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作品名:王家の紋章 作者:うつつうず

第10回  
 ラルフのおとなう声に(アルならリラのところに畑の手伝いに行ったのだがと思いながら)
 「おう…」とシエロは答えた。
 直にドアが開いたが、先に入ってきたのはラルフではなく、このディアス村の領主デボネア伯爵だった。
 ラルフがその後に続く。
 「シエロ邪魔をするぞ。」伯爵が声を掛けると、シエロは大慌てでいすから立ち上がって答えた。
 「これは殿様、この様なむさい所にようお出で下されました。して…?」
 しかし、来訪の理由を問いかけながら、シエロはその訳に気付いてしまった。とうとう、その時が来てしまったのか?ストンと腹の底に落ちるようだった。
 「家内はマキと申しますが、裏の羊小屋におります。二人でお聞かせ頂く話でしょうから呼んでまいります。しばらくお待ちください。」
 「すまぬな…」と詫びる伯爵の言葉と面持ちはシエロの憶測が正しいことを示していた。
 言葉につまり頭を下げて、踵を返した。
 台所のドアが裏口になっていて直に羊小屋が見える。マキは毛糸を作るために羊の毛を梳いていた。
 アルが10歳になった時、今日の日を覚悟しようと語り合った。アルの次第に現れてきた才能は二人には評価できる次元ではなかったし、産着も守り刀もその価値を計りようの無い物だった。身分のある人の子であるとは分かっていたのだ。しかし、母親役のマキの感じ方は父親役の自分とはまた違うのであろうことは想像できる。納得してくれるだろうか?どちらにしても、マキを支えるのは自分しかいないのだ。
 「殿様が見えられた。我らに話があるようだ…」シエロはマキの眼を覗き込むよう言った。
 マキの瞳は驚きにパッと見開かれた。時が…硬直した。
 シエロはゆっくりとマキの手を取った。握った手を、凍えた手を暖めるように柔らかにさする。さする度にマキの肩が揺れる。
 「さあ、お待ちかねだ…。行くか?」
 「はい…」マキはシエロに握られた手にすがって立ち上がった。
 
 伯爵は椅子に座っていたが、二人に気付くと立ち上がって迎えた。
 その様子にマキは背筋を伸ばした。
 「殿様、ようお出で下さいました。どうぞ、おかけになったままで…」
 「マキか?邪魔をするな…」と再び腰を下ろし、目で食卓の対面を指し示しながら続けた。
 「込み入った話だ。二人とも掛けてくれぬか。」
 尻込みする二人にラルフが頷いて着座を促す。
 手を握ったままのシエロからマキへの気遣いが痛いほど伝わってくる。伯爵はこの夫婦の心の痛みと王家の血脈を護るために自分がとった行為をつき合わせて見ずにはいられなかった。どう許しを請えばよいのか?どう礼をすればよいのか?思わず首を振った様子をシエロのいぶかしげな視線が捉えた。それが、伯爵の決意を促した。
 「13年前、カイル候の嫡子エリン王子の乳母であったセキは、汝ら夫婦に捨て子に見立てて王子の命を託した。迎賓館に放った火を合図に長年を掛けて住み着いていたビヤジのライデン王の草と、式典の観客にまぎれて入り込んだ精鋭の刺客が呼応して騒乱を起こした。ドイル王派とカイル候派がそれに巻き込まれてさらに騒乱を拡大してしまったようだ。カイル候夫妻は王廷に出向いていて留守だった。セキは自分で判断せねばならなかったのだ。ディアス王都にあっては王子の命を護れぬと判断したのであろう…そして一番信頼できる汝等に王子を託したのであろう…」
 「アルは、エリン王子であると…?」確かめるように呟いたマキに、シエロは握った手に力を込めて頷いた。
 「殿様は…知っておられたのですか?」シエロが探るような目を伯爵に向ける。
 「瞬く間に燃え落ちる迎賓館。踊らされているとも気付かず仲間同士で闘う姿。その陰から隙あらば命を狙うライデン王の放った刺客。それらを目の当たりにして、その混沌とした中でエリン王子を護りきる自信が無かった。今回逃れても常に命を狙われ続けるであろう。それを感じたからセキも汝等に王子を託した。それが、唯一王子が生き延びる道であったと私も納得した。さらに、ラルフから汝等の人となりを聞き、このまま汝等の子として育つほうが王子の幸せになるのではないか?命の危険に常に晒されながらやりたいことも出来ず育つよりも一領民の子としてのびのび育つほうがよほど良い。勿論打算もあった。私は王家の血筋をなんとしても護らねばならなかった。セキは王子を汝等に託した後王都に戻ったが、何者かに殺害された。おそらく、放火の現場を目撃していたのであろうセキを犯人は血眼で捜していたのだろう。私はセキも護ってやれなかった。エリン王子の命を護ることを最優先した。
 『迎賓館の火災でエリン王子は乳母セキと共に死亡した。』と発表し王子とセキの葬儀を執り行った。
 全てを知りながら、いや、あざむきながら汝等には何も告げず王子を育ててもらった。真に申し訳ないと思っている。許せ…」伯爵は座ったままではあったが額が食卓に触れるほど深々と頭を下げた。
 シエロとマキは慌てて椅子をどけ床に跪く。
 「殿様!おやめください。我らのような者に頭を下げられるなどとんでもないことですぞ!」シエロが必死の面持ちで言った。それに、マキが続けた。
 「我らは、逆に感謝しております。アルを育てることができてどれほど幸福であったことか…」シエロが言葉を詰まらせるマキの手を取りその背を撫ぜる。
 「で?アルをお城へ連れてお行きになるのですか?」シエロが真っ直ぐに聞いた。
 伯爵は思いもかけぬマキの感謝に接してこの夫婦とっていかにアルの存在が大きいか思い知らされたところにシエロの極めて当たり前の質問を受けて言葉を失ってしまった。
 ラルフが心得て話を繋いだ。
 「実は、一昨日、我が家からの帰りに伯爵と若がライデン王の手の者に襲撃を受けた。我らはこの襲撃をディアス王家の後継者である若を狙ったか、あるいは、襲われた我らがどの様な反応を示すか探りを入れるための物であろうと目星を付けた。」シエロとマキがこの手の話についてこれるのか二人の顔色を伺うが、神妙な顔で聞いているので続けた。
 「ディアスには軍事面でも経済面でも他国に付け入られるような問題は無い。だが後継者に関しては正統な王家の血筋はマリア様のみだ。ライデン王にここに焦点を絞って攻められると我らは防戦一方にならざるを得ない。防戦の壁の一つとして、エリン王子がご無事であることは時期が来るまでなんとしてもライデン王に悟られてはならないのだ。だが、現実にこのディアス村からの帰りに襲撃を受けたということは、ここにも、すでにライデン王の目が光っていると考えざるを得ない。エリン王子とはまだ結びついてはいないであろうが、転ばぬ先の杖だ、お主等にもアルにもこの状況を知ってもらった上で身辺にくれぐれも注意を払ってもらいたい。また、これまでは、あえてしなかったが、影の護衛を付けることを納得してもらいたい。表面はこれまでと変わらぬシエロ一家を保って欲しいのだが…」
 「ではまだアルと別れなくとも良いのですね?」マキが必死の面持ちで問いかけるのに伯爵が答えた。
 「今日はまず汝等に詫びに来たのだ。これからどうするかは、皆で考えて無理の無いようにすれば良いが、ライデン王の網からはなんとしても逃れねばならぬからの。それと、アルがエリン王子となっても汝等に対するアルの愛情は変わるまい。生涯、親子の付き合いをアルはする。そのように育てたのであろう?」
 シエロとマキはぽかんとした顔で伯爵をの顔を見つめた。
 アルの生みの親が誰か分かったとき、あるいは、アルの進むべき道が決まったとき、アルは自分たちの元を去らねばならない。と、二人とも信じて疑わなかったのだ。アルと別れなくともよい。と言ってくれた伯爵に二人は再び跪くのだった。

 「カイル夫妻には今晩私が話す。多分、顔を見に押しかけてくると思うがよろしく頼む。」
 「なにをおっしゃいますか。失ったと思っていた子が生きていたとお知りになればどれほど喜ばれることか、いつなりと、お運びくださってもかまいません。」
 「そうか、すまぬな…」カイル候夫妻の心の痛みを思いやってかやや伯爵の顔が曇る。
 ラルフが代わりにではなかろうがシエロとマキに話しかけた。
 「アルに誰がこの話を伝えるかだが?」 二人は戸惑う視線を交わす。
 「二人が伝えるか?それともわしが話そうか?」
 シエロとマキが改めて見つめあい互いに頷いた。
 「わしが話すが、細かい事情やライデン王のことはぬしから説明してやってくれぬか?わしからは、カイル様夫婦が生みの親であったことと捨てられた理由を簡単に話す。それと、命を狙われるかも知れぬこともな。」
 「分かった。では今晩にでもアルに話してくれるか?わしは明日細かい説明をしよう。」
 ラルフとシエロが頷くのを見て伯爵がいとまを告げた。
 「シエロ・マキ邪魔をした。身辺くれぐれも気を付けてな。さらばじゃ」
 ラルフは二人に頷くとすばやく伯爵の後を追った。
 残されたシエロの家の夫婦には始めはとまどいしかなかった。しかし、アルがエリン王子と分かった今でも別れなくてもよいかも知れないという希望が生まれ、自分たちの願いはそれしかなかったのだから、次第に落ち着きを取り戻していった。
 「アルはどう感じるのかな?」
 「優しい子ですからね。子を失ったと長い間心を痛めていた親御さんを思いやるんでしょうか?」
 「わし等にへんな遠慮をしなければいいのだが…」
 「それは、言えるかもしれませんね。話して分かることでもありませんしね?」
 「いつもの通り話すだけだな…」
 夫婦の関心はすでに自分たちとアルではなく、アルが真実をどう受け止めてそのショックを自分たちがどれだけ吸収してやれるかに移っていた。今日はアルが本当の両親を知る日なのだ。
 


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