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作品名:王家の紋章 作者:うつつうず

第4回   ラルフの弟子(2)

 1年くらい経った頃だったろうか、アルが棒を振りはじめるとそれを真似る子が現れた。ラルフの隠居所の庭が稽古場なのだが、村外れですぐ山が迫っている。その山裾の木の陰から庭を覗き込むようにアルの動作を観察しながら真似ようとしているようだった。
 アルはすぐ気付いたが、ラルフが知らん顔をしているのでそのまま続けた。
 家に帰ってシエロとマキにその話をすると、シエロが怪訝そうに首をかしげた。
 「はて? あのあたりにアルと同じような年頃の子がおったかな?マキは知っているか?」
 「さあね、いなかったと思うよ…アルが知らないとなるとこの近所の子でもないし、反対側からでも来たのかねえ?」
 「で、その子はアルの真似をして棒が振れたのか?」
 シエロがニヤニヤしながらアルに聞いた。アルの答えは分かっているのにどうしてもアルに言わせたいようだ。
 「遠くからみただけじゃ振り方が分からないからちゃんと振るのは無理だよ。でも、終わりまでずっと振っていたよ。」
 「ほぉ…そうか、見所があるな。」
 「1日だけじゃあ…」
 「おお、それはそうだ。続けなければ意味は無いな。アルはもう1年になるかな…」
 「そうですねえ、あっという間の1年でしたね…水汲みがひとりで出来るようになったんですから私も驚きました。」
 マキが、シエロを見、アルを見た。
 「今年の子供たちはよく働いて、どの家でも大喜びだ。皆アルを見習っているようだな。」
 シエロは鼻高々だ。マキは笑いながら食卓がととのった事を告げてにぎやかな夕食が始まった。
 
 アルを真似る子は、まだ続いている。
 夕の時間だけだったのがいつの間にか朝の時間も来るようになった。
3ヶ月が経っていた。
 アルの棒の振り方も、様々な型が加わった。
腰の位置で止めたり、頭の位置で止めたり、飛び込んで振ったり、それらを様々に組み合わせた。
 その子はこれまで頭の上から地面まで振っていたのだが、ある日、飛び込んで振ろうとした。が、手と足がバラバラになって途方にくれているようだ。
 その様子にラルフが気付いた。
 手招きをすると、しばらくモジモジしていたが意を決したように近づいてきた。
 「剣を習いたいのか?」
 俯いたまま答えられないでいる子にラルフは厳しく聞いた。
 「おまえは女だな。どうして男の子の格好をしている?」
 驚いてラルフの顔をみておずおずと言った。
 「父さんがいないので、畑を手伝わなくては…畑仕事の手伝いはこの方が楽で…」
 ラルフは表情を崩さず、その子をみつめたままだ。
 「シバを探しに来て、剣の練習をしているのをみつけて、面白そうで…つい真似をしました。邪魔ならもう来ません。」
 「嘘をつくな!」
 ラルフが叱咤した。
 「興味本位で、こんなことを3ヶ月も続けられるわけが無い。」
 俯いて唇をかみしめていたが、涙が一滴頬をつたった。
 「わたしがまだ母さんのお腹にいるとき、城下に作物を持っていった父さんはたくさんの武人達の争いに巻き込まれて死にました。誰が斬ったとも分からずに、『斬られ損だった。』と母さんは今でもわたしがいないところで泣いています。」
 「斬った人が憎い。剣が憎い。剣を使う人が憎い。」
 少女は最後の言葉をラルフに投げつけるように言った。
 「10年前の動乱か…」
 ラルフは一転、表情を曇らせた。
 アルも少女の話を聞いて、自分が捨てられていた頃は国が乱れていて、それが原因でアルが捨てられたのではないかと、シエロが憶測していた事を思い出していた。
 三人三様、自分の思いにしばらく囚われた。
 「憎い剣を…極めるもまたよかろう…」
 「わしはラルフだ。今日から剣を習うか?」
 やっとラルフがいつもの口調で少女に聞いた。
 少女はしばらくラルフを見つめた。
 「剣が憎いと言っているのに、教えてくれるのですか?」
 「剣は人を斬らん。斬るのは人だ。」
 少女は目を見開いた。
 「マリアの娘、リラベルです。10歳です。」
 「シエロとマキの子、アルフレッド。11歳です。よろしく。」
 3人はそれぞれ名乗りやや打ち解けた。
 「アルは棒振りだけで、1年かけた。リラには別の教え方をしようと思う。それで良いか?」
 ラルフがリラに聞いた。
 アルが怪訝そうな顔でラルフを見る。自分の最初のときとはずいぶん違うとでも言いたげだ。
 「はい?」
 リラもやはり不思議に感じたようだ。
 「アルは男だ今はまだ子供で筋力も弱い、リラとそれ程変わらんだろうが鍛えれば鍛えるほど強くなる。だが、リラは女の子だ鍛えても筋力はある程度までしか付かん。勿論男以上の筋力を望めばそれも可能だが、剣を使うには逆に邪魔になる。5年後、10年後にどのような剣を使うのかそれを考えてみよ。アルは俊敏で力強い太刀を武器にしているだろうが、リラにはまた違った剣がみつかるだろう。それを、念頭に日々の練習があるのだ。」
「はい。よろしくお願いします。」
 リラがラルフに丁寧に頭を下げた。

 ラルフの弟子は二人になった。


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