「なんで、こんな奴が……」
ぶつぶつとランは不平を洩らし、通りを歩いている。 そんな、憤まんやるかたないといった体のランの隣を、レインは無言で歩き、チラチラと後ろを気にしていた。 ランとレインのすぐ後ろには、〈百目〉がいつの間にか物売りから買った果実を口にしながら悠然と歩いている。
「ありえないから。 本当に、ありえないから。」
足早に歩くランは、後ろを振り返ることもなく、ただ前を向いてカツカツと進む。 だが、その横を歩くレインも、更に後ろからついてくる〈百目〉も全く足を速めることはない。それがわかるだけに、余計にランは腹が立ってしかたがない。
信じられない。 というよりも、信じたくない。
ランが意識を復活させたとき、レインがすでに事情は話し終えており、ランが何かを言う必要はなくなっていた。
―本当だったら……
ランは、〈百目〉に会ったら絶対に自分が説明しようと思っていた。 そうすることが、ランの義務であるし、「私が」話したいと思っていたからだ。 しかし、実際はどうだ。 茫然自失している間に、レインがほとんど話してあるし、肝心要の〈百目〉様があんなだし。 くすんだ白金髪と、ランを小馬鹿にしている、あの青銀色の瞳に口元。 ランは、ちらりと後ろを見て〈百目〉を確認すると、改めて思った。
―やっぱり信じられないし、信じたくもない。
勝手な想像に打ちのめされたあと、盛大にわめいたランを大声で笑い倒した〈百目〉が、そのあとにしたことは何だったかというと…… なぜか、ランとレインを無視して早々と荷造りをしてしまった。 一分も経たずに全てを終えると、怪訝な顔をしているランとレインにしれっとこういった。
「何してんだ。さっさと行くぞ。」
さぁ、さっさとしろとばかりの不遜な態度に、レインは唖然としたが、まだ怒りは収まらないランは、ものすごい顔になっていた。 レインは、ランを一瞬目にし、恐ろしいものは見たくないとばかりに、思いっきり顔を逸らし、必然的に〈百目〉と目があってしまった。
「お前ら、荷物持ってきてないだろう。 取りに行って、すぐに旅の準備をしないと、七日は城門から出られないぞ。 それとも、ゆっくりしていたいのか?」
目が合ったレインに、〈百目〉はこともなげに言い放つ。 そのセリフに、レインはハッとした。
―そういえば……
一つの月は二十八日間あるが、バメロはそのうち十四日しか城門が開かない国である。 風の周期と連動していて、一つの月のはじめの七日間は風が全くないが、次の七日間はずっと風が吹いている。 少しぐらいの風ならたいしたことはないが、バメロの城門近くの風は異常だ。 人が立っていられないぐらいの風が、昼夜問わず吹き荒れている。 しかも、強風はバメロの城門に沿って吹き荒れていて、城門から半日離れた場所では風すらないということもある。 城門の中は当然ながら風による被害はない。宮廷魔法士がそうしているのか、それともこの場所を都市と定めたときに、そのように施したのかはわからないが。 とにもかくにも、七日間ごとに凪いだり、吹き荒れたりを繰り返しているのがこの国の特徴とされている。
〈百目〉に指摘されて、レインはあと二日で城門が閉ざされることを思い出した。
「すいません。」
今の今まで忘れていた自分に対する恥ずかしさで、つい口を開いてしまったが、そこで〈百目〉が旅支度をしているおかしさにも気付いた。 そのことについて聞こうとした瞬間、レインの先をランがふさいだ。
「っていうか。なんで、あんたにそんなこと言われなきゃならないのよ。 あんた、ついてくる気。 場所がわかってるんなら、さっさと説明して。 それで、もうあんたとはお別れよ。」
はっきりとした口調で、ランはギラギラした目を〈百目〉に向ける。 だが、〈百目〉は人の悪い笑みを向けてさらりとこういった。
「御二人さんだけじゃ、『神の涙』の場所には行けないよ。 俺が一緒に行かないと、とてもじゃないが行けはしない。 そもそも、まだ代償も貰ってはいないのだからね。 君らに俺を止める権利はないよ。 俺には、お前らに教えない権利はあるがね。」
その言葉に、ランはまたまた憤慨したが、レインはギョッとした。
―気に入らない依頼は決して受けない。 そもそも、〈百目〉はそんなに親切なヒトでもないからね。 君らの誠意次第だ。―
砂漠で出会った男は、途中でこのようなことを言っていた。
その言葉を思い出すと、いかにも目の前にいる〈百目〉の態度はおかしい。 レインはまだ誠意を見せていないと自覚しているし、そもそもランの態度からして依頼を受けてくれる気はしない。 気に入った依頼はこなすというが、〈百目〉の言葉から、どうもランとレインの依頼は歓迎されていない節がある。それなのに…… 〈百目〉はランの暴言をあっさりと流して、そうそうに旅支度をはじめ、すぐに出発しろと促している。 どう考えてもおかしすぎる。 レインは、なんとなく嫌な予感めいたものを〈百目〉から感じた。 こうした予感は得てして当たるものだという思いがあるだけに、これからどうなるのか不安を感じずにはいられなかった。
そして、三人は部屋をあとにしたのだった。
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