私が中途入社した今の会社の営業部で、 「仕事はこいつに教われ。」 と上司に紹介された同年代の男性社員は、妻子ある男性だった。 やる気があるのか?ないのか?わからない態度なのに成績は全従業員500名中3位。 いわゆるトップセールスマンってヤツ。 ある日、彼にこんな指摘を受けた。 「田中さんは、どこか暗く見えるところがあるから笑う時はなるべく歯を見せて笑うとイイと思うよ。」 毎日鏡を見て営業スマイルを勉強した。 セールストークもそうだけど、色々と教えてもらって一気に成績が上がって、、、 もちろん給料も上がった。毎日が明るくなった。 売上コンテストでは新人部門1位になった。 そして、この日を境にトップセールスマンの彼と同じ部門のコンテストで勝負できる機会を得た。 彼の事を人を育てる天才?って思ったけど、ある日、 珍しく社内でゴキブリを発見して驚いてる私のそばで彼が、 「おお!藤田君じゃないか!どうだい?最近の調子は?」 と上司の名前をゴキブリに付けてるのを聞いた私は思わず吹き出した。 ところが、その彼の後ろに上司の藤田課長が立って一部始終を見聞きしていたのだ。 会議室から彼が帰ってくるまで2時間くらいの時間を要した。 天才なのか?バカなのか?よくわからない人だと思った。 仕事も順調にこなせるようになってきた頃、私は重大なミスを犯した。 大事な契約書の1箇所に判子を押してもらってなくてクレジット会社に提出できないというミス。 しかもそれは売上コンテストの最終日だった。 仕事の成果に満足して、さあ帰るか〜という就業時間前にわかった事なだけに、 本人に会ってもう一度サインをもらうにも時間的にコンテストの結果に反映させるのは無理。 この1契約で私はなんとかトップ10に入れるか?どうかという瀬戸際。 私が焦りに焦ってる中で私の師匠のような彼が上司にこんな事を言い出した。 「課長すみません。これ俺のミスです。彼女、、、その日ダブルブッキングで、、、 契約確認は俺がやったんですよ。だから、、、つまり、、、これ、俺のミス!」 言われた藤田課長の顔がみるみる赤くなった。 「バカヤロオオオオオオオオオオオ!お前は元教育係だろおお?何やってんだよお?」 彼は、ひたすら頭を下げて謝った後で一つの提案を出した。 「課長、ミスは認めますが大切なのは、その後の処理では?」 「なんだ今更何ができるって言うんだ?」 「これは俺と、、、俺が上司と崇める課長との個人的なお話ですよ?」 彼がいうと課長は何度か首を縦に振ってうなづいた。 「今日の俺の契約書の一つの担当者名を彼女の名前に変えててしまえば、、、彼女もトップ10入りします!」 何やら考え込む様子の課長に更に追い討ちをかけるように彼が話を続けた。 「ほら!担当者名無記入のままで契約書にサインさせてます!うちの課で初のトップ10、2名ですよ? 課長!また昇進しちゃいそう?」 彼がそう言うと課長が大声で笑った。 「ぶはははははははっ。あいかわらずえげつないヤツだなあ?で?この契約書を田中君にゆずった後のお前の成績は?」 彼は少しだけ苦い顔をした。 「いつもどおり3位です。」 それを聞いた課長は笑った。 「お前、、、もう少し欲とか出せないのか?」 「う〜〜〜〜ん、、、欲しい給料もらえる仕事できれば、、後は寝ていたいくらいなんですよ。」 この後、初めて課長と彼と3人で仕事帰りにお酒を飲んだ。 お酒の席で課長がふざけて、 「お前、、、ここまで田中の事をかばって、、もしかして、、気があるのか?」 と、ふざけた。 ただの冗談なんだろうけど、、私のは、ドキッとした。 「そうですね。かみさんがいなかったら惚れてたかも知れませんね。」 と言って彼は笑った。 私は、この人の優しい嘘が大好きだと思った。 胸の内では、ただの一度も食事すら誘った事ないクセに!とツッコミを入れてもいた。 それと同時に彼は奥さんにも、、、 こういう優しい嘘を使いまくってるんだろうなと、少しやっかんだ。 それから彼が転勤するまで、ただの一度も二人で食事やお酒を飲んだりする事もなく時間が流れた。 ルックスに自信のない私に新しい彼氏ができて、なんとなくうまくいってる今、 いつもこんな事を思う。 私は優しい嘘がつけてるだろうか?と。
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