽い食事と着替えをして再びラルフの家に集合した。 「リラ!!!」アルはリラの格好を見て絶句した。 「その服って女の子の服だけど…いったいどうしんだい?」 「女の子が女の服を着てなんか問題がありますか?今日は伯爵様の席だから、母さんにきちんとしなさいって無理矢理きせられたんだ。」とジャケットの裾をひっぱったりスカートのひだを確認してみたり着慣れぬ服がきになるようだ。アルは珍しいものを眺めるように正面に回ったり横から眺めたり近づいたり離れたりして。リラを観賞した。すぐにその様子に気付いたリラは茶目っ気たっぷりにさまざまなポーズをとる。 「どう?似合う? 私もなかなかのもんでしょう?」リラはイエスマンのアルに賛辞を求める。 「…いつものリラと同じ人間とは思えない…すごいかわいい…だいたいリラは綺麗な顔立ちをしてるし身体つきもすらっとしてるからおしとやかにしてればどっかのお嬢さんみたいなのに…ほんとかわいい…」 「アルなんか聞こえたけど?わたしがお転婆だって言いたいわけね?」 「い・いやリラがかわいいって言いたかっただけで…」 「私にはそうは聞こえなかったけど?」 どう切り抜けようかと途方に暮れているアルにラルフが助け舟をだした。 「そろそろ見えられるぞ。 すまぬがテーブルの準備を手伝ってくれるか?」 「はーい お酒とグラスですね?」リラはすぐに反応する。 「おお、頼む。」 テーブルに4人のグラス、塩とチーズの皿を並べ、部屋の隅にアルとリラの椅子を準備すると丁度玄関がノックされた。ザクナムがドアを開けると、伯爵、若と入ってくる。順にラルフの肩を抱き旧交を温めた。 「さぁ、こちらへどうぞ。 後ろに控えますのは吾が弟子アルとリラです。今日は勉強をさせてやってください。」 伯爵がアルとリラに向かってすぐにまた立ち上がった。 「ハシュラム・デボネアだ二人とも熱心に剣を学んでいるようだの?次代のディアスを担えるようラルフにしごいてもらうが良い。」伯爵は微笑むと着座した。隣の若が立ち上がった。 「マリア・ハシュラム・デボネアです。マリアと呼んでください。私は剣は身を護る程度しか習っていませんが、ラルフには戦場の戦力分析それに伴う陣形の分析、社会情勢に見る王家と民の関係などを教わっています。お互いにラルフの弟子です。仲良くしましょうね。」マリアは婉然と微笑んだ。アルとリラは度肝を抜かれた。男の格好をしているし、ラルフとザクナムが若と呼ぶから、当然若殿とばかり思っていたのだ。 「どうしました?」マリアがアルとリラに問いかけた。 「…若殿とばかり思っていたものですから…」アルがしどろもどろに答える 「この格好は、デボネア家の跡取りとしていつ戦場に出向いても困らぬように常日頃から心がけていますが、中身は正真正銘の女性です。女に見えませんか?」 「いえ、大変おきれいな女性に見えます…」アルは律儀に答える。 「ラルフ、アルが褒めてくれましたわ。でアルは何歳になりましたか?そう13歳ですか。そろそろ女性に興味が沸いてくる年頃かな?」アルは言われたことが理解できずポカンとした顔でマリアを見ている。 「アルごめんなさいね変な勘ぐりをしてしまったようですね。でリラは何を驚いたの?」 「マリア様がお姫様だったのにも驚きましたが、私の母も同じマリアという名前なので…」 「おぉ、それは奇遇ですね、リラの母さんはきっと美人でおしとやかでしょうね?マリアですから?」 「はい、おしゃるとおり自慢の母です。」リラはいけしゃあしゃあと答えマリアに微笑む。 座はこらえかねた笑い声で満たされた。 「さあ、始めるか。」笑い声が少しおさまるのを待って伯爵が全員の注意を喚起した。 「やはり焦点はビヤジでしょうな…」ザクナムが口火を切った。 「ライデン王はシオレナの1件以来ディアスへの憎しみの念を片時も忘れられぬようです。今回トルジマを標的に選んだのもあの時背後をトルジマに突かれシオレナに援軍を送れなかったことを根に持ってのことのようです。」 「ライデン王は民思いの賢王と聞きましたが、そのように恨みつらみを根に持ち行動自体をそれに左右されるような人物なのですか?」マリアがザクナムに問いかけた。 「おっしゃるとおりです。ライデン王は若の考える賢王とは似ても似つきません。しかし、ビヤジの兵も民もライデン王を慕ってやみません。」ザクナムが問いかけるようにマリアを見つめた。ラルフが後をつないだ。 「わがドイル王と比べると分かりやすいかもしれません。時折、時事の講義にお伺いいたしますのでその直にお会いした印象から推し量りますと、ドイル王はどれ程の才を秘めておられるのか図りかねるほどのお方です。が、その才能を周りの者に決してひけらかそうとはしないむしろ才を隠して、周りの者に考えさせ、決定させようとする。側近は仕事をし易いでしょうが、それは、王の才に気付かぬうちだけです。しかし、さすがにドイル王が集めた側近です。すでに、王の才に気付き、王ならばどう考えるのか?この提案が本当に王の眼鏡に適っているのか、日夜研鑽を怠らぬような状態であるらしいのです。王は側近達のあまりにがむしゃらな働きぶりに、彼らに順次休息をとることを命じねばならぬそうです。そのようなドイル王を兵や民はどのように見るのでしょうか?自分たちとはかけ離れた尊い人?もっとよく知った人間は神のごとき人と捕らえるかもしれない。一方ライデン王はどうでしょう?隣国の民が困窮のために死んだと聞けば、涙を流して悲しみ、その為政者に対しては顔を真っ赤にして怒りを顕にする。民とともにその無能な為政者を滅ぼし、ビヤジの民と同じ幸福を約束し死者を悼む。戦争にかてば大喜びし、城下に繰り出して民と酒を酌み交わす。負ければ民とともに悔し涙を流し再起を誓う。ライデン王は常に民の横に立っているのです。ドイル王とはまったく逆のタイプではありますが、英雄であることは紛れもない事実です。今申し上げたように、ライデン王は兵や民には好かれています。少々無理な戦争を命じても兵も民も従うでしょう。問題はライデン王の軍を統率する能力です。これまで、ビヤジの兵のわが身を省みぬ献身で戦を制していたために、ライデン王の采配をなかなか研究する機会がなかったのですが、此度のトルジマ戦ではザクナムはそれを見極めたのか聞きたい。」ザクナムは大きくうなずいた。 「今日の一番の重要事であろうな?ビヤジとトルジマの戦いが消耗戦であったと先日報告しました。 このたびの戦場はトルジマ王都から1kmほどビヤジよりの見晴らしの良い平坦な畑でした。ライデン王がそこに陣を張ったのです。トルジマは篭城戦をしたかったでしょう。城郭はガストール一堅固であるとの評判でしたから。トルジマは城門を閉ざしてビヤジが攻めかかるのを待ちましたが。陣を張っただけで動きはありません。ビヤジは民の力を借りて陣の後方に簡易宿舎を建て、食料、武器の予備、弓矢、兵の交代要員とビヤジの総力を挙げて備蓄し、長期戦に備えていたのです。 トルジマは斥候がもたらしたビヤジの情報にあわてたことでしょう。ビヤジが総力を挙げて兵を集めて城郭を取り囲めばトルジマは雪隠詰めにされてしまうと誰でも想像できるのですから。トルジマは打って出ることを選択しました。打って出ても城はすぐそこだから物資の補給すら必要ない。そこに勝機を見出したのでしょう。しかし、見晴らしの良い平坦な畑が戦場なのです。互いに正面からぶつかり合うしかありません。少々陣形をいじったところで相手はすぐに対応して、動いたほうが逆に不利になるような戦いです。 2・3合互いの手の内を探りあうような前哨戦を終えると、ビヤジもトルジマも戦端を長く取り一の備え二の備えと手落ちなく交代要員を準備し、前線が疲れるとドラ鐘をいっせいに打ち鳴らし後ろ備えを前に送り出し前線を交代させました。そのあたりは両国とも実に見事な采配でした。」ザクナムは一息つくと、伯爵、マリア、ラルフと順に視線を移した。 「消耗戦の意味がやっとわかりました。交代の兵がいなくなったほうが負けなのですね?」マリアが不機嫌な口調で口を挟んだ。おそらく消耗品と同じ扱いをされた兵たちをおもんばってのことだろう。 「その通りです。ビヤジはどうしてもトルジマの息の根を止めたかったようです。篭城させて戦って例えトゥルーヤが援軍に加わっても王家に逃げられる可能性が十分考えられる。だから、消耗戦にもちこんだのです。 トゥルーヤがトルジマの背後を突いたタイミングは双方交代要員が尽きたところでした。息も絶え絶えのトルジマ兵は元気一杯のトゥルーヤ兵にとって赤子の手をひねるようなものであったでしょう。」 ザクナムの口調はさらに熱を帯びた。 「注目すべきは、トゥルーヤとの密約、消耗戦に引き込む手腕、消耗品として扱われても嬉々とそれに従う兵と王の関係、トゥルーヤが背後を突くタイミングをライデン王が指図したのであれば、その戦況を見極める眼力、そしてこれがもっとも重要です。戦後の敗戦国に対する手当てです。敗戦国の王家に対してはライデン王は血も涙もない決定をくだします。しかし、そこに暮らす民にはなんのとがめもせずビヤジの国民と同じ扱いをします。これが、ライデン王が絶えず戦争をしていても民から愛される所以なのでしょう。すでに草からはトルジマ王城がライデン王に扉を開いたと報告が来ています。」 4人はため息をついた。探れば探るほどライデン王の姿がディアスに大きくのしかかるのだ。 「シオレナの件も今回のトゥルーヤとの密約を見てもライデン王は策をめぐらすのが好きなのではないか?」 ラルフが思いついたように疑念を発した。 「ふむ、13年前のカイル王擁護の騒動もどうやら根はライデン王のようであるな」伯爵がめずらしく言葉を発した。 「ということは、ガストールを統一してからディアスやサライに攻め上るのではなく、つねにディアスにもサライにも戦いの種を撒いていると?」マリアが鋭く切り込んだ。 「おお!若、その通りでしょう。」ラルフとザクナムが声を揃えた。伯爵も大きくうなずいた。 「ガストール統一までの時間があると思って居ったが、どうやら我等も急がねばならぬかの?今日は晩くなった、ここまでにしよう。ザクナム言うまでもないが、ライデン王の身辺調査ぬかるでないぞ。」 「御意」 「ライデン王が次にディアスにどんな策を巡らすか全員で次の機会までに考えてくるよう頼む。アルもリラもよろしく頼む。」 急に伯爵に頼まれアルとリラはあわてて立ち上がって喉頭した。その様子を見たマリアが笑いながら言った。 「アルもリラもお父様に畏まる事はないのよ。あなた方の親に接するようにすれば喜ぶと思うわ。」 「はいわかりました」アルとリラは声を揃えた。 「では、お疲れ様でした。お気をつけてお帰りください。ザクナム次は?」 「ふむ、来月早々に設定しよう。世話をかけるがよろしく頼む。」 「なんの、それより帰りの御二方の警護ぬかるでないぞ。」 いいつつザクナムの肩を拳で突いて別れの挨拶をする 「あんずるな、若い弟子に年寄りくさいと笑われるぞ。」 とザクナムも挨拶を返す。 アルとリラが深々と頭を下げるのを後に一行は部屋を後にした。
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