ラルフの指導はさらに進み、体力や剣の技術に置かれていた指導の重点が次第に精神の強化へと移行していった。 「剣は誰でも学べるものであると教えた。そして、二人ともわしの指導に十分すぎるほど答えた。」ラルフは微笑みながら二人を見て続けた。 「だが、それは、剣の振り方だけにすぎん。剣は当たり前のことだが、人を切る道具だ。だから剣を習う時、いずれ人を切ることもあると言う事を念頭に置かねばならぬ…。同じような技量の二人が真剣で試合った時、いったい何が勝負を決めるのだろうか?二人はまだ棒切れでしか戦ったことがない。真剣での勝負を想像することは難しいかもしれないが、考えてみよ。」…ラルフはしばらく二人の顔を見回し、黙って待った。答えを待ったわけではない。二人の意識に棒振りの剣ではなく人を斬る剣のイメージが出来上がるのを待ったのだった。 「わしが初めて人を切ったのは十七歳の時だった。国境の警備状態を視察される伯爵のお供をしたのだが、折も折、タジクのはみ出し者が徒党を組んで国境を窺っているという情報がもたらされた。わしの足の速さを買ったのだろう斥候の一人に任ぜられ、5人が一組で出発した。私は異変を発見した場合の最初の使者となる予定だったが、タジクの者たちはこの地方の地理に明るく各所に見張りを配置していたらしい、われらの組はなかなか敵の痕跡を発見できずあきらめて本隊に合流しようと踵を返したとき目の前に敵が現れ襲い掛かってきた。どうもさきに我らを発見し後をつけていたようだった。我らはどぎもを抜かれほうほうのていで逃げ出した。不意を衝かれ、ひとりが逃げ出すともう収拾がつかなくなる、我も我もといった具合だった。だがあわてているため木の根に躓いたり、前のものとぶつかったりであっという間に追い付かれてしまった。しかたなく我らも剣を抜いた。数は敵も5人で一対一の戦いが出来たが、わしは喉はからからで手は汗でびしょびしょ、剣を構えているのが精一杯といった状態だった。初めて真剣を構えて命のやりとりをしたのだ、今おもえば当たり前のことなのだが、普段の稽古ではかなり強いと自他共に認めていたからこの初陣で一手柄立ててなどとうぬぼれておったのだ。だが、相手の小細工のおかげで助かった、目潰しのつもりだったのだろう土くれをわし目がけて蹴りおったがわしは避けることも出来ずまともに顔に喰らった。しかし、同時に体が動いていた。一気に踏み込んで敵ののどを突いていた。」ラルフがめずらしく苦笑を浮かべた。「敵を倒すには倒したが、腰が抜けてしまってのう後の片付けは先輩たちがしてくれたし本隊に合流した後、すぐに砦に送り帰された。あまりの落込み様に同行させても役に立たぬと思われたのだろう、が、事実その通りだったのだ。握った剣に伝わってきた断末魔の肉体のあがきは何日もわしを苦しめた。ろくに眠れもせず、物も喉を通らぬ、自らの手で人の命を絶つとはそういうことなのだ。」 アルはシエロとマキの日常に思いを馳せていた。日々の終わりに必ずディアラ様に今日をつつがなく過ごせたと感謝し、祈ることといえば、村人の健康であったり国の平穏であり、近所に困った事が起これれば進んで解決に当たるが、独りよがりではなくよく回りの人と協力した。為に、アルの近所では争いごととは無縁であり、皆がなかの良い家族のように互いに行き来して日々の幸福を分かち合っていた。一方、南部の国境付近では国兵と国境を窺う者との間に小規模ながら戦闘が絶えず、人が死ぬこともあるそうだ。戦闘となれば、みもしらぬ相手と戦わねばならない、ただ国境を侵した、それだけの理由で相手を殺すほどの憎悪が生まれるのだろうか?それとも、憎悪とは無関係に論理的に国を護る精神を発動させるのだろうか?すなわち、武をもって国境を侵す者は悪である。だから排除せねばならない。やむをえない場合は命を奪うことも辞さないと。…これで人が斬れるのだろうか? アルは、日々の生活を支えている精神と想像上ではあるが戦闘における精神の隔たりにいつになく不安を覚えた。自分自身の日々の安寧を大切にする心と、国を護るためとはいえ人を傷つけることも辞さない決意が同居するとは思えなかったのだ。 リラの場合は違っていた。もともと父の仇を討つための剣の修行なのだ。棒を振る稽古をしながらも相手は常に父の仇でありその頭蓋を打ち砕かんと振っていたのだ。いわばリラは常に真剣を持つ心で棒を握っていたといえるが、ラルフの真剣での勝負を想像してみよという言葉にジレンマを感じていた。自分の構えた真剣の先にいるはずの父の仇が少しも見えていない事に気付かされたのだ。顔はもちろんどこの誰とも名前さえ知らないのだ。それなのに仇を討つために剣の修行をしている自分はなんなのだろう。 「私は、父さんを殺したヤツとしか戦えないかもしれない…」リラの口から呟きが漏れていた。 ラルフはうなずくと「アルはどうだ?」と聞いた。 「自分は日常の穏やかな生活を望む思いと人の命を絶つという決意が同居できるとは思えません。無理に成そうとすれば精神が壊れてしまうのではないでしょうか。」 「そうか…」ラルフはうなずき、アルに向いた視線を中空に移すと自分の過去を振り返るようにして話を続けた。 「20年にもなるか、不可侵の約束をお互いに交し合っていたディアス・アルハ・シオレナの三都市の関係にほころびが生じた。その頃、シオレナのすぐ南東のガストール地方では都市同士が領土拡大のためにしのぎを削りあっていた。そのガストールに若いが才豊かな王が誕生した。ビヤジのライデン王だ。ライデン王の誕生まで都市同士の戦争の理由は不心得者が国境を越えて農作物を略奪したり、不正な取引をしたりしたものを取り締まるための国同士の小競り合いが発展したものだった。結果的に勝ったほうの領土がわずかながら増えても、領土を増やすために戦争を仕掛けることは「悪」であると皆が信じておったのだ。ところがライデン王は違った。その悪である領土拡大戦争を民を救う聖戦にすり替えてしまったのだ。からくりはおいおいと話す。 もともとビヤジ王都は東西南北に走る街道が交わる交通の要の都市で商都としても無論賑わっていたのだが、ライデン王が即位してすぐに打ち出した政策が商都としてのビヤジ王都を段違いに発展させた。 これまでビヤジ国民だけが出来た王都での商いを税さえ納めれば誰でも出来るようにした。その税も過去の税制を顧みれば驚くほど安いものだった。当然ビヤジ国民に反発が起きたが、ライデン王は断固実行した。結果は翌年にすぐに目に見える形で現れた。 一つは税収の伸び、今ひとつは商いの更なる活性化によってビヤジで毎年保存にまわしていた穀物まで高価で取引され、ビヤジは国も民も現金で潤った。これに力を得たライデン王は様々な改革を行った。特に力を入れたのが農地改革だった。農地の区画を拡大し単一の作物を耕作することによって、作業効率を格段に向上させ、余った労働力を開墾、新商品開発に回した。また、連作は生産量の減少に繋がるとの農民の進言を取り入れ、毎年大規模農場での耕作作物を変更した。これがまた単一作物のだぶつきを抑え、王都での販売価格を高値に保つ効果まで発した。 ビヤジの繁栄は近隣の民にとっては信じられないものであった、同じ農作物を作りながら、一方では家が建ち、他方では子を間引かねばならぬほど貧窮しているのだ。国境を越えてビヤジでの生活を望むものが出るのは当然といえた。 ライデン王は来るものを拒まなかった。どころか、要開墾地をあたえ、開墾が進み、実際に収穫が出来るまでの間の費用を援助したのだ。これには、近隣の諸国が黙っていなかった。当事国になんの相談もなく好条件を餌に農民を流出させた事実は見逃すことが出来ないと。それは、当然だった。国の根幹を揺るがすことだからだ。 抗議の書に対しライデン王は答えた。『民は日々の糧を求め地を耕す。国は民のその願いをかなえ労働の対価を与える。なぜ民がビヤジを目指すのかその根本を見て国政を正すべきです。そうすれば、民は残るし出た民は帰るでしょう。』と、なんとも痛快ではないか。」 ラルフは一息ついてアルとリラに目を向ける。二人は隣国の賢王の話を心躍らせながら聞き入っているようだ。 「ライデン王がそのまま自国の改革を進めていけば、いずれ、他国もその波に呑まれ、改革をせざるを得なくなったかもしれない。だが、ライデン王はうぬぼれたのだろう。ガストール地方総てを自分が治めれば、ガストールの総ての民はこのビヤジの民のように幸せになれる。民を養えぬ国の王はすでに王ではない。よってその国の王家を滅ぼしてでも民を救わねばならない。それが出来るのは自分だけなのだと。その時からライデン王にとって民の幸福が最初に来るものではなく、関心の一番はどうすれば他国を滅ぼすことが出来るかにすりかわってしまったのだ。しかも双方に出来るだけ痛手を残さぬようにな。だが、『吾が国民も他国の民も同じ人である。なのに隣国の民の窮状は見るに耐えない。困窮した民を救えるのは私しかいない。ビヤジの人々よ我とともにこのガストール全ての民を幸福に導こうではないか。まず手始めに民の貧窮がガストール内で最もひどいのになんの手も打てぬ無能の王が治めるバナン王国を滅ぼす。皆のもの我に続け!』 このライデン王の演説にビヤジ中が沸いた。兵も民もビヤジがガストールの中心になるのだと思ったのだ。この時初めて、挙国一致の戦争が総ての民を幸福に導くための聖戦であるとの位置づけが出来たのだ。これまで、国境の小競り合いしか経験のなかった国同士がいきなり総力を挙げて戦いあうのだ。十分準備をしたビヤジに対し、なぜ攻められなければならないのかさえ理解しないバナンが太刀打ちできるはずがなかった。瞬く間にバナンは降伏したが王家は民を苦しめた咎で滅ぼされた。 この戦争の意味はただ、ビヤジがバナンを併合しただけには留まらなかった。領土を拡大するために戦争しかけるのは悪であると言う概念をガストール地方から吹き飛ばしてしまったのだ。各都市国家が生き残りをかけて他国を攻める、密約を交わす、欺く、常に戦争をしかけ謀略を持って敵を弱めるそうしなければ自国を護れない。ガストール地方をそのような状態に追い落としてしまったのだ。国を挙げての戦争は金がかかる、人手をとられ土地も荒れる。情勢不安となれば商業も廃れる。 ライデン王は失敗に気付いたのだろうが走り出した歴史は止められん。つまずきは予想外に難民が増えたことから始まった。戦争前のビヤジの流入農民に対する政策はガストール地方に知れ渡っていて、敗戦国のバナンからだけではなく、各国間での戦争で農地を失った民がビヤジを目指した。最初はバナンの元の農民に土地を割り振ればよかったが、 ビヤジ、バナン両国の要開墾地をあわせても難民の希望する土地をまかなうことが出来なくなってしまったのだ。ライデン王はよほど悩んだのだろう、ディアスのシオレナに声をかけたのだ。シオレナは知っての通りガストール地方を遮る山脈に接し山すそには開墾を要する土地が国土の5割を占める。そこに難民を引き受けてはくれぬかと持ちかけたのだ。ライデン王の大義名分である民を幸福に導くためであるという言葉にシオレナのカリアツ王は感動し一もにもなく引き受けた。入植にかかる費用がどうであったか、詳しいことは知らぬが、開墾は順調に進みシオレナも力をつけビヤジと蜜月関係となった。ライデン王にとってはディアスに打ち込んだ楔であったのだろう。ビヤジが受け入れた難民がシオレナで実績を残すようになるとガストールの農民のビヤジ幸福神話が益々実感を伴うものとなった。しかしライデン王はシオレナの要開墾地もやがて尽きることを先の体験で知っていた。蜜月を利用してシオレナにアルハに打診させた。 勿論難民の引き受けであるが、ライデン王はその時つでに囁いた。民を幸福に導くためには王の力が必要だと、カリアツ王のように民の事を考えた国政をアルハ王が出来るのだろうかと疑問を口にし、ビヤジはいつでもシオレナを後押しすることを確約したのだ。 シオレナの悲劇はすぐに起こった。アルハ王にビヤジの要望を打診したカリアツ王に対しアルハ王は申し出を拒否するとともにライデン王の都市国家間の侵略戦争を助長する立場を非難し、蜜月にあるカリアツ王に対してもディアスの三国不可侵の条約を侵そうとしているのではないかと危惧を表明した。これに対し民の幸福しか念頭になかったカリアツ王は激怒した。その場はなんとか怒りを抑えて帰国したが、胸のうちは益々の怒りとアルハ王のライデン王に対する偏った見方にたいする不審の念で溢れていった。ライデン王はこのカリアツ王の報告に接しあらためて自らの思いを語った。 『確かに私は都市国家間に戦争の火種を撒いたのかもしれない、だが真に民を幸福に導くためには、荒療治も必要だった。困窮にあえぐ隣国の民をいたずらに死んでいく姿を私はただ見ていることは出来なかった。』 カリアツ王はその言葉を聴くと号泣しライデン王こそは真の王であると絶叫した。ライデン王もカリアツ王の手をとり涙を流し民の幸福のために互いに力を併せましょうと誓い合った。アルハもカリアツ王が治めるべきでありその援助は惜しまぬと、さらにたきつけたのだった。 カリアツ王はシオレナに帰国すると重臣を招集しアルハ王の考え、ライデン王の援助の確約を話し、シオレナの取る道を諮った。シオレナは進行している国政のほとんど総てが先代からの継承事で日々何をせずとも夜が明けるような状態が長く続いたのだが、ビヤジの提案を受け入れそれがびっくりするほどの成功を収め国庫も潤い、農地も増えた、しかも自国の農民にも開墾に対する願望が強まり、民は国政に非常に満足しているように見受けられる。このような状態はカリアツ王が即位してから今日まで初めてのことであった。国のあり方、政策の進め方を根底から覆されたのだ。すべてがビヤジのおかげであり、今後もビヤジ抜きでは行き先を考えられぬほどライデン王の影響は強く及んでいた。ここにシオレナの不幸があった。ビヤジの援助がある以上そして民の幸福を考えるならアルハを併合すべきであると会議は意志を決定せざるを得なかったのだ。 カリアツ王はすぐさまライデン王に使者を送り開戦の意思を伝え援助を確認した。重臣たちにはすぐさま戦争の準備にかかるよう指示を出し情報が漏れぬうちに出来るだけ早く開戦日を設定することとし、概ねのめどを三日後とすることを伝えた。 そのころディアス王ドイルとアルハ王カイルが夕食を共にしていたドイル王とカイル王は義理の兄弟に当たるドイル王の姉がカイル王に嫁いでいて円満に行き来をしている。カイル王は先日のシオレナのカリアツ王の打診の顛末を話した。『兄上それはよく仰ってくださいました。カリアツ王も目を覚まされるといいのですが、しかし、シオレナが満杯になり、アルハが難民の受け入れを断ったとなると次に打つ手はどうなりましょうか?』『ふむ、直情型のカリアツ殿です。ライデン候がたきつければ不可侵条約は意味をなさんでしょう。となると攻めてきますかな?』『すでに兵の準備は出来ています。山脈沿いに布陣して、ビヤジを牽制して、出兵したら背後を突きましょうか?』『我がほうも篭城の準備は出来ております。挟み撃ちに出来れば勝てるでしょう。 あぁ、明日トルジマがビヤジの背後を突きます。これでこちらへは援軍は来ないでしょう。』『ハシュラム伯ですか?相変わらず手が早い。』『シオレナはこれで大丈夫でしょうがガストールの動きがここまで活発になると我々の合併も早いほうが良いかもしれません。』『しかし兄上いくら兄上が良いとおっしゃっても兄上が王に相応しいとする臣も民も大勢います。それを考えると、合併などはなかなかに…』『ドイル殿、本人の私がドイル殿のほうが王の才豊かだといっておるのですからなんの問題もありません。』『ならば、せめて側近として国政の補助を…』『ドイル殿、それは絶対になりませんぞ、臣と協議をして国政を決定するようになったとは言え、まだ重大事は王の裁量に委ねられる状態です。だから王は一人でなければならないのです。』『分かりました…この騒動が片付いたら実現に移しますか…』『それがいいでしょう。ディアスが一国にまとまればガストールの侵略も防げるでしょう。』 三日後シオレナ軍はアルハ王都に進軍した。それを確認したディアス軍は気付かれぬよう距離を置きながら後を追った。もちろんビヤジの援軍が来る気配がないことを確認してからだった。アルハ軍すでに民を避難させ城門を閉ざしシオレナ軍を待っていた。 カリアツ王は自軍の勝利を信じ疑わなかった。おそらくアルハは戦争の準備さえ出来てはいないだろう。なにせ不可侵条約のお陰でディアスは平和なのだから。ビヤジの援軍が到着する前にさっさと滅ぼせばライデン王の自分に対する評価もあがると含み笑いさえ漏らす。その時、斥候が戻り報告をした。 『アルハ王都は城門を閉ざしています。』『こっちの出兵に気付いたか…』『そのように見受けられます』『ハルはおらぬか?』すぐ前を進んでいた兵がくつわを返し横に並んだ。『ここにおります。斥候の声が聞こえました。城門が閉ざされているとか?』『どう思う?』『こちらの出兵に驚いて門を閉めたのでしょう』『ならば早くしかけたほうが良いな?』『御意』『全軍駆け足!』 ディアス王ドイルはシオレナ軍が何故足を速めたのを確認し勝利を確信した。状況に不安な要素が加わったのなら、援軍を待って準備万端整えなおしてから仕切りなおすのが常套であろうに。しかし、シオレナ軍は駆け足のままアルハ城門前に到達してしまった。整列した騎馬の前にカリアツ王が進み出て大音声で宣戦布告した。 『我はシオレナ王カリアツなり、民の幸福をかなえんとする我が提案をカイル王は退けた。それだけでは足りず、民の幸福を実現しさらなる幸福をかなえんと欲す吾が盟友ライデン王を戦争を欲するもののように誹謗した。カイル王は民を幸福に導く力がないと思わざるを得ない。民を幸福に導くことが出来ぬ王はすでに王ではないよってここに我が滅ぼす。』シオレナ軍から鬨の声とドラ鐘が一斉に鳴り響いた。 それを待っていたかのように城門ガ開き騎馬が打って出た。同時にディアス軍がシオレナ軍の両翼に向かって進軍した。正面から突っ込んだアルハ軍を包み込もうとするシオレナ軍の両翼ををディアス軍が突いた形になり。あっという間に総崩れとなった。 この戦いでカリアツ王は戦死した。王子は10歳であったが王妃とともにサライの王妃の実家に逃亡した。戦勝を機にディアスとアルハは合併をした。といっても民の生活がかわることはほとんどなかった。王家がひとつになっただけで両国の政策はほとんど同じであり、税制も同じで民が戸惑うことはまったくなかった。どころか、ディアス三国が統一されたため、物流が非常にスムーズになり、農作物が一箇所にだぶついたり、物不足で対価が上昇したりすることが解消された。また三国間で物の売買が無税で行えるようになり、ディアス王都、アルハ旧王都、シオレナ旧王都は商業都市としてしても更に発展した。 これが、ディアス統一の概略だ。そして国の為の戦争という意識が生まれた所以でもある。ライデン王が民の幸福をかなえようとしたことは間違いではない素晴らしいことだ。だが、それを戦争という手段でかなえようとしたことは間違いであり、悪だ。人は一人ずつ生とは何か死とは?と思い悩み生きている。それが分かっているから、人を切るときにためらいが生まれる。だが、戦争はちがう敵はすなわち悪であり殺せば誉められ褒美ももらえる。狂気の世界だ。敵を倒して生き残ったものにも心の傷は残る。アルが言ったように精神が壊れてしまうかもしれない。わしが剣を教える唯一の理由がここにある。戦争を起こすものは、斬るもの、斬られるものの苦しみを十分知らねばならない。それでもなおかつ戦争を起こさねばならぬのならその積を生涯せおわねばならぬ。ドイル王は立派な王だ全力で戦争をさけておられるが、ガストールがなかなか放っておいてはくれぬわ。」 ラルフはふうとため息をついた。長話に飽いたため息か、ガストールの思惑を図ってのことか…
「おお忘れるとこであった。明日ザクナムが伯爵と若のお供でここに来る。夕の稽古の後着換えてから来なさい。勉強をさせてもらいなさい。」
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