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作品名:王家の紋章 作者:うつつうず

第11回   エリン王子

 「アルー!」リラが土手の上からよく通る声で呼びかけた。
 「お昼にしようよ〜」
 「おお!ありがと〜手を洗ってからそっちへ行くよ!」顔を上げて答えるアルの額には汗の粒が浮かんでいるが疲れた様子は全く無い。慣れ親しんだ仕事は自然と身体に無理を掛けないペースで進むしなにより体力の絶頂期に差し掛かりつつあるアルには肉体の疲労さえも自らを鍛えるものになってしまうのだ。
 灌漑用に引き込んだ小さな流れに降り立って、顔をざぶざぶと洗う。首筋に水を浸した布子を当てたままさらに顔や手・腕まで洗うと日に火照った体がスーと冷やさされていくように感じて思わず「ほ〜う」とため息が漏れる。あらためて大気や大地の力が自らの身体に満ちて来るように感じられた。
 「アルー ほい」リラが後ろに来ていて乾いた布子をアルに手渡す。
 「おお ありがとう」いつもながらのタイミングの良さに微笑がもれる。
 昼ごはんはリラの母マリアの丹精による。リラがアルの好物を指図したのか本当にアル好みの昼食だった。
リラは食後に自家製のお茶を用意していた。葉の栽培から、茶葉揉み、燻りまで全てリラがやりお茶の入れ方までこだわりがあるようで、本当においしい。
 「アルは伯爵様が襲われたのをどう思ってるの?」
 おいしい昼ごはんを食べて香り豊かなお茶を楽しんでいるアルにリラが待ちかねたように聞く。
 「う〜ん、命を狙っての襲撃ではなかったみたいだね。もちろん警護が手薄だったら、命も狙ったんだろうけど…」考え考えアルが答えるが、リラは容赦ない。
 「命を狙わない襲撃ってあり得るの?じゃ命を狙わないのなら何を狙ったの?」
 「一つは、重要人物の警護の様子を見てみたかったんだろうね…」
 「そうかな?結局お付の警護だけで片付いたんでしょ?聞けば手練だったみたいだし、お付の技量を見てハイ終わりって、理解できない…」
 「それは、ザクナムが賊の裏をかいたんじゃないだろうか?賊は自分たちを追わせたかったんだろうと思う
お付の警護が自分たちを追って手薄になったところを別部隊の賊が襲うとか、伯爵の影の護衛が現れるとか、賊は追いやすいように逃げたのにザクナムは追わせず、馬車を駆けさせた。警護に囲まれて走り去る姿を賊は見守るしかなかったのでは?と思うんだけど…」
 「じゃ、相手にとって襲撃は大失敗で何の意味も無かったってこと?」
 「う〜ん、どうだろう? ザクナムの技量を知られてしまったし、そのザクナムが警護する人間が乗った馬車が帰りが夜更けになるのにわざわざディアス村まで行っていたとか、色々分かってしまったから痛みわけかな?」
 「そうか〜、でも賊にしても草にしてもいくら自由貿易を推奨しているからって言っても簡単に入られすぎだね?」
 「こんど師匠に説明してもらおうな。さて、もう少しで終わりだ。片付けようか!」
 アルは伸びをして立ち上がる。リラは手早く昼食の後片付けをしている。

 「じゃあ リラまた夕方に…」
 「はい、一旦さよならね〜」
 リラの家の農園の堆肥やりを終えて、アルは自分の家の畑へ向かった。
 夕の修行の時間まで作物の手入れをするつもりだ。
農作業は考え事をするのに適した作業だ。いつの頃からか、作業をしながら、「自分を顧みる」事が当たり前になってしまっていた。考えることに集中しても手や体はよどみなく作業をこなしていく。
慣れとは恐ろしいものだ。
この頃アルには気にかかることがあった。ラルフが最近ディアスの政治向きであったりガストール地方の政情であったり折に触れて教えようとするのだが、それが、剣の修行の域を超えたものであるように思えてならないのだった。
 勿論、ラルフの目指す剣士とは技量のみではなく人格もその技量以上に求めているのだから人格の育成に欠かせない物として教えているのだろうが、伯爵やマリア・ザクナムの話の内容、あるいは昨日のラルフの話等はいったい自分になにを求めているのだろうと思わされてならない。ラルフは自分を伯爵家に奉公させようとしているのだろうか?いや、ラルフはその様に進む道を短絡的に示したりはしない筈だ。
 いつも、教える時はアル自身の為に必要なことを吟味してくれている。そして、それは、アルの将来採るべき道を直接指し示すものではけっしてなかった。アルの進むべき道はアル自身が決めるものであるとラルフ自身がアルに説き、むしろ選択の幅を広げるように色々な方面に目を向けさせようと勤めていたように思われる。
 そのラルフがこのところしきりにディアスとガストールの政情に気を取られているように思われてならない。もちろんアルにも興味のあることだったのだが、特にディアス王家、デボネア家の真の役割には驚かされた。国土と民の安寧をディアス神に祈り叶えてもらう。政治を執り行う裏側にそんなことがあったとは思いもしなかった。しかし、神に願いを叶えてもらう為にはどのように祈るのだろうか?想像がつかなかった。身を削られるような思いをされてはいないのだろうか?お会いしたことも無いドイル王の身の上がハシュラム伯やマリア様と共に渦巻くようにアルに圧し掛かる。
 しかし、マリア様はデボネア家の跡継ぎとして男の格好をしているといっていたが、マリア様が王家を襲うのだろうか?ということは、マリア様にもディアス神に祈る力があるのだろうか?そういえば、こちらの考えていることまでいや、考えに現れず腹のそこにあるものまで見透かされるような眼差しだった。
 様々な思いを自由に飛来させ思いを紡ぎ知らぬ間に農作業を終えて、修行の時間になっていた。
 この時間は農作業とはまったく逆だ。
 自分の心をできるだけ無に保ち、自分の体の動きを条件反射の域まで高める。これが、今アルが取り組んでいる修行だ。リラに打ち込んでもらって、それを捌くのだが無心の捌きができると更に後の先の攻撃まで繋がって、しかもその攻撃はリラをもってしても避けることができないものとなる。まだ修行の時間中に一度成功すれば良い方で、成功しないときのほうが多い。

 修行を終えて家へ帰るとすでに夕食の準備が出来ていた。昼のリラの家の弁当もご馳走だったが、さらに上回り、祭りの時のようなご馳走が並んでいた。
 「すごいご馳走だね… いったいどうして?」
 「腹が減っただろう…手を洗ってきなさい。」シエロが迎える。マキはスープをよそいながらアルに答える。
 「たまに、おいしいものを腹いっぱい食べてもディアラ様は怒ったりされないわ…。」
 「でもすごいね食べきれるかな?昼もリラのお母さんがご馳走してくれたよ。」
 「それはよかったな。肥料はやりおえたか?」
 「はい。 一番肥料だからやり過ぎない様に少なめにしておきました。」
 「それでいいだろう。二番肥料のときはわしも行こう。」
 「ええお願いします。育ち具合で加減するのはまだ、シエロの助けが欲しいですね。」
 「いや、アルだけで大丈夫だろうがよその畑だから、注意深くな。」
 「さあ、食べましょうか。」マキが準備が出来たことを告げる。
 アルは顔や手を洗ってさっぱりとして食卓についた。それを待ってシエロが祈りをはじめた。
 「ディアラ様今日も一日無事に過ごせました。ディアラ様の加護の賜物このような夕食を頂きます。自らの日々の務めを精一杯努めます。変わらぬ加護を賜りますよう…」
 「ディアラ様今日も夕食を頂けます。ありがとうございます。」
 「いただきます。ありがとうございます。」
 マキとアルが後を続け夕食が始まった。
 「そういえば、北筋のイラニアの息子が結婚したと聞いたが?」シエロがマキに聞いた。
 「ええ、息子さんはクワリお嫁さんはテマリと言って家の近所に住みますよ。」
 「ほう? それは知らなかった。」
 「5軒ほど東に昔シメ爺さんが住んでいた家があったでしょう?今は空き家になって娘さんが時々手入れをしていましたが、そこを借りるようですね。」
 「そうか、賑やかになるな…」
 「ええ、ありがたいことですね〜 早く子供を作ってもらって親子会に入ってもらわないと。」
 「ハハハ…だが親子会は大評判で盛況だがその入会の為にこっちに家を借りるのか?」
 「え!? まさかそんなことはないでしょうが…」
 「いや、正解かもしれないよ。リラも親子会のことは興味があるみたいで、子育てに独り悩む若い母親の救世主だってマキのことをベタ褒めだったよ。」
 「アル! 人をからかうのはやめなさい。それにいくらおだててこれ以上つくっても食べられないでしょうに?」マキは真っ赤になってわざと怒り口調でアルをたしなめる。
 「まあまあ、アルは本当のことを言ったんだし、親子会で子や母親が元気になると父親も仕事に張り合いが出る。本当によいことだと思う。」
 「まあ! あなたまで! アルがめずらしく冗談を言うと思えば…」なかば諦め顔でマキはお変わりを促し賑やかな夕食は過ぎていった。

 「アル少し話がある。そこに掛けてくれ。」
 夕食の後片付けが終わり、そろそろ自分の部屋へ向かおうとしていたアルをシエロの声が引きとめた。
 「? なに?」
 いつの間にかその横にマキも掛けていた。
 シエロは少し天を仰ぐような素振りを見せたがすぐに話し始めた。
 「昼前に、殿様がお見えになった。」
 伯爵が?家になんの用があったのだろう?口を挟まず聞くべきだとシエロとマキの表情がアルに教えた。
 「13年前ディアス王都で、ディアス・アルハ・シオレナ・の3都市合併記念式典が開催される予定だった。
その式典でアルハ王カイル殿下の世継であるエリン王子を合併後のディアス王ドイル殿下の皇太子と発表する予定で生まれたばかりのエリン王子もカイル殿下ご夫妻と同行しておられた。
事件が起こったのは、式典の前日だった。夜半にカイル殿下御一行の宿泊先が放火された。それに合わせてビヤジから潜り込んでいた兵が蜂起した。それが、間の悪いことにドイル王を信奉するものとカイル王を信奉するものの間に誤解をうんでしまった。自分たちを排除するための蜂起であると。
ディアス王都は大混乱に陥った。火事が起きたときカイル殿下ご夫妻は王邸で式次第を話し合っておられ留守だった。火事に際しエリン王子に付いていたのは我らの幼馴染のセキだった。セキが全てを決めなければならなかった。王都の混乱を目の当たりにして、エリン王子の命を護るためには王都を出る選択をセキはした。行き先はディアス村しかなかった。幸いセキは子供の頃おてんばで馬に乗れた。ディアス村を行き先に選んだ時におそらく姉のように慕っていたマキの顔が浮かんでいたのだろう。吾が家の前にエリン王子を置き去りにしマキに王子を託した。自分はそのまま王都の様子を確認しようと取って返したが賊に襲われ死亡した。
王都の混乱、セキやそれを見ていたものまで命を奪われるような敵の無法振りを殿様は非常に危惧された。エリン王子をこの王都に連れ帰ってもまた命を狙われるに違いない。ならば、ディアス村で農民としてのびのびと育つほうが良いと考えエリン王子は乳母セキとともに火事で命を落としたと発表した。
そうだ、アルはエリン王子なのだ…」
シエロとマキはアルを注視した。毛筋一本の乱れも見逃さない構えだ。(心が乱れてあたりまえなのだが?)
アルは10歳の誕生の日にシエロとマキから実の両親ではないと告げられた時の事を思い出していた。
あの時のとまどいは忘れることができない。まず、言葉の意味が理解できなかった。「自分が捨て子?」「シエロとマキが本当の親ではない?」自分はシエロとマキの子でその事を疑ったことも無かった。どころか他の親子の関係と自分の親子の関係を比べてみることが出来るようになると、シエロとマキの子である事がいかに幸せであるのか更に実感をともなって思われた。その両親が実の両親ではないと告げられてもとても納得できるものではなかった。
アルは、その真実から目をそらし、なにも誕生の日にそんな事を告げなくてもいいのにとシエロとマキを恨んでみたり、がむしゃらに畑仕事をしたり、友達と行った事も無い程遠くまで遠征してうさを晴らしたりしてみた。そんな、アルにシエロとマキはこれまでと変わらぬ態度で接した。あまりがむしゃらに土をいじるとシエロは容赦しなかった。
「土が泣いておるぞ!そんな土からはうまい野菜はできん…」
友達と遠征したときにはマキに大目玉を食らった。
「アル!口ってのは意思を伝えるためについているんだ。人をそそのかしたりするためについてるんじゃない。さあ、みんなの家に一緒に謝りに行くよ。」そういって遠征に誘った友達の家を一軒一軒一緒に謝ってくれた。あまりに遠くまで出かけたため、帰りが夜中になって村中が大騒ぎをしたのだから、謝ってすむことではなかったのだが、幸い怪我人も無く、日ごろのシエロ一家の生活態度とアルとマキの謝罪が皆に認められた。
アルとシエロ・マキの親子関係はむしろ本当の親ではないと知らされてからのほうが深まったのではないだろうか?
なのに、本当の親が現れた。自分はこの家を離れて本当の親と暮らすのだろうか?他人事のように明日からの自分の日常がどうなるのかと思いを巡らせる自分をさらに不思議がっている自分がいる。

アルの様子をずっと窺っていたシエロとマキは互いに顔を見合わせるとアルに言った。
「今日はもう休むがいい…」
「そうだよ… アルが私たちの子供だってことは変わらないんだから…」
「おやすみ…」アルはそれでも二人に挨拶をして自分の部屋へ向かう。
残された二人はまた互いに顔を見合わせる。
「なんとかなるさ…」シエロは肩をすくめた。答えるようにマキが頷く。
「ええ、アルは優しい子ですから…」

三人の眠れぬ夜は更けて行く…


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